第26話 襲撃は予感の始まり
『ギルティ・シン外伝 悲嘆の
一つ目、故郷を焼かれて両親が死ぬ(通算二回目)。
二つ目、魔王軍幹部になっていた恩人の団長を殺す。
三つ目、双子の妹であるアータンを自分の手で殺す。
加減を知れ、加減を。
この内、一つ目である通算二回目の故郷焼かれイベントは、他でもないリーパの村で発生する。
魔王討伐の旅の道中、生き別れの妹の手掛かりを掴んだアイベルは久々に帰郷を果たす。
だがしかし、いざ故郷に到着してみればすでに村は滅ぼされており、育ての親であったパーターとマーターも無惨な姿で見つけてしまう。
アイベルは悲しみに明け暮れた。
喧嘩別れをし、そのまま便りも送らず、いざ帰ってみれば義理の親であった二人は物言わぬ亡骸となっていたのだ。
泣いて、泣いて、泣いて──。
一時は戦う意思が尽きてしまうまでに悲しみに暮れてしまう。
しかし、そこで折れてしまうアイベルではない。
再び立ち上がった時、彼女は怒りに燃えていた。
これをやったのは誰だ、と。
実行犯を絶対に許さない。その一心で情報収集を進め、後々に判明する事実があるのだが──。
「お前らがけしかけたマーライオンちゃんだけどよ、てんで雑魚かったぜ?」
「……まさか、分かって我らを……?」
「下半身イワシにしちゃったかなぁ? そりゃあ弱くなりますとも、ギャッハッハ!」
意趣返しついでに俺は悪魔共を挑発する。
そう、あのクソでかマーライオンだ。
あいつ、実はアイベル狙いでリーパの村近辺に放たれた魔王軍の刺客なのである。普通の冒険者はまず勝てず、聖堂騎士団でもそこそこの強者でなければ太刀打ちできない魔物。
だがゲーム作中では、当時〈海の乙女〉は魔王軍幹部のセパルが手中に収めているので、頼みの綱である聖堂騎士団も当てにはならない。
そうなれば自然と村一番の商家であるパパベルとママベルが冒険者ギルドに討伐依頼を出すのだが、あの田舎にわざわざ強力な魔物を倒しに行く物好き冒険者は皆無であった。
それこそリーパの村に縁のある腕利きの冒険者ぐらいでなければ受注しない──すなわち、初めからアイベルを狙った罠であった。
魔王軍としては撒いた罠の一つに引っかかればいいぐらいの軽い気持ちだったのだろう。
けれど、そこに引っ掛かってしまったとある冒険者パーティーが居た。
うん、偽物勇者一行だね。
どういう経緯かアイベルの実家が金持ちだと知った偽物勇者は、他ならぬアイベルの妹であるアータンを利用し、実家のおこぼれに預かろうとした。
その際、アータンは姉の実家が魔物の被害で困窮していることを耳にする。
あらゆる人間に騙されて人間不信状態の原作アータンだが、そこは根が善性の少女だ。偽物勇者を説き伏せて、なんとマーライオンを倒してしまったのだ!
するとどうなると思う?
・マーライオンが倒されたのを感知する。
・悪魔が現地に確認に赴く。
・アイベルにクリソツな人間居る。
そりゃGOサイン出すでしょ。
つまりアイベルの第二の故郷と養親の二人は、原作アータンの善意をきっかけに起こった襲撃に焼かれてしまうわけだ。
……んなピタゴラなスイッチ、わかるわけねぇだろうが!!!
ちなみに偽物勇者一行は、さりげなくとんずらこいていた。
あの偽物勇者、逃げ足だけは早いからな。村を守る甲斐性なんて……無ぃよ!
