第73話 結婚は門出の始まり


×月〇日


 昨日は色々あって疲れた。


 でも本当に良かった。

 シャックスさんのお姉さんを助けられたし、他の捕まった人達も助けることができた。私はちょぴっとしか力になれなかったけれど、あの人達に笑顔が戻るんだったら、それだけでも勇気を出した甲斐があると思う。


 魔人になっちゃった人達も、セパル様曰く『多少の魔人化であれば免罪符で治る』と言っていた。

 世の中には不思議な魔道具もあるんだなぁ~と思っていたら、後ろでライアーがそわそわと説明したそうにしていた。


 説明を聞いてあげるのはまた今度にしよっと。


 悲しい目をされたけれど、今日は疲れちゃったもん。


 そう言ったらほっぺをムニムニされた。

 私のほっぺってそんなに気持ちいいの?




×月×日


 ドゥウスの事後処理は騎士団に任せて、私達はアッシドに戻ってきた。

 戻る前、〈灰かぶりシンデレラ〉の団長さん……エレミアさんだったかな?

 その人がベルゴさんを引き留めようとしていたけれど、ベアティちゃんの結婚式があるからと断った途端、泡を吹いて倒れちゃった!


 ……ああは、なりたくないなぁ。




×月▽日


 数週間ぶりのシルウァの村!


 なんとか無事に帰ってくることができた。

 ベアティちゃんなんか、ベルゴさんを見るや泣いて抱き着いていたし、それを抱き留めて優しく頭を撫でるベルゴさん……お父さんの顔をしてたなぁ。


 ちょっぴり昔のことやパーターさんを思い出して、ほろりとしちゃった。


 そしたら今度はリーンさんにほっぺをムニムニされた。なんで?


 その後、ケルベロスを飼うと言って聞かないリーンさんとビュートさんが喧嘩していた。


 『こんな大きい魔物飼えないよ』だって。

 でも、延々と駄々を捏ねたリーンさんについに折れていた。


 ……なんだか、リーンさんのイメージが崩れるなぁ。




×月◇日


 ベルゴさんが帰って来てから、村は大忙しだった。


 なんたって先延ばしにしていた結婚式がある!


 それに際して、村に駐在していたビュートさんから特別依頼が張り出された。

 なんでも結婚式の料理に使いたい食材の調達任務みたい。


 そういうことなら大歓迎! ……って張り切ったはいいものの、世の中そう甘くなかった。




 デスボイスラットって何?




 ライアーが『絶対に喧嘩売るなよ』と言っていたことだけは憶えている。

 あんなに本気な目はドゥウスの戦い以来だった。


 ……あっ、そう言えば罪冠具壊れてたんだった。




 どうしよう……。




 ***




 今日でネビロスを打ち取ってから一か月が経った。




『騎士団に戻られるのではないのですか!!?』


 戦いが終わってひと段落した後、8年ぶりに顔を合わせた元部下であり現団長エレミアに言われた言葉だ。

 当時はまだ新米の騎士だったというのに、今では立派な〈灰かぶりシンデレラ〉を率いる長。時間の流れというのをこれほど残酷に感じた瞬間はない。


 しかし、当のエレミアはと言えば必死に自分を騎士団へと誘った。


『どうか〈灰かぶり〉に戻り、再び団長をやってはいただけませんか!? ベルゴ団長!』

『元、だ。──それにオレは一度騎士団長としての責務から逃げ出した。そんな男が団長の座に座っても、騎士達が納得してはくれんだろう』

『そんなことありません! 〈灰かぶり〉には……いえ、今のディア教国には貴方の力が必要なんです!』

『と言ってもだなぁ……』

『8年前のドゥウス陥落! 5年前のペテルレクス家第一王女暗殺! これまでは暗澹とした報せばかりだった……だからこそ英雄の帰還という吉報が人々には必要なのです!』


 確かにドゥウスが陥落した今、地上を占める勢力図は大きく書き換わるだろう。

 何せ地上侵攻の大きな基地の一つを潰されたのだ。魔王軍は否応なしに動きを変えざるを得ない。


 間もなく混迷が訪れる。


 そんな予感を感じているからこそ、エレミアは“大罪オレ”を欲しているのだろうが、所詮今のオレは脱走兵。今さら騎士団に戻ったところで上層部が扱いに困るだけだろう。無駄な混乱はオレとしても不本意だ。


 それでも食い下がるエレミアに、とうとう根負けして返事を先延ばしにしようとしたわけだが……、


『すまん。せめて返事は娘の結婚式が終わってからにしてもらえないか?』

『上司の子供に先を越されたぁーーーーーッ!!!!?』


 差し迫った事情をありのままに伝えたら、騎士団長ともあろう元部下が泡を吹いて卒倒した。後から現副団長のハアイヤに聞いた話だが、どうにも奴は同期が次々と結婚して子を設ける中、自分一人だけ独り身なことに危機感を覚えているらしい。


