第78話 ベイクドはモチョチョの始まり




「そう言やぁ皆に一つ聞きたいことがあるんだが」




 それはアッシドへと戻る道中での出来事だった。

 乗り合い馬車の中、のんびり語らっていたアータン、ベルゴ、アスの三人に向けて話題を振る。


「俺の地元にさ、争いの火種になる食べ物があるんだけどさ」

「急に物騒だな……」

「なんだか前にもきのことたけのこで争いになってなかった?」

「まあ食料が争いの種となるのは、ある意味真理だと思いますが……」


 残念。別にそんな高尚な話ではない。


「いや、単に呼び名が多過ぎて喧嘩になるっていうだけなんだけど」

「なんですか、その食べ物!?」

「聞いたことがないな……」

「ねえねえ、どんな食べ物なの?」


 反応は三者三様。

 フッフッフ。アータンよ、気になるかい?

 気になり過ぎて夜しか眠れなくなったかい?


「その食べ物が小麦粉を円形の型に流し込んで、中身に餡を詰めるっていう食べ物なんだが……」


 そう、あれだ。

 大判焼きやら今川焼きとも言われる、名前を言ってはいけないあの食べ物である。


 この世界──ギルシンはⅡの地続きである分、料理のレパートリーに関して他のRPGゲームの追随を許さぬほどに豊富だ。

 メジャーな料理はもちろんのこと、現実でも中々聞かぬマイナーな料理まで取り揃えられている。開発者の皆様、誠にご苦労様です。


 そんなギルシンの世界──当然、ベイクドでモチョチョ的な食べ物があってもおかしくはない。

 だから俺は気になった。


 この世界、そいつはどんな風に呼ばれているのだろうかと──。


 現実でも優に百個くらい呼び名がありそうな奴だ。

 表に出ない部分の作り込みにも定評があるギルシンであれば、そいつの呼び名も地域によって変わってくるだろう。


 仲間が増えた今だからこそ、俺は知りたい!


「皆はそいつを知ってるか?」


「あっ、それモ゜ルペッゾョじゃない?」

「モ゜ルペッゾョだな」

「モ゜ルペッゾョですね」


「ちょっと待ってぇ?」


 今なんと言ったのだろう。

 聞いたことのねえ発音に俺の鼓膜が震え上がった。


「モ……モルペッゾヨ?」

「違うよ。モ゜ルペッゾョだよ」

「待って待って待って。最初の発音からまずもう挫けそう」


 その半濁点はどうやって発音しているのだろうか。

 共存してはならぬ『モ』と『゜』の存在に俺は戦慄するしかなかった。


 っつーか、最後の『ゾョ』もなんだよ!

 オ行とヤ行拗音は共に生きられねえだろうが!


