第37話 帰還は出発の始まり




 ライアーです。

 メガランナーに乗って一日中爆走したら、聖都に着いてたとです。


「な、中々良い乗り心地だったぜ……ありがとうな、メガランナー」


「クェーーーッ!!!」


「帰ってった……」


 一仕事終えて休憩……するかと思いきや、メガランナーは再びリーパの村方面へと爆走していった。尋常ならざるスタミナだ。

 俺は半日以上乗り続けて腰バッキバキになって死にそうだというのに……。

 アータンに至っては、道中食べようとしたサンドイッチのレタスが逆風で顔に張り付いていた。


「あのスタミナだけは見習いたいもんだな」

「う、うん……」


 おかげさまで聖都グラーテまであっという間だった。

 馬車なら一週間掛かる道のりも、メガランナーに掛かれば一日で着く距離というわけだ。その分普段の食費が馬より数倍掛かるから、聖堂騎士団とか王国騎士団ぐらいでしか飼われていないらしいところが、世の中の上手くいかないところでもある。実に残念だ。


「にしても、グラーテも久しぶりだなぁ」

「魔王軍の襲撃があったって聞いたけど……」


 そう、俺達がこんなに急いで来た理由は聖都が襲撃に遭ったからだ。

 普通聖都襲撃なんてそうそう起こるものではない。地獄に巣食う悪魔でさえ、聖都を攻め落とすのは至難の業だ。

 やるにしても相当数の戦力を揃えてから。


 ゆえに、聖都と悪魔の戦いは一つの戦争と化すレベルなのであるが、


「なんか全然そんなことがあった感じじゃないね?」

「だなぁ」


 予想に反し、グラーテの街並みは普段通りであった。

 住民が和気あいあいと立ち話に興じ、あちこちの飲食店で冒険者が酒盛りをしている。


 もしこれが本当に悪魔の襲撃があったとすれば、こんなにもほんわかした空気にはなっていないはずだ。


「襲撃なんてなかった……?」

「いや、そうでもなさそうだぞ」

「え?」


 首を傾げるアータンに、俺はグラーテの冒険者ギルドがある方角を指さす。

 すると、冒険者らしい佇まいをした人間が我先にと小走りで向かって行っている後ろ姿が散見された。


「? 何があったんだろう」

「とりあえずギルドに行ってみるか。どうせ依頼の報告もあるしな」

「うん」

「アータンも美味しい海産物を食べたいだろうしな」

「うん!」


 元気いっぱいなお返事、ありがとう。

 そういうわけで俺達は早速冒険者ギルドへと向かう。もう夕方だから早めに行かないとギルドが店仕舞いしてしまうので急がなければ……。




「うぇ~ん……ママどこぉ~……?」




「うおおおお、だれか迷子の親御さんは居られないかぁーーー!?」

「ライアー!」


 道中、迷子になった子供を見かけたので、思わず親を探すのを手伝ってしまった。

 幸い三十分ぐらい探したら親御さんは見つかった。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「ありがとう……鎧さん……おねえちゃん」