ってなわけで、マーライオン討伐は悪魔襲来のトリガーになるイベントだ。
じゃあ、逆に考えよう。
マーライオン倒して、悪魔に来てもらおう。
んで、俺は偽物勇者の偽物。
要はあれよ。
そこを待ち構えてボコボコって寸法よ。ボコボコのボコよ。
歯噛みする悪魔共を見据え、俺は鉄仮面の奥でほくそ笑んだ。
「──分かるか? お前らは俺に釣られたんだよ」
「……この村の人間はどこだ?」
「俺が『魔物が攻めてくる~!』って騒いだら聞き分け良く避難してくれたぜ」
そうよ、俺がオオカミ少年さ(初犯)。
いやあ、人からの信用って大切だね。村に居る間、住民と交友関係深めといて本当に良かった。
「つまり、ここに居るのは俺とお前らだけ……残念だったなぁ! おととい来やがれ、バーカ! ま、今日は夜が明けるまで帰す気ないけどな……♡」
「成程……我々は一杯食わされた訳か」
「そうだ、俺が悪魔を泳がせ釣りする為のデビルフィッシュだったのさ」
「……だが、貴様は一つ思い違いをしている」
『一杯』とタコの数え方の『一杯』を掛けたギャグを無視された。
悲しい。アータンならきっと(冷ややかに)反応してくれるのに。
そんなギャグに反応する心のゆとりもない悪魔共の頭領は、巌のように彫りの深い眼孔に佇む鷹の如き双眸をギラつかせていた。
「貴様が我々を釣るエサだというのなら──」
「ヒャア!!」
「ギャハ!!」
「ギギギ!!」
「──エサは死んでいて然るべきだ」
悪魔が三体、闇に紛れて飛び掛かってくる。
魔力を持った生き物を『魔物』と呼ぶが、その中でも明確に人類種に悪意を持って敵対する存在は『悪魔』に括られる。
亜人や魔人ともあえて区別される人類種の天敵。
何故ならば奴等は人間の命を奪うことに毛ほどの罪悪感も抱いていない。
「死ねぇ、人間!!」
「村の奴等は貴様を殺した後だ!!」
「貴様の生首を掲げてやろう!!」
まあ威勢の良いことを吐き散らしていること。
「あのさぁ」
思い違いをしているというのなら、それはお前らも同じだ。
「なぁんで馬鹿正直に
刹那、俺の背後に揺蕩う海面から水柱が上がった。
そしてそれは猛烈な勢いで急襲を仕掛けてきた悪魔に突き刺さる。
「ゲェ!?」
「ギャ!」
「な、なんだこいつは……ゴガァ!」
「──俺一人なわけねぇだろ」
悪魔を貫いた水柱が陸地に降り立つ。
次の瞬間、水柱は水飛沫と化して辺りに飛び散った。するとそれまで水流に隠れてみてなかったシルエットが、淡い月光に照らされて暗闇に浮かび上がってくる。
「──本当に魔王軍が襲撃を仕掛けてくるとは」
一見すると彼らは馬に跨る騎兵だった。
しかし、よく見てみるとただの馬ではなかった。鬣はヒレのように変化しており、全身は海水に溶け込めるよう青色の体毛に覆われていた。
それは馬ではない。
だが、そんなシーホースの中に一体だけ角が生えている個体があった。
まるでイッカクを彷彿とさせる角だが、螺旋状に刻まれた溝からは水飛沫が上がっている。
もしそれが大地を闊歩していれば
けれど彼が出てきたのは海から。
すなわちあれはシーホースの上位種──
そんなシーコーンを乗りこなせるのは、この世界において彼らをおいて他にない。
「シーコーンを拝めるなんてな。流石は
「──聞けぃ、悪魔共!! 貴様らの蛮行、例え神の目を騙せてもこのイェリアルの目は騙せんぞぉ!!」
「大音響に俺の耳が殺される」
シャウトラットに負けてない大音声だった。
はためくマントに大きく縫われた〈
銅色の刺繍は、騎士団を構成する各部隊のトップを示す意味合いを有す。目の前に居る彼こそが〈海の乙女〉従魔隊隊長の男・イェリアルである。
ちなみに原作だと普通に影も形もない。だから人となりは知らなかったけれど、こんな熱血系の人なのね。
「頼むぜ、イェリアルさん」
「無論!! ライアー殿には万事に優先して助力せよと団長から言付かっております故!!」
「なるほど。職権乱用でしょっぴかれないようにだけ伝えておいて」
「承知!!」
いや、実際助かるけどさぁ。
でなきゃあ、『今夜悪魔が攻めて来るんで加勢してください』なんて
そして俺がひぃひぃ言いながら悪魔共を一人で相手取らなくて済む。
一対多だとどうしても取り逃がす敵が出てくる。そいつが後々報復に来たとなれば笑い話にもならない以上、取り逃がしを防ぐ意味でも戦力は多い方がいい。
たまたまこの人達が村に立ち寄った熱血漢でよかったよ。
『悪魔が来るならばわれらが迎え撃たないわけにはいきません!!!』って二つ返事だったもの。
その時隊員さん達が『この人があの……』とか『団長を腰砕きにされたという』とか『誓いのキスを交わしたと言われる……!?』とか言っていたのが気になるけど。
セパル、やっぱりお前に土産の昆布はくれてやらねえ。わかめでもしゃぶってな。
それはさておき、現在イェリアルを含め従魔隊五名がこの場に集っていた。
敵の数はおおよそ50以上。戦力差は10倍ってところだ。
……あれれ? これもしや勝てない?
