第27話 覚醒


 桜の木の幹に手を当てたまま、大佑は自身の腹の奥の光に集中した。

 大佑の手の上に重ねられた浅羽の手の温もりが、腹の奥の光を更に導いているかの様に熱を持ち始める。


「もう少しだ。頑張れ、夏川」


 真言の合間に囁かれる浅羽の声が、不思議とスッと身体の中へ染み渡るのが分かる。

 きっと、これが言霊というのだろう。と、大佑は頭の隅で思った。


 浅羽の声に励まされ、大佑は更にグッと腹の奥に意識を集中させると、自分の奥底にある一際大きな光を見つけた。


 あ、と思うと同時に「来た!」と、浅羽の期待が込められているが、押さえた声が耳に届く。


 腹の奥底の光が、引き摺り出されるような、這い上がるような。得体の知れない力が、自分の中から溢れ出す。だが、大佑はそれを恐怖とは感じなかった。


 押し隠されていた、本来の自分が目醒める感覚。

 

「これは……!」


 大佑の全身から溢れる光に、巳黒が目を見開き、喜びの余り大きく口角を引き上げる。


「やっぱり、化蛇様の言った通りだ……」

「やっぱり、お前達は化蛇の使い魔か」


 巳黒が、その声にハッと気付いた様に振り向くも、すぐににやけ顔を戻る。


 火崇がいつの間にか、巳黒に向かって戦闘態勢を取っている。チラリと視線を走らせれば、いつの間にやら、やられたのか巳白が倒れていた。巳黒はチッと割れた舌先で音を鳴らす。


「ならば、どうしたという」

「高尾の天狗殿への土産にする。白と黒の蛇皮を献饌けんせんすれば、あの気高い天狗殿も喜ばれるだろうからな」

「勝手を言ってくれるねぇ。だが、そろそろ本気で終わらせようか。俺達も、そんなに暇じゃぁ無いんでね」

「それなら、オレ達も朱陽様が来る前に、さっさと終わらせましょう、火崇様」


 火崇と清宮が巳黒を相手にしている間、浅羽は多少の焦りを感じていた。


(これだけの通力とは……。夏川の力に引っ張られて飲み込まれそうだ……。僕が持たないかも……。いや、弱気になるな、自分! 僕はやれる! 負けるな!)

 

 通力の制御が出来ていない大佑の力を、浅羽は必死に自身の通力と併せ、桜の木に注いでいく。大佑の両親の顔色が、だいぶ血色の良い色に染まりだした。だが、油断は出来ない。


「もう少し……ゆっくり……焦るな、大丈夫だ……」


 浅羽は自身に言った言葉だったが、大佑にも響いた。意識の向こう側にいた大佑は、浅羽の声に浮上する。

 静かに、ゆっくりと両の目を開けば……。

 

 自身の身体から流れ出る光り。

 きっと人は、これを『オーラ』と呼ぶだろうか。しかし大佑は、自身が纏う光にオーラにしては、随分と存在感がありすぎて、自分が自分ではないとすら感じていた。


(いや、違う……。んだ……)


 もう一つ、自分の分身があるような。

 もう一つ、自分の魂が、どこかにあるような。


 頭の隅で、そんな事を思いつつ、大佑は重ねられた浅羽の手を退けた。


「夏川……?」


 浅羽は大佑の顔を見て、顔を強張らせた。ここでは無い何処かを見ている瞳。その横顔は、自分が知る同級生としての友達の顔では無かった。

 いや、正しくは大佑だ。しかし、纏う光のせいか大佑自身が放つ空気が、別人の様であった。


 大佑は、ゆっくりと両親の前に膝をつき、胸に刺さった枝に触れる。そして、桜の木を見上げ、呟いた。


「ちょっと、退けてくれないか」


 大佑の言葉に、空へと向かい大きく広がる枝が、風もないのに武者震いのように揺れる。

 

「なぁ、頼むよ」


 その声には、秘められた怒りが感じ取れる。

 隣にいた浅羽は、ぶわりと鳥肌が立つのが分かった。


(こいつは、夏川であって、夏川じゃ……ない)


 ゴクリと生唾を飲み込んで、大佑の様子を、動きを、全て見逃すまいと、凝視する。



 その背後では、火崇と清宮が巳黒に苦戦をしていた。が、押しているのは火崇達だった。火崇が素早く大佑達へ視線を向けたが、すぐに巳黒へ戻す。

 桜の木に向かって話している大佑の様子が、何か変な気がした。が、その違和感が何なのか。ただ、この蛇との戦闘をこのまま続ける訳にはいかない。火崇は清宮を向く事なく言う。


「次で決めるぞ」

「はい!」

「援護しろ! 行くぞ!」

「はい!」



 桜の枝が、ゆっくりと両親の胸から抜けていく。


(真言を唱えることも無く、こんなこと……)


 浅羽は、いま見ている全てが嘘だと言いたくなるほど、信じられない光景を見ていた。


 枝が抜けると、大佑は両親の胸に自身の手を近寄せ【真言】ではない、を呟いた。


「元に戻れ」


 鮮血が滴る胸元が、見る見るうちに塞がっていく。

 浅羽は、もう何が起きているのかと、無言のまま小さく首を横に振った。


「もう大丈夫。ゆっくり起きて……」


 両親の耳ともに囁けば、大佑はそっと二人から身体を離す。


「浅羽。少しの間、両親を頼んでいいかな」


 不意に声を掛けられた浅羽は、「え、」と戸惑いのある声を出したが、すぐに「わかった」と返事をする。


 大佑は徐に立ち上がり、ゆっくり振り向いた。

 巳黒はだいぶ押されているが、どうにか攻防を繰り返している。


 大佑は右腕をスッと前に突き出す。


「お前達のことは、許さない」


 平坦な声で放たれた言葉は、なんの温度も感じない。怒りも、憎しみも。何も。だからこそ、全員の耳に届いた。


「世話役殿!」


 大佑の身体に纏う光が右腕に集まる。


「爆ぜろ」


 呟きと同時に、光の玉が巳黒に向かって放たれる。その光を避ける間もなく巳黒の左半身が焼け焦げ、人間の皮が消え、蛇肌を覗かせた。


「……ヤバい……」


 巳黒が零した言葉に、誰もが心の中で同意したが声はない。


 再び大佑が光の玉を放とうと、右腕に光が集まる様子を見て、巳黒は素早く火崇と清宮の間を抜けて巳白を抱き上げると、そのまま煙幕を立てて消えた。


「しまった! 逃した!!」



 全員が大佑に注目していた事を利用して、巳黒は巳白を抱えて逃げ出した。

 だが……。


「あははははは!! アイツだ! アイツで間違いない!! アイツだ!! アイツがだ!! 化蛇様が言っていた通りだ!! 凄い! 凄い凄い凄い凄い!! アイツが欲しい! 欲しい欲しい欲しい欲しい!!! 絶対、絶対手に入れてやる!! あはははは!!」


 左半身を負傷しながらも、右肩に気絶した巳白を担ぎ、巳黒は奇声を上げながら闇に溶ける様に消えていった――。

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