 その、なんだ……正直すまないと思った。


 オレが騎士団長のままでいれば、彼女の婚期が先送りになることもなかっただろうに。

 ……いや、どうだろう。エレミアはああ見えて乙女趣味でロマンチストだ。結婚に幻想を抱き過ぎるが余り行き遅れている可能性は否めない。


 まあ、それはいい。


 ネビロスは討たれた。

 シャックスの姉も救われ、ドゥウスも取り戻せた。


 8年前の悪夢の決着としては限りなく最良に近い結果だ。


 何より──ようやく、約束を果たせる。


「──それではご新婦、こちらへ」


 穏やかな神父の呼び声が聞こえ、娘の方に視線を向けた。

 真新しい純白のドレスに身を包み、そよ風に揺れる魔除けのベールの奥には、今日という日の為にめかし込んだ娘の顔が潜んでいた。


 美しかった。

 誇張などではない。

 今まで見てきた中で、最も美しい天使の姿がそこにはあった。


 愛らしい、愛おしいとは幾万回も思ったものだ。

 だが、美しいと思ったことは今日が初めてだった。


 自分が父親なはずなのに、どうにも隣に立つことが気恥ずかしい。

 なんとも不思議な気分で居ると、そっと娘が自分に腕を絡めてきた。


「お父さん、行こ?」

「……ああ」


 いつまでも娘の晴れ姿に見惚れている場合ではなかった。

 当の本人に促され、教会の中央に敷かれたバージンロードを進んでいく。娘が転ばぬよう、細心の注意を払ってだ。


 両隣には参列者がずらりと座っていた。

 主に娘婿の親戚や親しい友人などが中心だが、それだけでは収まりきらずあぶれた人間は、小窓や入口の方からニュッと顔を生やして覗き込んでいる始末だ。


 神聖な結婚式になんとも似つかわしくない光景。

 だが、クスクスと楽しそうに笑う娘の姿を見て、そんな些細なことはどうでもよくなった。


 一歩ずつ、噛み締めるように進んでいく。


 ああ、もうすぐ娘は自分の手から離れてしまうのだろう。

 そう思うと片腕に絡められた細腕が、この上なく愛おしく感じられてくる。


 不味い。もう鼻の奥がツンと痛くなってきた。

 気を張らなければ今にでも号泣してしまいそうだ。


 そんな様子を気取られたのか、これまた可笑しそうに娘が笑みを零している。


──この時間が永遠に続けばいいのに。


 しかし、幸せな時間とは往々にして終わりを迎えるものだ。

 長いようで短かったバージンロードを歩み終えた今、自分の目の前には一人の青年が居た。


 ドレスを着込む娘と対になるように、これまた立派な服を身に纏っている。

 娘婿のリキタスだ。以前の襲撃で娘を守ろうとして怪我を負った彼であるが、今ではすっかり傷口は消えてなくなっている。


 この男が憎たらしいと何度思っただろうか。

 しかし、彼の人柄の良さは承知の上だ。

 その上、悪魔を前にしても自分を盾にしようとする男気は、紛れもなく娘を託すに相応しいものと言う他なかった。


 いよいよ観念する時が来たか。


 思わず天井を見上げてしまったが、そのままゆっくりと息を吸い込むことで平静を保つよう努めた。


 そして、


「──ベアティを……幸せにしてやってくれ」

「はい」


 必ず、とリキタスは付け加え、ベアティを受け取る。


 腕に残る熱の名残が愛おしい。

 それでも式の主役である男女を邪魔しない為に、さっさと自分は親族席として設けられた最前列の椅子に座った。


 その後、式は滞りなく進んでいく。


 田舎の小さな教会であっても、聖職者の長ったらしい誓いの言葉は都会と同じらしい。

 新婦と新郎──その両方に、病める時も健やかなる時も愛すると誓わせる。まったく、聖書から言葉を引用するのがそんなに時間が掛かるものなのか。


 そして、ようやく指輪の交換が来た。

 あれもわざわざ王都に婚前旅行に行かせてまで買った代物。無一文でシルウァの村に来てからコツコツと貯蓄してきたのも、この瞬間の為だと断言できた。


 結婚の誓約、指輪の交換と来たら最後は──そう、ベールアップだ。

 新婦の顔を遮るベールを上げれば、めかし込まれた新婦の美貌が新郎の前に晒される。二人が一つとなり歩んでいく共に歩むことの示唆。


(本当に──大きくなったなぁ)


