第114話 聖剣は終わりの始まり




 腕がぁ。

 千切れてぇ。

 超痛いんスよねぇ。




「ハハッ」


 思わず乾いた笑いも出ちゃったわ。

 いや、笑てる場合ちゃうねん。

 でも笑わらないと痛くてどうにかなっちゃいそうなの。許して。


「俺の勝ち……ってことでいいか?」


 眼前には一人の悪魔が伏している。

 本体おれと分身を囮にし、懐に潜り込んだ伏兵が攻撃を浴びたサルガタナスだ。転移で逃げる間もなく罪器サロモンで──しかも、十天流第十天〈至高天〉を喰らわせた。


 罪器は所有者の〈罪〉を刻んで生まれる。

 その力は所有者が死しても失われず、刻まれた術式がダメになるまでは他者でも使うことができるのだ。


 つまり、俺が罪器サロモンを奪い取れればサルガタナスの〈罪〉──奴の歪みを突破できる力を俺が使えるって寸法よ!

 あとはお婆たまの熱い指導でものにした十天流で仕掛けるだけ。最低限魔力があればできる技術って素敵よね。俺はモチベだけは完璧という自負があるから、習得まではそんなに苦労しなかった。


 〈罪〉の関係上、今回はほとんど心理戦だった。

 如何にして相手の虚を衝けるか──全てはそれに掛かっていた。


 ま、おかげで腕千切れたんスけどね。


「……て、めェ……」


 とかなんとか現実逃避しつつ痛みを忘れようとしたら返事が返ってきた。

 ビビり過ぎて心臓止まりかけた。縮んだ寿命はどう補填してくれるのよ。


「……まだ息があったか」

「俺様の……分身を……!」


 何を言うかと思えばあの時の分身──〈もう一人の相手ドッペルゲンガー〉に触れられた。


「ハッ! あんなもんまだ残ってる奥の手の内の一つだぜ?」

「俺の〈世界ウェニ・ウィディ・ウィーキ〉と同じ立体型の〈聖域〉か……!!」

「よく分かってんじゃねーか」


 こいつ、意外と目敏いな。

 〈もう一人の自分〉と〈もう一人の相手〉は立体型〈聖域〉。魔法陣で囲んだ内にある空間を複製することによって生成される分身だ。

 それが術式の正体。

 だから、複製対象が目の前に居なければ発動できない。パルトゥスの村で扉越しのアスを複製できなかったのはそういう訳だ。


「他の聖域使いにゃ悪いが、俺の場合魔法陣を。他の奴らよりかは魔法陣を描けるっつー寸法だ」

「それが奥の手か……!?」

「いーや、まだまだあるぜ?」

「ッ……!!」


 サルガタナス君、戦慄してるところ悪いが嘘です。

 奥の手、本当はあと三個ぐらいしか残ってませんでした。

 正直言うと、出来れば全部使いたくなかった技だから〈もう一人の相手〉が通用してホッとしてます。


 というか、そもそも〈もう一人の相手〉自体が使いにくい技なんだよ……。

 術式自体は〈もう一人の自分アルター・エゴ〉と同じ、自律思考する分身を生み出すというもの。さらに言えば俺自身の分身を作った時、もう一回〈もう一人の自分〉を作れることからも、分身元の〈罪〉が使える特別製なのは理解できるだろう




──じゃあ最初からサルガタナスの分身作れば良かったんじゃね?




 そう思った諸君。

 では、どうしてわざわざ〈もう一人の自分〉と名称を分けているかを教えて進ぜよう。


 敵の分身作るじゃん?

 自律思考するじゃん?

 実質敵増えるじゃん?


 はい……そういうことです。

 世の中何でも上手く事が運ぶとは限らない良い例だ。


 つまりあれだ。〈罪〉を使える破格性能の裏側には、対象の思考を完全に複製するという特性上、敵を増やしかねない事態に陥るのである。使いどころが限られる技とでも言い換えておこうか。


 だって最悪サルガタナスが二人に増えるんだよ?