「良いってことよ!」

「今度はお母さんとははぐれないようにね!」

「よし、アータン! 今度こそギルドに……」




「はわわ……転んで買い物袋の中身が……」




「怪我はねえか、おばあちゃーーーん!」

「ライアー!」


 再びギルドへと向かう道中、困った人を見つけてしまった。

 買い物袋の中身をぶちまけてしまったご老人。リンゴやら何やらを道端にぶちまけてしまったおばあちゃんに駆け寄った俺達は、さっさと拾い上げて回収する。


「ありがとうねぇ……お礼にリンゴを一つどうぞ」


「サンキュー、おばあちゃん!」

「段差には気を付けてくださいね!」

「アータン! 次こそは……」




「やんのか、てめえ!?」

「喧嘩売ってんのか、おめえ!?」

「きゃー! 誰か、この人達を止めてぇー!」




「やめて! お酒の為に争わないで!」

「ライアー!」


 その道中。

 その道中。

 その道中。


 なんて寄り道をすること数度。


「すみません……今日はもう閉めるので……」

「閉まっちゃった」

「当たり前だよ」


 案の定、営業時間を過ぎたギルドの前で、俺達は受付嬢さんに門前払いを喰らってしまった。

 実に申し訳なさそうな顔をしているが受付嬢さんは何も悪くないよ。悪いのは不条理なこの世界さ。


「結局何が原因か分からなかったね……」

「まあ、明日にでもなれば分かるさ」

「それもそうだね」

「今日のところは適当に宿屋でも取って……」




「わたくひの酒が飲めらいってのかぁ~~~!」




「……ライアー」

「どうしたんだ、アータン。そんな目で見つめて」

「いや、だって……」


 何か言いたげな眼差しを向けてくるアータン。

 ふっ、無言で見つめられたって可愛いってことしか分からないんな。


「むぉ~~~! もう一軒! もう一軒!」

「もうほとんど店仕舞いしてますよ。ほら、宿舎に帰りましょう」

「ほれじゃあわたくしの家で続きれす! むんっ!」


 喧騒が近づいてくれば、もう夜も目前となってきた聖都の街並みの奥に二人分の人影が浮かび上がった。

 一人は眩い小麦色にエメラルドグリーンのショートカットのザンであり、もう一人は金春色の長髪を靡かせる眼帯の美女──おや?


「あれってセパルじゃね?」

「……やっぱり?」

「アララララララァ」


 思わず過去一の巻き舌発動しちゃった。ラッパーに転職できちゃいそうだぜ。


 そんな俺よりも先に魔力探知で気づいていたのであろうアータンは、信じられないものを見るような目で、酒瓶片手に千鳥足で歩くセパルの姿を見据えていた。

 おいおいおいおい……聖堂騎士団長ともあろう者がべろんべろんじゃねえか。一応普段着だが、有名人だから知っている人間が見れば一目で分かるぞ。しかも酒の匂いがこっちまで漂ってくる。


 思わず呆気にとられたように立ち尽くしてしまう。

 すると、向こうがこちらの存在に気付いたのか、焦点の定まらない双眸をグリン! と向けてくる。


「んぅ~~~?」

「おう、セパル。出来上がってんなぁ」

「ありぇ……? なんだかライアーしゃまの幻が見えりゅ……」

「ほら、土産の昆布(海藻男)だ。食え」

「やっらぁ~~~! ライアーしゃまからのぷれじぇんと!」


 喜んで海藻男の切れ端を受け取ったセパルは、チューチューと海藻にしゃぶりつく。

 こういうお菓子あったよね。久しぶりに食べたいなぁ。

 そんなことを思いながらセパルが海藻をしゃぶる姿を眺めること数分。


「チュー、チュー……チュッ……」


 不意にセパルの海藻をしゃぶる動きが止まった。

 直後、真っ赤に染まっていた顔面がみるみるうちに蒼褪めていき、定まった焦点が俺の顔を捉えてきた。


「ライアー様……?」

「おう」

「幻ではなくて?」

「おう」


 しばし、沈黙の時間が流れる。

 すると、ある時。




 ポロリ。




 セパルの目じりから、一滴の涙が零れ落ちた。


「ッ、ライアー様ぁ~~~!!」


 次の瞬間、堰を切ったように涙を流し始めたセパルが抱き着いてくる。

 総重量ウン十キロの体重が俺にのしかかってくる!

 その内の2キロ分は今俺に押し付けられている胸部のとれたて新鮮デカメロンだ。でも感触はない。だって鎧着てるからね。


「急に抱き着いてくるんじゃないよぉ! 女の子がはしたない!」

「ライアー様、ライアー様ぁ!! わたくしは心配していたんですよぉ!?」

「心配ぃ?」


 何を心配したいたのかと訝しめが、涙目でセパルは続ける。


「らってぇ!! ライアー様が〈戦死〉と刃を交えたと聞いて……!!」

「イェリアルに無事だって伝えたろ?」

「それとこれとは話が別れす!!」

「待ってくれ首絞まってる絞まってる!」


 アータン、見てないで助けてくれ!

 そんな『分かる……』みたいな神妙な面持ちで頷いてないで!


「──わたくし、本当に心配したのですからね」


 俺を抱きしめるセパルが、耳元でそっと呟いた。


「ライアー様が死んでしまうのではないかって、不安で不安で……」

「なんだなんだぁ? 俺が死ぬと思ったかよ?」

「聖都だって先日魔物の軍勢が攻めてきて……あなたに会えぬまま死ぬのでないかと覚悟も決めたんですよ?」

「……」

「……心細かったのです」


 団長としてではなく一人の人間として弱音を零すセパル。

 酒が入っているのも当然あるだろう。しかし、実際に心細かったのであろう。不安に圧し潰されそうになって……仕方ない。セパルだってまだ二十代だし、騎士団長になって日も浅い。