 気付けば涙が零れていた。

 抑えようったって抑えられない。娘の成長に感動して何が悪いのだ。

 そう開き直りこそするものの、神聖な式の雰囲気を汚さぬべく必死に声を押し殺す。


「それでは誓いのキスを」


 とうとうこの瞬間が来てしまった。

 すでに視界は涙で霞んでいるが、意地でも見逃さぬよう丸太のような腕で目元をガシガシと拭う。目の周りが擦られて赤くなるだろうが今更だ。


 ようやっと視界が開けた時、すでにリキタスがベアティの肩に手を置いていた。


「──愛しているよ、ベアティ」

「アタシも、リキタス……」


 頬を染めながら、ゆっくりと顔を近づける二人。

 そして、外から差し込む光によって浮かび上がる二人のシルエットが一つとなった。


 瞬間、辛うじて沈黙を保っていた参列者の熱量も最高潮に達し、爆発する。

 黄色い歓声と祝福の声が嵐のように二人を襲う。

 これには口付けを交わした直後の新郎新婦も、恥ずかしそうにはにかみながら参列者全員に向けて感謝の言葉を返していた。


 もう、ダメだ。限界だった。

 再び視界がグラグラと揺らぎ始め、喉からせり上がる嗚咽が堰を切って溢れ出す。


「えぇ~……皆様、興奮されているところ恐縮でありますが静粛にぃ~」


 ヨボヨボの聖職者の言葉に、万雷の拍手と歓声は次第に収まりを見せていく。


 それからようやく聖職者は続けた。


「ここでぇ~、ご新婦がお父様に向けて手紙を読み上げたいとのことでぇ~……」

「……は?」

「それではご新婦ぅ~……」


 どうぞぉ~、と気の抜けた声で促す聖職者が、一枚の便箋をベアティへと手渡す。


 紙とは非常に高価なものだ。

 製造に手間暇が掛かり量産も難しい。

 だからこそ紙の本は非常に高価とされているわけで、たとえ一枚の便箋であろうと、決して『まあいいか』と流せるものではない。


「──大好きなお父さんへ」


 しかし、そんな野暮ったい思考は一瞬で霧散した。

 なんだ、今の始まりは。それだけでもう一度決壊した堰が再び壊れてしまったではないか。


 このままでは足元が涙に沈みそうである為、もう力尽くで涙袋を抑えた。それがどれほどの効果があるかは──今も尚足元に滴る雫を見れば一目瞭然であった。




「お父さんに救われてから8年間……今日まで本当にありがとうございました。今日という日を迎えられたのも、あの日、お父さんが私を助けてくれたからだよ。本当にありがとう」




──いいや、そんな立派なものじゃないさ。




「両親を亡くした私に、お父さんは本当の父親のようたくさんの愛情を注いでくれました。血の繋がっていない私に本物の愛情をくれて、本当にありがとう」




──親として当然のことをしたまでだよ。




「でも、時にはお母さんみたいな時もあったよね。お父さんが作ってくれた料理はなんだっておいしかったよ。誕生日の為に服も仕立ててくれて本当に嬉しかったです。本当にありがとう」




──なに、そのくらいなんてことはないさ。




「私が風邪を引いた時、雨の中隣町まで走って薬を取って来てくれたことがあったよね。大変な思いをさせてごめんなさい。でも、お父さんが一緒にいてくれたから苦しいのも全然平気だったよ。本当にありがとう」