 そうなったらもう終わりよ。ギルシンの恋愛パートで例えるなら、完全に恋人ルートから外れる選択肢を選んじゃうようなもんよ……クソァ!!(シリーズ通算十五敗)


 なので、開戦当初から『使えたらな~』とは思いつつも、中々使用まで踏み込めずにいた。

 今回の場合、使えるタイミングは同士討ちを狙う場面のみ。それでいて異常なまでに反応が早いサルガタナスを仕留める為、畳みかけてトドメまで行ける瞬間が好ましかった。


 それがこの左腕ザマよ。


「お前如きにゃ使うまでもなかったようだがな」

「……ッソがァ……!」


 強がる俺は、分身から受け取った左腕を断面にくっ付け痛たたたたたたたたッ。

 ヤバい。これアドレナリンでもどうしようもできねえ痛みヤツだ。途端に全身に脂汗滲み始めて寒気も駆け巡る。サーキットを駆け巡るF1の如き速さだ。


 でも大丈夫。こういう時の為に痛みを誤魔化す魔法も習得している。

 脳に負担が掛かるのがネックだが、これでショック死するよかマシだろう。


「本体を囮にするなんざ正気か……!?」


 魔法で応急手当していたら、血だまりに伏していたサルガタナスが震えながら立とうとしていた。まだそれだけ力が残っていることに驚きだが、生まれたての羊のような姿を見るに、これ以上戦えそうにはない。そうであってほしい。


「一歩間違えればてめェがッ……!」

「……だったらなんだよ」

「ッ!!?」

「お前を倒さなきゃアグネスは死ぬ。分身に罪器が渡ればお前を倒せる。だからああした」


 それだけだ、と。

 そう突き付けてやれば、サルガタナスは両方の目をこれでもかと剥いていた。


 確かに腕を斬り飛ばされた時、一瞬でも体を引くのが遅れていたら死んでいた。そういうギリギリの賭けであったことは否めない。


 なので敢えて言わせてもらう。

 ……誰が二度とこんな作戦やるか!


 全部が全部、お前の反応早過ぎるのが悪いんだよ!

 だから本体おれを囮にして思考を混乱させようって魂胆で実行した次第だ。


 


「言っただろ? 負けられない戦いで負けたことはないって」

「てめェ……!!」

「俺とお前じゃ勝利条件が違うんだ」

「……クソッ!!」


 悪態を吐くサルガタナスの眼光が閃く。


「複製……そうか……!!」

「……」

「幻影の生成と……実体化……!! ……!! てめェは〈昇天〉と〈堕天〉を──ぐはッ!!」


 血反吐を吐き、とうとう悪魔は血の海に沈んだ。

 直後、周囲を覆っていた闇の帳が崩壊を始める。崩れる壁面の先には、次第に見覚えのある光景が広がった。


「ハハッ……生きて戻ってこれたか」

「ライアー!」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!?」

「ライアー!?」


 〈世界〉が崩れた途端、駆け寄ってきたアータンが抱き着いてくる。が、よりにもよって抱き着かれた部位が繋げたばかりの左腕であり、衝撃と共に駆け巡る激痛から、俺はシャウトラットになってしまった。


「手が……手がぁ……!!」

「ご、ごめん大丈夫!?」 

「三分間待ってぇ……!!」

「三分でどうにかなるものなの!?」

「俺がカップ麺なら……!」

「よく分からないけど、どうにもならないってことね!」

「そ、そんなことより……先にアグネスの手当を──う゛ッ」

「ライアーーーッ!?」


 アグネスの手当をアータンに託したところで、俺は激痛の余り地面に横たわった。

 あたふたするアータンであったが、アグネスの容態に気づけばすぐさま目の色が変わる。周囲に呼びかければ、聖女やら近衛騎士達が一斉に治療を開始してくれた。仕事が早くて助かる。


「本当に六魔柱を倒したのか……」


 すると、唖然としたルフールが呟きながら歩み寄ってきた。

 なによ。アタイが本当に六魔柱を倒せると思ってなかったってのかい?


