09
「もうお部屋に戻って寝てもいい?」
「はい、ゆっくり寝てください」
「ありがとう、それじゃあ奏子さんのことはお願いね」
そりゃこうなるか、なんたって二時間近く黙っていただけだからな。
先輩からすればどちらでもいいから話し出せよとツッコミたいのを我慢をして、だがそれでも限界がきて駄目になったのだ。
私からすれば起きていたのに寝ているなどと言われて微妙なわけだが……ここなら先輩は他の誰よりも強い行動ができるというわけだ。
「布団を敷いてくれているみたいだから奏子は客間で寝させてもらうといい」
「……雪さんはどうするんですか?」
「私はリビングで、と言いたいところだがご両親的に迷惑だろうから客間の隅にでも寝転ばせてもらうよ」
無理なら無理で家に帰るだけだ。
ただ先輩に一つだけ言いたいことがあって、それは誰かのためであってもあまり嘘をつくべきではないということだ、一つだけならなんとかなってもその度に重ねていたら自分のせいで行動しづらくなってしまうから。
それに喋りたいとかなんとか言っていたのに全く話さずに部屋に帰られてしまうとこちらとしてもダメージゼロとはいかないから勘弁してもらいたいのだ。
まあ、それを先輩が一番に言いたいだろうがな。
だって自分のところに来た理由が違う人といづらいからなんて素直に受け入れられる人ばかりではないだろう。
「雪さんが使ってください」
「それなら帰るからいい」
今度はこちらの腕を掴んで移動を始める妹、すぐにその時間は終わったが別人なのではないかと思えてくる。
「二人分敷いてくれていましたね」
「はは、意味のないやり取りだったな」
距離が近いからトイレにでもいっている間に少し離しておこうと決めた、目の前でそんなことをしたらまた嫌いだと言われて先輩に迷惑をかけそうだからだ。
いまはいつも以上に気を付けて対応をしなければならない。
「そうですね、先程の言い合いも意味のない行為です」
「私は怒っているわけではないからな、全ては奏子次第だ」
どちらを選んだって責めたりはしないことは約束をしよう。
これまで通り言いたいことを飲み込んで家に帰ればいい。
自分の家、部屋ではないと寝られないなんて繊細な人間ではないからここでも全く構わないが。
「むかつきます」
「それが答えか? それなら去ろう」
この妹、こちらから掴まれるのは嫌がるのに掴むことは好きみたいだ。
消えるのも駄目、かといって残り続けてもストレスが溜まる原因にしかならない。
これははっきりと言って詰んでいるようなものではないだろうか。
姉も今回ばかりは伊藤を優先せずに残ってもらいたいところだった、姉がいればもう少しぐらいは妹も意地を張らずに済んだかもしれないし。
「だからなんですぐそうなるんですか」
「それなら私はどうすればいいのだ?」
「そんなの自分で考えてくださいよ」
「だから私なりに考えた結果がこれだ」
一ミリも思ってもいなければ嫌いなんて言葉は出てこない。
上手くやられたからといってそのまま残った私が馬鹿だったか。
喧嘩をしてその日の内に仲直りなんて簡単にできることではないのだ。
「そもそも夏で最近の気温の高さなら一時間ぐらいで乾くでしょう、それなのに朝から夕方までお家に帰らないっておかしくないですか? なにか他に理由があるのならちゃんと言ってください」
「なにもない、ただ今日は凄く暑かったから川に入っただけだ」
それで無様に転んだだけだと内や表で今日は何回言わなければならないのか。
「川で溺れる事故が増えていて危険性はわかっていたはずですよね?」
「待て、話がズレてきていないか?」
「気を付けてくださいねって話です、一歩間違えればあそこの川でも死んでしまうかもしれないんです」
「まあ、そうだが……」
自分だけは大丈夫という考えが一番危険だ。
だが、いま大事なのは川で遊ぶことの危険性云々ではなく私がなにも言わずに出ていって夕方まで帰ってこなかったことではないのか? と言いたくなる。
「転んだんですよね? 今日はたまたま助かっただけだと考えてください」
「なあ奏子、それが言いたかっただけなのか?」
「はあっ?」
「しーっ、それともこんな歳にもなって川で遊ぶから嫌いになったのか?」
水に触れたいとしてもプールか海にいけよとそう言いたいのか、ただ嫌いと伝えられればそれでよくてたまたま川の件が出てきただけなのか。
