第23話 特別な時間④

「次が最後の曲になります」


「えー!!」


「もっと聞きたい」


 葛城の宣言に残念そうな声が返ってくる。


「この曲の説明は莉愛からしてもらいます」


 スポットライトが莉愛に当たる。


「最後の曲は私が希望した曲です。この曲はある人に送る曲です」


 莉愛の視線が一瞬俺を捉える。


「…………」


 何となくはわかっていたが俺はこれまであえて聞くということはしなかった。


「皆さんは普段ありがとうとごめんなさいを正直に人に言えていますか?言えない理由は照れくさかったり、素直になれなかったり、自分の非を認められなかったりと様々あると思います」


 莉愛の言葉に会場が静まる。


「私は……言えていません。言えなかったっていうのが正しいのかな……。もし、いつか言ったらいいと思っている人がいたら今日だけでも素直に言ってみませんか?個人的な考えですが、ありがとうとごめんなさいは魔法の言葉だと思っています。誰かに想いを伝えられる魔法の言葉です。でも、その魔法の言葉には有効期限があります。その有効期限を過ぎちゃうとその言葉は伝えたい人に伝えられなくなってしまいます。正しい意味で伝えられなかったり、言葉そのものを伝えられなかったり……」


 莉愛の手に台本はない。きっと覚えてきたのだろう。


「今日はその有効期限が切れた魔法の言葉を言うためにこの曲を歌いたいと思います。では、聞いてください。『ありがとうとごめんなさいを君に』」


 俺と葛城がギターを弾き始める。この曲は有名歌手が歌った曲だ。しかし、その歌手の代表曲と聞かれても出てこない曲だ。マイナーというわけではないがそれほど有名ではないという評価をされるだろう。タイトルからは穏やかな曲をイメージする人が多いが、実際は真逆といっていい。力強く激しい曲だ。曲の速度が速くギターも難しいが、歌うのも難しい。しかし、莉愛はこの曲を歌うことを強く希望した。


(……いけっ……!!お前の想いを全部歌に乗せるんだっ……!!)


 莉愛がこの曲を送りたい人のことを知っている人はきっと俺以外誰もいないだろう。


「あの日、伝えられなかった言葉を今さらだけど送ります」


 一番前にいる人が息をのむ音が聞こえたような気がした。きっと彼だけではない。会場にいる人の多くが莉愛の歌に驚き、引き込まれているだろう。それだけ今の莉愛の声には力があった。


(…………みんな圧倒されてる……)


 これまで何度も莉愛の歌を聞いてきた俺も驚いた。これまでの練習とは全くの別人といってもいいほどに違っている。歌に魂を込めているという言葉がふさわしかった。


(お前はすげぇ奴だよ……。昔から知ってたけど)


 これだけのパフォーマンスをされて俺も負けるわけにいかない。


(俺だって……負けないぜ。この曲を最高のものに仕上げるっ……!!)


 当然楽しかった。自分がステージの上にいて一緒に演奏できていることが幸せだった。


(最高だっ。きっとこのステージは一生忘れないっ……!!)


 俺は心からバンドをやって良かったと思った。しかし、最高の時間だからこそその時間は短かった。


「ありがとうございましたっ!!」


 歌い終えた莉愛が頭を深く下げる。


「すっげ……」


「鳥肌ものだわ……」


「なんか……すごいもの見ちゃったな……」


 割れんばかりの拍手が体育館に響き渡る。


「い、以上っ。有志のステージでしたっ……!!」


 実行員の言葉を聞いた俺達は頭を深く下げる。そして、幕がゆっくりと下りていく。


「…………しゃあっ!!」


「や、やった……」


「莉愛、ヤバいって……。あんなに歌えるなら初めから言っといてよっ……」


 俺達はお互いをたたえ合う。


「ぁ……」


「おっ……」


 幕越しではあるがアンコールが大合唱される。


「あのー、アンコールいただいたのでもう1曲いいですか?」


 葛城が舞台袖の実行委員に尋ねる。


「ええっ、もちろんですっ」


 実行委員は即答だった。


「ははっ、いいのかよ。勝手に決めて……」


「いいんじゃない?この盛り上がりをみてやらないって言うのは無粋でしょ」


「だねっ。じゃあ、予定通り」


「うん。アレをやろう」


「オッケー」


 俺達は頷く。そして、幕がゆっくりと上がっていく。


「みんなー、アンコールありがとー」


 葛城が嬉しそうに感謝の気持ちを述べる。


「イエーイ」


「やったぜ」


「実行委員わかってるじゃん」


 観客も嬉しそうだった。


「実は……アンコールいただいた時用にもう1曲用意してましたー!!」


「フー!!」


「さすっすがー」


「いいぞー」


 体育館の盛り上がりは最高潮だった。


「この曲は……ドマイナー?デビューしている歌手の曲ではありません。有名な曲というわけでもありません。登録者100人もいない動画配信者が作ったオリジナルソングです。きっとみんな知らないと思います」