 老練な騎士や戦士と比べれば、どうしても精神力が脆い部分が出てくるのも致し方ないことだ。


「……傍に居られなくてすまない」

「許します」


 セパルは、ポンポンと俺の後頭部を軽く叩く。


「だって、こうやって帰ってきてくれましたもの」

「……そっちこそ怪我がなかったようで何よりだ」

「ライアー様……」

「セパル……」

「あっ、ちょっと待ってください安心して胃の中身が今オロロロロロロロロ」

「きゃあああ俺のマントぉーーーっ!!?」




「ライアーーーーッ!!?」




 アータンの悲鳴が夜の街に響いた。

 俺のマントは死んだ。




 ***




 場所は聖堂騎士団宿舎近くの宿屋。

 話を聞くべく、今日俺達が泊まることになった一室に、俺とアータン、そしてセパルもザンも来ていた。


 早速話を──と行きたいところであったが、一人はベッドの上でさめざめと泣いている人間が居た。


「うぅ……ライアー様にわたくしの汚い姿を見せてしまいました……」

「尻の穴ぐらいしか残ってないだろ。俺が見てないお前の汚いとこは」

「汚くなんかありません! なんなら今確認してもらって……!」

「ザンちゃーーーん!! ヘルゥーーープっ!!」


「私以外の前で脱がないでください、団長っ!!!」


「お゛尻゛が゛八゛つ゛に゛割゛け゛ち゛ゃ゛う゛っ゛!!!?」


 下を脱ごうとしたセパルは、すかさず背後に回ったザンの手によって、下穿きをめり込むぐらい持ち上げられる。すごい、生地がめっちゃメリメリ言っている。逆に生地の方が引き裂けそうだ。


