23話目 天誅祭
天誅祭当日、朝靄の薄く漂う中央平和公園。夜明け前の静寂が、徐々に祭りの気配に侵され始める。
首都東西線の中央平和公園駅では、普段ならば落ち着いた雰囲気の広場にはすでに人々の姿があった。祭りの準備を進める者、露店の設営をする者、そして単に早朝の空気を楽しむ者。それぞれが思い思いの朝を迎えていた。
公園の中央には、天誅像——左右幅は8m程の狂王ザークルセスを貫いた騎士の銅像が厳かに佇む。その台座の前には、すでに藁人形がいくつか並べられ、最後の飾り付けが施されている。陽が昇るにつれて、その藁の表面が金色に輝き始める。
大理石の台座には「ここ、狂王斃れし地也」と彫られており、そこに腰掛けた老人が静かに煙草をふかしていた。その横を、祭りの装いを整えた若者たちが笑い声とともに駆け抜けていく。
道端では、朝食の屋台が早くも賑わいを見せていた。炭火で焼かれるパンの香ばしい香りが漂い、客たちは熱いスープを啜りながら、今日の祭りの話をしている。パン屋の親父が「今年の神輿は去年よりも頑丈だぞ!」と胸を張ると、常連客らしき老人が「どうせまた壊れるさ」と笑っていた。
公園の周囲では、神輿の準備が進められていた。いくつもの集団が、それぞれの藁人形を乗せた神輿を調整し、支柱を補強している。青年たちはまだ冷たい空気の中、すでに額に汗を滲ませ、縄を締め直していた。
東の空が朱に染まり始める頃、街の至る所から太鼓の音が響き始めた。いよいよ、天誅祭の幕開けが近い。
しかし、そんな中、一人この街に潜入している蛮族がいた。彼女らは宿の一室に身を潜め、静かに窓の外を眺めていた。喧騒が広がる街並みを見下ろしながら、祭りの熱気を感じ取る。
「さぁ、祭りの時間ですよリベリスちゃん!!!」
「うぉー!!おまつりーー!!」
そこには、自身が蛮族であるかことを忘れ、おめかしをして全力で祭りを楽しむという気合十分なプリマとリベリスの姿があった。2人は手を繋ぎ、冒険仲間の集合地へと浮足立ちながら向かうのであった。
「よしっ 揃ったな!!!では、天誅祭を全力で楽しむ為にまずはどんな祭りかを知る必要があるっ!!! 誰かわかるかっ!!!!」
「はいっ、この天誅祭は大昔の悪い魔法王を民衆が倒した記念祭りです!!」
「流石プリマ様だ!! そして天誅祭では数々のコミュニティが、ザークルセスに見立てて飾り立てた藁人形を神輿に乗せ、キングスフォールを練り歩く。神輿と神輿が出会うとぶつけ合って相手のザークルセスを落とそうする祭りだ。」
「確か、夕方には中央平和公園に集まって最後の一体が首を落とされ天誅像前で焼かれるのよね?」
「そして、他の神輿も全てくべられ、その火で炙ったパンが配られるって聞いたっス。」
「そうだぁっ!!! なので、本日は昼過ぎまで駅前大広場で屋台やストラスフォード大鉄堂を周り、トライネア駅区の喫茶店で小休憩、ぐるりと大きく環状線に乗り込み景色を楽しみつつ中央平和公園で最後の一騎打ちを見て祭りを見納め、ガグホーゲン駅の親父の屋台で締めとする!!!!」
「小休憩あるのはありがたいわね。ペプシの事だから体力に任せてもっと予定を詰め込むと思ったわ。」
「列車で1周だけど、人が多くて景色を楽しむどころではないんじゃないっスか?」
「安心しろ!! プリマ様の前で俺がそんな失態をかますわけねぇだろう!! 時間指定はあるが旅客用の個室のチケットを既に用意してあるッ!!!」
「おぉ....今までの冒険より熱意を感じるッス。」
「そんな個室のチケットって高くなかったんですか?リベリスちゃんもいるのでありがたいんですが.....。でも奢って貰うのは悪いですよ。」
「これは俺がやりたくてやってる事だからプリマ様は気にしないで下せぇ。悪いと思うならその分祭りを楽しみましょうや!!!」
「まつりーー!!うぉーー!!」
「ここまでお膳立てして貰って遠慮する方が申し訳ないわよプリマさん。今回はペプシも言っている様に楽しみましょ!! アタシ屋台が楽しみだわ!!!」
「確かにそうですね。では、お言葉に甘えさせて頂きます。」
