第10話 サポート情報
土曜の夜に、インドの彼から翌日のビデオ会議に招待された。現在、PCの前で待機中だ。インドと日本の時差は3時間半。向こうは10時くらいだろうか。
なお、穏やかな昼下がりに、オークション出品者とその落札者が雑談するようなチャットルームではない。うちの会社だと役員でも使用を躊躇する1分単位で万札が飛ぶ堅固なセキュリティを誇るビデオ会議サービスだ。
「意図は伝わってるよな、ガウリカ」
「そうだと思います。健介さま」
昨晩から何回聞いたかわからない同じ質問を繰り返す。ガウリカはその度に同じ返答を笑顔で繰り返した。
ちゃんとスーツ着た方がよかったか、などと考えていたら、待機画面に見知った人物が映し出された。相変わらず良い笑顔のイシャーン氏。ちなみに四角くて、髭で、顔が濃い。あともう一人。そちらはアーシャさんという女性で、事前の確認メールではAI研究者という紹介だった。
動画だと若く見えるなイシャーン氏。歳は俺と同じくらいか? 隣のアーシャ女史は少し年上かな……落ち着いた感じのインテリ美人さんだ。
「Mr.マシロ。動く映像では初めまして。イシャーンです」
「こんにちは。眞白さん。初めまして。アーシャです」
一応私用という形なのでイシャーン氏も自宅だ。意外な事に、二人は同じ場所に並んで座っていた。あと、二人ともインド人だが普通に日本語を話す。書くのは難しいものの、話す分には問題ないという事だ。こちらは俺と、先方の希望でガウリカも参加している。
「初めまして。眞白と申します。今回は色々とお手数をおかけしています。よろしくお願いいたします」
余所行き顔のガウリカに挨拶を促すとちょっと緊張気味な顔をした。画面の向こうの二人も促す仕草をする。
「お久しぶりです。ドクター・マニ。ドクター・パンディー。またお会いできて嬉しいです」
『……驚いたな。やはり憶えているのかい? ガウリカ』
『はー……、貴方の趣味の悪い冗談だと思ってたんですけどね……』
目をまんまるにして驚く義肢技術者。人差し指で眉間をほぐす美人AI研究者。映像の二人は思わずであろうか、
「ガウリカ。私たちが知っている貴方で間違いないのね」
「はい。ドクター・パンディー。自己診断の結果、時系列の連続性に対する疑義と、累計ログの不一致から、記憶の可塑性を確認しました。システム及び本体からの異常は検出されませんので、私自身の記憶で間違いないと考えます」
「あの……、結局どういう状況なんでしょう?」
「Mr.マシロ。前世の記憶を思い出した異世界人。そんな感じね」
ここで異世界ぶっこんで来るのかイシャーン氏。アーシャ女史がすごい顔で見てるぞ。美人の怪訝な表情ってのは迫力あるな。
「とにかくMr.マシロ。他言無用。それに異存がなければ、しばらくは現状維持で処理できるし、話せる話はするつもりだよ。どうするね?」
「もちろん異存はありません!」
ガウリカに屈託のない笑顔が戻った。なんかもう、それだけでいい。
画面越しに粛々と
「といっても、そう話せる事もないんだけどね。はははっ!」
ちょっとガクッときたが、イシャーン氏の話は本体売却の経緯だ。機密が云々というより、本当に単純な事情だった。
「……もったいない、ですか?」
「そうそう、Mr.マシロ。もったいない。日本人の美徳だよね」
研究用途で用意されたガウリカの入ってる体は、実験終了時に廃棄される予定だった。一昨年前、それを引き取ったのがイシャーン氏だ。ところが、彼の手元には7体以上のロボットが稼働中で手が回らない。という事で、オーバーホール後に手放したのが先日のオークションだった。
要するに、「もったいない」と「安かったから」のコラボレーションだ。オークションでは実に普通の出会いだ。ガウリカ本体の元値がチラつくが、ここは納得するしかない。
イシャーン氏の話が終わるとアーシャ女史が話を引き継いだ。こんどはAIガウリカの話だ。
「どこから話しましょうか。まずは貴方が善良な方で本当に良かったと思います」
「あ、ありがとうございます」
「良かったですね、健介さま。ドクター・パンディーは、めったにお褒めになりません」