「──な~んてっ」
「魚鱗の陣!!」
だが、それはあくまで“従魔”を除けばの話。
イェリアルが吶喊を響かせると同時に、それぞれシーホースとシーコーンになった従魔隊が三角形の陣を組んだ。
「突撃ィーッ!!」
刹那、波濤をその身に纏った従魔隊が、悪魔に目掛けて突撃していった。
回避しようにも反応し切れぬ速度。せめて防御をと腕を組んだ者達は、激流の弾丸と化した従魔隊にその身を抉られる。
手足を欠損するだけならばまだマシで、体の大部分を抉られた悪魔に至ってはそのまま絶命。パラパラと塵と化し、骨も残さず消えていく。
「ヒュウ♪ さっすがぁ」
ただの隊員の突撃でも凄まじいのに、隊長のイェリアルに関しては一度で三体もの悪魔を討ち取っていた。
流石は隊長。
そして海の幻獣シーコーンだ。
木っ端の悪魔程度なら束になっても敵わないといったところか。
しかし、この程度まだまだほんの序の口。
馬での突撃を終えた彼らは、各々着ていた鎧の腰に下げていた小瓶を手に取った。その小瓶の蓋を開ければ、中から透明な液体がトロリとあふれ出してくる。
「いけ、
意思を持っているかのようにゆっくりと動き出す粘性の液体は、従魔隊の攻撃を受けて混乱している悪魔の足元まで忍び寄り、一気に脚から駆け上っては悪魔の顔面に覆いかぶさる。
「が、がぼぉ!!? がっ……ばっ!!?」
口を覆うスライムを引き剥がそうとする悪魔。
しかし、そんな悪魔の胸を一本の水槍が貫いた。
水槍を出していたのは宙に浮かぶ水の体を持つ女。
波のような髪を靡かせるそれは、クスクスと笑いながら自身の肉体を変形し、武器と化す。水の弾丸に水の槍。繰り出される一撃は魔力が込められており、強靭な悪魔の表皮に浅くない傷を刻んでいく。
「
水の精霊、ウンディーナ。
通常の魔物とは違い、肉体のほとんどが魔力で構成されている精霊は強力な魔法攻撃に優れているという利点がある。
そんなウンディーナの中でも時に強力な種は──。
「
従魔隊長イェリアルの従えるウンディーナの上位種、フルクトゥーナ。
ウンディーナより一回りほど巨大な水の女は、その手を一振りするだけで〈
こうなれば戦場はもはや混迷を極めていた。
シーホースとシーコーンが突撃し、隙を見てスライムが妨害。ウンディーナとフルクトゥーナは、妨害を受けて身動きが取れなくなっている悪魔を確実に仕留めていく。
この多彩な攻撃手段こそ従魔隊の強み。
魔物こそが武器であり、友である。
彼らにとって魔物とは敵になりえないのだ──悪魔以外は。
「くっ……ア、アガレス様! ここは一時撤退をぉオ゛ッ!!?」
一人の悪魔が進言しようとした、まさにその瞬間だった。
開かれた口に付き出された貫手が、そのまま悪魔の後頭部を貫いた。悲鳴を上げる間もなく悪魔は絶命し、塵となった体は海の方へ風に流されていった。
場に緊張感が走る。
悪魔に手を下したのは、他でもない彼らの指揮官であるアガレスであった。
「……今、この場に撤退しようなどとほざく愚か者は居るか?」
悪魔は一斉に首を横に振る。
「それでいい」
地鳴りのように低い声に、従魔隊の面子の顔にも緊張が浮かび上がっていた。
こいつだけは雑魚の悪魔とは違う。浴びせられる魔力の圧から、それをひしひしと感じているようだった。
「奇襲が成功して大層嬉しそうだな、人間共よ」
だが、とアガレスのひび割れた唇を動かす。
「貴様達は罪を犯した」
アガレスは自身が纏うコートを翻した。
すると彼の右足に嵌められていた足枷が周囲の目に晒される。足枷からは鎖が延びており、それは足首から腰に掛けて螺旋状に上るように巻き付いていた。
腰に巻かれた鎖を掴んだアガレスは、徐に延びる鎖の端を地面に叩きつける。
途轍もない震動が周辺を襲った。月明かりに照らされる海面は激しく揺さぶられ、近くに木々から鳥が飛び立っていく影が見えた。