「よしッ!!では我ら
「「「「おーッ!!!」」」」
駅前大広場に足を踏み入れると、祭りの賑わいが一気に視界に広がった。中央には壮麗な噴水があり、その周囲には人々が絶えず行き交っている。噴水の中では小さな魔動列車がレールを走り続けており、水のトンネルをくぐるたびにきらめく水滴が飛び散る。その輝きに、子供たちは歓声を上げながら手を伸ばしていた。
この魔動列車には古くからの言い伝えがある。貨物車に後ろを向いたままガメル硬貨を投げ入れることができれば、列車が幸運を運び、願いが叶うというのだ。正面から投げ入れても、わずかながら金運が上がるとされているため、多くの人々が試みていた。
「すっごい! 本当にたくさんの人がいるんですね!」
プリマが目を輝かせながらあたりを見回す。リベリスも、珍しい光景に目を丸くしながら、手に持っていた硬貨をきゅっと握りしめていた。
「願いを込めてガメル硬貨を投げると、幸運が訪れるらしいわよ。」
レベッカがそう説明すると、リベリスは興味津々といった様子で噴水の前に立った。
「やる!!!」
リベリスは貨物車が通るのを見計らい、思い切って硬貨を投げる。しかし、勢いがありすぎて貨物車を通り越し、噴水の水しぶきを大きく跳ね上げた。
「むぅー……」
肩を落とすリベリスだったが、プリマがくすくす笑いながら自分の硬貨を投げると、見事に貨物車の荷台に収まった。
「やった!入った!!入りましたよ!!」
「流石プリマ様だ! さぁ、次は屋台だ!」
ペプシの掛け声とともに、一行は屋台が立ち並ぶ通りへと進む。
市場の名物である果物のたたき売りには、威勢の良い商人たちが並び、次々と値引きの口上を叫んでいる。
「さぁさぁ、ブルライト地方の甘酸っぱい《月桃の果実》! 一口かじれば夏の夜空が広がるぞ! いまなら二つで半額だ!」
「こっちはオーレルム地方の《荒野の霜花》だよ! 砂嵐の中でも枯れない奇跡の果実、今だけ大特価!」
「ラージャハ帝国の《砂漠の光仙人掌》もあるぞ! じっくり育てたサボテンの実で、甘くてみずみずしい逸品だ!」
さらに通りを進むと、オーレルム地方の黄金呪刻師が並べる工芸品の店があった。
「こいつは《黄金刻刀》! 刃に細かく呪刻を施してあるから、切れ味が長持ちするぜ!」
「見てくれ、この《刻紋の護符》! 戦場でも身を守る呪刻が施された一級品だ!」
リベリスはキラキラした目で並ぶ品々を見つめている。
「おまつりすごい……こんなにいろんなたべものがある!」
その横では、サーマルが射的の屋台を見つけて足を止めていた。
「おお! これはオレの腕の見せ所じゃないっスか?」
「確かに、サーマルなら高得点を出せそうね。」
「まぁまぁ、見ててくださいよ!」
サーマルは真剣な表情で空気銃を構え、景品の的を狙う。次々と的を打ち落としていき、周囲の見物人からも感嘆の声が上がった。
「すごいな……こんなに当てる奴、久しぶりに見たぞ!」
「サーマルすごい!!!」
リベリスが拍手を送る中、サーマルが得意げに景品のぬいぐるみを受け取った。
「おう、これはリベリスにやるっス!」
「えっ……いいの!?」
「まぁな! 祭りの思い出ってやつっスよ!」
嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめるリベリスを見て、プリマも微笑んだ。
「ふふ、こういうのもお祭りの醍醐味ですね。」
一方でリベリスは何気なく射的の銃を手に取り、適当に撃ったように見えたが、大きな景品の重心を絶妙に崩し、落とすことに成功した。的確な射撃に周囲は驚き、店主も苦笑いしながら「いやぁ、お嬢さんもなかなかの腕だね」と声をかける。しかし、サーマルにはわずかに及ばず、彼の方がより多くの的を落とし総合的には届かなかった。
「むぅ~~.....」
「いや、凄いわねリベリスちゃん。ガンの腕前高くない?」
「流石ルーンフォーク.....何とか威厳を保てたっス......。」
「流石プリマ様の育て子だぜ!」
(絶対インテゲルさんが仕込んだでしょ....それにしても凄いけど.....)
