第20話 特別な時間
「じゃあ、後は頼むな」
学園祭1日目の昼過ぎ、俺と莉愛と葛城は交代する三峰と高見と話していた。
「こっちは問題ないから心配しないで。最悪、高見をこき使うし」
「おいっ!!」
「どちらかといえば問題はそっちだよ。リハーサルは……大失敗だったし、生駒は体調不良。大丈夫なの?」
「俺の体調は大丈夫だ」
俺の体調は本調子には程遠いが、動けるまでには回復していた。あとでぶりかえすかもしれないが、それはどうでもいい。
「ステージは……正直わからん。でも、成功させるために練習するんだ」
「そうだね。ステージの成功を心から祈ってるよ」
「楽しみにしてるぞ」
「馬鹿っ。あんたはそんなプレッシャーをかけること言うんじゃないの」
「はは……」
三峰と高見の夫婦漫才を見て思わず、笑みがこぼれる。
「じゃあな」
「遅刻だけはしないでね。あんたらがいなかったら表彰式まで時間潰せないんだから」
「わかってる」
俺達は移動を始める。学園祭ということもあって、学園は騒がしく人も多い。
「ウチの学園祭って盛り上がるんだねー」
「ああ。でも、今年は諦めてくれ」
「わかってるって」
「じゃあ、来年は私と幸一君と愛依の3人で回ろうよ」
莉愛は明るく提案をする。
「あ、ああ……。そうだな」
「莉愛、ナイスアイディア!!」
「ま、今はとにかく練習だ。さっさと葛城の家に行こう」
俺達には未来を見ている余裕はない。俺達が見ないといけないのは明日だ。
「今日は徹夜で練習するぞ」
「うん」
「わかってる」
明日が地獄になる可能性もあるのに、俺達はなんだか楽しかった。学園祭テンションというやつだろうか。
◇
「大丈夫そうだね」
「ああ。昨日の夕方からは結構体調マシだったから練習できたし」
葛城の家で数時間練習を重ねて、俺は一安心していた。全然弾けないようになったら終わりだった。
「ね、愛依。幸一君にアレを伝えておかない?」
「そうだね。時間も時間だし」
莉愛と葛城は何やらニヤニヤ話す。
「アレ?」
「うん。莉愛には3日前に話してる」
「あっそ……。というか気になってたんだけど、2人は名前で呼び合うようになったんだな」
朝から気づいてはいたが、聞くタイミングを逃してしまっていた。
「うん。2人で練習する間に仲良くなったから。ね?」
「うん」
「ま、いいけど……」
2人の仲が良くなることに関して文句などあるはずもなかった。
「で、アレって何なの?」
「アレとは……アンコール用があった時のための曲っ!!」
「……えっ、今から練習するのか?もう半日しかないぞ」
「大丈夫だって。だって生駒君も知ってる曲だから」
「ふーん、何の曲?」
「『ギメイでも愛してくれますか?』」
「………………」
俺は固まる。
「………………それって……葛城が歌うのか?」
「当たり前じゃん。3人でやらないと意味ないよ」
「それは……そうなんだけど……」
「これまでの3曲に比べて難しい曲じゃないでしょ?」
「それは……確かにそうなんだけど……」
葛城が作った曲ということでステージで演奏する3曲に比べると『ギメイでも愛してくれますか?』の難易度は格段に低い。曲のメロディーは覚えているし、ここから練習すればある程度弾けるようになるだろう。しかし、俺が問題視しているのはそこではなかった。
「アンコール受けた時にする曲ってってもう一度盛り上がった曲をしたり、みんなが知ってる曲にするべきなんじゃないか?」
曲を用意しておくということ事態は別に良かった。問題はその曲だ。
(……まさか葛城の奴、自分のことを宣伝するつもりなのか?)