「ドヤッ」

「……その顔をしてもいい偉業ですよ。すぐに手当します」

「ありがとうございますッ……ありがとうございますぅ……!」

「腰急に低っ。怖っ。近寄りたくなっ」

「怖がらないでぇ……!」


 手当を申し出てくれたルフールに最大の謝意を表現したら怖がられちゃった。

 でも実際腕千切れてるとこに治療できる人が来たら、このぐらい腰が低くなるもんだろう。俺は間違っていない……俺は正しいんだ……!


「こいつが六魔柱……!」

「まだ息があるぞ。どうする?」

「トドメを刺すべきだ」

「いや、迂闊に近づくな!」


 俺を含めた怪我人が治療される中、〈聖書の庭ホルトゥス・ビブリクス〉で魅了が解除された〈鋼鉄の処女〉隊長がサルガタナスを警戒し取り囲む。

 一見相手は虫の息であるが、隊長達の表情は酷く緊張している。

 つまりはそれだけ六魔柱と隊長の間に、隔絶された力量差があると知れ渡っている訳だ。


「ライアーさん」

「はぃ……?」

「場合によっては我々がの首を獲ることになりますが構いませんね?」


 ルフールが突然、そのような許諾を求めてきたので頷いておく。

 実際に首を討ち取る実績を考慮してかもしれないが、そこんところは正直どうだっていい。


 だって俺、今左腕千切れかけてるんだぜ?

 今ならエケチェン赤ちゃんにさえ手を捻られるぞ?


 そう、赤子の手を捻るかの如く!

 エケゴ赤子ティフィネル捻るが如く!


「……任せた」

「分かりました。聞け! これより〈聖域〉を張り、盤石を固めてトドメを刺す!」


 承諾を得たルフールはキビキビと隊長達に指示を出す。

 死に体とは言え、相手は六魔柱。本来騎士団長二、三人が居て倒せるかどうかといった相手なのだから、準備し過ぎるということは決してない。


「反撃を喰らわぬよう魔法で仕留めるぞ! ハカミヤとポイエルは標的の前後で待機! レハヒヤはアサリヤの魔法を〈聖域〉で支援せよ!」

『は!』

「凄い……副団長みたいだ……!」

「副団長ですよぉ……」

「あ、ルフールだ」

「どういう意味ですか?」


 『場合によっちゃ鉄拳ですよ?』と告げるルフールに、俺はお喋りな口を自ら塞いだ。さもなければこのまま腕をもぎ取られかねなさそうだからだ。


 そうこうしている内にも隊長達は準備を進めている。

 聖工隊隊長レハヒヤ聖歌隊隊長アサリヤを〈聖域〉で火力支援。騎士隊隊長ハカミヤ従魔隊隊長ポイエルは、万が一逃げ出した場合、すぐさま迎撃できるような配置に着く。


「ッ……ソ……!!」


 ただならぬ気配にサルガタナスも身じろぐ。

 しかし、傷は深い。失った血が余りにも多過ぎるが故に、立ち上がる余力さえ残っていない状態であった。


 ……これで奴も終わりか。


「放て!」

「──〈多連大風魔槍ムルタ・マグナ・ベントハスター〉!」


 聖歌隊隊長の周囲に渦巻いていた風の槍。

 それらが一斉に、慈悲もなくサルガタナスへと殺到する。直前まで散々サルガタナスの巻き起こす暴風を目にしていたのでスケールダウン感が否めないが、それでも無防備な相手には十分過ぎる威力だ。