リベリスが悔し気にほほを膨らませる後ろで4人はリベリスの器用度の高さに驚愕していた。
他にも珍しい屋台を巡りながら、一行は様々な品を見て回る。ブルライト地方から来た行商人が売るサボテンの果実ジュースを試し、甘酸っぱく爽やかな味に驚く。オーレルム地方の黄金呪刻師が作った装飾短剣や指輪を眺め、魔法の込められた装飾の緻密さに感心する。
さらに、くじ引きの屋台にも立ち寄った。レベッカが興味本位で引いたくじを開くと、当たりの鐘の音が響く。「おめでとうございます! 四等賞です!」と店主が笑い、酒の種を30粒渡してくる。レベッカは驚きながらも嬉しそうに懐にしまう。「親父さんも酒が好きだったな。」とペプシが笑う。
「よし、まだまだ祭りはこれからだ! もうちょっと回ったらストラスフォード大鉄堂だな。」
一行は笑い合いながら、賑わう屋台の間を進んでいった。
グランドターミナル駅から歩くこと十分。目の前にそびえ立つのは、荘厳なストラスフォード大鉄堂だった。
神聖な雰囲気を漂わせるその建築は、かつて魔動機文明時代に築かれた豪奢な神殿様式を模しており、壁面には機械仕掛けの装飾が輝いている。礼拝堂の天井には環城線の路線図が図像化され、奥には全長十五メートルものストラスフォードの大神像が鎮座していた。その背後にはストラスフォード神を見守る様に炎武帝グレンダール神の姿が描かれ、燃え盛る炎が神の力を象徴している。
「すげぇな……」
レベッカは敬虔な面持ちで立ち尽くし、大鉄堂の空気を全身で感じ取っていた。グレンダール神を信仰する彼女にとって、ここは特別な場所だった。
「やっぱり、グレンダール様の像があるんスね。」
「あぁ、えっとそれはだな.....ちょっとまっててな....」
サーマルが感嘆の息を漏らしつつ大神像を見上げる。ペプシはカンニングペーパーを必死に捲りながら説明をしようとする。彼は信仰心こそ薄いが、ストラスフォードの加護を受けて育ってきたため、多少の親しみはあった。だが、信心浅いのが災いして説明に窮している。
「そう、ストラスフォード神殿の多くはグレンダール様を合祀しています。火を灯し、戦の導きを与える神として、信仰の篤い方が多いのですよ。」
神官であるプリマが優雅に説明する。その視線は〈炎武帝小堂〉へと向いていた。
「こっちが炎武帝小堂ですね。あそこの聖火は決して消えることがなく、戦士たちの誓いの場でもあります。」
レベッカは静かにその場へ歩み寄ると、〈火炎紋造鋼グレンダール立像〉の前で跪いた。
「私は、この斧を振るう限り、決して退かぬと誓います。」
彼女は自身の武器の柄を握りしめ、深く祈りを捧げた。
「相変わらず、信仰心が厚いっスね……。」
サーマルが感心したように呟く。ペプシも「まぁ、強く信じられるものがあるのはいいことだな」と頷いた。
「神々は、私たちに試練を与えながらも、決して見捨てはしません。あなた方も誓いがあれば、祈ってみては?」
「そうっスね....折角だしやりますか。ペプシさんも行きましょう。」
「はん、オレぁ信心深いタイプじゃねぇが……まぁ、せっかく来たんだし、一丁やっとくかよ。」
そう言いながらも、どこか照れくさそうに両手を組み、炎の灯る祭壇へと向かった。
