第109話 月の夜


昨日よりも一段と冷え込みが厳しくなった夜に

僕は黙って家を出た

持ってきたのは少しの小銭と錆びた鍵

ポケットに詰め込んで両手はあけたまま

マフラーを持ってくればよかったと

首をすくめつつ歩く

別に遠くに行きたかったわけじゃない

夜の闇に浮かぶ月があまりにキレイだったから

せめて近づきたくなったただそれだけ

今はもう町全体が深く眠っている時間

あの家もこの家もしんと静まり返っていて

思いのほか響く自分の靴音

何となく息をひそめながら

それでも冷たい夜を大きく吸い込んだ

痛いほどの冷気が肺を満たしていく

こんな夜の透き通った空気は

体の奥底から僕を清めてくれる気がするから

僕は冬を全身に行き渡らせて

月が照らす道を行く

静かにそしてしっかりとした足取りで

この冬に負けないほど凛とした人でありたい

密やかな願いは白い息にほどけていった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る