「ヤマタノオシリ……」


 アータンが横でそう呟いていた。

 アータン……もっと言ってやれ。あいつが酒に呑まれてしょっぴかれない内に。


「っつーか、セパルがこんな酔いつぶれるまで飲むとは。色々大変だったみたいだな」

「潰れるまでって、ワイン一口でこれですからね」

「そうか……え、ワイン一口? 一杯じゃなくて?」

「団長、お酒に弱いんですよ」

「その片手の酒瓶は見てくれか」


 泥酔しているからどれだけ飲んだかと思えば、まさかのワイン一杯だった。

 蟒蛇うわばみの対極じゃねえか……下戸過ぎんだろ。下戸ゲコ下戸ゲコ嘔吐ゲロッピだよ、こんなもん。


「じゃあ、なんで今日に限って酒飲んでんだ?」

「間違って私のお酒に口を付けただけです」

「それでこのザマか~」

「それでこのザマです」


 ちなみに今、セパルは下穿きが股にめり込んで悶絶している。

 救えねえよ、この女。キリストでも救えない人間って居たんだな。

 でもそういうとこ大好き。


「飲むと駄々を捏ねたのでボトルを買い取りましたが、このザマですので飲んでいいですよ」

「お、サンキュー。アータンも飲むか?」

「わぁい! ワイン飲むの初めて!」


 悶絶するセパルを横目に、グラスにワインを注いでいく俺達。

 全員にグラスが行き渡ったのを見計らい、俺は本題を促すことにした。


「……何があったか教えてくれるか」

「ええ」


 ザンはゆっくりと語り始めた。


「──あの日、聖都に魔物の大軍が押し寄せてきました」


 グラーテは海の傍に位置する町。

 海産資源を得やすいという反面、どうしても海側からの侵攻を許しやすい立地だった。そこを魔王軍と思しき魔物が攻めてきたという。


 その話を聞きながら、アータンがグラスにワインを注いでいる。


「それにしちゃあずいぶん被害が少なそうだな」

「……こちらの人的被害はゼロです」

「ゼロぉ? そりゃあまた上手くやったもんだな」

「魔王です」

「あ?」

「あの日来ていたのは魔物だけではありません。魔王……〈憤怒〉の魔王もやってきたいたんです」


 ザンは当時の出来事を思い返し、ゾッと顔から血の気が引いていく。

 一方で、アータンがグラスにワインを注いでいる。


 ……なるほど、そういうことか。


「……小競り合いか?」

「ええ。おそらくは」


「あのぅ……」


 俺とザンの会話に、グラスにワインを注ぐアータンが、恐る恐る手を上げながら割り込んでくる。


「〈憤怒〉の魔王ってどういうことですか……? 魔王って一人だけじゃ……?」

「……そこからですか」

「許してちょ。まだ社会に出て一年目だから」

「じゃあ許しましょう」


 寛大だぁ……。

 流石は副団長。普段破天荒な団長の補佐をしていると、否応なしに周囲に対するハードルも低くなるというわけか。


「いいですか。現在、人類にあだなす魔王は二人」


 一人は〈憤怒〉の魔王。

 始まりはイーラ教国のとある町。

 その町の守護天使を務めていた騎士が突如、街を焼き尽くした上で住民を全員惨殺。

 その後、イーラ教国聖堂騎士団〈一本角ウニコルニス〉が討伐隊を編成し、これの打破に当たっているが、未だに討ち取れたという報告は上がっていない。

 孤高かつ無頼の魔王でもあり、従魔のドラゴン以外に配下は居らず、各地を放浪し罪使いを狩ると噂されている別名〈断罪の魔王〉。

 その残虐性・危険度からイーラ教国のみならず他の七大教国や王都にも指名手配が出回っている。


 そして、もう一人が〈暴食〉の魔王。

 幾多もの魔物と悪魔を従える魔王であり、現在プルガトリア大陸侵攻を目論む悪魔は、この〈暴食〉が指揮を執っているとされている。

 過去にはグーラ教国のとある村にて、住民全員が悪魔と化す事件が起こったが、それに関与しているのもこの〈暴食〉であるというのが七大教国の見解だ。

 また、罪化に強い興味を示しており、人間を悪魔堕ちさせる事件に関わっている可能性も示唆されている。


 アータンはうんうん唸りながら、グラスにワインを注いでいる。


「このように魔王は〈憤怒〉と〈暴食〉、二つの勢力に分かれています。どちらも人類にとっては強大かつ有害な勢力。どちらか片方を討ち取ろうとしても、国を挙げて倒せるかどうか……」

「そ、そんな……」

「先のアイベルの故郷を襲撃した悪魔……おそらく〈暴食〉の手の者でしょう。多くの悪魔や魔物を従えられるのは奴の方です」


 魔王にもそれぞれ個性がある。

 一人で勝手に戦う魔王、部下を率いて戦う魔王等々……それこそ前者なんかは魔王を信奉する〈四騎死〉を無視しているケースもザラにあるぐらいだ。


 魔王の行動を推測にするには、ほかならぬ魔王のバックボーンを知る必要があるわけだが……まあ、一冒険者に過ぎない俺達にそんなもの知る由もないわけで。


「んで、聖都に来た〈暴食〉の軍勢を〈憤怒〉がやっつけたってことか?」

「はい。元々悪魔が聖都に侵攻しようという兆候があること自体は報告に上がっていました」

「それに乗じて戦力一掃ってわけかぁ?」

「それにしてもタイミングや戦力が不自然でしたが……」


 〈海の乙女〉自体、魔王軍襲来の兆候を察し、聖都の防衛を固めていた。

 それを本格的に打ち崩すとなれば、海側だけでなく聖都の東西南北から戦力を投入したっていいぐらいだ。


 しかし、実際に魔王軍が攻めてきたのは海側だけ。

 海戦を得意とする〈海の乙女〉相手に、それだけの戦力で攻めようとするのは余りにも不用心過ぎる。


 アータンも訝し気な顔をしながら、グラスにワインを注いでいる。


「何か奴らに予期せぬ事態でも起こったのでしょうか?」

「ふむふむ、たとえば?」

「本来指揮を執るはずだった者が居なくなったとか……」

「なるほどねー。なるほどなるほど。なるほど過ぎてなるほどだわー」

「……何か心当たりでも?」


 アガレス……フォルネウス……アイツらはいい敵役だったよ。後から来た赤い変態に全部持っていかれたけど。

 そんな俺が語るまでもなく察してくれたザンは、はぁ、とため息を吐き、それについては流してくれた。


「下手人が死んだならそれに越したことはありません。しかし、直近の問題は海に浮かぶ魔物の死体です」

「あー、もしかしてギルドに屯してたやつらって……」

「緊急で魔物の死体の回収依頼が山ほど出しているんです」

「それは……」


 悪魔の死体は塵となるが、魔物に関してはその限りでない。

 素材は武器や防具、その他日用品なんかにも活用できる便利な素材に他ならないが、それでも死体は死体だ。早々に処理をしなければ腐り、悪臭を周囲にまき散らす。グラーテは海沿いの街だから潮風になってそりゃあ大変だろう。

