十五話


「素晴らしかったですわね」


水宝玉アクアマリンの瞳をうっとりとなごませたヴィオラはそう口にした。


書物を扱っていた露店の前でうっかりはぐれてしまった二人だったがなんとか合流すると、約束通り「星おどり」を見に行った。


ヴィルヘルムが予想したように、やはり観客はいかにも恋仲といった二人連れが多かったが、幸い辺りは人の顔の判別がつかない程度には暗かったので、彼らは目立たず観衆に紛れることができた。


そうだね、と相槌を打つと、男はヴィオラに問い掛ける。


「ところで、『星おどり』の由来になった神話を知っている?」


彼女は首を横に振った。


たしか、この地を守る神に奉納する舞であるということだが、なにせ今回初めて見るので、元になった物語があるというのをヴィオラは知らなかった。


確かに、一つ一つの所作や衣装、舞踊の構成に意味合いがあるのだろうという印象を受けはしたが、演劇と違って台詞せりふや演技があるわけではないので、彼女には概要は掴めなかった。


ヴィオラの様子に頷くと、ヴィルヘルムはこの神事の由来である神話について語り始めた。


――かつてこの地には、森羅万象しんらばんしょうの命を預かる一柱ひとはしらの神がいた。


名をメテムスという。


メテムスはあらゆる命を、別の命に生まれ変わらせる力を持っていた。


花を樹に、樹を蝶に、蝶を鳥にと、それは自由自在に行われた。


ある日、メテムスは人間の少女に出会った。彼女の名はサーラ。牛飼いの娘であった。


そのときサーラは、はじめて世話をした牛が売りに出され、その末路を嘆き涙を流していた。


永い時を生きる神にとって、それは他愛のないことであったが、サーラはいつまでも泣き止まない。


見かねたメテムスはその牛の命を一羽の青い小鳥に生まれ変わらせた。


姿かたちが変わっても、サーラにはその小鳥が可愛がっていた牛と同じ魂を持っていると一目でわかった。彼女はたいそう喜び、この神に感謝した。


これをきっかけに交流するようになった二人はやがて恋に落ちた。しかし神と人間では流れている時間が違う。メテムスからすればほんの一瞬うちに、サーラは死んでしまった。


すると神は、サーラを人間よりも寿命の長い鯨に生まれ変わらせた。しかしまた、彼女は程なくして死んでしまった。


今度はさらに長い時を生きる樹木に生まれ変わらせたが、やはりあっという間に枯れてしまった。


メテムスはなげいた。地上の何に生まれ変わらせても、彼女の命はあまりに短い。


神がその身体を大地に投げ出して涙していたそのとき、黄色い羽毛におおわれた小鳥が鈴を転がすような声でひとつさえずると、光の矢のごとく夜空をめがけて飛び立った。


それにつられて思わず顔を上げたとき、メテムスの目に満天の星々が映る。


神は気がついた。サーラをとこしえの命を持つ星に生まれ変わらせれば、今度こそ永遠に共に在り続けることができると。


しかし地上から遠く離れた星にしてしまえば、彼女と触れ合うことはできなくなる。


そこでメテムスはまずサーラを青い星に変えると、次に自分の胸を貫いた。


そして死の間際、最後の力を振り絞って、自らをその青い星に寄り添うように光輝く黄色い星へと生まれ変わらせたのだった。


――以上が、「星おどり」の主題である、『メテムスとサーラ』の物語である。

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