第19話 fear③

「次は……わかってるよな?『葛城 愛依』」


 吉野さんへの説教が終わり、私の名前が呼ばれる。生駒君の声は吉野さん時と比べて穏やかではあった。


「最初に言っておく。お前には失望した」


 吉野さんは怒りだったが、私には失望だったから声がさきほどに比べて穏やかなのかもしれない。


「お前のことは心配してなかったよ。だって、このバンドはお前が始めたバンドだ。言い出したからには人前でやる覚悟ができてるのかと思ってたから。何だこれは?本当にやる気あるのか?」


「……………」


「お前さ、あの日言ったよな?1人でもやるつもりだったって」


「…………うん」


「なんだよ、これ?お前の覚悟ってこんなもんだったの?」


「…………」


 反論ができない。自分でも覚悟の甘さを感じていたからだ。


「1人でもやるつもりだって堂々と宣言した時、俺はお前のことスゲーカッコいいって思ったよ。自分の好きなこと本気でやってんだって。あの時の俺の気持ち返してもらいたいわ」


 生駒君の言葉がグサリと刺さる。それは自分でも想像以上に効いた。


「おまえ、今日逃げたよな?」


「っ……!!」


 それは私が一番言われたくなかった言葉だった。


「1分も弾かずに演奏止めたよな?お前、俺に『逃げるな。根性無し』って言ったこと覚えてるか?」


「…………覚えてる」


「そっくりそのまま返すわ。逃げるな。根性無し」


 過去の発言がブーメランとなって自身に刺さる。


「あと、俺の諦めが早いところが嫌いって言ってたな。いやー、そんなことを言う人がステージにビビッて1分で止めるとはなぁ……。不思議なこともあるもんだ」


「…………そういえば言ったね……」


「ま、それは今はいいわ。とりあえず今俺が聞きたいのは1つだ。お前さ……本番やれんの?」


「…………それは……」


「そこはやれると即答しろよ。一度ステージでやらかしたらもうできないのか?」


「お前、リハーサルで何にビビったの?まさか観客か?」


「…………うん」


「本番はもっと人が多いんだぞ。できるんのか?」


「……………わかってる」


「違え。そんなこと聞いてねえ。聞いてんのは本番できるのかってことだ」


「………………」


 できると答えなければいけないのに私の言葉がでなかった。吉野さんは絶対に仕上げると言った。私も言わなければいけないなのに答えられなかった。


「……なあ、葛城。お前、今楽しいか?」


「楽しく……ない」


「だろうな。最初に俺を勧誘する時、自分が楽しめればいいって言ってたよな?上手い演奏は求めてないって」


「……うん」


「気にしてるよな?観客のこと?」


「……しちゃうに決まってるっ!!あんな期待に満ちた目をされて、意識しないなんてことできるわけないじゃん!!」


「そんなの関係ねえだろ」


「えっ……」


「確かに見ている人は俺達に上手い演奏を求めてるかもしれない。けど、それと俺達が上手い演奏をしないといけないことは関係ないだろ」


「!!」


「俺達は俺達が楽しめればそれでいいだろ?別に芸術性を求められているわけでもないし、盛り上げることを求められているわけじゃない。自分たちが一番気持ち良くなれるようにしたらいいじゃねえか?そうだろ?」


「………………」


「お前は誰のために音楽をやってんだ?お前のためだろ?だったら周りの目なんか気にしないでやればいいじゃねえか」


「……そうだね……」


「少なくとも俺はそうするぜ。当日はステージ上で俺はこんなにギター弾けるんだぞって、自分で自分に酔うつもりだ。周りが下手だと感じても自分が満足すればそれでいいだろ?俺、間違ったこと言ってるか?」


