第105話 背信は不義の始まり




 前回までのあらすじ。




 アスはアスではなかった!

 な、なんだってー!?


 なんかこれデジャブだな。常套句とも言う。


『それでは作戦会議を行う!』

『その前に少しいいか』

『どうしたよ、ハハイヤさん』

『ええと……君は一体いつ仲間を救出していた?』

『捕まった当日』

『早いな』


 時は聖女会談の前日まで遡る。

 ルフールの手引きにより脱獄したハハイヤも交え、俺達が集まったのは場末の酒場。そこには俺は勿論のこと、アータンにベルゴ、それと聖女組も揃っていた。片方はおちんちんシスターだけど。


『どういう絡繰りなんだ? 君も捕まったはずでは……』

『俺はほら、分身出せるから』

『ああ……』

『捕まったの本体だけど』

『本体が捕まったのか!?』


 驚愕の声を漏らすハハイヤ。

 まさか薄氷の上を歩み、俺達がこの場に居ることを理解しているのであろう。実に申し訳なさそうな面持ちを湛えている。

 それはそれとして何か納得するような、あるいは呆れたような目つきで俺を見つめてくるではないか。きっと聖都に辿り着くまでの道中を思い出しているのだろう。


 いやん、恥ずかしいわ♡

 お使いクエストでたらい回しにされ、台パン発狂並みにキレ散らかしていた姿を見られちゃったカモ♡


 つまり、そういう訳だ。

 聖都に到着した際、まんまと本体の俺は騎士団に取っ捕まった。しかし、それはそれとして別の場所に〈もう一人の自分アルター・エゴ〉で生み出した分身を待機させていたのである。


 実を言うと、俺は普段から分身をどこかに控えさせている。

 一人旅だった頃の名残と言うべきだろうか。こんな物騒なご時世ではソロキャンプもままならないし、万が一に身動きが取れなくなった時、周囲に他人が居なければそのままお陀仏だ。


 そ・こ・で!

 そこでですよ奥様!


 怪我や毒で動けない時。

 味方を一人残せない時。

 本体は休んでいたい時。


 そんな時、大活躍するのが〈もう一人の自分アルター・エゴ〉だ。

 この魔法で生成した分身は極めて精密な肉体の複製故、他と違って分身が勝手に消えることはない。分身自体が本来の肉体同様、食事や休息を取ることで魔力を補給できるのである。


 つまり、効果時間はほぼ永続。

 試したことはないが、多分何事もなければ天寿を全うするまで分身は維持し続けられるだろう。まあ、そんなことしたら分身出せないから消すんだけども。


 明確な欠点は分身の力が本体の半分程度になること。

 それにしたって破格の性能だ。いやぁ、ギルシン魂に火がついて罪魔法を研究し続けた甲斐がありますな。


 何かと便利な〈もう一人の自分〉。

 当然、今の今までも幾度となく活用してきた場面は存在する。


 初めてアータンと二人旅の道中、丸呑大蛇に荷馬車を襲われた時。

 寝ずの番で暇な時間に、一生懸命ベーコン作りに勤しんでいた時。

 リーパの村がいつ襲われるか警戒して回り、魔王軍を発見した時。

 料理番の際、効率重視で洗い物と料理で手分けして作業したい時。

 その他、ベアティの追跡、アータンの囮の代役等々……ありとあらゆる場面で分身君は大活躍してくれている。


 今回も不甲斐なく拘束された本体の代わりに、リトライ不可のクエスト:インポッシブルなジェイルブレイクを敢行し、見事脱獄補助を完遂してくれた。


『うわあああん! ライアー、怖かったよぉ~~~!』

『おー、よしよし。怖い思いさせてごめんな。泣くなら俺の胸で泣きな』

『うん……!』


『……』

『分身に嫉妬してるのか?』

『嫉妬などするものかっ! キーっ!』

『してるではないか』


 ただまあ救出に赴いたのは分身の方な訳で。

 救い出したアータンからご褒美は分身君の方に持っていかれた──ち゛く゛し゛ょ゛う゛!


