10

「どうですか?」


 部屋でゆっくりしていたら妹が浴衣を着た状態で突撃してきた。

 今日は全然来ていなかったからこのままなしになるのかと思っていたが色々とやっていたらしい。


「似合っているがどこから持ってきたのだ?」

「朱美先輩が貸してくれたんです」


 あの先輩……それだけ妹に協力するのになんでこちらにはなにも言ってこないのか。

 なにかに付き合うという約束はどうしたのか、もう忘れてしまったのであれば心配になるからそれこそ突撃した方がいいのかもしれない。


「冗談だと言っていましたが参加したいとも言っていたので無理やり連れてきました」

「ナイスだ奏子」

「む」

「一階にいこう」


 リビングに入るとすぐにぐったりした感じの先輩を発見できた。

 やたらと疲れているのは抵抗した結果らしい、空気を読もうとする必要なんか一切ないのだから参加してくれた方が一番だと言ってみたら頷いてくれてよかった。

 まあ、そのせいで妹の顔がどんどんと怖くなっていっているわけだが終わってからなにか食べてもらうなどとにかく優先すれば許してくれるはずだ。


「菊石先輩も着替えましょう」

「あなたは?」

「私は持っていないからこのままですよ」

「それならあなたが着てちょうだい」


 何故なのか、そしてどうしてこういうときだけ簡単に復活して生き生きとしているのか。

 結局十五分もしない内に色々とやられて妹とは真逆の色の浴衣姿になっていた。

 髪も結われていつもの私らしくないのは確かだが自分の方で遊べばよかったのにと言いたくなる。


「あ、満足したから参加しないはなしですからね?」

「ここまできて参加しないことを選ぶわけがないじゃない」

「それならよかったです、いまので丁度いい時間になったのでもういきましょうか」


 信用がないのか甘えたいのか妹はなにも言わずにこちらの手を掴んできていた。

 これまでは姉の手を掴んで歩いていたことを考えるとどちらにしても関係的には前進できているのかもしれない。


「まだ早い時間なのに人がいっぱいね」

「みんな思っているでしょうね」

「ある程度見てから食べ物を買いましょう」

「そうですね、大体は決まっていますが去年と違う点もあるかもしれないので見ましょう」


 早い時間から出ていった姉を見つけることができたらいい。

 あとは焼きそば一つにしても内容が違ったりするからどこで買うのかを決めるのだ。


「あ、元カレだわ……」

「どうしたいですか?」

「うーん……別にあれからも普通にお友達みたいにはいられているけど……」

「あ、そうなんですね、もう関わっていないのかと思っていました」


 そういうものなのだろうか。

 振った側と振られた側どちらにしても私にはこれまで通りにはできなさそうだ。


「顔を合わせる度に気まずい感じにはしたくないじゃない? だから七月の頭ぐらいに喋りかけにいったのよ、そうしたら意外と楽しく話せてしまってね」

「それなら待っていますのでいってきたらどうですか?」


 長く一緒にいるつもりはないとしても少し話せばそれも楽しめるのではないだろうか。

 

「うーん……待たせるのも悪いしあなた達で見て回ってちょうだい」

「別行動ということですか? それだとこれを返すのが大変になるので――にゃんでぇすか?」

「そんなの今度返してくれればいいから少しは考えてあげなさい、それじゃあね」


 元々こうする予定だったのなら浴衣なんか着させなければよかったのに。

 これだとなんのためにこんな格好をしているのかわからなくなってくる。

 だってお祭りなんて普通の格好でも美味しいご飯を食べられたらそれでいいのだから。


「二人きりになってしまったな」

「私、もしかして意地悪でしたかね……?」

「いや、それはないだろう、だって参加したいと言ってきていたのだろう? 寧ろそこで奏子にそのつもりがあったのかどうかはわからないが二人でいきたいから無理だと言われたら寂しいだろう」