トライネヤ駅を降りてすぐ、石畳の道を進むと、華やかな店が立ち並ぶ一角にたどり着く。看板に繊細なレリーフを施された喫茶店『ルミエール』は、昼下がりの穏やかな陽光を店内に取り込み、窓辺の席では洒落た帽子を被った紳士や優雅なドレスを纏った婦人が、ゆったりとお茶を楽しんでいた。
扉を開けると、柔らかな鈴の音とともに、コーヒーと焼きたての菓子の香りが鼻をくすぐる。磨き上げられた木製の床に、装飾が施された白いテーブルクロス。店内は上品で落ち着いた雰囲気に包まれている。壁には新進気鋭の画家による肖像画や風景画が飾られ、時折、文化人たちが熱心にそれを語り合う姿が見られた。
「ここなら落ち着けそうだな」
レベッカたちは空いている席を見つけ、腰を下ろした。店員が優雅な身のこなしでメニューを差し出し、目移りするほど魅力的な品々が並んでいる。
「私はフルーツタルトと紅茶にするよ」
「じゃあ、俺はカフェ・オ・レで」
「んー……アタシはミルフィーユにしようかな。あ、あと、オレンジティーも。」
「え、それじゃあ私もオレンジティーにしましょうか。後はフルーツタルトで。リベリスちゃんはどうする?」
「おれんじじゅーす!あとはちみつ!!」
「この蜂蜜チーズケーキで良いっスかね。」
それぞれの注文を済ませると、ふと窓の外を眺めた。通りには華やかな服を着た人々が行き交い、絹や毛織物の仕立て屋、帽子店、ブティックが軒を連ねている。芸術家たちが立ち話をしながらスケッチを見せ合っており、ここがまさに文化と洗練が息づく街であることを実感させた。
程なくして、紅茶と菓子が運ばれてきた。どれも美しく飾られており、甘やかな香りが鼻をくすぐる。
「うわ……見て、このタルト。果物が宝石みたい」
「ふぉ~~~!!!」
リベリスは目を輝かせながら、プリマに一口食べさせてもらう。そして一口頬張ると、目を丸くしながら幸福そうな表情を浮かべる。
「しあわせ......あまい.....!!しあわせすぎるっ!!」
「そんなに?」レベッカが興味を引かれたように問いかける。
「はむ...ん~~~ッ!!!フルーツが甘くて、クリームが滑らかで……タルト生地もサクサクで……!」
リベリスとプリマの表情につられて、みんなも笑みをこぼす。
「それなら、アタシもミルフィーユを……うん、これもすごい! パリパリの生地とクリームが絶妙!」
「俺のカフェ・オ・レもなかなかだぞ。ほら、味見するか?」
「え? じゃあ、少しだけ……あ、本当だ。コクがあるのに後味がすっきりしてる」
和やかな空気の中、軽やかな音楽が流れ、穏やかなひとときを過ごす。レベッカたちはしばしの間、くつろぎながら会話を楽しんだ。
「少し時間があるし、クローシェンデ劇場に寄ってみないか?」
提案に頷き、一行は席を立った。
劇場へ向かう途中、道端では大道芸人が手品を披露し、通行人が足を止めて歓声を上げている。さらに進むと、壮麗な装飾が施された劇場の外観が見えてきた。巨大なステンドグラスが夕陽を受けて輝き、重厚な扉の前では、演者たちが最後の確認をしていた。
入場料を払い、中へ入ると、ロビーには様々なホールの演目が記された掲示板が設置されていた。演劇、歌劇、話芸に奇術——どれも興味をそそられる。
「せっかくだし、いくつか見て回ろう」