「モ……モ゛ル……!」

「違う。モ゜だ」

「モッ!」

「モ゜だよ、ライアー」

「ンモォッ!!」

「モ゜ですって」

「アス、てめえ尻を出せ。全力でしばいてやる」

「なんでですか!!?」


 悪質なモ゜発音煽りを受けたので、俺はその辺に転がっていた小枝でアスの尻をしばいた。

 『痛ァーーーッ!!?』と青空に響き渡る悲鳴。あっ、枝折れた。

 ヒュルヒュルと宙を舞う折れた小枝が落下する間、どこからかシャウトラットの絶叫も遅れて響いてくる。


「ちくしょう……! どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしやがって……!」

「別に馬鹿になんかしてないけど……」

「っていうか共通!? マジで共通なのか!? そのモルペッゾヨって名前はさぁ!」

「モ゜ルペッゾョだ、ライアー」

「ベルゴ、てめえも尻を出せ。ちびっ子野球大会打率0割9分1厘の大砲の力見せちゃる」

「なぜだ!!? やめろ、そんな太い枝でケツを叩くのは──ンモォオ!!?」


 牛さんの悲鳴が青空によく響きますねぇ。

 けれど、いくら復讐を遂げようとも俺の心が晴れることはない。これが復讐か……なんて虚しい感触なんだ。

 地面の上で悶絶する野郎共の尻を眺めた後、俺は憎々しいほどに晴れ渡る青空を仰ぎながら、細い涙の軌跡を頬に描いた。


「ちくしょう……俺もモルペッゾヨ言ってみてえよ……!」

「ライアーにも苦手なことがあったんだね」

「アータンも俺を馬鹿にするのか?」

「馬鹿になんかしてないよ!? でも……」

「でも?」


 フフンと鼻を鳴らすアータンは、小悪魔のような笑みを湛えながら言う。


「ライアーの可愛いところ知っちゃった♪」

「……」

「ライアー? ちょっ、ほっぺを揉みゃないで!?」

「おら、このままモルペッゾヨって言ってみなさいよ!! モミモミされながら言えるモンならなぁ!!」

「モ゜ルペッゾョ」

「ちくしょおおおおおおおおおっ!!!」

「もみゃあああ!!?」


 綺麗にモ゜ルペッゾョを発音してみせるアータン。

 そんな彼女のほっぺを、俺は腹いせに揉みくちゃにした。




 モ゜ルペッゾョってなんなんだよ。




 ***




 温泉街を発ち数日。

 無事ギルドへと到着した俺達は、依頼の報告も終え、馬車を買う軍資金となる報酬金を受け取った。

 ただし馬車と言ってもアレだ。RPGで控えのメンバーを乗せる帆布付きの馬車──幌馬車と言われる奴である。


「ッヒョ~! 俺も一度自分のを持ってみたかったんだぜ~!」

「リーンさん達と一緒の時は買わなかったの?」

「あいつらと一緒の時はもっぱら魔物で移動してたからな」

「あ~……うん」


 以前、メガランナーに乗った時を思い出したのだろう。蒼褪めた顔でアータンは口を手で覆った。

 そうだね、あんな化け物スピードの魔物に幌馬車なんか引かせたら、数分後に馬車が文字通り木っ端微塵になるからね。命は惜しいよ(通算3敗)。


「しかし、これで荷運びが楽になるな。遠出も安心だ」

「うし。じゃあ一旦王都に戻ろうぜ」

「王都へ?」


 なぜ? と疑問の声を上げるベルゴ。

 アスも同様なのか小首を傾げている。


 よかろう。説明して進ぜようではないか。


「王都に馴染みの店があるんだよ。人探しならそこで聞くのが一番だ」

「なるほど、たしかにな」

「王都は人の出入りが多いですもんね~」


 七大教国に囲まれる立地にあるミレニアム王国、その王都ペトロ。

 整備された街道の関係から、他の国へと移動するには立ち寄らない理由がない場所だ。


 そこで馴染みの店と言えば無論『Butter-Fly』である。

 ビュートがオーナーを務めるあの酒場なら、俺達の事情も汲んで色々情報収集に励んでくれているはずだ。


「っつーわけだ。ゆる~く依頼でもこなしながら王都目指そうぜ」

「馬車護衛だね!」

「その通り。正解したアータンには花丸を差し上げよう」

「えへへ」


 冒険者の定石を理解してきたのか今後の動向を見事に言い当てたアータンへ、俺は幻影で作った花丸──もとい、花かんむりを頭に被せる。すぐに消えてしまうがアータンは実に嬉しそうだった。


「では、一先ず王都行きの馬車護衛依頼を見つけてくればいいんですね?」

「そゆこと」


 お金なんていくらでもあっていいですからね。

 自分ら用の足があるからと言って、稼ぎなしで国と国を行き来するとなると、懐が加速度的に寂しくなっていく。


「にしても、ここのギルドは前にも増して混雑してんなぁ~」


 早速護衛依頼を見つけようとするものの、掲示板前にたむろする冒険者の人だかりを前に足踏みせざるを得なくなる。

 たしかドゥウスを奪還したから、町の整備や逃げ出した魔物・悪魔の討伐にと、色々な依頼が張り出されているんだっけか?