 ただしその後、分身くんに強めに殴られたことは余談だ。


 ごめんよ、俺。

 気持ちは分かる。だって俺だもの。


 だが厄介だったのはアスの方だった。

 一応今回俺達が捕まった罪状は聖女のなりすまし。つまりアスは主犯になる。

 地下牢の浅い監獄にぶち込まれた俺達とは違い、アスだけは重罪人が処刑当日まで幽閉される監獄塔なる建物へと連れて行かれた。


 ので、救出した。


『ラ゛イ゛ア゛ー゛さ゛ん゛っ゛! 怖かったですううう!』

本体おれのご褒美はおちんちんシスターからの抱擁か……』

『不潔ですっ!』

『痛ァーーーっ!?』


 ご褒美という名のケツキックを頂きつつ、アスの救出も完遂。

 残るは魅了されたハハイヤ……だったのだが、これに関しては救出に時間が掛かった。それもこれもハハイヤが地下牢でも最深部の方に閉じ込められていたからだ。


 その為、脱獄の糸口を探るべく妖しい動きを見せていたルフールを尾行していたのだが……やれやれ。


 脱獄の手引きするつもりだったなら言ってくれればよかったのにぃ……無理か。


 とまあ、紆余曲折があったのだ。

 ちなみにアグネスとはすぐに合流し、共に聖都に潜んでもらっていた。


 その後、来たる聖女会談に向けて情報収集した結果、どうにも芳しい状況でないことが判明。教団は半数以上がリオに魅了されているらしく、組織としては半壊に等しいようだった。


『これでは当日、悪魔が攻めてこようものなら対処できんぞ』

『〈鋼鉄の処女〉は会談の日はどうするって?』


 元団長としての観点からベルゴが意見を述べる。

 同感であった俺は、一旦地下牢で別れたルフールより当日の情報を伝えられたハハイヤに情報共有を求めた。


 すれば、


『ルフール曰く、『大聖堂を中心にして町中に配備させられている』と言っていたが……』

『体よく戦力を分散させられたねぇ』

『ええ……しかも、会談当日悪魔が攻めてくることには戒厳令が敷かれたままだと』


 頭が痛そうに抱えて話すハハイヤに、アグネスもつられて唸っていた。

 原作既プレイ勢としても今回の状況は予測が付かない事態だ。敵が大群で攻めてくるのか少数で攻めてくるかさえ判明していないのだ。


 宣戦布告したサタナキアが来るのは当然として、問題なのは奴が配下の悪魔を大量に引き連れてきた場合だ。

 騎士団は機能しておらず、住民も襲撃が知らされていない以上、避難の準備どころかろくに危機感さえ抱いていないことは明白。


『このまま奴らが襲撃したら聖都は大混乱さね』

『万が一に備えて、どうにか住民を避難させたいところだが……』

『いくらなんでも無理じゃないですか……?』


 かつてのドゥウスを知る二人が重々しい口調で語るが、現実的ではないとアスは反論していた。


『同感だ。いくら俺達が騒いだって今の騎士団に取っ捕まるのがオチだぜ?』

『じゃあどうする? 町の人達は無視しちゃう……?』


 同感する俺に対し、アータンが不安そうな面持ちを湛えていた。

 彼女も一度故郷を焼かれ、二つ目の故郷となる村をも焼かれる寸前だった身だ。人々が暮らす街が火の海と化し、多くの人間が犠牲になる事態は避けたい──そんな気持ちを抱くのは当然であろう。