「…………ふふ……ふははっ……はははははっ……」


 私は笑い声が止まらなかった。そうだ。生駒君の言う通りだ。私は一体何をやっていたのだろうか。


「あー……馬鹿らし……。何で私、観客のこと考えてたんだろ」


 私の中で何かが砕けた。それが何かなのかは確かめる必要もないし、知りたいとも思わない。


「ありがとう、生駒君。私、目が覚めたよ」


「なら、いい。あ、そうだ。悪いが、2人とも学園祭は遊べないから」


「「えっ……」」


 突然の話に私と吉野さんはついていけない。


「三峰にお願いして屋台の当番、俺達は学園祭の1日目の14時までぶっ通しで入る。その後、葛城の家でステージギリギリまで練習するぞ」


「それって……シフトを変えてもらったってこと?」


「そういうことだ」


「めちゃくちゃだよ……」


「あのな……三峰めちゃくちゃ心配してたんだぞ。後で電話しておけよ」


「……うん。わかった」


「ということだ。俺は2日で身体を治すから2人も仕上げておけよ」


「もちろん。というか、生駒君の方こそ大丈夫?腕が鈍るんじゃないの?」


「ふっ、もう大丈夫みたいだな」


 生駒君の顔は見えないが、彼の笑みが想像できた。


「10時間は無理かもしれないができるだけ練習をしておくつもりだ。本番で1分持たない奴に言われたくないけど」


「んっ……。じゃあ、切るぞ」


「うん。ありがとう」


「幸一君、あんまり無茶しちゃダメだよ」


「わかってる。じゃあな」


 そこで通話は終わった。時間にしてはそう長くはないが、私達の気持ちを高ぶらせるには十分だった。


「ね。今日はどうする?帰る?」


「ううん。練習したい気分になっちゃった」


「ふふっ、奇遇だね。私も」


 私達は笑い合う。


「にしても吉野さんの彼氏ってひどい人だね」


「……ははっ、いつもはあんな感じじゃないんだけどね……。ま、私達を奮い立たせる意味もあったのかもしれないけど、ヒドイ言い方だったね」


「ね。言い過ぎ。確かにリハーサルで失敗したのは私達だけど、でもリハーサルに来なかった生駒君があんなに言うのは少し違う気がする」

 

 仮に生駒君がリハーサルに来て、1人だけしっかりとギターを弾けていれば先程の言葉はもっともだろう。しかし、彼は来ていないのだ。


「確かにね。もしも幸一君が来てたらどうなってたかな?」


 吉野さんはありえたかもしれない話をする。


「案外私達と一緒だったりして」


「どうだろ……?幸一君文句は結構言うけど、やる時はやるんだよね。それに本番には強いタイプだし、アドリブもきくんだよね」


「そうなんだ。意外」


「でも……結果的に来なくて良かったかもね。最悪3人ともメンタルやられてバンドが終わっていたかもしれないし」


「そうだね」


 そう考えると最悪のパターンは避けられたのかもしれない。


「あと、たぶん幸一君、無理してたよ」


「えっ……」


「言葉もだけど、体調良くなさそうだった。特に最後の方とか」


「…………」


「私、最悪幸一君が来なくてもやるよ。もう大丈夫」


 吉野さんの言葉は心強かった。


「うん。私もやる。2人でもやろう。さ、練習だ」


 私達は地下室に向かった。



「今日、いつもよりノってない?」


「そうかも。葛城さんもじゃない?」


「……うん」


 私達は笑い合う。まるでリハーサルの失敗が嘘のようだった。


「今日はこれくらいにしよう。もう4時間経ったし」


「まだまだいけるよ」


「私達ギターはいいけど、歌は喉を潰す恐れがあるからダメ。今、吉野さんに喉を潰されちゃ困る」


「わかった。そうするよ」


「家でゆっくり寝て身体休めてね」


「はーい」


 短い時間ではあるが、私と吉野さんの距離は今日でずっと縮まったように感じる。


「あっ、そうだ。1つ話したいことがあったんだ」


「何?」


「生駒君にはまだ黙っていて欲しいんだけどいいかな?」


「うん……。わかった」


 私は一枚の紙を吉野さんに渡す。


「これって……曲?」


 それはとある曲の楽譜だった。


「あるかわかんないことを心配してもあれなんだけど……。これはアンコールがあった時のための曲」


「いい……」


「え……」


「すごくいいっ!!」


 吉野さんはわかりやすく興奮していた。その様子に私は思わず笑ってしまう。


「あ……でも、私……楽譜読めないんだけど」


「この人の動画を見て」


 私は自分のスマートフォンの動画を見せる。


「義……冥……?変わった名前だね……」


「……あっ、はは……」


 素直な性格の吉野さんは正直な感想を口にする。吉野さんは自分のスマートフォンで動画を再生する。


「すごく綺麗な声……。髪の毛、地毛なのかな……?」


 バレたらどうしようかと少しひやひやしたが、どうやらバレなかったようだ。金髪に濃い目の化粧のおかげだろう。


「どうだろ?でも、顔つきは日本人っぽいけど」


「とにかく聞き込んでおくね。でも、これ……やる可能性があるなら幸一君に言っておいた方が良くない?」


 私達は地下を出て玄関に向かう。


「あんまり無茶させたくないからね」


「確かにやるってなるなら練習するかも……」


「絶対する。生駒君はこの曲は好きって言ってたから頭には入ってると思う。そんなに難しくないし、土曜日に練習すれば弾けるようになると思うよ」


「…………そっか。わかった。黙っておくね」


「お願い」


「じゃあ、私帰るね」


「うん。また明日」

 

「また明日」


 私は吉野さんを見送る。


「さて……私も今日は休むか……」


 練習するという選択肢もあったが、今身体を壊すことはできない。それは3人でステージを成功させたいからという思いがあったからだ。

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