第1話 城下町の屋台


 王城を出た僕は、城下町を歩いていた。

 目的地は特にない。行き交う人の波の中を、ぼんやりと進みながら、これからどうしようかを考えている最中だ。


 この二年間、ずっと働き通しだった。

 だから、こうして急に仕事がなくなると、次に何をしたら良いのかなかなか浮かばない。

 目的を提示されて、そこへ向かって進むのは、楽なことだったのだなと今になって思う。

 そんなことを考えていたら、

 

『何か、大変そうなことになったな~、レオ~。ドンマイだぞ~』


 腰に下げた剣に慰められてしまった。

 この剣は僕の相棒の『星振りほしふり』だ。

 言葉を発していることからお分かりのように、普通の剣じゃない。

 いわゆる『魔剣』の類である。


 魔剣とは魔法のような力を宿し・・・・・・・・・・剣のことだ。

 『星振り』が話しているのも、それが関係している。

 もっとも、彼のように話せる魔剣も、滅多にないんだけどね。

 

『急に放りだされても困るよな~。別に適当な仕事してないしさ~。元気出せよ~レオ~』


 『星振り』はそんな風に励ましてもくれた。

 彼とは、ずっと一緒にいるけれど、今みたいな時だと特に、そばにいてくれて良かったと思う。

 これが一人だったら、もう少し落ち込んでいただろうから。

 仕事の時だってそうだ。彼がいなければ、その道中はもっと苦しかっただろう。


「ありがとう『星振り』……君が一緒にいてくれて嬉しいよ」

『へへ~ん。そうだろそうだろ~』


 お礼を言うと『星振り』は得意げに笑った。彼のおかげで、少し元気も出てきた。


 ……それにしても、本当に、これからどうしようかな。

 冒険者稼業に戻るのもありかもしれないけれど、そうなると、勇者をクビになった経緯を説明せざるを得ないだろう。

 そうなると、国王陛下から酷評された僕に、依頼を回してくれるかどうかも微妙だ。冒険者ギルドがというよりも、依頼者から拒否される可能性がある。

 基本的に、冒険者も評判は大事だから。


「……うん?」


 どうしたものかな、考えてながら歩いていると、ふと、どこからか肉の焼ける良い匂いが漂って来た。

 タレの甘い香りと肉の香ばしい香りだ。串焼きだろうか。

 食欲をそそられて、匂いの元を探すと、通りの端の屋台が目についた。

 屋台の下に立てられた看板には、この国の言葉で「焼き鳥」と書かれている。


 ……焼き鳥、焼き鳥かぁ。

 美味しいんだよね、あれ。お酒ともよく合うし。

 想像したらお腹が空いてきて、僕は思わず、腹を手でさする。


「……そう言えば、朝から何も食べていないんだった」

『早朝に叩き起こされたもんな~。パンのひとつくらいは食べたかったよな~』

「あはは、そうだねぇ……」


 日が明けてすぐの頃に、王城からの遣いが宿へやって来たのだ。

 ただちに王城へ来るようにと言われて、朝食を食べる時間もなかった。

 もしかしたら、何かを察して逃げ出さないように、と敢えてその時間を狙っていたのかもしれない。

 ちなみに仲間たちは事前に知っていたようだ。徹夜して備えていたのか、目の下にクマができていた。


 そうして王城へ向かうと、国王陛下や仲間たちから、今までの僕の行動について色々と話があった。

 よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。

 二時間ずっと、彼らの不満をぶつけられた。

 話をしている間、彼らは水を飲んだりしていたけれど、僕はただ立っているだけだった。

 だから喉は渇いているし、お腹だって空いている。


「ねぇ、星振り。ちょっと食べてきてもいいかな?」

『いいぞ~。しっかり食べてこ~い』

「あはは、ありがとう」


 『星振り』からオーケーが出たので、僕は屋台へと向かう。

 近付けば近付くほどに、焼き鳥の良い香りが強くなる。

 こ、これは、空腹に効くなぁ……!