 ふと、彼女の縋るような視線が俺に向けられる。

 不安と期待に満ちた瞳だった。


『ライアー……どうにかできない?』

『……やれやれ』


 とんでもない無茶振りに俺も頭が痛くなってくる。

 だが──手がない訳ではない。


『まずは人手だな』

『人手?』


 首を傾げるアータンに、俺はウインクしてみせる。


『そ。避難の誘導も悪魔の襲撃も、どっちも人手が足りなきゃできやしない』

『人手たって……知り合いでもいるの?』

『ん、呼ぶ』


 幸い声を掛ければすぐにでも駆け付けてくれる仲間が二人ほど居る。

 一応フロールムを発つ直前に連絡はしたし、の情報網に掛かれば最新の情報もすぐ届くはずだ。


『そいつに任せれば……そうだな。外から攻め込んでくる悪魔ぐらいならどうにかできる……はず……たぶん……』

『最後の方で尻すぼみになるの、本当に不安になるからやめて……!?』

『だってぇ……』


 これはあくまで悪魔の襲撃側の対処だ。

 もう一つの避難の方は、また別で方法を立てねばならなかった。


『だったらいい手があるよ』

『お婆たま?』

『ライアー。アンタの分身、こいつに化けさせられないかい?』

『わたしですか?』

『……そうか、なるほど』

『えっ? えっ? えっ?』


 困惑するアスを置き去りにし、アグネスが語った作戦はこうだ。


『会談と処刑は同日に行われる。それなら処刑の時、こいつに化けたアンタが見物に来た奴らを脅かしてやりゃあいい』


 聖女とは思えぬあくどい笑み。

 まるで魔女のようにケッケッと笑うアグネスに、俺とベルゴは苦笑いを禁じ得なかった。


 要は、死刑囚アスに化けた俺の分身が『避難しなきゃブチコロス』的なことを叫び、観衆自ら逃げ出すよう誘導すればいいという作戦だ。

 何ともまあ力業だが……結局アスの脱獄がバレぬよう分身を置いてきてちょうど良かった為、この作戦は採用と相成った。


『だが問題は他にもある。魅了された騎士はどうする?』

『それなら……わたしに任せてください』

『妙案でも?』

『はい』


 魅了されてしまった騎士の対応に名乗りを上げたのはアスだった。


『時間さえいただければ、わたしが何とかしてみせます』

『……分かった。それなら騎士は貴方に任せたい』

『はい!』


 そして、残る最後の問題。

 わざわざご丁寧に宣戦布告を決めてくれやがったすっとこどっこい──六魔柱が一柱ことサタナキアだ。


 傲岸不遜でプライドの高い奴は、来ると言えば絶対に来る。


『でもどこに来るのかなぁ?』

『……会談の間だ』

『十中八九、そうだろうね』


 これに関してはハハイヤとアグネスが断言した。


『奴──〈愚癡のサルガタナス〉と言ったか。恐らく奴の転移術ならば聖都の感知をすり抜け、一息に会談の間に仕掛けてくることも容易いはずだ』

『加えて魅了の魔眼なんて……アタシら聖女を洗脳します、って言ってるようなもんじゃないかい』


 騎士団長と聖女代理の意見は合致していた。

 奴らが仕掛けてくるならば各国の聖女が集う会談の間しかない。というか、唯一リカバリーが利かない場所がそこに他ならなかった。


『あそこは一旦閉じれば完全な密室と化します。もし仮にサルガタナスとやらが、密室となった会談の間に転移したら……』

『手も出せず聖女は奴らの手に堕ちるねェ』


 聖女は人望の厚い立場。

 裏を返せば魅了洗脳の核としてはこの上ない駒だ。それはリオの所業が何よりの証左である。


『しかし、当日大聖堂は厳戒態勢です。とても会談の間に忍び込むなど……』

『ちっちっち』

『ライアー殿?』


『(今口で言わなかった?)』

『(言ったな。『ちっちっち』って)』

『(ちょっと舌足らずな感じでカワイイかも……)』


 何か近くでひそひそ話している仲間を余所に、俺は自分の鉄仮面──罪冠具を立てた親指で指し示す。


『それなら問題ねえ。俺の罪魔法なら忍び込むなんてちょちょいのちょいちょいおっちょこちょいよ』

『最後にやらかしてるじゃないか』

『ごめん。最後のは嘘』


 冗談はさておき、ドゥウスにてネビロスの私室までこっそり潜入した実績があると言えば信用はできるはずだ。


『山を張るなら会談の間だ。別口から侵入されたならそこから動けばいい』

『そして、転移で現れたなら奴らを背後から刺す……という訳だな?』

『可能なら、ではない。現れ次第確実に仕留める……!』