──お前が苦しんでる方がオレには辛かった。それだけだよ。




「お料理を教えてくれてありがとう。服の作り方を教えてくれてありがとう。私を──守ってくれて……ありがとうッ……!」




 いつの間にかベアティは目尻に涙を湛えていた。

 ポツポツと、日光に照らされた涙が宝石のように光り輝いて床に零れ落ちる。


「他にもたくさんの『ありがとう』がありますッ……! 私の人生はお父さんへの『ありがとう』でいっぱいです……!」

「ッ……!」

「私のお父さんは二人居ます。一人は、お母さんと一緒に私を庇ってくれたお父さんで……ッ」


 潤んだ瞳がこちらを見つめる。

 その瞳はこちらの姿を映していた。


 おいおい、なんてみっともない姿なんだ。

 娘の晴れ姿を前にして滂沱のように涙を流し、嗚咽を上げて震えることしかできぬ男の姿がそこには映っていた。




「もう一人はっ……今日という日まで私を守り育ててくれた……世界で一番強くて……カッコよくてッ……騎士の゛、お父さんですッ……!」




「ぐッ──」




「誰がなんと言おうと、お父さんはアタシのお父さんです……! 本当に、本当にありがとうッ……アタシの──大好きなお父さんへ!!」




「う、うぅ──うぅぅぅうう……ッッッ!!!」




 我慢の限界などとっくの昔に迎えていた。

 親友の一太刀を受けても、仇敵の大悪魔の猛攻を喰らっても大事には至らなかった肉体。それが今だけはボロボロに崩れ落ちそうなくらい強く打ち震えていた。


 生き延びて良かった。

 今日ほど、それを強く実感した日はない。


 胸がバラバラに張り裂けそうな嬉しさなど、これが初めてだった。

 喜びで死にそうになることなどあるのか。感極まる余り、明後日の方向に飛んでいく発想ばかりが脳裏を過る。


 それから泣いた。泣き続けた。生まれた日と同じくらい泣き続けた。

 初めて己がベアティの父親だと胸を張って言い切れると感じた。それくらい、先の娘の言葉は自分の胸に強く打ったのだ。いわばお墨付き、生涯の宝だ。


 あの便箋は必ずもらい受けよう──そう思った時だった。


「……そんなお父さんへ、アタシから最後の我儘を言わせてください」


 え? と。

 まだ何かあるのかとつい身構えてしまった。おいおい、もうすでに涙は底をついているんだ。これ以上泣かされてしまえば干からびてしまう。


 内心自分を茶化しつつ、娘の言葉を待つ。


 その内容とは──。


「今まではアタシを育てる為に、ずっと我慢してきたことがあると思います……でも、もう大丈夫です」

「……ベアティ?」

「だから、これからお父さんはお父さんの為に生きてください。いつの日か、とも一緒に家族団らんできることを願っています」


──お父さんの娘ベアティより。


 手紙がそう締めくくられれば、教会内外から温かな拍手がベアティに向けて送られる。


 その後も式は滞りなく進んだ。


 あれよあれよという間に、青空の下での食事会。

 自分とリーンが不在の間、村の護衛と復興を担ってくれていたビュートなる騎士。彼の手によって用意されたごちそうの数々に、老若男女問わずもう辛抱たまらないといった様子だった。


 新郎新婦初めての共同作業ということで行われたケーキ入刀を皮切りに、村人はごちそうにありつこうと料理に群がっていく。




 だが、オレが目指したのは料理ではなく──少し離れた場所で歓談に興じる、一人の勇者の下にだった。




 ***




「祝いの席のタダ酒ほど旨いものはないな」


 披露宴が終わり、さぁ食事! となった途端、パカパカと酒を空け始める酒カスが何かを言っていた。


 開幕から実にワインを三本だ。

 飛ばし過ぎにも程があるだろ。


「名誉酒カス騎士がよぉ」

「なんとでも言え」

「ごらんなさい、アータン。貴方はああいう大人になっちゃダメよ」


「このワインおいしぃ~♡」


「アータン? アータン?? アーてゃん???」


 ダメだ。

 すでにアータンブレインはアルコールにやられちまっていた。


 クソッ、ビュートが『過去一出来のいいワインを持ってきたよ』って言ったばっかりに!

 何が過去一だ、ボジョレーヌーボーみてえな謳い文句しやがって!


 ……あっ、でもこのワイン《i》Delicious《/i》……。


「うみゃ~」

「んっ──何かツマミが欲しいな。おい、そこの鉄仮面。なんかツマミ取ってこい」

「あぁ~ん? 鏡を見な、リーン。貴様この俺を顎で使えるとでも思ってんのかぁ~?」


 ほろ酔い気分で人をこき使おうという黒騎士に、俺は立ち上がる。


「……なんだ、やる気か?」

「やってやんよ」

「本気か?」

「……マーオゥ」

「マーオゥ」

「マーーオゥ」

「マーーオゥ」

「マーーーオゥ!」

「マーーーオゥ!」




「「ギャフベロハギャベバブジョハバ!!!」」




 長い睨み合いの後、取っ組み合いと化す俺達。

 試合展開としては、俺が筋肉なバスターを食らったり、俺が筋肉なドライバーを食らったりだ。待って、試合展開が一方的過ぎる。


 しかも途中ビュートも加わって筋肉なドッキングのバスター側を担当していた。

 一対二はおかしいだろうが。その技相手二人居なきゃ意味ないだろ。何に向かってのバスターだよ。


「プロレスを……プロレスをせいッ!」

「いや、ついノリで」

「ノリで一方的に嬲られる身にもなってみやがれ……ッ痛たたたたた、痛ァーーーーーッ!!?」


「どうだ、降参するか?」


 いつの間にか背後に回られた挙句、両手と足を固められて吊り上げられる俺。

 完全に極められた体勢だ。ここから抜け出せるのは、それこそスライムぐらいだろう。


 つまりだね、俺は死ぬ。


「待って待って待って、タンマ!!! 鎧着た人間にロメロスペシャルは駄目だって!!!」

「ロメロスペシャル? 知らんな、そんな技。これは私の故郷で『磔の聖人』と呼ばれる必殺技だ」

「何それカッコいい!!?」


 いや、洒落にならんて。

 自重だけでも相当負担が掛かるってのに、俺鎧着込んでるんだぜ?

 その分の重量が関節に掛かってくることを想像してみなさいよ。重すぎる武器持たせられて関節がへたるプラモデルみたいになっちゃうじゃないの。すり減った関節の軟骨は元に戻らないのよ?


「た、助けてくれッ……アータン……!!」




「アハハ!!


《big》 アハハハハ!!《/big》


《xbig》 《b》アーッハッハッハッハ!!」《/b》《/xbig》




「アータン!? アータン!!? ア゛ーダン゛ッ!!!?」


 頼みの綱のアータンだが、すでに大脳がアルコールに侵され笑い上戸と化していたらしく、俺達のプロレスを指差して悪役顔負けの高笑いをしていた。


 見たくなかったぜ、アータンのそんな高笑い……ッ!

 でも……そんなアータンもカワイイぜ!

 正直好き……ッ!


