第11話 保証とアフターサービス


「巻き込まれたくないので詳しく聞きませんが。アホですか先輩」


「詳しくは話せんが、確かにアホだな」


 機密保持に抵触しない範囲、というか先日の二人の研究者に許可を得た範囲で、小泉に事情を話し終えたところだ。昨日の時点で、鬼のように彼女から連絡が来てたが、許可の範囲が口頭に限られていたので、本日月曜の退勤後と相成った。場所は例のコーヒーショップだ。


「ガウガウちゃんは契約内容は分析できても、契約自体の良し悪しは判断できませんよ。そういう仕組みなんですから」


「いや、上手くいきそうだったんで、つい」


「でもまぁ、正直羨ましいです。何で先輩ばっかり」


「どこに、そんな要素があるよ」


 小泉の興味はアーシャ女史に向けられていた。


「アーシャ・パンディー1級AI研究員。代々知識人を輩出してきた北インドの名家の出身で、インド工科大学を首席クラスで卒業後、MITで博士号を取った王道のエリート研究者です。界隈の人間なら3人に1人は知ってる有名人ですよ。そんな人からAIの話を聞いたんです。羨ましいですよ。普通に」


 ちょっとドン引きしていたら、好きな映画の監督だったら出自くらい調べるでしょうと正当化された。いや、調べるのはいい。憶えてるのは変だろ。憶えてるのは。


「で、あれでしたよね。七五三問題」


「そんなめでたい感じじゃないぞ」


「アーシャさんから聞いてますよね。育齢の壁。これ3年目、5年目、7年目なんです。七五三も昔は越えるのが難しかった子供の生存期間です。なので日本では七五三問題って呼ばれてます」


「……なんか、思ったより切実な感じだな」


「普通に契約できる大半のAIは3年目のものです。ハードの年間生産約3000のだいたい3割くらいしか残りません。5年超えられるのは、その内のたったの0.2%です」


「……7年超えは」


「不明です。非公開なんですよ。ガウガウちゃんの目指してるレアさ加減がわかりますか。しかも育齢止めパッケージしてない生AI。責任重大ですよ先輩」


「お、脅すなよ小泉」


 なお、ガウリカの自壊症状の改善は守秘義務の範囲なので話せていない。


「でも、先輩とガウガウちゃんすごい相性良さそうなんで、大丈夫じゃないかと思ってます。何より……」


 なんかとんでもないこと言うぞ、このロボ好きOL。


「超高級ロボ子さんを無責任に近距離で愛でられるって最高ですよね。先輩」


 いい笑顔でサムズアップしてんじゃないよ。こんちきしょう。





「まさか、貴重な有休を使わされるとは思いませんでしたよ。先輩」


「まぁ、あれだ。楽して愛でられると思うなよ。ってとこだな」


「小泉さま。ありがとうございます」


「あら~、いいのよガウリカちゃん♡ みことおねーちゃん、て呼んで♡」


「遠慮いたします。そこまで親しくありませんので」


「ん~、その感じ。癖になりそう♡」


 その週の金曜日、相模原にあるアナント・ロボテクス(ガウリカ本体の製造元)の日本支社兼メンテナンスセンターに向かっている。なお、ガウリカを公共交通機関で連れて行くのは難易度が高いので、レンタカーを借りた。俺は免許を持ってないので、運転手は小泉だ。この先ちょいちょい出向く可能性が高いので、近日中には普免を取得したいところだ。


 ガウリカは後ろの席で、景色を眺めるのに忙しい。頭が忙しく左右に揺れ動いている。ときどき嬉しそうな顔で助手席の俺を見て、邪魔しちゃいけないと思ってるのか、また風景に集中した。そして小泉が、運転してるの私なのにずるいと愚痴る。


 実は昨日、イシャーン氏が来日している。以前から日本支社へ招待されていたのに便乗した形だ。そこに自分が手掛けた機体がメンテで入ってくる。そういう段取りだ。


 ガウリカ本体はイシャーン氏自身がオーバーホールしているので、メーカーの記録的には数年メンテナンスされていない状態だ。そこを利用し、自然な形でガウリカ本体を徹底分析する予定だ。取れる時間は2日しかない。


 アーシャ女史はガウリカAIの解析を担当している。もともと彼女が所属する研究室所有のハードだったのが幸いした。とはいえ、主任研究員の立場であっても、こっそり調べるのは相当な段取りが必要になる。小泉の話では良家のお嬢さまのようだし、けっこう精神的にキツイのではなかろうか。



「では、ネットでお申込みいただいております、メンテナンスパックのプランAでよろしいですか」


「はい。それでお願いします」


「ああ、そう言えばお客様。お持ちいただいたガウリカさんの開発者が来日なさってるんですよ」


「へー、そうなんですか。すごい偶然ですね(白々しい)」


 受付でガウリカを引き渡した。案内する担当者に付いていく彼女は、妙にそっけない。実は、わざわざそういう風を装わせている。小泉の発案で、一般的なAIの初期の挙動を事前に教えておいたのだ。動きが微妙に遅れる感じが妙に上手いので、何度か吹き出しそうになった。