 作戦を汲んでくれたベルゴに対し、ハハイヤは異様なほど闘志を滾らせていた。

 いや……異様と評するには、ハハイヤがこうなってしまう理由はあり過ぎる。

 同じ神を信奉する教団を操られ、共に戦場で戦う同士たる騎士団を操られ、あまつさえ忠誠を誓った聖女も操られているのだ。


『サタナキア──奴だけは私が討つッ!!』

『ハハイヤさん……』


 食い込んだ爪が皮膚を突き破りそうなくらい、ハハイヤは己が拳を握り締める。

 凄惨たる鬼人が如き形相だ。


 アスはそれを危ういものを見る眼差しを送っていた。

 この数週間、あくまで演技とはいえ主従関係を結んでいた彼だ。騎士として燃え上がる使命感の中に見え隠れする憎悪は、ともすれば彼自身の身を焼く業火であると感じたのかもしれない。


『……兎も角、何より優先すべきは人死にを出さないことです。最悪、サタナキアや悪魔を討つことは後回しです』


 やんわりと窘めるアスに対し、ハハイヤは頷く。

 それからも俺達は作戦がまとまるまで話し合った。


 避難誘導、魅了の解除、襲撃の対応──本来聖堂騎士団が対処すべき事態を、俺達はたった数人でやり遂げなければならないのだ。


 ……なんで俺はゲームよりハードな状況をこなさにゃならんのだ? そこが分からない。


 分からないが──逃げ出すつもりは毛頭ない。

 そうしてついに話がまとまる直前。


『よし、最後に一番重要な部分について話し合う』

『え? まだ何かあったっけ?』

『──作戦名を決定する』

『この期に及んで!?』


 この期に及んでとアータンは言うがねぇ……。


『いや、でもちゃんと作戦名あった方がやる気でるし……』

『……ならいっか』

『よっしゃあ!』


 アータンも大概だった。

 優しい。大好き。結婚してほしい。


 そんなアータンの許しを得て、俺が独断で決めた作戦名はこれだ。




『それじゃあ作戦名は──「聖女救出作戦」だ』




 この作戦名に対する反応は三者三様だ。

 額面通り受け取って奮起する者。

 怪訝そうに小首を傾げる者。

 思わず吹き出してしまう者等々……。


『ッ……!』


 だが、唯一神妙な面持ちを湛えていた者は。

 ハハイヤだけは、これを聞いて静かに落涙していた。


 するのではない、するのだ。


 守護するべきなのは、明日襲われるであろう他所の国の聖女。

 すなわち、救出すべきは自ずと絞られる。


 偽物の聖女アスも救い出された今、最後に手を差し伸ばすべき相手は一人。


『かたじけない……ッ!!』


 〈色欲の聖女〉リオ。


 罪派に陥れられ、悪魔に魅入られた悲劇の聖女。

 その称号に偽りはあったとしても、彼女が身を粉にして努力してきた事実も、大勢の命を救ってきた事実にも偽りはない。


 彼女は紛れもない真の聖女だ。

 ハハイヤだけは……知っていた。


 だからこそ涙する。

 だからこそ感謝する。


 別に俺に感謝なんかしなくたっていいのにな。


『なあハハイヤさん。俺さ、思うんだよ』

『ッ……何をだ?』

『世の中、ちょっとくらい嘘吐いたままにしてた方がいいことがあるんじゃね?』




 真実だけしか認められないのなら。

 人間はこんなにも幻想を愛さない。




 ***




「〈月剣宮ワギナ・デンタータ〉」


 ハハイヤは注ぐ。


 魔力だけではない。

 騎士としての使命、団長としての責任を。


 何より自身が愛した人間を陥れたふざけたクソ野郎への怒りだ──!


「──〈御身イン・ヴィーヴォ〉ッ!!」


 爆発だ。

 爆殺させた。


 刀身表面に薄く張られた〈聖域〉──〈月剣宮ワギナ・デンタータ〉。

 内と外を分かつ境界に触れた相手を、魔力の斬撃で自動迎撃する〈鋼鉄の処女〉秘伝の〈聖域〉。それを刀身に纏うように展開したのだ。


 すれば必然。

 既に刀身に貫かれていたサタナキアの肉体は、逃げる間もなく〈聖域〉の餌食となった。


 触れて、斬られ、触れて、斬られ──。


 そうやって刀身に触れる肉がなくまるまで体内を蹂躙されるサタナキアは、一分と経たず上半身が血霧と化す。


「きゃ、きゃあああ!?」


 余りに凄惨な光景に聖女の一人が悲鳴を上げる。

 だが、パルトゥスの村でサタナキアの再生能力を目撃していたハハイヤは、それが過剰だとは露とさえ思わなかった。


(後は──!?)