「チッ──!!」


 吐こうとしたのは怨嗟か呪詛か。

 だが、サルガタナスが言い切るより早く魔法は着弾。血溜まり諸共床を爆散させた挙句、大きな土煙を周囲に巻き起こす。


 誰もが息を呑んで、土煙が晴れる瞬間を待ち望む。

 幸いにも〈多連大風魔槍〉の余波で吹き荒れる風のおかげで、激しく渦巻く土煙が晴れるまで、そう時間は掛からなかった。


 堂々と、しかし、油断はしていないルフールの視線は注がれ続ける。


「……ッ!!?」




「──無様だな、サルガタナス」




「なッ!!?」


 煙は晴れた。

 しかし、そこに佇む人影を見て全員が息を呑んだ。当然、そこには俺も含まれていた。


 爆心地──サルガタナスが伏していた場所に、影が落ちていた。

 くらく、くらく、くらい。

 まるで深淵を覗き込んだ時のように、限りない闇が広がっていると錯覚するような暗黒だった。


──なんでこいつが。


 予想外だった。

 いや……予想したくなかったとも言える。


 奴が魔王軍である以上、この戦いに加わる可能性は初めから存在していた。にも拘わらず、その参戦を見越していなかった理由はただ一つ。




「じゃ……〈邪見じゃけん〉……ッ」

「──ルキフグス!」




 奴ほどの大物──三人目の六魔柱が来る等と、誰も信じたくなかった。


「ほう」


 顔は見えない。

 三対の黒翼で全身を覆い──その内の一枚でサルガタナスを担ぎ上げるルキフグスは、その隙間より瞳を覗かせつつ、声を漏らした。

 淡々とした声音だ。だのに、聞いているだけで押し潰されそうになる威圧と重圧を伴っていた。


 誰も動けない。

 立ち向かうことも、逃げ出すことも。


 一切の身動きを許されぬ空気が、その場を支配していた。


「俺の名を知っているか」

「ッ……その剣は!?」


 だが、俺が何よりも目についたのは奴が握る二振りの

 見たことがない──だがしかし、目に焼き付いている装飾が施された剣からは、素人目から見ても理解させられる神聖さが、まるで光背染みた威光を放っていた。


 ギルティ・シンにおいて、その二振りは特別な意味を持つ。


 ある時代には『勇者の剣』と。

 ある時代には『英雄の武器』と。

 そして、ある時代には『救世主の遺した罪』と──。


か!」

「──そうだ」


──『浄罪の聖剣』と『断罪の聖剣』


 世界を救いし罪人が振るったとされる伝説の武具だ。

 しかし、それも遥か昔の話。


 聞いた話では、すでに本物は風化して失われたとされている。

 その為、スーリア教国に飾られている聖剣も祭事用の贋物レプリカであり本物ではないはずだ。


 だが、この場にあれを贋物だとは思う者は誰一人としていない。

 罪使いならば尚の事。

 聖剣より溢れ出る力の波動を肌身で感じ取れるならば、きっと誰もが膝を突き、赦しを乞う姿勢を取るだろう


 例えるのなら、神の前で告解する瞬間を待つような──。


「──ご覧の通りだ」

『!!』

「聖剣は我らが手に堕ちた」


 沈黙を破るはルキフグス。

 淡々と言葉を紡ぐ彼の足元を見れば、不自然に黒い円──影が広がっていた。その周辺の床だけが抉れているのを見るに、先の攻撃を彼が防いだことは明白であった。


「全ては我々の思惑通りだ」

「なんだとッ……!?」


 ルフールが口答えしようとするも、ルキフグスの一瞥によって押し黙らされてしまう。

 しかし、事実副団長が閉口せざるを得ない状況である。


「我が方の情報網により、聖剣がこの国にあることは把握していた。だが聖剣が保管されている大聖堂地下宝物庫には厳重な〈聖域〉が張られ、迂闊に手出しできなかった。何故なら強引に〈聖域〉を破れば、我らさえも消滅させる魔法が刻まれていたからだ」