 お腹の虫が鳴きかけて、慌てて手で押さえつつ、ごくりと唾を飲み込んだ。


「おう、いらっしゃい、兄ちゃん!」

「こんにちは。美味しそうですね。えっと……五本ほどいただいても良いですか?」

「ああ、もちろんさ」


 店主は網の上から、ほど良い焼き加減の焼き鳥を、五本包んでくれた。

 焼き鳥の串を持ち上げる際に、落ちたタレと鳥の油が、網の間を掻い潜り、下の炭に当たって、ジュツ、と音を立てる。そこから、さらに良い香りが漂った。


 うーん、美味しそうだね。

 今すぐにでも噛り付きたい気持ちを抑えつつ、代金を払って、店主から包みを受け取る。


「まいど~! 兄ちゃん、この辺りじゃあんまり見ない顔だけど、身なりからして冒険者かい?」

「えっと……はい。そうです」


 僕はこくりと頷いた。

 勇者をクビになったから、まぁそうだろう。

 そもそも以前は冒険者をやっていたので、嘘ではない。


「へぇ~、腕が立ちそうなのに、俺が知らねぇってことは……遠くから来た?」

「いえ、そうでもないですよ。今までは仕事が忙しくて、のんびり町を見て歩けなくて……」

「そうか。若ぇのに、苦労してんだなぁ……。よしっ、ほら、こいつはおまけだ」


 そう言うと店主は、屋台の端に並べてあった、お茶の瓶を手渡してくれた。

 ラッキーティーと書かれている。このパッケージは、最近話題になっている、飲料専門店のものだろうか。

 仕入れているんだなぁと感心しつつ、僕はありがたくそれを受け取る。


「ありがとうございます!」

「いいってことよ。またうちの焼き鳥、食べに来てくんな!」

「はい、必ず!」


 良いこともあるものだなぁと僕が思っていると……。


「あ、そうだ。ところで兄ちゃん、こんな話を知っているかい?」

「何ですか?」

「今の勇者様がクビになっちまったらしいぜ」

「んッ!?」


 店主の言葉に、思わず咽た。

 い、いくら何でも情報が早すぎるんじゃないかな……!?


 僕が勇者をクビになったのは、つい先ほどのことだ。

 すでにそう決まっていたとしても、いくらなんでも早すぎる。昨日までは、そんな話なんてどこからも聞こえてこなかった。

 この二時間で、城下町へ情報を流したのだろうか……あまりにも早すぎる。


「おいおい、大丈夫か?」

「あ、え、ええ……すみません、びっくりして」

「まぁ、驚く気持ちは分かるぜ。俺だって、最初に聞いた時は耳を疑ったよ。しっかし、クビになるってんなら、その勇者様ってのは碌な仕事をしていなかったんだろうなぁ。俺たちの税金が投入されてんのに、酷ぇ話だぜ」

「…………」


 合っているような、いないような……。

 少し怒った様子の店主を見ながら、とてもじゃないけれど「自分がその勇者です」などとは、口が裂けても言えないなと僕は思った。

 顔が知られていなくて良かった。勇者をやっている間、あちこち飛び回り過ぎて、公の行事に参加できていなかったのが幸いしたようだ。


「まぁ、次の勇者様のアテはもうあるらしいし、そういう意味では安泰だな!」

「そ、そうですね。えっと、それじゃあ、そろそろ……」

「おう! 焼き鳥は熱い内が一番美味いからな! そんじゃ、気を付けてな~」

「は、はーい!」


 笑顔の店主に手を振って、僕はそそくさと屋台から離れる。

 このまま話を続けていたら、例え顔を知られていなくても、何かの拍子でぽろっとボロが出てしまいそうだったからだ。

 それに、城下町は人が多い。その中に一人くらいは、僕の顔を知っている人間がいてもおかしくはないだろう。

 できるだけ早く、この場所から――いや、王都から離れた方が賢明だ。


 そう考えた僕は、大急ぎで王都を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る