 残る相手はリオとサルガタナスの二人。

 どちらも一筋縄ではいかない相手ではあるが、


「ラーディクス!」


 ハハイヤ同様、ライアーの罪魔法で姿を隠していたアスが奇襲する。

 狙うはリオ。

 魔力を注がれた棍は、メキメキと音を立てながら伸びる、伸びる、伸びる──。

 やがて周囲を取り囲むように展開された根の檻は、直後一気に収縮してリオの全身を締め上げる拘束具と化した。


「この程度で──うっ!?」


 リオは抵抗しようと試みる。が、直後に彼女はガクリと項垂れた。

 よく見れば彼女の肩部には根が突き刺さっている。加えて突き刺さった根っこは、何かを吸い上げるように絶えず脈動を続けていた。


「あらかじめこの部屋の〈聖域〉については伺っています」

「これは……魔力を……!?」

「そうです。吸い上げています」


 リオを締め上げる根が更なる成長を遂げる。

 さらに太く、さらに長く。

 吸い上げた魔力を養分に根は肥大化する。そして、流れる時間に比例するように拘束の力も強まっていく。


「あっ……あぁあ……ッ!?」

「力尽くで申し訳ありませんが、これもあなたを止める為」


 ご容赦を、と告げたアスは掌を翳す。

 パッと灯る〈覚醒魔法ヴィギ〉の光。眼前で瞬いた光を前に、抵抗を続けていたリオはガクリと項垂れる。


(残るは──!)


 一先ず自分の役割をやり遂げたアスは振り返った。

 サタナキアとリオへの急襲は成功したが、難敵は彼らだけではないからだ。


「──チッ」


 それは舌打ちか、血の滴る音か。

 白亜に彩られた空間に紅が差す。


「普通、今の避けられるかよ」


 負け惜しみのような。

 否、事実負け惜しみだった。


 忸怩たる思いを滲ませた声色を漏らすライアーは、視線の先に佇む悪魔を見て、仮面の中の頬を引き攣らせた。

 その空気を肌で感じ取ったのだろう。

 頬に奔る一筋の赤い線より血を流す悪魔は、鋭い三日月を口元に湛えた。




「悪ィな。普通じゃねェからよォ……!」




──サルガタナス、健在。




 ライアーとベルゴ、二人掛かりによる不意打ちだった。

 しかし、それでも尚サルガタナスの命を獲るまでには至らなかった。


「そんなッ……!?」

「落ち着け、数ではこちらが勝る!」

「ハハイヤさん!」

「囲んで叩けば奴とて──」




「──数では勝る、か」




「「!?」」


 室内に響き渡る声。

 それを耳にし、最も表情を強張らせたのはハハイヤだ。即座に振り返るも、目の前の現実を信じ難い感情の表れか、その動きはどこかぎこちなかった。


「馬鹿なっ……」

「お前達は少し思い違いをしている」

「ありえん……っ!」


 血溜まりに立つ下半身が自立していた。

 次の瞬間、〈月剣宮・御身ワギナ・デンタータ・イン・ヴィーヴォ〉により細切れにされたはずの上半身が断面から生えてくる。


 理解の範疇を超えた光景だった。

 誰も彼もが目を剥き、ありえない光景を脳裏に焼き付けていた。いや、焼きつけざるを得なかった。


「これが……六魔柱シックスかっ!!」

「いいや、魔王だ」


 肉体どころか衣服をも再生し終えるサタナキア。

 妖艶な笑みを湛えながら周囲を睥睨した彼は、突如『おっと』と声を上げた。


「今のは失言であったな」

「貴様を魔王などにはさせるものか……貴様はここで討たれるからだ!」

「同感だな。魔王なぞ我輩にとっては役不足」


 ニィ……と。

 妖しい美貌に魔が覗く。欲が浮かぶ。




「我輩こそ──に相応しい」




 空気が爆発、否、爆裂した。

 サタナキアより溢れ出る莫大な魔力。おそらくは〈傲慢〉に類する〈罪〉により、底上げされた魔力が津波のように周囲を襲い、一息に室内を濃密な魔力の海で満たし上げたのである。