 最悪、感染症が広がってもおかしくはない。


 もしそうなった場合の光景を想像したらしく、アータンは顔を蒼褪めさせながらグラスにワインを注いでいる。


「それにしちゃあ町は臭くないな」

聖工隊ファブリーが夜通し〈聖域〉を張ってくれるおかげです」

「あー……お疲れさん」

「お布施ならいつでも受け取りますよ」


 そう言って手を差し伸べてくるザンに、俺は先ほどおばあちゃんからお礼に貰ったリンゴを乗せた。

 次の瞬間、リンゴは一瞬にして握りつぶされ、果汁100%のリンゴジュースが出来上がった。ザンはあらかじめ左手を受け皿にしていたようであり、掌に溜まったリンゴジュースを一気に呷る。こ、怖ぇ……。


「ま、まあなんだ。とりあえず聖都が無事で良かったよ」

「それは本当に。本格的な戦いになれば何人死傷者が出たか分かったものじゃありませんので」

「まったくだな。不幸中の幸いってやつか」

「その代わり後処理に追われましたがね」


 ザンは疲れた顔でグラスにワインを注ごうとする……が、ボトルからはワインが一滴ほどしか垂れてこない……あれ?


「あ、ごめんなさい……美味しくてたくさん飲んじゃいました」

「アータン飲み干しちゃったの!!? あの短時間で!? ワインを一本!?」


 俺が驚いている間、ザンは飲み干されたワインボトルを握力で握り割った。

 ヤダヤダヤダヤダ怖い怖い怖い怖い。俺を挟んで怖いことが二つ同時に進行している。


「おいおい、とんだ蟒蛇がここに居やがったぜ……!」

「というか平気なんですか? この子は」

「ん~……なんか体がポカポカしてきたかも」

「まあそれくらいなら……」

「暑い~……スカート脱いじゃお……」

「ザンちゃーーーんっ!! ヘルゥーーープ!!」




「血は争えないぃーーーっ!!!」




「お゛尻゛が゛九゛つ゛に゛割゛け゛ち゛ゃ゛う゛っ゛!!!?」


 ヤマタノオシリじゃなくてヒップドラってか、おバカ。

 危なかった……まさかアータンが酔ったら脱ぐ性質とはな。こりゃあ酒場で一人飲ませるわけにはいかなくなったぜ。


 しかし、ザンのおかげでアータンの脱衣は回避できた。

 当のアータンが床の上でセパルと仲良く悶絶してはいるが、時間が経てば起き上がってくることだろう。差し引きで被害はゼロだ。


「サンキューな、ザン」

「まったく……この姉妹は……」

「ん? ってことはなに? アイベルも脱ぐの?」

「脱ぎますよ、奴は」

「マジかよ」

「しかもいつ脱いでも大丈夫なように中にビキニアーマーを着ていましたよ」

「マジかよッッッ!!!」


 知らないんだけど、そんな情報。

 流石は現実リアルのギルシン……本編や設定集でも出てこなかった事実がどんどん出てきやがる!


 これだから冒険ってのはやめられねえんだ!


「あ、そういえば」


 思い出したかのようにザンが声を上げた。


「リーンから伝言があるんでした」

「!」

「『〈嫉妬〉をディア教国で見かけた』……と」


「お姉ちゃんが……!?」


 やおらアータンが起き上がってくる。

 もう酔いは冷めたようであり、正気に返った顔でザンの方に駆け寄っていく。


「ディア教国ってどこですか!?」

「待て待てアータン。ザンちゃんが困ってるだろ」

「でも……」

「離れないとまたお股を引き裂かれるぞ」

「ひっ」


 俺の忠告を聞いた瞬間、アータンが股間を押さえてザンから距離を取った。よっぽど痛かったんだな。


 まあ、それはさておき。


「アータン。ディア教国ってのはミレニアム王国から西にある、文字通りディア教を信仰する国だ」

「西……ここからは直接行けないの?」

「街道が整備されてないからな。行くんだったら一度王都に戻った方がいい」


 過去の歴史を掘り返せば、七大教国は元々バッチバチにやり合っていた関係。

 その為、現在はミレニアム王国を緩衝地帯にして、それぞれの国に続く街道が整備されているのが実情だ。グラーテから直接ディア教国に行くとなると、険しい森やら山やらを越えなくてはならず、宿場町などもないので道中必要なものを買うこともできない。