 もうここにはいないのだから片付けて楽しむしかない。


「それならいいんですけど……」

「それよりなにか買って食べるか、見ているだけだとなかなか厳しいのだ」

「はは、わかりました」


 お祭りにいって買う物は決まっているからあとは並んでどれだけ早く帰るかでその後の流れが変わってくる。

 冷たい物も温かい物も食べたいから大変だ、並んでいる間に冷めてしまったりするのももったいないが仕方がない。


「ふぅ、やっと揃った、これで後はのんびりできるな」


 昔は三百円ぐらいで買えていた物が五百円に値上がりしているところはダメージ大といったところではあるがいい匂いを嗅いでいるとどうでもよくなってくるのも事実だ。

 というか、それをわかっている状態で買っているわけだからもう脳が負けている。


「実はいいところを知っているんです、そこにいきませんか?」

「離れるつもりか?」

「はい、大量に買えるわけでも食べられるわけでもないのでそっちに移動しようかと思いまして」

「わかった、付いていこう」


 それでどこかと思えば少し坂を上った先にある小さな公園的なところだった。

 数年この土地にいてもそこまで歩き回ったことがないからこんなところにもあったのかという感想になった。


「ここなら花火も落ち着いて見られますよ」

「だが、問題視されかねないからこぼさないようにしないとな」

「はい、気を付けつつ味わって食べましょう」


 一転して静かな場所だ。

 そのため横に座っている妹を見ていたら当たり前だが気づかれて「どうしました?」と聞かれてしまった。


「少しじっとしていろ、はい取れた――」


 何故私は固まっているのか。


「ありがとうございます――あれ、雪さん?」

「い、いや、奏子でもこういうことがあるのだな」


 いままで気が付かなかったのはアホだがまたお化粧をしているらしい。

 これも先輩の作戦か? それとももう日常的に妹が意識をしてそうしているのだろうか。

 こう……よく見ればわかる程度のそれが逆に……なあ?