「こ、こんなに……!」

「奇襲は失敗か……だが!」


 慄くアスの横でハハイヤが聖女達に振り返る。


「今ならここから出られるはずです! 皆様は避難を!」


 その言葉の意味を読み取った聖女達は、すぐさま意識して魔力の供給を止める。

 すれば幻想的に輝いていた部屋から光が失われる。直後、固く閉ざされていた扉はゆっくりと──。


「ぬ゛ぅ゛う゛ん゛!!!」

「しゃらくせぇいっ!!!」


 開くのを待っていられなかった馬鹿二人に蹴り開けられた。

 これには扉の前で待機していた近衛騎士らも愕然とした様子だ。


「み、皆様!? これは一体どのような状況で……!?」

「ルフール!! 居るか!?」

「はっ!!」


 この日、リオの近衛として控えていたルフールがやってくる。

 状況は察しているのだろう。平時に見られる頼りない言動は、この時ばかりは欠片ほども見受けられなかった。


「お前は近衛騎士と共に聖女達の避難を!!」

「承知いたしました!! 団長は?」

「我々は賊共を討つッ!!」


 迅速に避難する聖女を横に、ハハイヤの射殺さんばかりの眼光はサタナキアただ一人に向けられる。


「フハッ。賊呼ばわりとは無礼極まるな。弁えろよ」

「そうだな。礼節も弁えず土足で上がり込むのは獣の素行か」

「巣穴に裸足で上がる奴が居るか?」


 刹那、斬撃が迸った。

 ハハイヤの振るう剣より放たれた一閃は、数メートル以上離れた悪魔の下まで飛んだ。だがこれを、サタナキアは事も無げに腕の一振りで弾き飛ばした。


「……サタナキア、貴様だけは……ッ!!」

「我輩だけは──なんだ?」

「私が討つッ!!」


 ハハイヤは見せつけるかの如く、右手を突き出した。

 その中指に輝くは細やかな金装飾の施されたアーマーリング。スーリア教国聖堂騎士団長たるハハイヤが、己が罪を戒めんと身に着けた罪冠具そのものである。


「告解す──ッ!!?」


 魔力を集中。

 しかし、それはサタナキアより伸びる尻尾が手繰り寄せた存在を目にした途端、途切れざるを得なかった。


「貴様、リオ様を……ッ!?」

「盾にすると思ったか?」

「違うか!?」


 激昂するハハイヤを前に、サタナキアはリオに絡みつく根を手で剥がす。

 まるで下着を剥ぎ取るかのような光景。思わず目を背けたくなるハハイヤであったが、愛する人の危機を見逃さぬ為にもそれはできない。


 血涙を流さんばかりの気持ちのまま、双眸は見開いたままだった。


「起きろ、リオ……」

「は、い……サタナキア様……」

「リオ様……!?」


 ありえない。

 何故ならつい先程〈覚醒魔法〉を受けたはずだ。それなら今は魅了が解除された素面に他ならない。


 だのに、リオは『サタナキア様』と口にした。

 まだ魔法は使われていない。ましてや魔眼も使った気配も感じられない。


「目をお覚ましください!! そいつは国を堕とそうとした魔王の手先!! 貴方様はこの国の未来を担う聖女です!!」

「無駄だ」

「なにィ……!?」

「分からんのか? 今お前が目にしている光景こそ全てだと言うのに」


 勝ち誇ったような笑みを湛えるサタナキア。

 その言葉の意味を理解できず、ハハイヤは返答に窮する。


「それは、どういうッ……」

「なあ、リオ。お前の愛する者の名を答えよ」

「はい……わたしのお慕いする御方は、サタナキア様ただ一人です」


 ガツンと。

 頭を殴られたような衝撃に、ハハイヤはその場でふらついた。


「リオ、様……」


 愕然。

 それまでの希望を上書きにする絶望感が押し寄せ、ハハイヤの目の前は一瞬暗黒に包まれた──。


「しっかりしてください!」


 横から感じる強烈な衝撃。

 自分が叩かれたと気づいたハハイヤは、それからようやく忽然と隣に立っていたアスの姿を認識した。振り抜いた手を見るからに、自身を正気に戻したのも彼のおかげなのだろう。