「ほら、負けたなら取りに行ってこい」

「ウィ~ッス……チッ、牛歩で取りに行ってやる。俺が戻って来るまでの間、ツマミのない悲しい酒盛りを楽しむっこった」

「10秒以内に戻ってこい。でないと『聖人のチョークスリーパー』を食らわせるぞ」

「編み出したのどこのブチ切れサンタマリアだよ」

「10……9……」

「ダッシュで行ってきやす、先輩!!!」


 プロレスでない何かに敗北した俺は、暴君に急かされるがままツマミを取りに行く。

 でないと俺は『聖人のチョークスリーパー』の餌食だ……いや、聖人のチョークスリーパーってなんだよ。裸絞食らわせる人間を聖人と呼びたかないわ。


「ったく、困っちゃうわよねぇ……あっ、すみません。ツマミに何かください」

Head careヘケッ……」

「ん?」


 空の皿を差し出すと、なんだかやけに渋い声が聞こえた。

 疑問符を浮かべたまま顔を上げてみれば、そこにはぶっとい生ハムの原木を肩に担いだ一メートルぐらいのネズミが……。


 否、あれは──。


「ハ、腿食倉鼠ハムハムハムスターさん……!!?」

Humハム. Herハァ……」

「あざーーーっす!!!」


 華麗な包丁捌きを披露するハムハムハムスターさんより、俺は生ハムのスライスを数枚入手した。


 ハムハムハムスターさんはギルシンシリーズでも古参の魔物だ。

 大抵のナンバリングで、生肉を与えるとハムに加工してくれる優秀なハムスターさんなのである。


 このハムがまた優秀な道具であり、そのまま食べても攻撃力アップ、調理するとさらに効果が上昇する。

 攻撃力上昇系の道具なんてなんぼあってもいいですからね。

 プレイヤーも何かと救われる機会が多い為、ギルシンプレイヤーからは敬意を表しハムハムハムスター“さん”と呼ばれているのだ。


「えへへっ、ハムハムハムスターさんから生ハム貰っちゃった♪」

「遅い」

Ouch. Tskアウチッチ!!!」


 ホクホク気分で戻ってきた俺に襲い掛かったのは、俺と同様に鉄仮面を被ったリーンによる頭突きだった。

 なるほど。『Head careヘケッ』とはこのことだったんスか、ハムハムハムスター先輩。あんたの言う通りだったよ。


 俺は脳震盪になりかけて膝を突く。

 そして無慈悲にも、リーンは生ハムの乗った皿を俺からふんだくった。お前、俺に対してだけ扱い雑過ぎるだろ。


 なんだ、俺のこと好きか?


「ライアー、大丈夫か?」

「同情するなら回復魔法をかけてくれ」

「ボクには電気療法しか使えないが」

「世間一般的にはね、そいつを『トドメを刺す』って言うんだぜ?」

「じゃあ薬草のハーブティーとかはどうだい?」

「あるじゃねえか、他の手段」

「痺れを取り除く効能しかないけれど……」

「電気療法前提で作ってきた?」

「──そんなことはないよ」

に殺意が垣間見えんぞ」


 どいつもこいつも俺に対する殺意が高すぎるぜ。


「──しかしなんだ、ようやく一仕事終えたって感じだな」


 誰もかれもが笑顔となって、ベアティとリキタスを囲んでいる。

 あの笑顔を守れただけでも、今回の強行軍染みた潜入ミッションを遂行した価値はあるというものだ。同意するようにビュートも頷いている。


「それにビュート、助かったわ」

「何がだ? 心当たりが多すぎる」

「シャックスを引き受けてくれてありがとうな」


 今回の戦いには立役者が多過ぎる。

 その内の一人に元人間の悪魔であるシャックスも居るわけだが、今の時代、彼が人間社会に戻るには中々厳しいものがある。


 これが無印の時代だったら全然アリだったんだけどなぁ……今は魔人=悪魔みたいな認識が罷り通る時代だ。下手に人間社会に溶け込ませようとしても、迫害される未来が目に見えている。