「こりゃしばらく特需は続きそうだねぇ~」

「まったくだな」


 うんうんとベルゴも頷いている。

 しかし、俺達が狙うのはドゥウス関連ではなく馬車護衛だ。移動と路銀稼ぎ、両方狙えるド安定な依頼こそ今の俺達が求めるものなのである!


「──すみません。ただいま馬車護衛の依頼は全て受注されておりまして……」

「嘘~ん」


 だが無かった。

 掲示板にないと思って受付嬢さんに聞いてみれば、実に申し訳なさそうな顔で謝られてしまいましたとさ。


「クソッ! 聖都特需舐めてた!」

「余ってるのは薬草採取とかだったね……」


 出鼻を挫かれ、俺達はヤケ酒を呷っていた。


「全滅とか普段だったらありえないんだけどなぁ……!」

「まあ、ないものねだりをしてもしょうがないだろう」

「そうですよ。それにギルドはここだけじゃないでしょう?」

「次の町にだったらあるかもしれないし! ね?」


 三人が全力で俺のことを慰めてくれる。

 ヤダ、優しい。好きになっちゃうわ。もう好きだけど。


「そうだなぁ……仕方ねえし、ここは古の冒険者スタイルで旅するとするか」

「古の……って?」

「魔物を倒して素材を獲る!」


 依頼がなくてお金が稼げないなら、己で素材を収集して売り捌く。

 これこそが古の冒険者スタイル! 旅先で遭遇した魔物をバッサバサと切り倒し、ドロップしたアイテムを道具屋に買い取ってもらう寸法よ。


 ゲームみたいに持ち歩ける量に限界こそあるが、しっかり素材を厳選すれば、買い取り額も相応に上がる。


「そうだなぁ……鰹武士カツオブシの刀なんかいい値で売れるぞ。ありゃあ高級品だからな」

「カツオブシ?」

「カツオ型の魔人だ。乾燥させた同種の肉体を切り出して作った刀で切りかかって来るんだわ」

「えぇ……そんな魔物居ないよ……」


 アータンは半信半疑なご様子だ。

 だが、


「ああ、カツオブシか。奴とは一度やり合ったことがあるが、たしかに手強かったな」

「意外と切れ味があるんですよね、あの剣」



「本当に居るの!?」



 交戦経験のあるベルゴとアスが、当時の恐ろしさを思い出していた。

 その様子を見てアータンは驚愕の声を上げる。


 どうだ、ビックリしただろう。

 本当に居るんだよ、奴は。


「あとはあれだな、甲武者カブトムシャ。あいつの甲殻なんかそのまま鎧に使えるし、防具屋に高値で買い取ってもらえるんだ」

「カブトムシャ?」

「カブトムシ型の魔人だ。同種の角を折り取って作った槍で襲い掛かって来るんだわ」

「えぇ……聞いたことないよ、そんな魔物」


 これまた疑ってかかるアータン。

 だがしかし、


「カブトムシャの甲殻……あれは優秀な防具だ」

「逆に敵だとこの上なく厄介ですけれどね……」



「本当なの!? 非実在の存在じゃないの!?」



 残念だがカブトムシャは実在する。

 中々カッコいい見た目のムシ系魔物だった為、俺もゲームで遊んでいた時は従魔にしたものだ。


「あとはあれだ。タンザナイトって魔物」

「タンザ……ナイト?」

「ベルゴ、説明よろ」


鉄鉱騎士タンザナイトは洞窟などで見かけられる魔物でな、全身が鉄で覆われたゴーレムだ。普通のゴーレムより細い見た目だが、身体が鉄でできている分硬い。それに鉄鉱石で形成した剣と盾、それに鎧も厄介だ。しかし、全身鉄鉱石な分、倒した時の見返りは大きいぞ」