「ッ……!!」

「故に聖女を誑かし、教団を掌握した。今回の聖都襲撃も、全てが聖剣を手に入れる為、〈聖域〉解除に費やした時間稼ぎに過ぎん」

「時間稼ぎだと……!?」


 怒りに震えるルフール。今にも飛び出しそうな彼であったが、そこを何とか俺が手で制する。


「下がれ、ルフール」

「しかし……!?」

「あいつは……俺がやる」


 ルフールから息を呑む音が聞こえた。

 そりゃそうだ。サルガタナスとの死闘を経て満身創痍だった奴が、聖剣を手にした六魔柱相手にやり合おうとほざいてるんだ。誰だって冗談だと思うだろう。


「〈虚飾〉か」


──


「搾り滓風情が……!」


 サルガタナスを担ぐルキフグスの声は震えていた。

 そして、黒翼の隙間より覗く眼光がスッと細められる。あからさまな敵意……いや、殺意を向けられる。


「その有様でこの俺に勝てるとでも?」

「ったりまえよ。ま、その大層大事に抱えてるがどうなってもいいなら構やしねえけど」

「……」


 ルキフグスが沈黙する一方、担がれたサルガタナスはもぞもぞと動く。

 徹底的に抗議したいのだろうが、ご生憎様奴とて半生半死だ。さっさと持ち帰って治療してもらわなきゃ、そのまま死んでしまうことだろう。


 これはある種の賭けだ。


「──決めるならさっさと決めろよ」

「……貴様」

「俺をその気にさせてみろ」




──今日聖都ここに来たてめえら全員殺してやるよ。




 底冷えする声音で威圧してやれば、ルキフグスが鯉口を切ろうと聖剣の鍔に親指を当てる。


 近くに居たルフールが。

 そして、アグネスの手当をしていたアータンや聖女からも、ゴクリと息を呑んだような音が聞こえた。


 沈黙が続く。

 息を忘れて睨み合うこと数秒。だが、俺からしてみれば数時間にも感じられる濃い密度の時間を経て、ルキフグスは鯉口から親指を退かした。


「窮鼠は猫を嚙むが……鼠に化けた物の怪では拙いか」

「逃げんのか?」

「勘違いするな」


 ルキフグスの周囲には不自然に影が広がる。

 誰もが瞠目して視線を注ぐ中、ルキフグスとサルガタナスの二人は影に沈んでいく。恐らくはあれが奴の移動術なのだろう。


 撤退か──誰もがそう思った瞬間、影の一部が猛スピードでこちらに迫ってくる。


──不味い。


 俺はすかさずその場で〈幻惑魔法ハル〉を繰り出す。

 瞬く閃光を浴び、迫る影の勢いは衰える。しかし、糸のように細くなりながらも突き進んでくる影は、俺が手にしていたサロモンの“影”に接触した。


「チッ!」

「ライアー!?」

「大丈夫だ!」


 あくまで俺は、だ。

 影がくっついた瞬間、俺はサロモンを手放した。そのおかげで俺自身には傷一つついていない。


 ただ、影の繋がったサロモンは違かった。

 ガギゴギメギッ、と。 

 分厚い金属が拉げる、歪な破壊音が通路に木霊する。数秒の出来事だった。たったそれだけの時間でサルガタナスを倒した必殺の罪器は原型を留めないただの鉄屑と化したのだ。


「クソッ!」

「……目的は既に達した」

「ま──待てッ!!」


 サロモンを処分して満足するルキフグス。

 そんな彼の元へ、ルフール達は飛天で向かっていく。


 しかし、誰の目から見ても間に合わぬことは明白だった。


「命拾いしたな、屑共」


 さもなければ、この場に居る多くの人間が──殺されていただろう。


「束の間の命だ。精々我々に恭順しなかった愚行を後悔し、絶望のまま死に絶えるといい」

「お前達の目的はなんだ!?」

「……審判の日は間もなくだ」




──もうすぐ分かる。




 それだけ言い残したところで二人の大悪魔は消え去った。

 遅れて辿り着いたルフール達が攻撃を仕掛けるも、奴らが消えていった影は、文字通り影も形もなくなっていた。


「おのれッ……!!」


 悔しさの余り、ルフールは拳を握って震えている。