「はぁ……頼まれてもいないのにこっちが勝手に探しただけなのでお礼はいりませんけどまず言い訳をしたからですよ」
「それで嫌いになってしまったのなら現状維持が一番奏子のためになるのだが」
「雪さんってなんでそんなにおバカさんなんですか?」
「き、嫌いだよな」
「おバカさんな雪さんは嫌いです」
なら妹よりも劣っている姉、しかも外からやって来た人間なんて最初から話にならないということだ。
話し合い自体が間違っているのなら私にできることは距離を作るぐらいしかない。
少しでもなにかをかき乱さないように顔を見せないことが一番だろう。
「とりあえず寝ましょう、あ、ちゃんとお水を飲んでから寝てくださいね」
「ああ……」
こうして一緒の布団ではなくても嫌いな相手と寝ることになった妹の胸中はどんなものなのか気になったが聞くこともしなかった。
やたらと早い時間に起きたから家の前の段差に座らせてもらっていたら「早起きね」と話しかけられて振り返る。
「仲直りできたの?」
「いえ、私が嫌いという話で終わりました」
「え、本当に? また嘘をついているわけじゃなくて?」
「こんな嘘をついたところでメリットはありませんよね?」
逆にどうして嘘だと思ったのか、妹は一切本当のところを吐いていなかったのだろうか。
「奏子さんも不思議な人ね」
「よくわからないのはそうですね」
馬鹿及び嫌いという言葉で十分ではあるのだがな。
馬鹿がどれだけ言葉を重ねようと証明するだけでしかないから黙っていたいのにそれもできないことがより難しくしている。
「ご飯でも食べる? それで少しはマシになるでしょう」
「あ、そこまではいいです、作るとしても奏子に作ってあげてください」
「たまには言うことを聞きなさい」
「え、言うことを聞いたからいまこの時間にここにいられているのだと思いますが」
朝の五時半ぐらいから相手の家にいったりする人間ではない。
仲がよかったとしてもせめて八時ぐらいまでは待つ、どれだけその相手とすぐにでも盛り上がりたいときでもそういうことになる。
「……あなた達のせいでお家にいてくれているのに全く話せなかったのよ? これぐらいは付き合ってくれてもいいじゃない」
「だから最初から奏子とだけにしておいてゆっくり話せばよかったと思います」
「言い訳をしない、奏子さんだってそれで怒ったのよ?」
あ、もうこちらの腕を掴んで連れていく気しかないみたいだ。
「菊石先輩、それをどうして奏子相手にできなかったんですか?」
「酷いわね」
「手伝いますよ、なにもしないで食べさせてもらうのは違いますからね」
「最初からそれでよかったじゃない」
先輩が相手のときは出かかっているそれもなんとか抑えて朝ご飯作りを終えた。
丁度それぐらいに客間からまだ眠そうな妹が出てきて挨拶をした。
「……あんまり近づかないでください」
「見てください、これで先程の発言が嘘ではないことがわかりましたよね?」
「顔を洗っていないからじゃない? 要するに乙女なのよ」
「そうですかね、物凄く嫌そうな顔をしていますが」
私はなんでもかんでも悪い方に考えるタイプではないのだ、それでもどういい方に考えようとしても無理だから事実を言っているだけだ。
「美味しいですね」
「菊石先輩がメインで作ってくれたのだ」「雪さんが頑張ってくれたのよ」
「ふふ、そういうところはいいところなんですけどね」
おお、最近はマイナス寄りの表情しか見ていなかったからこれは大きい。
ただとにかくもったいないなと原因となりかけている人間は思う。
そうやってにこにこしていれば学校でだって簡単に人が集まってくるだろうにそれをしていないのは何故なのか。
「よかったじゃない、高評価みたいよ?」
「よかったですね、高評価みたいですよ?」
「「真似をしないでちょうだい」」
昨日のようにふざけないでほしいところだった。
「二人でいちゃいちゃするのやめてくれませんか?」
「あら、二人でいちゃいちゃしているのは奏子さんじゃない、思ってもいないのに嫌いなんて言ってね」
「おバカな雪さんが悪いんです」
「あら、まだ素直になれないみたいね」
だからそう言っていたのに全く聞いてくれていないのだから寂しい話だ。