「へ~、本当に居るんだぁ」

「へ~、本当に居るんだぁ」

「ライアー? ライアー」


 そうよ、私がライアーさ。


 ってかごめん、アータン。俺もビックリした。

 適当吹かしたら本当に居たわ。


 いやぁ~、世の中何が本当かわからないものですね。

 だからね、アータンさん。腹いせに肩を掴んで前後に揺らすのはおやめください。わたくしのおでこと後頭部が死んでしまいますわ。


「と、とにかくッ! 馬車護衛が受けられない以上、俺達は道中の魔物を倒し、素材を集めながら王都を目指す! オーケー!?」

「異論はない」

「わたしも構いませんよ」

「むぅ。わかった」


 未だご立腹なアータンだが、頬を膨らませて賛同してくれた。

 丸っこいほっぺを思わず突いて潰してやれば、『ぷぅ!?』と間抜けな悲鳴がアータンの口から漏れる。


 ハッハッハ、油断したなアータン。

 それはそれとしてですね、アータンさん。肩を掴んで左右に揺らすのはおやめください。わたくしの側頭部が禿げてしまいますわ。


 もしくは前後左右にたんこぶができちゃう。

 ……誰がヨツコブツノゼミボッキディウム・チンチンナブリフェルムだ。


「まあ、アスの言った通り聖都じゃなくてもギルドはあるしな。そこでちょうどいい依頼があったら受注しようってことで」


 一先ず今後の方針は決まった。

 一度情報収集の為、王都へと帰還する。その道中の食料や日用品、そして何より馬車の購入こそが不可欠だ。


 今までも散々あちこちを旅してきたが、なんだかようやく王道な冒険をしている気分になってきたぜ。


「よーし、それじゃあ早速馬車を買いに行こうぜぇー!」

「「おぉー!」」

「おいおい、あまりはしゃぐな」


 そう言うベルゴも微笑ましそうに盛り上がる面子を眺めていた。


 さて、久しぶりの王都への帰還だ。

 道中何事もなければいいのだが……。


『おい、聞いたか? 近頃冒険者が攫われてるんだってさ』

『は? なんで?』

『どうにも悪魔や罪派が関係してるとか……』


 ……何事も、ないといいんだけどなぁ。




 ***




 聖都アッシド聖堂騎士団詰所。

 ここ最近は連日連夜、奪還した旧聖都ドゥウスに関するあれこれで騎士達が忙しなく走り回っている光景が見られる場所だった。


「逃げ出した悪魔の討伐……ドゥウスに残る魔物の殲滅……やることは山ほどあるな」


 はぁ、と一人溜め息を漏らす女騎士が居た。

 彼女こそディア教国聖堂騎士団〈灰かぶりシンデレラ〉を束ねる長。

 聖堂騎士団長エレミアとは、彼女のことだった。


 疲労がたまっているのか、その目の下には濃い隈が浮かび上がっている。


「クソッ、そもそもなぜ私がドゥウスの復興についてあれこれ考えなければならない……! こういうのは上の奴が頭を使うべきだろうに」

「文句を言ったって仕事は減りませんよ、団長」

「いいや、減るさ。少なくとも私の鬱憤はな」


 だからと言って吐き出し切れる量でないところが悲しい。

 副団長ハアイヤが差し出す紅茶を啜りつつ、エレミアは窓の外へと目を遣った。気分転換でもしなければやっていられないのだ。


「……ますます婚期が遅れるな」

「ご愁傷様です」

「言葉は選べよ? 戦争だぞ」

「選んだつもりですが」

「ちくしょおおおおお!! 結婚おめでとぉおおおおお!!」


 つい最近、めでたく婚約者と結婚した副官へ祝いの言葉を送る。

 わかっている。彼の慰めに含むところはないのだ。ただ、事実を淡々と告げてくるが故に攻撃力が高いだけで。