最初に足を運んだのは、小規模なホールでの一幕劇だった。まだ名の知られていない若手劇団による公演で、演技には荒削りな部分もあったが、情熱は感じられた。
次に訪れたのは歌劇のホール。艶やかな衣装に身を包んだ歌い手が、深く響く声で観客を魅了する。場内は熱気に包まれ、拍手が絶えなかった。
そして、最後に覗いたのは奇術のホール。軽妙な語り口で観客を引き込みながら、鮮やかな手捌きでコインやハンカチを操るマジシャンの妙技に、思わず息をのんだ。
「さすがにここは厳しい世界だな」
観客は興味を失えば容赦なく席を立ち、次の演目へと流れていく。芸術を志す者たちの覚悟が試される場であることを、強く実感させられた。
劇場を後にし、再び夜の帳が降りつつある街を歩きながら、レベッカたちは感想を語り合った。この街の華やかさと厳しさの両面を垣間見た時間だった。
「さて、そろそろ環状線に乗ろうか」
一行は駅へと戻り、環状線の列車に乗り込んだ。車窓からは次々と変わる景色が広がる。賑やかな市場や石造りの街並みを抜け、しばらくすると視界が開け、青く輝く海が見えてきた。
「うみー……!」
リベリスが窓に張り付き、目を輝かせる。
「おお、潮の香りがするな」
「このあたりは海岸線が近いからな。夕暮れ時にはもっと綺麗のはずだ。」
海鳥が旋回し、漁船が波を切って進んでいく様子が見える。陽光が水面に反射し、金色に輝くその光景はまるで宝石を散りばめたようだった。
「わぁ……きらきら……」
リベリスはじっと海を見つめていた。
「こうしてゆっくり景色を見るのも悪くないな」
列車はしばらく海沿いを走った後、再びグランドターミナル駅の方へと進んでいった。レベッカたちは、それぞれの思いを胸にしながら、次の目的地へと向かうのだった。
駅を出ると、石畳の道を南へと進んだ。通りには華やかな店が軒を連ね、喧騒の中に活気と熱気が満ちている。人々が行き交い、路地からは祭囃子が響き渡っていた。
やがて、大通りへと出ると目の前に壮麗な光景が広がった。天誅祭の神輿がいくつも揺れながら進み、それぞれに豪奢な装飾が施されている。神輿の上には、色鮮やかな衣をまとい、不敵な笑みを浮かべたザークルセスの藁人形が乗せられていた。
「お、始まるぞ」
掛け声とともに、二基の神輿が激突した。衝撃できしむ音が響き、担ぎ手たちがさらに力を込める。ぶつかり合いは激化し、神輿が大きく揺れるたびに観衆の歓声が高まっていった。やがて、一方の神輿が大きく傾ぎ、乗っていた藁人形が無情にも地面へと落ちた。
「決まった!」
勝者の神輿が誇らしげに持ち上げられ、敗者の藁人形は祭の終焉を待つこととなる。熱気を背にしながら、レベッカたちは先へと歩を進めた。
日がすっかり傾き、キングスフォールの夜は魔動機の明かりで白昼のように照らされていた。街灯に仕込まれた魔石が穏やかな輝きを放ち、通りには無数の飾りが吊るされ、宙に浮かぶ灯りの帯が祭りの熱気を映し出している。東西線の高架を背に、華やかな屋台が軒を連ね、人々の熱狂に包まれながら、レベッカたちは中央平和公園駅へと向かっていた。
しばらくして、中央平和公園駅へと辿り着く。普段の公園は木々と草花に囲まれ、都市の中心とは思えぬ静けさをたたえている場所だが本日は祭りの最終地、人がごった返して熱気にほてっていた。広場の中央には、一振りの剣で邪悪な王を貫いた騎士の銅像がそびえている。
