メインパート 猟奇的日常の始まり

あの夜に見た男

 桐崎霜による突然の告白、莉緒はそれを承諾した。当然だがこの二人は大勢の注目を集め、ネタの対象と化す。むしろこんなエピソードを、高校生が茶化さないわけがないだろう。

 誰もが羨むストーリー。高校生だからこそ味わえる感情。さぁここから! 馬鹿みたいにベタベタするような関係や、互いに恥じらう奥手な関係が始まるはずだ。

 そのはずなのに、この二人は距離感が遠い。物理的にも、他所から見れば何も変わらない。むしろ、以前より若干遠ざかったようにすら見える。




「……あの男、一体何を考えているの」


 窓際最後列の自席から、莉緒は斜め前方の席へ視線を尖らせる。そこでは張本人・桐崎霜が少数の男子に囲まれている。

 きっと、彼の告白を茶化しつつ、たたえているのだろう。まるで武勇伝だ。


「なぁ霧崎! お前もなかなかに、肝が据わった奴だな!」

「東雲のこと、いつからそんな風に見てたんだよぉ!」


 聞いてみれば案の定。しかし、随分とありきたりなセリフだ。量産型男子、とでも言おうか。

 すると、莉緒の視線に気が付いたのか、


「――あ、おーい」


 霜が小さく手を振った。

 にこやかで可愛らしい笑顔を、莉緒へ向けてくる。


「うわっ! ……むぅ」


 しかし、付き合いたての彼氏に対するものとは思えない、若干の拒絶反応を見せてしまった。

 そんな彼の注目をよそに、ふと感じる。


「でも、私には誰も注目しないんだよね。……告白されたの、私なんだけど」


 特に目立ちたいわけではないが、なんとなく釈然しゃくぜんとしない部分があり、少しだけ悔しい。


「なるほど。これがの差……みんなが知っている、桐崎の表の顔か」


 みんなが彼に注目した。その好感度の裏に、血濡れた本性があるとも知らずに。


***


「うひゃー、また出たってよ……〈〉」

「マジ? これで何度目だよ」


 目まぐるしく回ってくるネットニュースが、彼らに話題を運んできた。そして今のは、近頃の検索ランキング上位を席巻するキーワード。


「今度の被害者は、近隣の不良グループの幹部だってよ」

「やっぱり悪人かよ。……で、肝心の所は?」


 意味深に、静かな声で、スマホを除く一人に向けて訊ねる。


「……いつもと同じく、殺されちゃいないんだとさ」



 〈純潔の悪魔〉、――ここ最近になって広まり始めたその名前は、世間を騒がせる人物の異名。その正体はおろか性別までもが不明の、神出鬼没の連続殺人未遂犯。

 しかし、殺人犯ではない。



「殺すまでには至らず、被害者を植物状態にする。しかも狙われるのは犯罪者とか不良とか、所謂ならず者ばかり」

「これじゃあまるで、悪魔ってより義賊だよな」


 ――残忍で猟奇りょうき的な所業。しかし殺人には手を染めない。だから〈純潔の悪魔〉。これはネット上の誰かがそう呼んで、次第に浸透していった名前らしい。

 恐ろしきその人物を談笑の中で想像し、彼らは話題の矛先ほこさきを霜へ向けた。


「霜、お前はどう思うよ? 『こいつは切り裂きジャックを思わせる、稀代の大悪党か……はたまた正義の執行者か⁉』 みたいなさ」


 対して、霜はコメントに困ったらしく、苦笑する。

 莉緒もその答えに聞き入った。


「さぁね。大悪党だの正義だの、そんなタイトルには興味ないよ。……でも、ちょっとカッコいいかも」

「へぇ、ちなみにどんなところが?」

「……神出鬼没で、警察如きには捕まらないところ……とかかな!」

「なんそれ。完全に犯罪者の目線じゃん」


 ――笑い事じゃない。彼の言葉は、完全にその目線なんだ。

 誰も、何も知らない。自分だけが知っている、霜の言葉の真意は……霜の自画自賛であるという事。

 一週間前の夜に見たあの光景は、〈純潔の悪魔〉による犯行現場で間違いない。


「だから……彼しかいない。桐崎君がきっと……いや、絶対に」


 確信せざるを得なかった。

 桐崎霜こそが、まさしくその〈純潔の悪魔〉なんだと。

 世間を震撼させる連続殺人未遂犯の正体は、あどけなく、どこにでもいそうな高校生だった。それも、自分のすぐ近くにいて。

 そして、


「その〈悪魔〉が今や、……私の彼氏なんだよね」



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