 そこで登場するのが、我らが社長さんことビュートだ。


「なんてことはないさ。本人も『粉骨砕身働かせてもらう』って言ってたからね」

「そう言ってくれて助かる」

「お姉さんの方も裁縫が得意みたいだからね。持て余すことはないさ」


 シャックスとイノ。

 二人の魔人姉弟は、無事にビュートの下で働くことが決まった。流石大陸規模の経営者。懐の広さが違うぜ。


 しかし、ビュートの顔はどこか浮かない。


「それよりも今後の魔王軍の動向だ」

「あ~……流石に勢いはなくなるんじゃね?」

「表向きはな。その分、水面下の動きが活発になるだろう」

「ヤんなっちゃうわぁ~。一つ終わったかと思えばまた敵だよ」

「20年も昔から続いている戦いだ。そう易々と終わるはずもない」


 でも、とビュートはワインの注がれたグラスを傾ける。


「……確実に流れは人類の方に来ている」

「逆転の時ってか?」

「遅過ぎたくらいさ」


 空になったワイングラスを置き、ビュートは空を見上げた。

 鉄仮面を被っているせいで表情は窺えない。

 だがしかし、被っていて尚溢れ出る闘志が目に見えるようだった。


「これからだ──人類の反撃は」


 フゥ、とビュートは息を吐き、その場からゆっくりと離れていく。


「……少し酔ったかな。風に当たってくる」

「お~、気を付けろよ~」


 そう告げてビュートは立ち去った。

 そうか……俺はこの猛獣と一緒に取り残されてしまったわけか。


「リーンさんやい。気持ちよく酔っぱらっているのはよぅ~くわかりますがね、祝いの席でロメ……じゃなかった、『聖人の磔』は不適当だと思うんですよ」

「ここから『聖人の絞首刑』に移れる」

「知らねえ派生技が!!?」


 『聖人の磔ロメロ・スペシャル』から『聖人の絞首刑ロメロ・チンロック』に派生した俺は、酔っぱらって箍の外れたリーンに首を絞められる。

 なんだか首がポヨポヨとした感触に挟まれているが、正直今はそれどころではない。必死にロックを掛けてくる腕をタップし、降参の意を表する。


「──あっ、そうだ」

「な゛……なにを思い出した……ッ!!? まだここから派生があるのか……!!?」

「違う。こいつを受け取れ」


 そう言ってリーンは俺に何かを握らせる。

 片腕で絞めながら器用な奴だ……なんて思いながら、掌の中を覗き込む。


 そこにあったのは──。


「アータンの罪冠具が壊れたろう? 余っていた金で作ってやったぞ」

「……指輪か」


 ああ、とリーンは頷いた。


 罪冠具の主な原材料として、鉄や銅、銀といった金属がある。

 しかし、その中でも特に魔力伝導率と魔力許容量に富んでいる素材こそ金、すなわちゴールドだ。

 どこの教団や聖堂騎士団でも黄金こそ罪冠具の素材として至上とされており、階級の高い団長や教皇といった人間には優先して黄金製の罪冠具が与えられる。


 以前にも話した通り、罪冠具は面積や体積が大きいほど効力が高まる。

 だが、黄金製の罪冠具であれば小さくとも性能は抜群。壊れにくい為、罪使いとしては一生ものの装備と化す。


「ありがとうな、リーン」

「お前の為じゃない……が、一応礼は受け取っておこう」

「そうか。じゃあ、この腕も放してくれると嬉しいんだが」

「──『聖人の断頭台』」

「があああ!!!」


 無駄に洗礼された無駄のない無駄な切り返しで、リーンの脚が俺の首へ刃の如くあてがわれる。


 なんだろう。こう……物理的な痛みよりも衆目の目に晒されているという事実に心が痛い。なんで俺は他人の結婚式でプロレスをしているんだ?


