希望

マジシャン・アスカジョー

〜Prologue〜フォーマット

晴香へ


 こんな人生に巻き込んでしまったこと、そしてふたりの娘を残して先立つこと、本当にごめんなさい。何よりまだ小さい娘たちには一生拭えない心の傷を負わせてしまい申し訳なく思います。


 ウソの多かった人生らしく最後はエイプリルフールと決めていました。

 もちろんずっと娘たちと一緒にいたかった。これからも一番の友だちとして相談に乗ったり、一歩を踏み出すための勇気を与えたかった。

 その気持ちもそしてこれまでの人生も、決してエイプリルフールの悪い冗談ではありません。今から行うことも一時の感情に委ねたわけではなく、だいぶ前から真剣に検討し準備してきたことです。


 でもパパは少し早めにさよならすることにします。

 こんな自分勝手をしておいてお願いできることではありませんが、どうか娘たちにはパパは急な病気で死んだということにしておいてください。

 いつかこのウソに娘たちは気付くでしょう。しかしこのウソはわたしの名誉を守るためではなく、あくまでまだ小さな娘たちを守るためのものです。どうかエイプリルフールに免じて最後のわがままを許してください。



 誠実に、一生懸命生きてきたつもりです。

 派手なことなど望まず、いつだって家族のために静かに生きてきました。

 それが充分伝わらなかったのはわたしの落ち度です。しかし性格の不一致という言葉だけですべてを否定されるのはあまりにも釣り合いません。あなたなりの理由はたくさんあったかもしれませんが、愚痴一つこぼさず静かに耐えてきたつもりです。それなのになぜ大切な家族すら奪われなければならないのですか?これ以上何をわたしから取り立てようというのですか?


 しかしもうその答えを探し続けることも嫌になってしまいました。

 ただみんなの笑顔が見たくて自分のことなど後回しにして頑張ってきました。でもいつだって一生懸命になる方向を間違え、無自覚な何かが周りを傷つけてしまう。どうしてこうも燃費の悪い生き方なのかと吐き気がします。


 でも、人を楽しませることはそんなに悪いことですか?

 わたしの選択や人生を否定する人たち全員に問いたいです。

 あなたは全力でたったひとりでも楽しませたことがありますか、と。

 

 それでも誰かのために頑張っていたかった。

 あなたや娘たちを楽しませたかった。

 そして最後の瞬間、「みんなのおかげでいい人生だった」と伝えたかったです。

 でももうどこにも行き場所なんてありませんし誰の顔も浮かびません。

 一日生きるたびにきっちり一日分傷付く日々を閉じることにしました。

 戦い続けなければと思うことで繋ぎ止めてきたものを手放すことで、少しでもこの世界が救われたらと願います。

 


 葬式や友人などへの連絡は不要です。

 わたしが持っていた口座は全てあなたに渡しますので、いちばんお金のかからない方法で片付けてください。会社への返却物は机の上に並べてあります。家の契約関係は別にまとめておきましたのでそちらを参照してください。

 そしてすべてが済んだ後みんなで聞いてほしい曲があります。


<ドビュッシー『月の光』>

https://www.youtube.com/watch?v=otnAini4vmQ&list=RDotnAini4vmQ&start_radio=1


 辛いことがあった時よくこの曲を聞いていました。

 あなたや娘たちとの楽しかった思い出を一枚ずつめくりながら、この人生が完璧なものだと思うようにしていました。この曲を聴きながらわたしとの楽しかった時間を思い出してくれたら嬉しいです。



 今日も頑張ってよかったと思える人生にしたかった。

 しかし痛みに敏感になりすぎて、どれが耐えるべき痛みなのかも分からなくなってしまいました。


 今までありがとう。

 そして、さようなら。

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