食器を片付けてこれ以上は迷惑だからと菊石家をあとにしたのに何故か先輩も付いてきた。
「私は思っていても嫌いなんて言わないわよ」
「でも、それって怖いですよね、信じて一緒にいるのに実際は嫌われているわけですから」
姉にそんなことをやられていて後で実際のところを知ることになったらダメージ大どころの話ではない――って、何故こんなに姉のことを気に入っているのか……。
さっさと捨てなければならないことだ、夏休みが終わるまでにはなんとかする。
「それなら直接言われたい?」
「嫌われているのに馬鹿みたいに信じて自分だけ仲がいいと思っている状態よりはいいですね」
嫌いなら我慢をしないではっきり言ってほしいのは私だけではないだろう。
「それなら直接言うけど……このまま続けるようなら私があなたを貰うわ」
「まあ、その方が健全ですね」
妹と仲直りしてアピールをされて女の子として見てしまうぐらいならその方がいい。
同性同士というところは全く引っかからないから私が気になっているのはそこだけだ。
「ちょ、なにちゃっかりしているんですか!」
「あら、どうして嫌いな子の話なのにあなたが気にするの?」
「い、意地悪をしないでください!」
「ならさっさと仲直りしなさいよ」
「つ、冷たくないですか?」
この件に関しては本当に正しいことしか言っていないから言われたくないのなら少なくとも先輩がいるところでは大人しくしておくべきだ。
そういうことに関してだけは黙っておくだけでいいのだからできるだろう。
「あなたのせいで雪さんとゆっくり話せなかったんだから当然でしょう?」
「はは、言われているぞ?」
「うるさいですよ!」
「仕方がないわね、だけど今度雪さんを借りるからそのときは邪魔をしないでちょうだいね」
予定は空きすぎているぐらいだからいつでも誘ってきてくれればいい。
お祭りに一緒にいきたいとかでもよかった、というか先輩が誘ってきてくれないと怪しいからこちらから頼みたいぐらいだ。
「……それはもう約束をしていることなんですよね? それなら邪魔なんかしませんよ」
「それならいいわ、それじゃあいくわね」
お礼を言って今度こそ別れた。
ただすぐのところで手を引っ張られて意識を向けることになったが。
「……嫌いなんて言ってすみませんでした」
「それは本音か?」
「はい……というか雪さんといられないと嫌です」
「私以外の人と仲良くしようとはならなかったのか? 前にも言ったがそれこそ菊石先輩とか魅力的だと思うが」
「え、もしかしてライバルなんですか……?」
ライバルか、真面目にアピールをしてきていたらそうなっていたかもしれない。
「魅力的なのは確かだが奏子から見たらどうなのかと聞いているのだぞ?」
「だからそのつもりなら朱美先輩からアピールをされたときに動いていますよ」
「そうか、なら仲直りができたことを蘭子に言うか」
泊まったのか帰ったのか、どちらかはわからないが一応は気にしていると思うから。
多分姉なら「次からは同じようにしないようにね」と笑って言ってくれるはずだ。
というか、泊まっているなら泊まっているで伊藤といちゃいちゃしているところを見せてもらえればそれで私の問題もそのまま解決できる気がする。
それなら早くいこうと移動しようとしたところでまたもや掴まれて止まることになった。
「それは後でいいです、いまはあなたを……」
「昨日、奏子が怒っていなければ二人きりだったのだがな」
「仲直りした後の二人きりで過ごせる時間は全く違いますよ」
「そうか」
それでも外でゆっくりするつもりはないようだったから家に帰ることになった。
「携帯、壊れなくてよかったですね」
「そうだな」
「ただびしょ濡れでもいいので早く帰ってきてもらいたかったです」
「あそこからだと人通りがあるところを帰らなければならないからな、流石にできなかった」
それほど興味を持たれないことはわかっているがそれでもびしょ濡れだったら見られるだろうから嫌だったのだ。
「それでも早く帰っておけば嫌いだと言われなくて済んだんですよ?」
「はは、奏子が言うのは面白いな」
「なんにも面白くありませんが」
同じようにはしたくないからこれ以上は言葉を重ねることはしなかったのだった。
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