第26話 大蛇

 朱陽はグッと奥歯を噛み締め、傷付いた様に顔を歪めた。


『そういう顔を、ずっと見たかった。朱陽に見捨てられたと知った時の俺の失望感……。そして、朱陽にとって俺の存在とは、その程度であったとわかった時の絶望感は、そんなもんじゃ無かったがな』


 シュルルと舌を鳴らした音が、大蛇と化した大介の姿から朱陽の脳内へ声となって響く。


『この百年。俺の手で、お前が踠き苦しむ姿を何度、夢見た事か』


 右へ左へと、その身をゆるゆる動かしながら、ゆっくりと朱陽の前に進み出る。

 言葉どころか声も出ない朱陽は、表情の読み取れない大蛇の顔を苦しげに見つめるばかりだ。

 白とも灰色ともつかない蛇肌は、街灯の明かりが当たり、時折、金色に見え、玉虫の様に艶めいている。

 縦長の赤い瞳の瞳孔は金色で、鋭い光を宿しており、その姿からは到底、元は大介の姿であったとは思えないものだ。


『俺をこんな風にしたのは、お前のせいだ。俺は世話係なんて望んでいなかった。なのに、天狗という神は、俺を世話係などに勝手に祭り上げ、死に損ないは不要だと焼き捨てたのだ!』

「それは違う!!」


 朱陽は身動き出来ないまま、大蛇姿の大介を、ただただ悲しげに見つめる。その瞳には、薄っすらと涙が浮かんで見え、大蛇がスッと目を細めた。


「それは違う、大介……」

『フッ……。これは何とも愉快だなぁ。あの朱陽が、涙を溜めているとは。不要だと焼き捨てようとして、生きていたと分かると、今度は泣き落としでもしようと言うのか?』


 ゆるゆると左右に首を振る朱陽の頬に、一筋の涙が零れ落ちる。

 

「違う。違うんだ……」

『違う? 何がだ。現実、俺はもう人ではない。人の姿をした妖だ。世話係どころか神使にもなれやしない。何故、こんな風になったと思う?』

「……化蛇かだと【番】になったからだろ……」


 消え入りそうな声が大介に届けば、それをシャルルと笑う。


『そんな事を言っているんじゃない。それは結果だ。さっきも言ったろ? 俺はな、朱陽。俺と【番】になる約束をしておきながら、そこまで俺を求め、大事だと言ったくせに、死に損ないと分かった途端に捨て置いたお前に、心底失望したんだよ。俺が目を覚ました後には、お前はもう、あの社には居なかった……』

「私は、化蛇かだに嵌められ、海底に封じられていたんだ!」

『あの頃の化蛇に!』


 朱陽の言葉を遮り、大介は声を上げる。朱陽が口を噤めば、大介は視線を鋭くさせ細い舌をシュッと鳴らす。


『そんな、神になせる業が出来ると、本気で思っているのか? 今でなら、あり得る。なんせ、俺の【番】だからな。だが、百年前の化蛇は、まだ子供同然だ……』


 ポツリ、ポツリと空から雫が落ちてくる。朱陽の涙を、空が代わりに受け取ったのか、徐々に雨足が強くなり出した。

 

『さぁ、朱陽。お話はそろそろ終わりにしよう』


 大蛇姿の大介が、一気に距離を詰めて来ようとした、その時。


 上空から、一閃の光が大蛇に向かって落ちて来た。


「朱陽! 何をもたもたしておる!」


 その声に、朱陽が空を見上げれば、大きな翼を広げ、上空で留まる天狗が一人。


「……栃木の雷神らいじんの……」

「久しぶりだのぉ! 朱陽!」

『邪魔をするな!』


 大蛇の大介が、勢いをつけて朱陽へ飛べば、今度は金色銀色の光に邪魔をされる。大蛇がその光から飛び跳ねる様に仰け反り、後ろへ下がる。


『朱陽様! ご無事でございますか!』

『朱陽様、あの巨大な蛇は……』


 人の背よりも巨大な蛇に、シロガネが訊ねる。すると、その言葉に大蛇が答えた。


『久しいなぁ、シロガネ。コガネは、随分と大きくなったなぁ』


 大蛇から発せられた言葉に、シロガネとコガネが首を低くして構える。

 

『……その声は、まさか大介……様……?』


 シロガネの回答に、大蛇は嬉しそうにシュルルと舌を鳴らし『そうだ』と答えたのだった……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る