「……酔いが醒めた。飲み直す」

「ぐへぇ」


 あの後九個ぐらい技を掛けられたが、そこでようやく酔いが醒めたところでリーンから解放される。

 途中から見世物かと勘違いした参列者が盛り上がっていたが、リーンが立ち去ると同時に観衆も散っていく。


「ちくしょう、リーンめぇ~……」

「ライアー、大丈夫だった?」

「心配するのなら途中で止めてほしかった」

「ご、ごめん」

「でも皆が笑ってくれていたので良しとしよう」

「え、エンターテイナーの鑑……」


 笑い上戸と化していたアータンも、時間が経ったおかげで素面に戻っていた。

 それでもまだ頬はほんのりと紅潮している。


「あっ、そうだ。アータン手ぇ出して」

「手? どっちでもいいの?」

「どれにしようかな天の神様の言う通り……っと」


 反射的に左手を差し出したアータン。

 その五本指のどれにしようかと定番の数え歌を口ずさんだ俺は、最後に選ばれた指に先の指輪をスッと嵌め込む。


「……え?」


 アータンは驚いたように目を見開き、薬指に嵌められた指輪を見つめている。


 なんだか酷く興奮したようにどんどん真っ赤になっていっているが……そりゃそうか。なんたって金だもんな。


「罪冠具だ。好きな場所に嵌めてくれていいぞ」

「う、うん……ここでいい」

「そうか? でもサイズとか、」

「ここがいい」


 食い気味に答えたアータンは、それから指輪を嵌められた左手をジッと見つめたまま俯いた。


「……具合でも悪いのか? 飲みすぎた?」

「う、ううん! 大丈夫!」

「本当か? 顔真っ赤だぞ?」

「そ、そう!? じゃあ、ちょっと風に当たりに行こうかなぁ~……なんて! ア、アハハハハハハ!」


 再び高笑いした後、じゃあね! とアータンは足早に去っていく。


「……そんなに度強かったか?」


 その後ろ姿と飲み残されたワインを見て、俺は一人ポツンと独り言つ。


 また……一人になってしまったな。

 まるでソロ時代を思い出すかのようだ。


「……飲み直すか」

「──ようやく隣が空いたな」

「おん?」


 不意に影が掛かったかと思えば、隣には頭一つ分ほど高い巨漢が並んできた。

 何を隠そう、やって来たのはベルゴだった。


「いいのか? 新婦の父親がこんな場所に居て」

「問題ない。向こうの親族や知人にも挨拶は済ませた」

「で、わざわざ俺のところに来てくれたと……っかぁ~、義理堅いねぇ~!」

「それもあるがな」


 用件は別にある。

 まるでそう言わんばかりの口調に、俺はおどけた態度を一旦やめる。


「……どうした?」

「ベアティに……ミカのことを教えたのはお前か?」

「ああ」


 と、俺はあらかた察した。

 きっとベルゴが問いただしたいのは、結婚式で読み上げられた手紙についてだろう。


 まるで『生き別れたミカを探しにいけ』と言わんばかりの内容だった。

 これはあの時、レイエルから話を聞いた者でなくては中々出てこない発想だろう。


 でもな──。


「ざーんねん。俺はノータッチだよ」

「……本当か?」

「疑うならベアティから聞いてみろ」

「……なら、どうしてあの子が……」

「そのまんまの意味だろ」


 俺がそう言えばベルゴは頭上に疑問符を浮かべる。


 ったく、このニブチンお父さんは……。


「アンタ、ベアティにミカのことを話したことは?」

「そんな話は──」


 そこまで言いかけた時、ベルゴは喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。


「いや……ずっと昔に、一度だけ……」

「どんなこと話した?」

「……お前と同じくらいの娘が居たとだけ……」

「じゃあもう答え合わせだろ」


 俺は手に持ったグラスを傾け、口にワインを含む。

 うん、なんかよくわからんが旨い。何よりアルコールのおかげでよく口が回りそうだ。


。子供だったら会いたいと思っても不思議じゃねえと思うがな」

「……本当に、ただそれだけで……?」

「ベアティにとってはそれだけかもしれないが」


 子供ってのは、案外親をよく見ているもんさ。


?」

「っ……!!」


 親友が託した最愛の娘。

 それを『それだけ』と言えるかどうかは、ベルゴが一番よく知るところだろう。


「ベアティもわかってたんだろうな。だからアンタの背中を押した」

「っ……子供とは、いつも親の見ていないところで成長するものなのだなッ……!」

「ああ」


 下の兄弟を見ているだけでもそう思うんだ。

 親からすれば子供の成長なんて、本当にいつの間にやらという感覚だろう。


「──オレは決めたぞ」


 俺は俺で感慨に耽っていれば、涙を目に湛えたベルゴが口を開く。

 その強い光を宿した瞳は、どこか遠い場所を向きながらも、揺るぎない目的があると言わんばかりに真っすぐ前を向いていた。




「オレは──」




 ***




「……もう行っちゃうんだね」

「ああ」


 結婚式の翌日。

 シルウァの村の入り口となる場所に、とある父と娘が向かい合っていた。娘の後ろにはさらに大勢の人間が控えてはいるが、父娘のやり取りを邪魔するわけにはいかないと沈黙を保っていた。


「ベアティ。オレはお前の言葉がなければ。一生ミカのことを探しに行こうとしないまま、この村で生涯を終えていただろう……オレを勇気づけてくれてありがとう」

「ううん、お礼なんていいよぉ。だってお父さん、ずっと寂しそうな顔してたもの」

「そ、そうか……?」

「きっとアタシが言わなくったって、お父さんは探しに行ってたはず。アタシのお父さんはそういう人だから」

「ベアティ……」


 娘の言葉に感涙するベルゴ。

 そんな父親の様子にもらい泣きするベアティは、しばし離れてしまう父親の温もりを分け与えてもらおうと、そっと大きな体を抱きしめた。


「お父さん……大好き」

「……ああ。オレも……だ」

「ダメ。ちゃんとはっきり口にしてッ」

「……愛しているぞ、ベアティ」

「えへへっ」


 アタシも、とベアティは最後にもう一度強く抱きしめる。


 ずっと、ずっと。

 遠く離れたとしても、この感触を思い出せるように。


 親子の抱擁はしばらく続く。

 それがようやく終わりを迎えたのは、ベアティのすすり泣く声が止んでからだった。


「──行ってらっしゃい、お父さん」

「──ああ、行ってきます」


 親子の別れは済んだ。

 だが、静謐な別れの挨拶はここまで。それからは村人が『英雄の門出だ!』と大騒ぎし、昨日の結婚式以上のどんちゃん騒ぎでベルゴを送り出したのだ。


「やれやれ……こりゃあ堪らんなぁ」


 苦笑を浮かべながら、愛馬に乗って進んでいくベルゴ。

 それなりの距離を進んで、やっと村人の声は届かなくなった。


 そうなった途端、ベルゴの胸に訪れる孤独感。


(ああ……あの日の逃避行でさえ、ベアティが一緒だったからなぁ)


 8年前、聖都が落とされた日のことを思い出す。


 全てを失い、責務からも逃げ出した運命の日。

 そんな時でさえベアティは共に居てくれた。


 ひょっとするとあの子はずっと勇気を与え続けてくれていたのではなかろうか?