「うぅ……ベルゴ団長は結局戻ってきてくれなかったし……! 冒険者になるって言うし!」

「まあ、娘さんを探す目的なら致し方ないかと」

「んなもん、私が団長権限で騎士団全員に速攻探させてやるのに!」

「だとしても貴方が団長から降りれるわけではありませんが」

「くそぉーーーッ!!」


 エレミアはやけになって残りの紅茶を全て呷った。

 熱い。とても熱い。

 喉が焼けるくらい熱々の紅茶が喉を過ぎれば、腹の中がカッと焼かれるような感覚に身を襲われた。汗は……目元からのみ流れ落ちた。


「はぁ……はぁ……」

「そろそろ仕事の話に戻ってもよろしいですか?」

「ああ、なんだ」

「もうすぐ控えた聖女会談についてです」

「……もうそんな時期か」


 痛そうに頭を抱えるエレミア。

 聖女会談──それは文字通り七大教国が誇る聖女が集い、プルガトリア大陸に降りかかる重要問題を協議するべく設けられた場だ。


 では、まずそもそも聖女の定義を明確にせねばなるまい。

 一般的にイメージされる聖女とは、慈愛に満ち、神聖な事績をやり遂げるなどをした女性を想像するだろう。


 過去のプルガトリアでは、その認識でも間違ってはいなかった。

 しかし、現在の聖女は違う。というより、七大教国が擁する聖女の在り方が違うと言うべきだろうか。


 教団にとって聖女とはいわば外交官だ。

 国の運営に大きく関わる教団において、極めて地位の高い官吏として任命され、普段は国内の問題解決に努めている。

 一方で有事の際には国の垣根を超え、他国の協力を取り付ける為に交渉に出向くのだ。


 民衆が抱くふんわりとしたイメージとは違い、実際には実務に多く携わる重要な役職なのである。


「今年の会談場所はどこだった?」

「スーリア教国聖都チャスティです」


 ミレニアム王国から見て南東に位置する国、スーリア教国。

 その歴史は非常に長く、七大教国の中で最も古くから存在されている国だ。


「あそこか……」

「何か不都合でも?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 奥歯に物が挟まったような表情をするエレミア。


「ちゃんと言ってくださらないとわかりませんよ」

「そうか……言えば受け止めてくれるのか?」

「物によりますが」

「……わかった」


 はぁ、と重い溜め息を吐き、目いっぱい息を吸う。


「──あそこ年がら年中デキてる奴らが多過ぎて嫌なんだよっ!!!」

「澱みなき私怨じゃないですか」

「私怨だ!!! 私怨だよ!!! 私怨の何が悪い!!?」

「私怨っていうところですね」

「ちくしょおおおおお!!!」


 副官の歯に衣着せぬ物言い。着せなさ過ぎてすっぽんぽんだ。

 エレミアは涙を流し、机を殴りつけた。


「クソッ!!! 何が純潔を尊ぶ宗教だ!!! ずっと前に行った時は普通に娼館見かけたぞ!!!」

「団長、そのあたりで」

「何が愛だ!!! 愛を建前にすれば何に対しても発情していいってのか!!! だったら私は──」

「強制閉口」

「ンガポォ!!?」


 これ以上聞くに堪えない話を止めるべく、ハアイヤはその辺にあった適当な茶菓子をエレミアの口へと突っ込む。

 それは数日放っておかれてパッサパサになった茶菓子だった。

 急激に口から水分を奪われるエレミアであったが、ついさっき紅茶を飲み干してしまったばかりだ。とうとう喉に茶菓子が張り付いたエレミアは、喉から隙間風のような呼吸音を鳴らすしかできなかった。