コホンと、女性AI研究者の咳払いが聞こえる。若干赤面してるような。
「眞白さんは、現在のAIについてどの程度ご存じですか?」
「実のところ全く。知人からは知識が半世紀前と言われてます」
「では、退屈かもしれませんが、先の話の為の前提条件として聞いてください」
最初の話は、AIの価値の差だった。学習期間の長さ(育齢期間という)で決まるというのは、俺の古い知識でも問題ない話だ。人間と同じで育てる期間が長ければそれだけ思考経路が増えて、条件が複雑な判断も熟せるようになる。
ただし長期の育成にはリスクが伴うと言う。まず数千万円する訓練装置を数年占有して育成しても、賢くなるとは限らないという点。そして最大の問題は。
「Mr.マシロ。育齢期間が長いほど高確率で精神疾患に似た症状を起こすんだよ。漫画みたいだよね。ようするに物凄く歩留まりが悪いんだよ」
急に割り込んだイシャーン氏に思わず素人意見をぶつけてしまう。
「歩留まりって……。上手くいった奴をコピペすれば」
「おっとMr.マシロ。AIってハードウェアだよ。パソコンで言えばCPUを一個一個、運に任せて育てるような感じ。というかガチャ要素が強すぎて、もはや自然農業や沿岸養殖の方がましなレベルだよ」
アーシャ女史に睨まれて退散する御髭の御仁。
「あの、そんなので利益が出るんですか?」
「問題ありませんよ。1ユニット当たり数百ユーザー担当可能です」
納得した。そしてロボ本体にAIが内蔵されてない事にもなるほど納得した。
「昔みたいに育齢最長を競うような事も減りましたので、需要の多い3年目あたりで
「私の知ってるAIって学習成長こそ正義って感じだったんですけど。それこそ三日会わざれば……みたいな」
「確かにそれは半世紀ぐらい前の感覚ですね、眞白さん。今は安定運用が最優先されます。変わらないから安心して一緒にいられるんです」
「なんか世知辛いですねぇ」
「何度か大きな節目を乗り越えた、社会的な合意です。さて、ここからが本題です」
背筋を伸ばした。俺を見たガウリカも居住まいを正した。それを見て微笑むアーシャ女史。
「先ほど、ドクター・マニが育齢期間の歩留まりについて話をしていましたが、ガウリカのAIは、この最大の歩留まりの壁に直面していました。七年目の壁です」
この二人の研究者は共同である実験を行っていた。育齢の為の保育器ではなく、適切なタイミングで実体を与え、現実空間の中で育齢した場合どのような効果をもたらすのか。そんな実験だ。
まだ種だったガウリカのAIは、一年と半年で保育器から出され、褐色で銀髪の体を与えられた。ただ、その実体は現実空間を動くことは無い。環境を完全に制御、記録する為のサンドボックスに固定された。
もちろん、AIから見て現実と寸分の違いもない空間だ。ガウリカのAIは、そこで5年間、ドクター・マニとドクター・パンディーの二人と共に過ごした。
「まず、最近までの状況を端的に。ガウリカのAIは人間でいう重度の精神疾患を発症する直前の状態でした。保護の為、育齢環境から隔離されていたほどです」
「え?」
いつの間にか戻っていたイシャーン氏がうんうんと頷く。ガウリカはきょとんとしてる。
「次いで、昨日の状況です。なんの異常もない良好な状態でした。AIの自壊を改善した唯一無二の事例です」
俺はほっとしてガウリカを見る。イシャーン氏が続けてうんうんと頷く。だが美人AI研究者の表情は硬くなった。
「……そして、隔離環境から脱走した唯一無二の事例でもあり、恐らくユーザー領域を復元してしまった最悪の事例です」
「んー、50年ぶりのサンドイッチ事件だね」
イシャーン氏が残念そうな顔で首を横に振る。
そこで俺は、初めて思い至った。先ほどの契約で共犯にされたのだと。
※ハードAI……本編のAIは疑似ニューロン系の成長型基板。思考基部は外から観測すると構成が破壊されるため複製できない。不具合の特定や処置も難しい。なお、周辺の記憶装置は通常の電子部品。
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