「あなたが諦めてどうすんです!?」

「っ……分かっている!」

「(……余り認めたくはありませんがには〈覚醒魔法〉が通用しませんでした)」

「(なんだと!?)」


 小声で紡がれる衝撃の事実。

 万一にもリオの名を出さぬよう、細心の注意を払いながら彼らは話を続ける。


「(ではリオ様はどうして奴の虜に!?)」

「(分かりません。ですが、彼女があの悪魔の虜になることも、奴ではなくあなたを選ばないこともありえない!)」


 真っすぐな瞳を湛え、アスは強く言い切る。言い切って見せる。


「(きっと何か絡繰りがあるはず! それこそ奴の〈シン〉に──)

「人前で耳語とは無礼だな」

「っ!」


 不意にサタナキアが魔力の塊を解き放つ。

 咄嗟にハハイヤが斬り裂いたものの、両断されて左右に逸れた〈魔弾マギ〉は、白亜の壁に着弾するや予想をはるかに上回る大爆発を起こす。


 それだけの魔力密度。

 初級魔法にどれだけの魔力を込めればそうなるのか。裏を返せば初級魔法でそれだけの破壊力を発揮するほど、サタナキアの魔力が超絶していることの証でもあった。


 冷や汗を流すアスとハハイヤ。

 対峙するはサタナキアとリオ。


「……どうやらリオ様も相手にせねばならないようです」

「そう気負わず。殺さずとも無力化する手段はいくらでも」


「それはどうかな?」


「「!」」


 直後、サタナキアに抱かれていたリオの首輪が発光する。

 酸化した血液のようにどす黒い赤だった。炎のように魔力を噴き上げるリオは、みるみるうちに禍々しい色の紋様を全身に広げていく。


「まさか……リオ様!?」

「さあ、リオ。あれはお前に任せよう」

「はい、サタナキア様……」

「おやめください……それだけは!」


 だが、かつての従者の言葉も虚しく──。






「──告解する」






 懺悔の刻だった。


「我が〈シン〉は〈背信はいしん〉」


 それは〈色欲しきよく〉と偽られていた聖女に宿る、真なる〈シン〉の名。




「わたしは──〈背信はいしんのリオ〉」




 とうとう告げられた罪状に呼応し、リオの肉体を無数の蔦が覆い尽くす。

 全身に巻き付く蠢動する蔦は、華奢な女体を瞬く間に蔦の鎧と咲かせた薄い花の衣で覆い隠した。一見するとオリエンタルな衣装にも見える姿であるが、下半身は幾重にも絡まった蔦により四本脚に──言ってしまえば駱駝の如き姿へと変貌していた。


 偽りの肉体に偽りの衣。

 幾重にも塗り固められた偽りが、今の彼女を守護する鎧と化していた。


 それを見たハハイヤは──。


「……告解する」


 中指より放つ閃光。

 蒼穹を彷彿とさせる、どこまでも澄み渡る青色が光の十字を掲げた。


「我が〈シン〉は〈不義ふぎ〉」


 掲げる鋩の先には仇敵が。

 その前には最愛が佇んでいる。




 それでも、ハハイヤは紡がなければならなかった。

 紡がずには居られなかった。




「私は──〈不義ふぎのハハイヤ〉ッ!!!」




 たとえ、後世に不義の徒と罵られたとしても。

 己が罪に向き合う為ならば、今この時向き合わずいつ向き合うというのか?




「サタナキアぁああああああッ!!!」

「姦しいぞ」




 斯くして戦いは始まった。

 聖女を取り戻すべく、一人の騎士が忠義と愛を懸けた戦い。




 この戦いは後に『テンペランの動乱』と名付けられ──




──多くのスーリア教徒に深い悲しみと衝撃を与えることを、彼らはまだ知らない。




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