「……その程度の策を弄した程度で我々を討てると思い込み、陛下の大望の邪魔をした──その傲慢だ」
引き抜かれた鎖の先端には、半球に抉られた地面がそっくりそのままくっついていた。
フレイル──にしても、大きさがけた違いだ。直径はおおよそ三メートル。直撃を食らえば、たとえ鉄の鎧を身に纏っていたとしても致命傷は免れないであろう。
──けどな。
「ぷぷっ」
「……何がおかしい」
「いやぁ、だってぇ……」
俺は心の底から嘲るような声色で続けた。
「カワイイ女の子一人に負けて大勢引き連れてきた奴等が言うと滑稽だなぁ……って。ぶふーっ!」
次の瞬間、轟音が鳴り響いた。
アガレスの振り下ろした即席のフレイルが、俺の立っていた場所に叩きつけられたのだ。
しかし、回避した俺は思いっきり踏み込んでアガレスの懐へと潜り込む。
そのまま振り上げた剣はピンと張られた鎖に防がれてしまうが、わなわなと震える悪魔の形相を確認し、目的は達成したと確信する。
「外れてんぞ、ジジイ。老眼鏡でも付けたらどうだ?」
「見るに堪えんものの為にか?」
「職務放棄確認。潔く退職するこったな」
軽い舌戦を繰り広げた直後、背後から引き戻された打撃部の岩石が襲い掛かってくる。
これは横に跳躍して回避。ついでにすれ違った悪魔を一体斬り、それから体勢を整える。
「ちょこまかと目障りな奴め……」
吐き捨てるアガレスは、回収した岩石を振り回していた。
加速度的に回転速度は上がっていく。唸る風の音は刻一刻と騒々しさを増し、こちらの聴覚を潰していく。
「最後の機会をくれてやる……〈嫉妬〉はどこだ?」
「お前が死んでも届かない場所」
轟音が再び夜空を衝いた。
うるせえな。
こんだけ騒がしいと良い夢見られねえだろうが。
***
村から少し離れた森の中。
そこには数十人にも及ぶ人々が避難の為に大移動を行っていた。ただでさえ暗い森の中を夜闇に紛れての避難だ。
土地勘がない人間であれば迷ってしまいかねない道だが、先導する従魔隊や大人らの案内により今のところ逸れた人間は出てきていない。
そんな中、爆発するような轟音が夜空を衝き上げた。
「始まった……」
轟音は、リーパの村がある方角より聞こえた。
それが三度も続けば、避難する住民達の表情は恐怖と不安に彩られる。
──もしも、村に立ち寄っていた冒険者の言葉を信じていなかったら。
──その後、村にやって来た従魔隊が避難を呼びかけなければ。
闇に乗じた襲撃を受けた自分達は、逃げる間もなくこの世を去っていただろう。
「おかあさぁ~ん」
不安に押し潰されそうになる幼子の泣き声が響き渡る。
幼子を抱きかかえる母親が必死に宥めようとしても、中々泣き止んではくれなかった。
闇とは否応なしに不安を膨れ上がらせる。
物理的にも、精神的にも目の前を閉ざされた今、誰も彼もが肌を撫でる夜風に冷たさに震え上がることしかできなかった。
「大丈夫です! 皆さまは我々が命を懸けてお守りいたします!」
ここまで住民を案内した従魔隊の一人が声をかけるが、住民の顔は晴れない。
「……ライアー」
アータンもまたその一人だ。
浮かない顔をする彼女は、今現在悪魔と戦っているであろう鉄仮面の剣士に思いを馳せていた。
『村が襲撃される』など、最初聞いた時はいつもの嘘だろうと思ってしまった。
しかし、彼の真剣な声色と真っすぐ見つめる瞳を見て、それが冗談でないことは嫌でも理解できてしまった。
だが、彼女が浮かない表情の理由はそこではない。
(どうして私だけ……)
自分は住民と一緒に避難させられた。
すなわち、自分だけ戦場から遠ざけられたのだ。
彼は『パーターさんとマーターさんを守ってやれ』と言っていた。
だが、それがどうにも自分が戦力として数えられていないと感じてしまっていた。
邪推だろうか?