 その間、俺はアータンの下へ向かっていた。アグネスを死守せんと身を呈していた彼女は、俺の顔を見るなりホッと安堵の息を漏らす。


「助かったのかな……?」

「……アータン」

「な、なに?」

「え?」




──なんだか嫌な予感がする。




 そう告げた俺に対し、アータンは力強く頷いてくれた。




 ***




『帰還するぞ、サタナキア』

「──あい分かった」




 ***




「……動きがないな」

「ええ……」


 不気味です、とアスは続ける。

 〈堕淫魔剣ダインスレイブ〉により虚を衝き、〈始王の衝角バアル・ペオル・アリエース〉を叩き込んでから早数分。

 六魔柱が一柱、ネビロスの〈腐敗せし地獄公アスタロト〉をも吹き飛ばした実績のある大技だ。あれを喰らってただで済む者は存在しない。現に大聖堂の一角は、突撃の破壊力の余り消し飛んだほどだ。


(オレ達の役目はが来るまでの時間稼ぎ……)

(倒せるに越したことはないですが……)


 警戒は解かぬまま、周囲をつぶさに観察する。

 すると、不意に瓦礫の山の一部が動いた。


「そこ!」

「ぬん!」


 速攻。

 迷うことなく二人は瓦礫に向かって仕掛ける。


 攻撃は何者にも阻まれぬ直撃。瓦礫は轟音を響かせ、さらなる細かな破片や砂へと砕かれることとなった。


『──時は来たれり』


 しかし、声は聞こえてしまった。


「どこからだ!?」

『我々の目的……古より受け継がれし聖剣は手に入れた』

「目的ですって……!?」

『最早、この国に用はない』


 どこからともなく聞こえてくる声に、二人は背中合わせになりながら周囲を見渡す。

 耳を澄ませれば声が影の中から聞こえてきた。しかし、突然影から聞こえたとしてどうすることもできない。


 二人はただ敵が目的を果たしたという事実だけをくみ取り、悔しそうに歯噛みした。


「くっ……嵌められたという訳か!」

『ククッ、案ずるな。貴様らには土産を置いていく』

「土産だと……?」

『精々その目で確かめるがいい──では』


──左様なら。


 それだけ言い残してサタナキアの気配は完全に消え失せた。


「おのれ奴め! 一体どういう意味だ……!?」

「ッ……分かりませんが、逃げたなら逃げたで好都合です」


 今なら傷病者に手当をできる。

 これだけの戦いの規模だ。魅了の被害となった騎士と、彼らを食い止めた騎士との間で激しい戦いが繰り広げられたに違いない。

 当然、負傷者の数も膨れ上がったはずだ。


のことも気がかりです」

「肉体に刻む〈聖域〉か。ハハイヤ殿に治療を任せたが、上手く行っているといいのだが……うん?」


 コツン、と。

 広大な通路に虚しく響く足音に、二人は誘われるように顔を向けた。


「あれは……」

「……ハハイヤさんッ……!?」


 視線の奥に立っていた人影はリオだった。

 だが、その足元に倒れる人物の方に、アスの視線は向いていた。広がる血溜まりに倒れるは、聖女リオの治療に当たっていたはずの騎士ハハイヤであり──。


「どうして──ッ!!?」

「……ぅ」

「え?」






「ぅぁぁぁああああああああッ!!! ああ゛あああ゛あ゛ああ゛ッ!!?    ッ゛  ッ ッ ッーーーーーーーッッッ!!!」






 絶叫。

 可憐な美女から。あるいは清廉な聖女から発せられているとは思えない慟哭が、大聖堂の通路一杯を揺るがす。

 よく見れば絶叫するリオの全身には罪紋が奔り、あまつさえ目や口からは禍々しい魔力の光がこれでもかと放たれていた。


 余りに尋常ではない様子を目の当たりにし、アスとベルゴは思わず半歩後退る。


 そして彼らは思い知る。

 それが、ただ一つの正解であったと。






「──我が〈シン〉に殉ずる」






 聖女の宣誓。






「 ダイ シン  」






 それは終わりの始まり。



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