 とてもではないが直接ディア教国へ向かうのは現実的ではないだろう。


「……そっか」

「ま、そう落ち込むなって。見かけられたんなら生きてるってことだろ?」

「うん……そうだよね!」


 俺の励ましにアータンは笑顔で答えてくれる。

 やだ、何この笑顔カワイイ……天使かな? 天使だったわ。


「ですが、気を付けてくださいよ」


 俺がアータンの笑顔に見入っていると、淡々とした声色でザンが忠告する。


「ディア教国は十数年前、魔王軍の襲撃を受けて元々の聖都が陥落しています。そして今は魔王軍大幹部〈六魔柱シックス〉の一人が聖都を居城にしていると窺っていますし……」

「……〈六魔柱〉か」


 ゲームでも聞いた単語が耳にするとはな。


 軍隊という組織を率いている以上、部隊を指揮する頭というのは必ず存在する。

 『ギルティ・シン外伝 悲嘆の贖罪者スケープゴート』における魔王軍の大幹部は複数人居た。

 奴らは〈六魔柱〉と名乗り、プルガトリア大陸を暴力と恐怖で支配していた。

 どいつもこいつも凶暴で、残忍で、それでいて人を人とも思わぬ悪魔共だった。プレイ中何度ぶち倒してやろうと思ったか……まあ、実際周回プレイでぶち倒したんだけども。


「なるほど、アイベルらしいぜ。もうどこにいるか分かってる奴からシバきに行ったってわけか」

「ええ!? じゃあ、私達も早く追わないと……!」

「まあ待て。アイベルがいくら強いからって、一人で戦いに行くような奴じゃないだろ?」

「それは……そうかもだけど」


 そう。アイベルはゲームでも自分一人でやれる限界を知り、仲間集めに奔走していた。

 何の勝算もなく一人で〈六魔柱〉に挑むなどという愚行は犯さない。仮に挑むことがあったとしても、それは彼女なりの勝算があった時に限る。


「アイベルを信じてやるんだ」

「……うん!」

「それにだ。俺達は俺達のペースがあるしな! 剣が折れたままじゃ悪魔にだって勝てないし」

「やっぱり強がりだった!?」

「アータン知ってるか?」

「えっ……急にどうしたの?」

「剣はな、折れてるものより折れてないものの方が強いんだよ」

「既知の事実だよ!!」


 そうか、知ってたか。

 それなら話が早い。


「じゃあ、準備が済んだら王都に向かう! そこで支度を整えてディア教国に出発だぁー!」

「うん!」

「えい、えい!?」

「え? あっ、えい、えい……!!」

「おぉ……」

「おぉ──なんで盛り下がるの!!?」

「後頭部を打ち砕く衝撃ッ」


 拳を突き下げた俺の後頭部に、突き上げる先を失ったアータンの拳が綺麗に決まった。

 流石アータンだ。多少酔っていてもツッコミの切れが冴えているぜ。


 そんな俺達を冷めた目で見守るザンであったが、不意に口元を押さえてはプッと噴き出した。


「仲が良いですね、貴方達は」

「え? そ、そうですか……?」

「ま、それほどでも?」

「何を為すにも気の合う同士は必要です。もし貴方達がアイベル同様魔王を打ち倒そうとするのなら──」




「仲間を増やすべきです」




 ザンの言葉に割り込むように。

 万感の思いを込めて、セパルが言い放った。


「セパル様!」

「……わたくし達は、一度それで失敗をしました。そして危うく何もかもが手遅れになりかけて……わたくし達と同じ轍を踏んではなりません」


 立ち上がったセパルは、ゆっくりとアータンの下まで歩み寄る。

 そして、自ら浄化してみせた罪冠具にそっと触れ、にっこりとその口元に笑みを作った。


「……良い魔力です。やっと〈罪〉を使えるようになったのですね」

「そんな! 全部セパル様のおかげです!」

「貴方もアイベルと同じ大罪の〈罪〉を持つ者……悪しき望みを抱く者達が狙うこともありましょうが、だからこそ集めるべきなのです」

「集める?」

「大罪の〈罪〉を持つ者を」


 セパルの言葉に、アータンは目を真ん丸と見開いた。

 そう、大罪の罪は〈嫉妬〉だけではない。


「〈傲慢〉、〈憤怒〉、〈暴食〉、〈強欲〉、〈色欲〉、〈怠惰〉……世界のどこかには、きっとあなた以外にも大罪の力を秘める罪使いは居るはずです」

