追放勇者の『星降り』カフェ~元勇者は魔王城の周辺でカフェを開きます~

石動なつめ

プロローグ

「魔物を倒さない勇者など必要ない! どこへなりとも行くが良い!」


 そう告げられて、僕は王城を放り出された。

 何がどうして、こうなったのか。

 手切れ金とばかりに渡された、金貨の袋を両手に持って、僕はしばらく呆然とその場に立ちすくむ。


 金貨は、ずっしりと重い。

 けれど、それと同じくらい、自分の体も重く感じられた。


 僕ことレオナルドは、このアストラル王国の勇者だ。

 ……いや、今では元勇者、と言った方が良いだろう。


 これまでに僕は、勇者として、国からの指示で各地へ赴き、そこで起きている問題を解決して回っていた。

 問題にも色々あった。

 お隣同士の貴族間で起きた諍いの仲裁や、森へ入って迷子になってしまった子供を探したり、凶悪な魔物の襲撃に怯える村を救ったりもした。


 本当に、色々な仕事をしてきた。

 そのおかげで、体力や筋肉もついて、体つきもそこそこがっちりしてきたのではないかと思っている。

 ……まぁ、同年代の戦士や騎士に比べると、まだまだ痩せっぽち感は否めないのだけど。

 

 僕が勇者として活動し始めたのは、今から二年ほど前のことだ。

 冒険者として、あちこちで依頼をこなしてきたのが、国の目に留まったらしい。

 そして、ちょうどその時に勇者という役職・・が空いていたのもあって、僕に打診がきた。

 打診といっても国からのお伺いなんて、ほぼほぼ命令のようなものだったけどね。


 その時は、あまりよく知らなかったんだけど、この国で勇者というものは、国王が任命するものらしい。

 勇者になるべくしてなったものではなく、誰かに選ばれて与えられる称号。

 それが、勇者なのだそうだ。


 勇者という仕事は、冒険者よりも、実入りの良い仕事が多かった。

 けれども、報酬が多いということは、その分だけ仕事は大変で、責任が重いものが多かった。

 仕事内容に関しての注文も細かく、僕は休む暇もなく働いた。


 だけど、そこに不満はなかった。

 仕事自体は大変だったけど、そこそこ充実していたからね。

 でも、不満を抱いていたのは、僕の仲間の方だったんだ。


「ちょっとレオ! どうして魔物にとどめをささないの?」


 ある日、教会から派遣されて一緒に旅をしていた聖女に、そう言われた。


「勇者なのに、おかしいわ! 一匹も魔物を殺さないなんて、理解できない!」


 聖女はそうも言っていた。

 彼女の言う通り、僕は旅の最中に、一度も魔物を殺したことがない。

 これは魔物だけじゃなく、人間に対してもそうだ。野盗などの悪人と戦った時も、僕は命を奪うことはしなかった。

 ぜったいに命を奪わない。僕は、そう誓っていたからだ。


 パーティーのリーダーである僕が、そういう方針を取っていたから、仲間たちもそれに従わざるを得ない。

 それが彼女たちの不満に繋がっていたことに、僕が気が付くことができたのは……お恥ずかしいことだけど、つい先ほどだった。

 勇者をクビになるまで、僕は彼女たちが不満やストレスを溜めていることに、気が付いていなかったのだ。

 勇者としてだけではなく、リーダーとしても失格だった。


 そうして僕は勇者をクビになり、放り出されてしまったというわけである。

 金貨を与えてくれたのは、国王陛下なりの温情だったのだろう。

 

「……これから、どうしようかなぁ」


 ぼんやりとしながら王城の門をくぐった時、


「あ、あの……勇者様……」


 と、声をかけられた。

 顔を向けると、城門を守る門番二人が、心配そうな眼差しでこちらを見ている。

 声をかけてくれたのは、左側に立つ女性だ。 


 彼女は僕が勇者を任命されたのとほぼ同じタイミングで、門番に抜擢された子だ。

 仕事の報告で王城を訪れるたびに、気持ちの良い笑顔で挨拶してくれた。時々、差し入れをすると、嬉しそうに受け取ってくれたのも印象的だった。


 いつも笑顔を向けてくれた彼女に、そんな顔をさせてしまうのが申し訳ない。

 だから敢えて、おどけたように笑って見せた。


勇者だよ」

「いえ! そんなことはありません! 私たちにとっては、レオナルドさんは立派な勇者でした!」

「そうですとも。皆様は、一体何を考えているのか……」


 右側に立つ男性の門番も、悔しそうな顔でそう言ってくれた。

 二人の優しさに、思わず涙腺が緩みそうになる。


「二人とも、体を大事にしてね。いつも声をかけてくれてありがとう。すごく嬉しかったよ」

「……ッ、はい……!」

「勇者様も、どうか……お元気で」


 僕がそう言うと、二人は泣きそうな顔で、深く頭を下げてくれた。

 別れの言葉が胸に沁みる。


「うん。それじゃあ、またね」


 頭を下げたままの門番に、別れの言葉を告げると、僕はその場を後にする。

 王城の外に広がる空は、綺麗な青空だった。

 目に焼き付いて、痛むくらいの。

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