第18話 ブラッドバット

 少し成長した魔法使いなら威力は弱くても広範囲を対象とする魔法で一網打尽にできるが、初心者には荷が重い。

「割といいものが入ってそうなんだよな」

「だけど、ブラッドバット相手に無傷というわけにはいかんだろう。傷は放置するにしても浄化の魔法はかけてもらわないとならない。3回しかかけられないんだったよな?」

 神官が頷くと沈黙がその場を覆った。

 パーティは6人居る。

 3人はジャグラッドの町の神殿で浄化をしてもらう必要が出てくるわけだった。

 その費用は傷の治療代を合計するとそれなりの額になる。

 よほどのものが宝箱に入っていないと割が合わない計算だった。

「誰か1人が入っていって宝箱の中身を取って帰ってくるのはどうだろう? ブラッドバットの攻撃を受けたところで致命傷になるわけじゃない。治療と浄化で2回治癒魔法を使ってもお釣りがくる」

「で、誰が?」

 皆の視線は女盗賊へと向かう。

「あたしは御免だよ。ほとんど防具を身につけていないんだ。生きたままブラッドバットに食われちまう」

「でも、宝箱に鍵がかかっていたら……」

「さすがにブラッドバットに襲われながら鍵開けは無理だね」

 そう言われれば無理強いはできなかった。

 全員が扉に向かって未練がましい視線を向ける。

 宝箱にはとても素晴らしいものが入っているような気がし始めていた。

 魔法使いが手を挙げる。

「こうしたらどうでしょう。先ほどの小部屋には骨が一杯ありました。あれを使って扉にくさびを打っておくんです。具体的にはそこの扉と罠のある扉の存在する通路への扉です。その上で、我々のうちの5人は出口へ向かう通路に避難しておきます。そして、1人がここの扉を開けてくさびを打ち、走って皆に合流します。ブラッドバットは奥へと飛んでいくんじゃないでしょうか。そしたら扉を閉めてしまうんです」

 女盗賊はしばらく考えていたが首を縦に振った。

「そうだね。昨日のパーティが倒した大ネズミの死体を運んでおけば引き寄せられるかもしれない。全部は無理にしても相当の数はそっちに向かうだろう。その囮ならやってもいいよ」

 合意が取れたので全員で一旦奥へと進む。

 一応、念を入れて隠し通路の奥にモンスターが居ないかを確認してから先に進んだ。

 昨日の今日でそのままになっている大ネズミの死骸に紐を括りつけると明るい通路まで引っ張っていく。

 小部屋に戻るとちょうどいい大きさの骨を選んで2つの扉にくさびを打った。

 5人が出口への扉の向うへと隠れると女盗賊は骨片を手にしてブラッドバットの巣くう部屋へと向かう。

 大きく深呼吸をしてから跪き、扉に肩を当てて少しだけ押し開けると隙間に骨片を差し込んだ。

 それからばね仕掛けのように立ち上がると小部屋へと走っていく。

 仲間が開けておいた扉の向こうに飛び込むと、扉をバタンと閉めた。

 呼吸を落ち着かせてからもしばらくそのままの姿勢で待つ。

 もういいだろうと扉を開けた。

 まずは奥への扉に噛ませてある骨片を外して扉を閉める。

 それから武器を構えた前衛3人を先頭に短い通路を進んだ。

 時おりブラッドバットが突っ込んでくるが単独かせいぜい2匹であり、落ち着いて苦も無く斬り捨てる。

 それでも無傷というわけにはいかなかった。

 小さな傷を負う者が2人出る。

 半分あいた状態の扉を押し開けた。

 それと同時に魔法使いが杖の先に明かりを灯す。

 カンテラの明かりでは届かない隅々まで見えるようになった。

 部屋に残っていたブラッドバットは5匹しかいない。

 ぶら下がっていた梁から飛び立って攻撃してきたのはそのうちの2匹だけだった。

「残りは3匹か」

 6人は梁を見上げる。

「襲ってくる気がなさそうだ。それぞれ1匹ずつカバーしよう。その間に頼む」

「分かった」

 女盗賊は宝箱の前にしゃがみ込んだ。

 首筋をブラッドバットに無防備に晒しているのでムズムズする。

 しかし、ここは役割分担に従ってそれぞれのやるべきことに専念する場面ということはわきまえていた。

 魔法の灯りがあるのでずっと観察しやすい。

 女盗賊はすぐに蓋の模様に隠された穴の存在に気がついた。

 穴は2カ所。

 注意深く観察すると穴の中に小さな矢じりが見える。

 真正面に位置して宝場の蓋を開けると顔に矢が刺さる仕掛けと思われた。

 女盗賊盗賊は体をずらすと宝箱の蓋を開ける。

 音もなく小指の先ほどの矢が飛んでいった。

 ニヤリと笑って女盗賊が中を覗き込む。

 籠手が一揃いと革袋が入っていた。

 革袋には多くの銅貨と銀貨が詰まっている。

「手の込んだ仕掛けの割には……」

 女盗賊が独りごちた。

 最初の提案通りに1人で突っ込んでいたら気が急いて矢に気がつかなかったはずである。

 恐らく何らかの毒が塗ってあるはずで、動けなくなって女盗賊は文字通り生きたまま食われたはずだった。

「まあ、でもこんなもんか。このギリギリ感がたまんないんだからね」

 女盗賊は籠手と革袋を掴んで立ちあがる。

「中身は手に入れた。長居は無用だ」

 歓声をあげ6人はブラッドバットが巣くう部屋を後にした。

 小部屋で神官が傷を受けた2人に浄化の魔法をかける。

 やむを得ず傷はそのままとした。

 鋭い牙や爪できたためか、傷はまだ塞がらず出血が続いている。

「悪いけど傷は塞げないわよ。今日は打ち止め。まあ、止血の方が神殿での喜捨の額は少なくてすむわ」

 神官が疲れた顔で言った。

 連続で浄化の魔法を使った負担が想像以上に大きい。

 魔法使いがあごに手を当てる。

「まだ入ったばかりだけど引き返した方がいいだろうね。この奥にはかなりのブラッドバットが残っているはずだ」

「そうだな。しかし、奥に進むのが面倒になっちまった」

「大変そうですね。でも、その苦労は次のパーティに任せましょう」

「なんかいいところ取りをしたみたいで恨まれそうだな」

「え? それじゃ責任取ってブラッドバット殲滅しますか?」

 リーダーは苦笑した。

「いや、やめておこう。別にダンジョンのモンスターを全滅させなきゃいけないわけじゃないしな。初心者はちまちま少しずつ攻略してけとギルドマスターもうるせえし」

 死者を出さずに宝箱から金品を手に入れることができた6人は喜びの表情を浮かべながらダンジョンを出ていく。

 まだこのときは自分たちが引き起こしたことがどのような結果を招来するか知る由もなかった。

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