十七話 その四


ヴィルヘルムは深くうなずいてヴィオラの考察に同意を示す。


「そう。スナート教皇、もといスナート教開祖は、メテムスから転生をつかさどる能力を伝授されていたんだ。僕たち文明崩壊後の人間たちが神から魔術をたまわったように」


そう言って彼はぱらぱらと資料をる。


「まあ、この魂が開祖本人だと証明する方法にもまだ穴はある。秘密裏に奥義を継承していた第三者が、教皇の魂がもう生まれ変わってしまったあとから奇跡を起こそうとしても、それはそれで何も起きないからね。だけど、ここまで詳細に記録が残っている以上、僕はこれに賭けるしかないと思う」


男は真剣な眼差しをこちらに向けて話に聞き入っている賢い淑女に向かって、指を二本立ててみせた。


「まとめると、転生に必要な条件はふたつ。ひとつは転生後の肉体は転生前の肉体と同じ血族であること。次に、そもそも転生を起こすために魂の操作をする能力があること。そして僕が思うに、二番目の条件は魔術で再現できる」


揺るぎない自信を赤琥珀レッドアンバーの瞳にたたえたヴィルヘルムの言説にすっかり納得したヴィオラは満面の笑みを浮かべて、興奮気味に拳を振る。


「それならば間違いなく千年を渡ることができますわね」


ヴィオラはその知的な目を輝かせて、ヴィルヘルムを見上げた。しかし彼女の反応とは裏腹に、彼は眉根を寄せてうなる。その様子に、まだ懸念けねんすべきことがあるのか、と女は一転して表情をくもらせた。


彼女の反応を横目で見つつ、男は書類に目を落としてゆっくりと口を開く。


「そう、転生の技術まではいいんだ。けれど、君が今言った、千年を渡る、というのが難しい。――なぜなら、スナート教皇は、特に前世の記憶を保持しているわけではなかったようでね」


その言葉にヴィオラもまた、眉根を寄せることになった。


記憶を保持できないということは、人格を保持できないということになる。たとえ同じ魂を持った者だったとして、それは転生前のヴィルヘルムと同じ人物であると言えるのだろうか。


――その人は、己の生涯しょうがいけてまで千年の眠りについた親友を献身的に支えようと思ったヴィルヘルムと、同じ思いを持った人間でいられるのだろうか。


悩ましい顔をして押し黙ってしまったヴィオラに優しく微笑みかけたヴィルヘルムは、彼女の頭をぽんと叩く。


「そこはまあ、最強の賢者たる僕を信じてもらうしかないね。要は記憶をなんとか思い出せるようにすればいいだけなんだから」


そして賢者はまた紙に何事か書き込みだす。


「望みがないわけじゃない。スナート教皇は前世の人格や思い出こそ引き継いでいなかったようだけど、その能力は引き継いでいたんだ。能力というのも見方を変えれば記憶の一種。つまり、やりようによっては全ての記憶が引き継げるかもしれないというわけさ」


そう言ってヴィルヘルムはいまだ心配そうに自分を見つめる女の眉間みけんしわをつついて笑った。


「考えなくちゃいけないことはまだあるよ。新しい僕がそれなりの年齢になって戻ってくるまでの間、誰が世の中の出来事を記録をして、アリスを見守るか、とかね。でも、そんなことはどうにでもなる」


彼はふと手を止めて目を伏せる。その表情が何処か悲しげで、ヴィオラはより一層不安になった。


ヴィルヘルムはそっと呟くように言う。


「そう、それはいいんだ。――ただ、僕は結局、『子孫を残す』ことになってしまったね」

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