「すごい人だな……リベリス、見えるか?」
「んー……ひといっぱい……」
リベリスは群衆の波に埋もれ、目をぱちくりさせていた。その姿に苦笑しつつ、ペプシが彼女をひょいと肩車する。
「わぁ……! たかい!」
興奮気味の声を上げたリベリスが、夜空を彩る光の洪水を見渡す。街並みの彼方には魔動機の浮遊灯が揺れ、幻想的な光景を作り出していた。
「はは、特等席っスね。」
「ペプシ、やさしい……!」
はしゃぐリベリスに微笑みながら、彼らは賑わう祭りの中心へと足を進めた。
祭りの目玉は、街を練り歩く神輿だった。ザークルセスに見立てた巨大な藁人形を乗せた神輿が、各派閥ごとに華やかに飾り立てられ、威勢のいい掛け声とともに通りを進んでいく。そして、道の合流地点では、二基の神輿が向かい合い、互いにぶつけ合う。
「おおっ、始まったぞ!」
太鼓の音が高鳴ると、神輿を担ぐ者たちが気合を入れ、力強くぶつかり合った。衝突のたびに火花が散り、掛け声が響く。興奮した観衆が歓声を上げ、熱気がさらに高まる。
「これが天誅祭か……派手だな」
レベッカもその迫力に息を呑んだ。戦いのような激しさがありながら、それはあくまで祭りの一環。剣ではなく、気概と団結で決着をつける場だった。
「リベリス、落ちないようにしっかりつかまってろよ」
「うん! いっぱいみえる!」
そして、その銅像の前で、神輿同士の一騎打ちが始まる。
選ばれし二人が向かい合い、儀式の剣を抜いた。戦いは命を奪うものではなく、あくまで象徴的な決闘だ。それでも、剣の交錯する音には本物の覚悟が宿っていた。
「がんばれー!」
リベリスが声を張り上げる。観衆も次第に熱を帯び、掛け声を響かせた。
互いに数合打ち合った後、ついに決着がつく。一方の剣が相手の刃を弾き、象徴としての首を落とすと、大歓声が巻き起こった。首を落とされたザークルセスの藁人形は神輿から降ろされ、焚き火の中へと投げ込まれる。
きっとここにレプティがいたら「ざまぁないわ、あのふたなり変態野郎が!!!!」と罵詈雑言を吐きながら大爆笑していた事だろう。
火の粉が舞い上がり、炎が踊る。
人々はその火を囲み、その火で熱々となったパンが配布を食す。
「うわぁ……!」
リベリスが目を輝かせる。熱々のパンを受け取ったレベッカは、それを手で割りながら、まだ温かいうちにかじった。
「おお、これはなかなか。」
「熱ッ....ふっ~ふ~.......シンプルな味だが、香ばしくてうまいなっスね。」
「あちちち....祭り中は味が濃い食い物が多いからな。素朴な味も欲しくなるってもんだ。」
「リベリスちゃんはふ~ふ~しましょうね。」
「ありがと! んむんむ.....おいしい……」
リベリスも嬉しそうにパンを頬張る。火を囲む人々は皆、同じようにそれを食べ、静かに祝祭の余韻を楽しんでいた。
「こういうの、いいな」
燃え盛る炎を見つめながら、レベッカは小さく呟いた。戦いの歴史を象徴する場で、こうして共に食を分かち合う——それは、人々の営みの中に息づく平和の証なのかもしれない。
祭りの夜は、まだしばらく続きそうだった。
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