第3話服って何?
暫くすると、綺麗な布を纏った男が戻ってきて、私に話しかけてきた。
「り、リズ殿はどんな仕事をしたいのですかな? ワシはここから先にあるカイルの街を任されている、タートル騎士爵家の当主ハザンと申します。何か希望の職があれば口利きさせて頂きますが」
うーん、コイツは何を言っているのだろう。私は働きたいだけなのに。
「私は楽しく働きたいだけです。もったいぶらないで働かせてください」
「え? で、ですから、希望の職があれば口を利きますと……」
何だろう『ショク』って。月蝕や日蝕なら村のアホ共が喜んで鑑賞してたが。
むぅぅ、何か面倒になってきたぞ。
何で分からないんだろう。しかし私は慌てたりしないんだ。
爺ちゃんから、こんな時に使う言葉も教わっているからな!
「あー、ワレ、小さな事を細々(こまごま)と。パーっとウチを働かせれは良いんじゃきに。サッサと働かせんかい。いてこますぞ、ゴラッ」
「!は、はい!」
流石、爺ちゃん。綺麗な布の男は直立不動で立って私を箱の中に招いてくれた。
箱の中は広くは無かったが、驚いた事に暫くすると箱が動き出したのだ。
外を覗くと馬が箱を引いているのが分かった。
箱を馬に引かせるなんて、人は不思議な事を考える。
私が興味深そうに箱を見ていると、綺麗な布を纏った男……そう言えば、コイツはハザンと名乗ったんだった。
ハザンはこの箱が、馬車と呼ばれる人の移動手段である事を教えてくれた。
「り、リズ殿は人の世の事をあまりご存じ無いようですが……よろしければ私がご教授 致しましましょうか?」
コイツ! 私は完璧に人として振る舞っているのに、何故バレた?
もしかしてコイツは、爺ちゃんが言っていた賢者と言うヤツなのだろうか?
きっとそうだ。じゃないと私の完璧な演技が見抜けるはずが無いからな!
「アナタが賢者だとは気が付かなかった。いたいけな少女である私に、幾ばくかの知恵を授けて下さい」
「うぇっ? け、賢者ですか? わ、私が? え?」
「隠さなくても良い。私が吸血鬼だと言うのにも気が付いたのだろう? 流石は賢者だ。うむうむ」
「は? え? きゅ、きゅ、吸血鬼?? え? もしかして、わ、私は血を吸われるのですか?」
「ん? 私は人の血を飲んだ事は無い。まぁ、人の血を飲んでも良いけど……何だか臭そうだから、やっぱりヤダ。私は飲むなら虎の血が良いな」
「と、虎の血ですか……」
「うん。アイツ等、弱いくせに直ぐ襲い掛かってくるから。そのまま血を飲んでやるんだ」
「そ、その虎は死んでしまうのでしょうか?」
「こ、殺すわけ無いじゃないか! 何を言っているんだ! そんな事をしたら可哀そうじゃないか! 年に一回、コップに1杯だけ血をもらって、直ぐに森に逃がすに決まってるだろ!」
「え? 殺さないのですか?」
「あ、当たり前だ! 血を飲むぐらいで殺していたら、虎がいなくなっちゃうじゃないか!」
「そ、そうですか……ど、どうやらリズ殿は心優しい方なのですね。一時はどうなる事かと思いましたが……今は心の底から安堵しています……」
「むむ、そうか? 確かに村にはアホばかりで、魔王ごっこをしてるヤツしかいなかったから。アイツ等に比べれば、確かに私は優しいのか……それを見抜くとは、流石は賢者なだけはある」
「あー、賢者ですか……うん。まぁ、賢者……そうですね……はい」
そんな会話をしながらもハザンは、私をチラチラと見ては視線を外すという行為を繰り返している。
何かを言いたそうにしているのだが、聞いても適当にはぐらかされてしまう。
「ハザン、何か言いのか? さっきから、その目が気になってしょうがないぞ」
するとハザンは言い難そうに口を開いた。
「……失礼を承知でお聞きします。り、リズ殿は何故 裸なのですか?」
コイツは何を言っているのだろうか? 裸の何がいけないのだろう? コウモリや狼に変化するにも邪魔だし、そもそもハザンのように布を纏っている者など吸血鬼の中にはいない。
「裸ではいけないのか?」
「い、いえ、いけない訳では無いのですが、少々目のやり場に困りまして……」
「む? もしかして人は布を纏わないといけないのか?」
「あー、まぁ、そうですね。リズ殿ぐらいの年齢ですと、間違い無くアウトかと」
マジか! そう言えば爺ちゃんも布を纏っていたと言っていた気がする。
「そうなのか。じゃあ、その布を貸してくれ」
そう言ってハザンの布を引っぺがそうとすると、焦ったように口を開いた。
「ま、待ってください、リズ殿。こ、これは男性用なのです。じょ、女性は違った服があるのです」
「服? その布は服と言うのか?」
「は、はい。人は皆、服を着て過ごしているのです。身分や性別、それぞれに決まった服がありまして……」
「そうなのか、面倒なんだな。じゃあ、私も服をクレ」
「そ、それは構いませんが、ここには予備の服がありません。屋敷に着いたら用意させてもらうと言う事で、如何でしょうか?」