……いいや、きっと彼の見立ては正しい。
悪魔と戦った経験など一度たりともない。
そんな自分が悪魔の軍勢と戦ったところで足を引っ張るのは目に見えている。魔物と悪魔は別物だ。魔物との戦闘経験など、悪魔を前にした途端無意味となる。
だから自分はここで姉の養親に寄り添うことしかできない。
その事実が今はどうしようもなく歯がゆく、そして苦しい。
(ライアー……どうか無事でいて……!)
アータンは両手を組んで祈った。
今は、それしかできることが無いから──。
「──っ!!?」
「? どうしたんだい、アータン」
突如村の方へ振り返った少女に、パーターが不思議そうな声を上げた。
少女は夜闇の中でもはっきりと判るほど、夥しい量の汗が額に滲み出ていた。
とても平静ではない様子に訝しむパーターであったが、彼はそんな少女の手を優しく包み込む。
「……村で戦ってくれている人達が心配なのは分かる。けれど大丈夫さ。きっと彼らなら……」
「違う」
「え?」
「大きい……ううん、大きすぎる……!?」
「アータン? 一体どうしたんだい?」
ブツブツと、まるでうわ言のように呟くアータン。
これにはパーターも尋常でない空気を感じ取った。彼には魔力を感知できる力はない。だが、途轍もない量の汗に濡れる少女の掌から察したのだった。
「──行かなくちゃ」
しかしその時、アータンの手がするりと抜ける。
驚いたパーターは再び手を取ろうと手を伸ばす。が、止める間もなく駆け出していたアータンを前に、伸ばした掌は空を切るのみに終わった。
「アータン!?」
「ごめんなさい! 私、村に戻ります!」
「ダメだ! そっちに行っては……うっ!?」
追いかけようとしたパーターであるが、見通しの悪い森の中であるのがいけなかった。
まんまと小石に躓いてしまった彼はその場に激しく転倒する。
これには流石にアータンも一旦足を止めた。
「パーターさん!?」
「アータン……行っちゃあ駄目だ……!」
「……!」
「君を本当に大切に想っているんだ。だからもし、それで君に何かあったら……私は!」
「……ごめんなさい」
アータンは苦渋の決断を下した。
震えるほどに拳を握る彼女は、徐に懐から杖を取り出した。孤児院のマザーから貰った大切な贈り物であり、今となっては自分の武器として活躍する一振り。
それを取り出した意味とは──。
「私も……同じ気持ちです」
「!」
「だから、戦わなくちゃって」
杖先に魔力の炎を灯す少女。
魔女として立ち上がった彼女は、倒れるパーターに目もくれず──否、振り返ってしまう前に全力で戦場へと向かって行った。
「アータン……!」
その後ろ姿を見送るしかなかったパーターは涙を零す。
「どうして君は……」
涙の理由は二つあった。
一つは、見送ることしかできなかった己への無力感が故に。
「どうして君も……!」
そしてもう一つは、
『──なら、どうして分かってくれないの!』
鮮明に蘇るあの日の声。
愛してやまない娘が騎士になると言って聞かず、結局家を飛び出ていった際に叫んだ言葉があった。
あの日は柄にもなく感情的で、娘の言葉に終始否定的な態度を取ってしまっていた。
それが今となっては悔やんでも悔やみきれない──ずっと喉に刺さる魚の小骨のように、胸の奥につっかえる後悔と化していた。
──お前が戦う必要はない。
──ずっと家に居ればいい。
娘の身を案じるあまり、そんな言葉ばかりを口走ってしまっていた。
すると娘はこう叫んだ。『私はフィーリアの代わりじゃないの』と。
これに自分も思わずカッとなり、『なんてことを言うんだ』と叫んだ。
そして、娘は前述の言葉を口にして出て行った。
漠然と、自分の問答が間違っていたことだけはわかる。
けれども、最後に聞いた娘の言葉……その真意だけは、ずっと測りかねていた。
──それが今、はっきりした。
「済まない……アイベル……っ!」
自分は彼女を『家族同然に想っている』と伝えた。
それに彼女は『同じ気持ちだ』と答えた。
そして『だから戦う』と続けた。
あの日と同じ後ろ姿で告げられた答え。
それが心に深々と突き刺さるパーターは、嗚咽を漏らしながら前を向いた。
すでに少女の姿はない。
口にした通り、自ら死地へ飛び込んでいったのだろう。
そんな子供に親が出来ることなど一つしかない。
「どうか……どうか無事に帰ってきておくれ……!」
祈る。
今はただ、それだけが愛の証明だった。
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