「大罪の……〈罪〉」

「見つけることは容易ではないでしょう。しかし、かつて世界を救いし〈罪〉ならば、魔王を打ち倒し、この世界を救うことだってできるはずです」


 セパルは罪冠具を嵌めたアータンの右手を、優しく両手で包み込む。


「……でも、忘れないでくださいね。わたくしもアータンちゃんの仲間の一人なんですから」

「セパル様……」

「わたくしの想いはあなたに預けます。どうか、ライアー様と共に世界に光を」


 そう言って彼女は祈るように頭を垂れた。

 彼女達インヴィー教信者にとって、〈嫉妬〉の〈罪〉は神に等しい力。数多の存在する〈罪〉の中でも、〈原罪〉より分かたれし最も根源に近しい七つの大罪の一つなのだ。


──〈嫉妬〉を罪とし、〈感謝〉を美徳とする。


 そんな彼女の心の拠り所こそ〈嫉妬〉という〈罪〉に他ならない。


「セパル様……分かりました!」


 祈りが届いたように、アータンは力強く頷いた。


「私がセパル様の代わりにライアーを守ります!」

「よろしくお願いいたします」

「魔王だって倒します!」

「ふふっ、心強いですわ」


 アータンの返答に、セパルは柔和な笑みを浮かべてみせた。

 綺麗な笑い顔だ……さっき吐いていたという事実を知らなければなぁ。


 なんて俺が思っていると、おもむろにセパルが拳を突き上げた。


「よし……今日は決起会をしましょう!」

「えっ?」

「お二人の冒険の門出を祝いましょうとも! ザンちゃん、お酒とお料理をお願い!」

「はぁ……仕方ありませんね」

「いや、あのっ」


 そう言えば俺達朝にリーパの村の人達に送別会的なものをされたばかりだ。

 同日の夜にまた似たようなことされること、普通ある?


「まあいっか」

「いいの!?」

「でも美味しいもの食べられるかもよ?」

「っ……ごくり」

「はーい、ザンちゃんこっちに一杯よろしく~」


「貴方に注文の権利はありません。私が選んだものだけを飲み食いしてください」


「きり~ん」


 ザンにそう告げられた俺は、失意のあまり麒麟のように鳴いてしまった。麒麟の鳴き声知らんけど。


「さっ、アータンちゃん♡ たくさん飲んでいいですからね♡」

「は、はい……!」

「お料理も作りますからたくさん食べてくださいね♡」

「……はい!」


 そして始まる決起会。

 やがてセパルに散々酒を勧められたアータンと、勧めた酒の匂いで酔っ払ったセパルが再び脱衣魔になりかけたが、間もなくザンの手によって股を割かれていた。


「この酔っ払い共がぁーーーっ!!!」

「「お゛尻゛が゛百゛個゛に゛割゛け゛ち゛ゃ゛う゛っ゛!!!?」」




 脱ごうとするのはお国柄なのか?





 ***




 かくして偽物の魔女の物語は終わった。

 原典において偽物として扱われた少女は、見事、自らの意志で真なる〈嫉妬〉の魔女として立つことを決めた。


 しかし、これはまだほんの序章。

 〈悲嘆〉の物語を書き換える物語は新たなる舞台へと移る。


 ディア教国──かつて魔王の手の者により、聖都を焼かれ、多くの犠牲を払った焼かれた国。

 かつての聖都には魔王軍大幹部〈六魔柱シックス〉が座し、プルガトリアを我が物にせんと魔の手を広げている。


 これ以上の悲劇を望まぬのなら行くといい。

 そこにはかつて、友も、国も、そして家族も失った騎士が居る。

 世界を魔王より救うのならば、彼の手を取り、立ち向かえ。



 これは〈虚飾〉の物語。

 悲劇を嘘にする物語。

 嘘吐きライアーの──全てを救うための物語なのだから。










第一章


嫉妬の魔女編










 ***




「ば、馬鹿なっ……ち、チクショオオオオ!!?」


 一体の悪魔が塵と化した。

 その前で膝を突くのは一人の少女だ。


「はぁ……はぁ……! ったく、まさかとは思っていたけれどこんなに悪魔が潜んでいたなんて……!」


 文句を口にしながらも、少女は呼吸を整えるや立ち上がる。


(悪魔の聖都侵攻の兆候はあった……まさかと思って帰っては来てみたけれど、案の定潜んでたなんて)