「カヒュー……コヒュー……!!!」

「他の教団をあれこれ言うのはご法度ですよ」

「こ、こうちゃあ……!!!」

「はい、どうぞ」

「んぐっ!!! んぐっ!!! んぐっ!!!」


 エレミアはティーポットを受け取り、中身をカップに注ぐのではなく、直に自分の口へと流し込んだ。


 そういうところだぞ、とハアイヤは思ったが口にはしない。

 彼はできる大人なのだ。


「落ち着きましたか?」

「はぁ……なんとか」

「話は戻りますが、聖女会談に向かう聖女様の為に護衛が必要かと」

「そうだな。適当に見繕ってくれ」

「かしこまり……」




「──その必要はないよっ!」




 バタンッ! と大きな音を立てて扉が開かれる。

 奥に佇む一人分のシルエットは、扉を蹴り開けたであろう長い脚をゆっくりと床に降ろしていた。


「こんな忙しい時期に、アタシ一人の為に騎士をあてがう必要はないさね」

「あ……貴方は……!」

「違うかい? ええ?」


 獰猛な笑みを浮かべる一人の老婆。

 長い白髪と修道服を靡かせる姿からは、見る者を圧倒させる威圧感が放たれていた。

 その姿を見た途端、エレミアの顔には大量の汗が浮かぶ。その顔色を染め上げるのは緊張、はたまた恐怖だろうか。


 ともかく目の前に現れた人物を畏怖しているに違いないエレミアは、慌てふためきながら現れた老婆の下へと歩み寄っていく。


「ア──!! しかしですね……!!」

「しかしもおかしもないよっ!!」

「ひぇえ!!?」

「アタシにお守りが必要だってのかい!!? エレミアぁ……アンタも偉くなったもんだねぇ」

「だ、団長になりましたので……」


 たじたじと頭を下げるエレミア。

 それだけでもう上下関係は明白だった。これには横で眺めていたハアイヤもゴクリと唾を飲み込んだ。


「アグネス様……教団の呼びかけに応じてお戻りいただけたことは誠に感謝しております。だからこそ貴方のような“聖女”を単身で会談に向かわせるわけには……」

「フンッ、聖女“代理”だよ。うちの聖女はまだ頭の殻が取れないひよっこだからね。国内がバタついてるのに余所まで行かせるのも酷な話さ。だからアタシが一肌脱いでやる……違うかい?」

「それは大変ありがたいんですが……」

「それにどうせ老い先短いババアさね。旅先でおっ死んだところで困る奴なんかいないだろう?」

「困るんですってそれは!! 色々と!!」


 ほとんど泣きながらエレミアは縋った。

 その縋る相手こそディア教国が誇る聖女、アグネス。


 でもある大ベテランの聖女だ。

 一度はアニエルに聖女の座を譲って隠居していた彼女だが、この度ディア教国の要請に応じて再び聖女として馳せ参じたのである。


 そんな老練者たるアグネスはキョロキョロと辺りを見渡し、眉尻を顰めた。


「しかしなんだい。ベルゴが生きてるって聞いたから来てやったってのに」

「あ~……ベルゴ団長はですねぇ」

「今の団長はアンタだろうがい!!! しゃきっとしなぁ!!!」

「ひぇえええ!!? すみません!!! ベルゴさんは娘さんを探しに行くからと冒険者になって……!!!」

「なんだってぇ~?」


 チィ! とアグネスは盛大に舌を鳴らした。

 泣き顔のエレミアはそそくさとハアイヤの背に回り、彼を盾にした。

 グングンと副官からの信頼度が下がっていく効果音が聞こえそうな光景である。


「なんだい! 折角いい知らせを持って来てやったってのに!」

「いい知らせと言いますと……?」

「あいつの娘──ミカが生きてることに決まってるさね!」


 ミカ──レイエルとアニエルの子供の名だ。

 レナトゥスに魂を移したレイエルが、その最期に生きている可能性を示唆した忘れ形見。


 その彼女が生きている事実をアグネスは知っていた。


「フンッ! 直接会って伝えてやろうかと思ったんだが……ま、居ないならしょうがないねぇ」

「そ、そうですね」

「で? ベルゴはどこに行ったんだい?」

「へ? いや、私は知りませんが……」

「……どうしてそういう重要なことを聞いとかないんだいッ!!?」

「ひぇえ!!? す、すみません~~~!!!」


 アグネスの怒号に部屋全体が揺れる。


(いつ見ても迫力がすごい……)


 騎士団長を怒鳴りつける聖女など、大陸を見て回ってもここしか見られない光景だろう。


「エレミア、表出なぁ!!! アンタの腑抜けた根性を叩きなおしてやるよ!!!」

「嫌だぁ~!!! 助けてハアイヤぁ~!!!」

「副官に泣きつくんじゃない!!! ほら、木剣用意しなぁ!!! やり合うよ!!!」

「ヤだぁ~~~!!!」




 そんなアグネスも今年で齢八十。




 なんとも元気過ぎるババアであった。




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