おそらく葛城は莉愛に自分が義冥であることは言っていない。もしも莉愛がこのことを知っていたら先程何か口を挟むだろう。
「別にいいじゃん。自分たちが楽しめればいいんだし」
「…………」
まさか3日前の発言がこんな形でブーメランになって返ってくるとは思わなかった。
「そんなにダメ?」
「いや……ダメっていうより……」
俺は言葉を止める。観客を置いてきぼりにするなという言葉はブーメランすぎるためさすがに言えなかった。
「お前はどうなんだ?」
「えっ、私?」
莉愛が意外そうな顔をする。
「歌うつもりだよ」
「…………3日前に知ってるってことは歌詞とか……メロディーとかも知ってるんだろ?」
「……うん」
「お前は……本当にいいのか?」
「もちろん。私は
「…………ああ、わかった」
2人がやると言っている以上、俺もやるしかないだろう。それにこれ以外の曲を今から練習して弾けるようになれるとは思えなかった。
「よし……決まり。さっそく練習しよ」
「ちょっと待ってくれよ。聞いたことはあっても弾いたことはないんだって……」
そんなを無視して葛城は音源を流し始める。
「マジかよっ……!!ああっ……もうっ、やってやるよっ!!」
「ふふっ……」
「ははっ」
ヤケクソ気味にギターを弾き始めた俺を見て、2人が笑う。俺も笑っていた。まさに青春だった。きっと一生忘れることがない思い出になる。たとえ明日のステージがどんなにボロボロでも。
「ははははっ」
俺も笑う。いつ以来だろうか。難しいことめんどくさいことを忘れ、心から笑うのは。俺は楽しいと感じると同時に怖かった。どんなに楽しくてもこの時間は終わりに近づいているということ。正確にはあと半日だ。
(この楽しい時間が……ずっと続けばいいのに……)
時間が止まることはないということはわかっていながら、そんなことを願ってしまう。きっと俺だけではない。莉愛と葛城も同じことを願っているはずだ。
(いや……今はただ楽しもう……。この楽しい時を……)
◇
「へー、葛城にしてはいいセンスしてんじゃん」
「ヒドっ……」
「うん。カッコいいね。このTシャツ」
翌日の文化祭2日目の昼過ぎ、俺達は葛城が用意したという衣装を着ていた。
「この
「うん。お洒落じゃない?」
葛城が用意したのは墨絵で植物の鬼灯の絵と文字が書かれたオレンジ色のTシャツだった。下は各自が用意したジーンズでかなりシンプルだったが、バンドマンらしいといえばバンドマンらしかった。
「おしゃ……?そ、そうだね……」
「もっとヤバい衣装を着せられると思ってたからホッとしたよ」
「どんな衣装を用意すると思ってたの?」
「トゲトゲの肩パットがついたやつにリーゼントのかつらとか」
「私達はメタルバンドじゃないんだから、そんなの用意するわけないじゃん」
「……いや、メタルバンドならさせてたのかよ……」
俺達がメタルバンドではなくて良かったと心から思えた。
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
「うん」
俺達は葛城の家を出る。俺達のステージは約2時間後だ。ゆっくり学園に向かっても十分に時間がある。
「…………」
「どうしたの?忘れ物でもした?」
俺が家を眺めていると葛城が声をかけてくる。
「いや、ない」
「じゃあ、どうして家を眺めてたの?」
「……少し寂しいなって思っただけだ」
「寂しい?」
「ああ。この2週間くらいずっと通ってたからな」
「別にまた来たらいいじゃん。2人ならいつでも歓迎するよ」
「そりゃ来ることはできるけどさ、やっぱりこの2週間の特別感はないと思うんだよな」
俺にとってこの2週間は特別なものになった。きっと普通に来ても同じ気持ちにはなれない。
「わかるかも」
「莉愛も?」
「うん。だって、すごく楽しかったんだもん。きっと目標に向けて心を1つにしてやったから特別なものになったんだよ」
莉愛は恥ずかしげもなく歯の浮くような言葉を述べる。
「……そうだね。私にとってもこの2週間はかけがえのないものになった」
俺達は3人で葛城の家を眺める。
「ね。また3人で何かしようよ。別にバンドじゃなくてもいいし」
「そうだな」
「うんっ!!絶対にしよっ!!」
自然と笑みが浮かぶ。特別な2週間を過ごした俺達は間違いなく特別な仲間になった。
「さっ、いこっ!!」
「ああっ!!」
「おー!!」
俺達は歩き始めた。
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