 死に逃げようとする自分に対し、生きる勇気を授けてくれたベアティ。

 あの子こそが〈怠惰〉の騎士を立ち上がらせた勇者なのではなかろうか?


「……なんてな」

「おっとぉ! そこの旅の御方ぁ。一人寂しくどこに行こうってんですかい?」

「っ……お前達は?」


 不意に聞こえた声に振り向いた瞬間、『そう言えば』と思い出す。


──別れの挨拶の場に居なかったな。


 まさかわざわざ待っていたのだろうか?

 そう思った途端、ベルゴの顔には呆れた笑みが浮かんだ。


「……お前達は?」

「おっと、自己紹介がまだだったなぁ!」

「は?」

「俺はアータンの仲間のライアー! この子の家族を探すついでに、魔王を倒す旅をしてるもんでさぁ!」


 芝居がかった口調で自己紹介を進めるライアーに、傍らに立つ勝手に紹介された少女も呆れた笑みを浮かべていた。


「さてさて、アンタ何者だ? なんで旅をしてるんで?」

「オレは──」


 その問いを投げかけられた瞬間、ベルゴはすべてを察した。


──まったく、こやつらは。


「オレは……ベルゴ。元聖堂騎士団長で……ッ」


 自然と、涙と嗚咽が込み上がってくる。

 それらをやっとこさ飲み込んだところで、ベルゴは面と向かって言い放った。


「家族を……娘を探すついでに、魔王を倒す旅をしている」

「そうか。じゃあ、俺達目的が一緒だなぁ?」

「……そのようだな」

「一緒に行くか?」


 差し伸べられる手。


「──ああ、よろしく頼む」


 それを断る理由などなかった。




 世界を救うことも、魔王を倒すことも。




 そんなこと──家族を見つける二の次だ。




 ***




 かくして偽物の聖騎士の物語も終わりを迎えた。




 何も救えなかった騎士が、大勢の助力を得て、大切な者達の仇を取る物語。


 しかし、物語はまだまだ続く。

 〈悲嘆〉の物語は、まだ少し書き換えられただけ。


 だからこそ彼らは行く。

 〈虚飾〉、〈嫉妬〉、〈怠惰〉……次に彼らが出会う罪深き者は誰なのか。


 魔王軍を退けたとて、世界に平和は訪れていない。

 一時の平穏など容易く崩れ去る──それは誰もが知るところであった。


 さあ、新たなる冒険の幕開けだ。

 魔の手に穢されそうな純潔を守る為なら、この道を歩むほかない。




 これは〈虚飾〉の物語。

 悲劇を嘘にする物語。

 嘘吐きライアーの──全てを救う物語なのだから。











《center》《xbig》《b》第二章

怠惰の聖騎士

/b《/xbig》《/center》











 ***




「ありがとう、ゆうしゃさま!」


 花冠を受け取った小さな女の子がペコリと頭を下げる。

 それを見て小さく手を振ったのは、厳めしい鉄仮面を被った一人の勇者であった。


「転ばないようにな」

「は~、エルってば見かけによらず器用ねぇ」

「……どういう意味だ?」

「鏡見てきなさいよ」


 明らかに視界が悪そうな鉄仮面と、細かな手作業が向かなさそうな手甲を身に着ける勇者に対し、アイベルはズケズケとものを言う。

 そこへ『まあまあ』と間に割って入るのは黒髪の剣士ルキだ。


「エルは昔っから花冠を作るのが得意だったもんね」

「……父が、よく作ってみせてくれたから」


 どこか寂寥感を覚えさせる声色でエルは答えた。

 それに対しアイベルは数秒間を置いてから、


「……いいお父さんだったのね」


 とだけ。


「ああ」


 エルもまた、端的に返事をした。


 しばし、無言の時間が続く。

 これにいち早く耐えきれなくなったのはルキだ。


「そ、それよりも!」

「どれよりも?」

「え? いや、なんとなく言っただけだけど……そ、それよりも!」


 少々強引にルキは話題を変える。


「次はどこを目指す? グラーテは空振りだったし……」

「言伝はした。それで十分だ」

「それからの話をしてるのッ!」

「……一旦王都に戻ろう」


 プンスコと頬を膨らませるルキに、エルはゆるりと立ち上がる。




「世界全てを歩き回れば──いつかきっと探し物は見つかる」




 途方もない言葉を口にするエルに、アイベルは呆れ、ルキは乾いた笑みを浮かべていた。


「っとに、アンタって奴は……」

「まあ、エルらしいと言えばらしいけど……」

「……何かおかしいことを言ったか?」


 別に、とアイベルとルキの声が重なった。

 気の抜けた返事をバックに、エルは周囲を見渡す。一面無数の野花が咲き誇る天然の花畑。


「……そうだ」


 それを見るや、何か思いついたようにエルは口を開いた。




「──ディア教国へ行こう」




 思い出したかのようなエルの足取りに迷いはなかった。



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