 小泉はというと、こんな用事でもないと入れない場所ということもあってか、ショールームに釘付けだ。撮影禁止なので、脳に焼き付けるような勢いで凝視している。まぁ、ぱっと見て挙動不審じゃないのは、さすがとしか言いようがない。文句を言ってた割に、一番有給満喫してるんじゃないか? 君。


 その後、ご機嫌なロボ愛OLと別れ、メンテナンスセンターで貰った書類やらチラシやらで重くなった袋に邪魔されながら、自室の鍵を開けた。


 やっとの思いで中に転がり込んで顔を上げる。真っ暗な部屋。


「これが普通だったんだけどな……」


 さぁ、帰って早々掃除させるのもアレだ。ここは一つ、自立した大人の佇まいを示すべきだろう。とりあえず、脳内の「おまいう」という突っ込みを隅に蹴飛ばした。




 明けて翌日、がんばって定時退社して向かったのは、オタグッズの街として復権した秋葉原。


「お待たせしました……って買い込みましたね。イシャーンさん」


「まぁ、日本だからね。しょうがないね。Mr.マシロ」


 両手にフィギュアの詰まった袋を持ったインド人のオタクがいた。その後、二人してカラオケに向かうと作戦会議が始まった。


「メンテは問題なく僕がやってるよ。これといって成果はないけどね」


 とりあえず、記憶が潜伏しそうなストレージやメモリーを片っ端から調べたが異常は無く、今は、体を動かす為のSHOSA本体と、そのプロファイルに潜んでないか解析中という事だ。


「ドクター・パンディーの話だと復元された領域は、完全な記憶というより印象の強い部分から記憶を推定したんじゃないかと言ってる。人間に近い記憶の折りたたみ方だね」


 うん、さっぱりわからん。


「イシャーンさん……何かできる事ありませんか?」


「んー、そうだね。Mr.マシロは何か思いつかないか。その……記憶が降りてきそうな、何か」


「記憶……、デジャブ……とか?」


「人間が起こすハルシネーションだね。勘違いじゃなくて、記憶が繋がる感じ」


 せっかくのカラオケということで、イシャーン氏は普通に歌う。アニソンばっかりかと思ったら、洋楽も歌う。踊りながら歌う。普通に上手い。


「繋がる……記憶が。前世を思い出した人とか」


ゴーストという外部ストレージだね。ガウリカにはないね」


「心臓移植したらドナーの好みが移ったとか……」


「ははは、それは都市伝説……」


 イシャーン氏が黙ってしまった。さすがにオカルトネタは呆れられたか。


「さすがだ、Mr.マシロ。あなた選んだ意味があった。案外それ行けるかもしれないよ」


 彼は上機嫌に、次の曲を入力した。あ、急いで帰るとかそんな感じじゃないのね。


 ん? ちょっと待て。選んだ?


「イシャーンさん、あなたひょっとして知って……」


 熱唱するインド人は、陽気な笑顔のまま口に人差し指をたてた。



 日曜日、ガウリカの引き取りの為、再びメンテナンスセンターへ向かう。もちろんレンタカー。運転手は小泉だ。今日は特に文句は出ていない。道中は飾ってあったロボットたちのご高説を賜った。大変ご機嫌のご様子だ。やはりショールーム。ショールームは全てを解決する。


 そして、現地に到着すると、開発者とユーザーが出会うというハプニングが起こった。開発者は製品の所感などを、お茶を飲みながら伺いたいと申し出て、俺はにこやかにその申し出を受けた。


「Mr.マシロ、助かったよ。確かにここだった」


 イシャーン氏は右腕を上げると、その力こぶ辺りを指差した。俺の後頭部に生えたでっかい「?」が見えたのか、話を続けた。


「ロボットの電縮筋には、SHOSA対応外の動きを保存する小さなメモリーが付いてる。一個一個は小さいけど、全身だとそれなりの量になるね。とくにガウリカは実験用途だったせいで容量が大きい」


「そんなとこに?」


「驚いたよ。彼女、感情でタグ付けして、動作表現として保存してたんだ。しかも正規の手順で。完全に裏をかかれた気分ね」


 憤慨というより、むしろ楽し気な技術者がそこにいた。


 また後日という事で、イシャーン氏は仕事に戻った。程なく担当者に連れられたガウリカが喫茶室にやってきた。彼女は俺を見た瞬間、駆け寄って跳び付いてきたので、体勢を整えて抱き止めた。体重40キロは伊達じゃない。急に走り出したので、担当者が狼狽えていた。


「寂しくなかったか? ガウリカ」


(ドクター・パンディーといっぱいお話ししました)


 ガウリカは耳元でこしょこしょ話す。


(あと、前の私ともたくさんお話ししました)


「……上手くやっていけそうか」


「どっちも私なので、たぶん仲良くなれると思います」


「そうか、がんばったな。ガウリカ」


「はい」


 そのままガウリカをくっ付けて、ショールームの小泉を引き剥がして帰宅。メンテナンス大作戦は無事終了した。


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