──しっかり処理しときなさいよ。


 ここには居らぬ元上司に心の中で文句を垂れながら、少女は背後に佇んでいた二つの人影の方を向いた。


「……手を貸してくれてありがとう。おかげで聖都を──私の大切な人が居る町を守ることができたわ」

「いえいえ! こんな時こそ人助けですよ!」


 答えるのは濡羽色の髪を靡かせる女の方だった。

 歳は同じぐらい。ただし、両手に握る剣からも分かる通り、端正な顔立ちの童顔の割に筋肉はしっかり付いている方だった。


「ねっ? エルもそう思うでしょ?」

「……あぁ」


 そんな少女に促され、もう一人の方が頷いた。

 『エル』と呼ばれた方の人物は全身鎧に身を包み、頭部も鉄仮面を被っていることから素顔は分からない。


 ただし、凄まじい剣の使い手であることははっきりしていた。


(……この人達なら)


 一瞬の思考。

 少女は伏せた蛇目を即座に二人の方へ向け、右手を差し出した。


「私はアイベル。良ければ貴方達の名前を教えてくれない?」

「名前ですか? いいですよ!」


 溌剌とした黒髪の方が先に口を開き、差し伸べられた手を握る。


「私はルキ! 〈傲慢のルキ〉って通り名の方が有名ですかね?」

「……」

「ほら、エルも!」

「……エル」


 鉄仮面の剣士は、剣を鞘に納めながら端的に答えた。


(『エル』に『ルキ』? まさか──!)


 握手を交わす間、アイベルと名乗った少女の脳裏に過る話があった。


「貴方達、『罪派潰し』!? あのエルとルキなのっ!?」

「えっ? まあ、そう言われてる……んですかね?」

「その界隈じゃ有名よ! よかった、貴方達みたいな人を探してたのよ!」


 きゃぴきゃぴとはしゃぐアイベルは、握ったルキの手をブンブンと上下に振り回す。

 ルキは『あ~~れ~~!?』と情けない悲鳴を上げた。


 すると、そんな相棒の姿を見かねたのか、今度はエルの方から口を開いた。


「探していたとは?」

「っ、そうだったわね! 私はね、魔王を倒す旅に出ているの!」

「魔王……」

「だから貴方達のような強い仲間を探していた……お願い! どうか私の仲間になって、一緒に魔王を倒しに行ってちょうだい!」

「ああ、構わない」

「っ……そうよね、いきなりは難しいお願いよね」

「構わない」

「でもね、私は本気なの! 私には生き別れた妹が居る……もしかしたら今もどこかで生き延びているかもしれない! 私が見つけ出すまで妹を悪魔共に殺されない為にも、一刻も早く魔王を打ち倒したいのよ!」

「構わないと言っている」

「お願い! 会ったばかりの私に命を懸けてと言われても難しいのは分かってる! けど! どうか私と一緒に来て!」

「……」

「……そう。やっぱりダメよね……」


「いやいやいやいや!? エルずっとOK出してましたけど!?」

「えっ、そう?」

「してましたよ! なのにずっと無視されてたから……ほらぁ! エルも地面に座って不貞腐れちゃいましたもん!」

「ご、ごめんなさい!」


 アイベルは『必死になって気づかなくて……』と弁明するも、一度体育座りを始めたエルは中々立ち上がってこない。

 鉄仮面で顔が見えていないというのに、あからさまに肩を落としていると分かる後ろ姿であった。背中が全てを語っている。


「ほ、本当にごめんなさい。私、家族のことになるとつい一人で突っ走っちゃって……」

「……許そう」

「っ……ありがとう! ほ、本当に付いてきてくれるのね! 貴方達が居たら百人力よ!」

「ただし、条件がある」

「条件?」


 無事快諾……と思いきや、立ち上がったエルはアイベルの顔をじっと見つめてくる。


「条件って何? ま、まさか……体!?」

「君の体には興味ない」

「即答されるのってこんなに癪なのね」


 一触即発の空気になりかけるも『エルはそういうんじゃ……』と間に割って入ったルキにより、なんとか喧嘩への発展は避けられた。


「俺の条件は……君と同じだ」

「私と?」

「ある人間を探している」


 エルは淡々と、しかし、熱の入った声色で告げる。

 先ほどまで冷たい印象を受けていた人間が熱くなる様を見て、アイベルの瞳もスッと細まった。


「その人間って?」

「俺と似たような鉄仮面を被った剣士だ。各地で俺の名を騙っている」

「偽物ってわけ? 名前は?」

「……──」


 エルは深呼吸し、息を整える。

 たっぷりと間を置いた鉄仮面の剣士は、鞘に戻した剣の柄を握りつぶさんばかりに握り、こう言い放った。






「たしか──『』だったはずだ」






 〈虚飾〉の物語が進む裏側。

 〈悲嘆〉の物語もまた、進みつつあった。

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