「分かった。ハザンは良いヤツだな」
「いえ……リズ殿は命の恩人ですから。これぐらいは何でもありません。では、取り合えずは、この布を巻いて体を隠してください」
「体を見られるとダメなのか?」
「そうですね。年頃の女性は肌を見せない方がよろしいかと」
「そうか……じゃあ、私はハザンの家に着くまではコウモリになっている。それで良いか?」
「は? こ、コウモリですか?」
「うん、そうだ」
早速 私はコウモリに変化して、アホ面で驚いているハザンの肩にとまったのだった。
ハザンの肩に止まって数時間が過ぎた頃、馬車と呼ばれた箱は何やら石の壁の前に到着した。
「リズ殿、ここが私の治めているカイルの街です。後少しで屋敷に着きますので、もう暫くコウモリの姿でお待ちください」
『待つのは良いが、街って何だ? 何でこんな所に石の壁があるんだ?』
「街と言うのは人が集まって生活している場所の事です。この石の壁は城壁と言い、魔物や外敵から身を守るための物なのです」
『人が集まって……うーん、良く分からないぞ。こんな石の壁があっても飛んで入れば関係無いじゃないか。ハザンの言う事は意味が分からん』
「そ、それは……確かにりズ殿からすればそうなのでしょうが……あ、馬車が動き出しました。街の中に入りますので、ご自分の目で確かめてもらえれば」
『むぅ、石の壁の中に入ったぐらいで何が変わr…………え? な、何だ、これは……人間がこんなに沢山……え? た、建物もいっぱい……ハザン、これはどう言う事なんだ?!』
「リズ殿、これが街です。人は弱い生き物故、こうして集まって暮らしているのですよ」
『こんなにも沢山の人間が集まって……これが街……私はワクワクしてきたぞ!! やっぱりハザンは何でも知っているんだな! 流石は賢者なだけはある!』
「えーっと……賢者、まぁ……はい……」
ハザンの濁したような言葉を聞き流しながら、私は沢山の人から目を離せずにいたのであった。
『うわぁ、むむむ、ハザン、あれは何だ?』
「あー、あれは串焼きの露店ですな。簡単な調理をして道行く人に売っているのですよ。他にも飲み物や、装飾品を売っている店もあります」
『串焼き……食べ物を配っているのか。あ、あっちのは何だ? あの剣の絵が書かれている場所は』
「剣? あれは武器屋です。剣や斧、弓や槌、様々な武器を売っている場所です」
『武器? 武器を配ってるのか?』
「はい。この地は辺境ですから、魔物の脅威が大きいのです。主に冒険者と呼ばれる荒くれ者が買っていくかと」
『武器なんて血で作れば良いのに、わざわざ作って配ってるのか……人は不思議な事をする』
「ち、血で作る……ですか。リズ殿であれば可能なのでしょうが、人は血から武器は作る事は出来ませぬ故……」
『そうなのか。面倒なんだな』
「それに先ほどから少々 気になっているのですが……」
『何だ?』
「あれは配っているのでは無く、売り買いをしているのです」
『売り買い? 何だ、それは』
「人は皆 働いて、対価としてお金を得ています。そして、得たお金を支払う事で自分の欲しい物を手に入れる。人の世と言うのは、お金を介してお互いに欲しい物を与え合う事で成立しているのですよ」
『そうなのか? 人が働くのは楽しいからじゃないのか?』
「うーん、働く事に楽しみを見出す者も多くいるのは確かですが、本来は生きるための行為です。例えば、ある者は食料を作り、ある者はその食料を使って料理を作る。またある者は、その料理を食べ皆の安全のために魔物を屠る。色々な働き方があり、それを「仕事」若しくは「職」と言うのです」
『「職」……あ、さっき、聞いてきたのは、どんな働き方をしたいか? って事なのか?』
「そうです。仕事は無数の種類があります故、リズ殿はどんな仕事をしたいのかを、お聞きしたのです」
『そんなに沢山の種類があるのか……うーん、仕事……』
私が頭を捻って考えていると、ハザンは微笑ましい物をみるような顔で口を開いた。
「希望の職が無いのであれば、暫く私の屋敷で働くのは如何でしょう? 私の近くにいれば、問題を起こしてもたいしょ……ゴホンゴホン、何かあってもお教えする事が出来ますので」
『ハザンの近くで……うん! それが良い。賢者であるハザンが近くにいてくれれば私も安心だ』
こうして、アホしかいない村を飛び出した はぐれヴァンパイアのリズは、人の世での拠点を手に入れたのである。
進められるまま、ハザンの屋敷でメイドとして働くのか、それとも冒険者として独り立ちしていくのか……
はたまた、全てに飽きて世界を破壊する魔王を目指す事になるのか。
これは悠久を生きるはぐれヴァンパイアであるリズの暇つぶしの物語である。
吸血鬼はお好きですか? ばうお @bauo01
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