 葛城が曲の紹介をする。葛城が言っているように誰も知らないだろう。でも、それでいい。この曲はほぼ俺達しか知らない歌。俺達にとって特別な歌なのだ。


「聞いてくださいっ!!『ギメイでも……愛してくれますか?』」



「「「かんぱーい!!」」」


 学園祭の後、俺と莉愛と葛城は葛城の家に集まっていた。


「いやー……やり切ったね。私達」


「ああ。最高だったな……」


「うん。もう……言葉にならない……」


 集まった理由はもちろん打ち上げをするためだ。俺達の身体は疲労困憊ではあるが、気分は最高だった。


「これまで頑張ったかいあったよな……」


「うんうん。もう一度アンコールされた時は嬉しかったなー」


 アンコールを受けたのは一度ではなかった。『ギメイでも愛してくれますか?』を歌い終わった後に俺達は再びアンコールを受けた。しかし、表彰式と片付けもあるため泣く泣くアンコールを受けることはできなかった。


「でも……もう終わっちゃったね……」


「早かったような長かったような……」


「私は短かったな」


「私も」


「俺は……俺もやっぱり短かったかな」


 全員がこの1カ月を短いと思えたということはこの期間はとても充実していたということを証明しているのだろう。


「やっとまともに寝られるようになるな。それが何より嬉しい」


「ギターもうやらないの?」


「やらないってわけじゃない。たまに弾くぐらいかな」


「残念。私、もっと聞きたいな」


「また機会があればな」


 俺達はこの1カ月あったことを思い出しながら楽しく話す。しょうもないことから楽しかったことまで皆が気持ち悪いくらい覚えていた。


「終わっちゃうのが寂しいね……」


「……ああ」


「そうだね……」


 学園祭が終わってしまったという実感が湧いて生きて俺達は少し感傷的になってしまう。


「次のイベントは何かあるかなー」


「そうだなーー……。クリスマスかな」


「いいね。3人でクリスマスパーティーやろうよ」


 莉愛が食い気味に提案する。


「私は遠慮しとくよ。莉愛に悪いし」


「何で?」


「だってクリスマスは恋人のイベントでしょ」


「そんなことないよ。友達と過ごすのもクリスマスだと思うよ。私は」


「ま、考えておくよ。学園では大きなイベントってあったけ?」


「……ないな。近いのは卒業式くらいか?でも関係ないしな」


「あるよ。大切なイベントが」


「何?」


「あったか?」


「期末テスト」


「「げっ」」


 莉愛の言葉に俺と葛城は苦い顔をする。


「勉強してねぇ……」


「私もー」


「大丈夫。2人とも私が見てあげるから。テスト期間は私が鬼監督になります」


「うえぇぇ……」


「いやだぁ……」


 期末テストのことなど考えたくもなかった。


「あっ、そういえば大きなイベントといったらあれがあるな。3年生になってからだけど」


「あれ?」


「修学旅行だ」


「おおー。信賀学園はどこに行くの?」


「沖縄だよ」


「やったー」


 葛城はわかりやすくテンションが上がっていた。


「ふわぁ……」


 莉愛が欠伸をする。


「眠そうだね」


「愛依だって眠そうじゃん」


「俺も眠いよ」


 さすがに俺達にも限界がきたようだ。


「また改めて打ち上げしない?どっか外で美味しいものでも食べながら」


「そうだね……」


「それがいいな……。帰るか……」


「明日は代休だからみんなゆっくり休もうよ」


「そうするつもりだ」


「私もー。じゃあ、片付けよっか」


「いいよ。お菓子の袋とコップだけだし、私がやっとく。2人とも早く帰りなよ」


「悪いよ……」


「気にしないで。そんな手間でもないし」


「助かるよ」


 俺と莉愛はゆっくりと立ち上がる。


「じゃあ。また、明後日」


「うん。莉愛をしっかり送ってあげてね」


「わかってる」


「バイバイ」


「バイバイ」


 葛城に見送られ、俺と莉愛は葛城の家を後にした。

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