「まあ、起こらないようにはしたいですが限界がありますからね、はしゃいでいるときなんかは特にそうです」

「いまはしゃいでいるのか?」

「はい、え、伝わりませんか?」

「ああ、この場所と同じく静かだ」


 少なくとも自滅をしている私に比べれば全くはしゃいではいないだろう。


「これでわかりますよね?」

「……胸に触れられたい趣味でもあるのか?」

「ただ心臓の鼓動の速さがどうなっているのかをわかってもらいたかっただけです、だからこれはいやらしいことではないですから」

「でも、お祭りにいけたからだろう?」


 私だってそれでテンションが上がっているからわかるのだ。

 そういうのもあって今日、いまここでそれ以外の理由でそうなっているのだと証明することは難しい。


「はぁ……わざと言っていますよね」

「じ、事実そうだろう、奏子は別に私に対してなにかしてきていたりはしないしな。それに……嫌いとまで言ってきたぐらいだ」


 嫌い、か……。

 自分でその言葉を発しただけでも微妙な状態になるのに相手から私は直接言われたからな、よく引きこもらなかったな私。


「あれ、もしかして雪さんの方から求めていたりしますか? わかりやすく言うと物足りないと、そういうことですか?」

「か、奏子は口だけだからな」

「ふふ、そうですか」

「なにを一人で笑っているのだ? それより食べないなら私が食べるが」


 それでも食欲には勝てない。

 冷めていても美味しいとわかっているからこそ惹かれるものだ。

 かき氷も焼きそばも食べたのにまだ足りない自分のお腹に悲しくなったが求めているのだから仕方がない。


「はいあーん」

「奏子、冗談で言うことはあっても実際に欲しがったりはしないぞ」

「え、思い切り口を開けていますが」

「しゃ、喋るために開けていただけだ」


 何度も「素直になってください」とか「食べてください」と言われたがなんとか我慢をした。

 妹が頑張らなければいけないのはこういうことではないだろう。


「はぁ、別に求めてくれているわけではなかったんですね、残念です」

「いや、素直になるなら求めていたが……」


 でも、そこまで離れていないのだから食べたいのなら買ってこいよという話だよな。

 あとこれは食べ物に関してだけではなく妹に対しても言っているから紛らわしいかもしれない。

 ただなんでもいいから利用して少しずつ前に進めていくしかないのだ。

 曖昧な状態は夏休みが終わるまでにはなんとかしたかった。

 なにもないならそれでもいいからいい加減にはっきりとしてほしいのだ。


「ほら、やっぱり食べたかったんじゃないですか」

「いやだから奏子をだな」

「えっ? ぶ、物理的に私を食べたいってことですか!?」


 あれ、なにか変なことになってしまった。


「落ち着け、流石にそういう意味で求めたりはしないぞ。私が求めているのは奏子がどちらでもいいからはっきりしてくれることだ」

「ああ……もうちゃんとそう言ってくださいよ」

「『性的に食べたいってことですか!?』などと言わなくてよかったぞ」

「でも、お付き合いをしたらいつかはそういうこともしますよね?」

「……そんなわからないことよりも先にしなければならないことがあるだろう」


 私がどうこうの話ではないから本気で変えたいなら頑張ってもらうしかない。

 簡単な話だ、なにもかもぶつけてしまえばいいだけだ。


「好きですよ」

「そ、それで?」

「意外と言われるかもしれませんが雪さんが受験生のときに好きになったことに気が付きました、全然相手をしてくれなかったからこその結果なのは面白いと思いませんか?」

「受験生のとき……いやあの頃はというか最初から奏子は避けていただろう?」


 それで仲良くはなれないと諦めていたのにこれだからわからないものだ。

 

「そうですかね、それでも挨拶をしたり一緒にいることはありましたけどね」

「それは義理でも家族だからだろう」

「とにかく、放置されすぎた私がベッドに八つ当たりをしつつ色々と考えた結果、求めていることがわかったんです」

「んーそれ本当に好きだと言えるのか?」

「ええ、だってお姉ちゃんに対しては同じようになりませんもん、外にいけば会える人達も同様です」


 いい笑みを浮かべて「とりあえず言えるのはこれぐらいです」と言ってきているが……。

 いやでも私が直接吐いて求めて実際に妹――奏子が動いてくれたのだから応えるべきか。

 これは前の姉のときと同じだ。


「一つ言っておくとあの日、奏子にも不満をぶつけたくなったが無理やり抑え込んだのだ」

「いつのことだかわかりませんがなにを抑えたんです?」

「色々言っている割には外に遊びにばかりいっていたから気になったのだ、だからあのときにはもう奏子に負けていたのかもしれないな」


 素直になればなんてことはないことだ。

 そしてそれが難しいわけでもない、何回も本当のところを抑えてきたが今回ばかりは必要もないだろう。


「ちょっと、一人で終わらせないでくださいよ、それにまずはどちらにしても答えることが先ですよね?」

「私はな、奏子には菊石先輩と付き合ってくれた方がよかった。だが、はっきりとした以上、どうにもならないこともわかっていた」

「その割には二回も言ってきましたよね?」

「う、うるさい。そのうえで中途半端ではあったがアピールをしてきていただろう? だからごちゃごちゃしていますぐにでも終わらせたかったのだ。ただの勘違い、恥ずかしい存在にはなりたくなかったからなにもないならそうしてほしかった」

「いいから早く答えてください、余計な言葉はいりませんよ」


 いや、ここは色々と言わせてほしい。

 初めてのことで告白をされたから、嫌ではないから受け入れただけだと勘違いをされたくはないからだ。

 だというのにこの妹ときたらやたらと冷たい顔でこちらを見てきている……。


「それならもう答えたぞ」

「はぁ……雪さんはやっぱりおバカさんです」

「ふっ、未経験の女に色々と求めないでほしいな」


 それによくありがちなやつだがその馬鹿者を好きになった人間としてそのことはどう考えるのかとツッコミを入れたくなるからな。


「もう花火とかどうでもよくなってきたので帰ってゆっくり話し合いをしましょう」

「え」

「あなたのせいですからね、責任を取って付き合ってくださいね?」

「えぇ」


 だが逆らうことができずに本当に帰ることになってしまった。

 そのうえで甘い雰囲気になることもなく冷たい顔、目で色々と言いたい放題言われてなんだこれとなったのは言うまでもない。


「……勢いで帰ったことを後悔しています」

「はは、また来年な」


 ただそれでもこういうところは可愛く思えて頭を撫でていた。

 恥ずかしいのか違うところを見られていたが一瞬で気分がよくなったから問題もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

182 Nora_ @rianora_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

184

★3 恋愛 完結済 10話

007

★0 恋愛 完結済 10話