求愛

※男女のが苦手な人は御遠慮ください。


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 ギルドに来た教会の依頼内容はこうだ。


 帝都教会の総本山・サン・マグダラ大聖堂の教皇様が、逃亡した忌子の捜索をしている。街の誰かが、その忌子の風貌と似た女性と俺が、一緒に居るところを目撃したのだそうだ。確認したいので、教会まで来て欲しい、と言うものだ。


 教皇と言うのは、帝国でもとても大きな権力を持っている。もし、教会に隠し立てするような行為が発覚すれば、どんな大きな冒険者ギルドとて、一捻りで潰せるくらいの力がある。

 当然ギルド長は、教会に逆らうなんて事は、微塵も考えてはいないだろう。


 俺は押し黙り、しばしの沈黙を続けた。


 ノートは終始震えている。


 ……。


「返答はいい。既に私は教会に快諾しているのだど。明日、ノートくんと教会へ行って欲しいんだど。否応もないのだ、解って欲しいんだど、ルカくん?」

「……」

「教会が提示している依頼料の半分はキミにくれてやるど、ルカくん」

「……わかりました。その代わり、先払いでくれますか?」


 ギルド長は少し考えて。


「わかったど。直ぐに用意するで。この後、受付へ寄って、討伐依頼の報酬と、素材買い取りの金を渡す時に一緒に用意してやるど。今日はもう遅いので、宿でゆっくりと休むが良いで。報酬のオマケだど」

「ありがとうございます」


 ノートの表情が消えた。


 もう視線の先には何も映って無いようで、どこを見ているのか視点が定まらないでいる。


 俺はノートの手を引いて、ギルド長の部屋を出た。


 俺たちが部屋を出たあと、ギルド長のロベルトさんが、俺たちの座っていたソファを見て、怪訝な顔をしていた。肌触りの良い毛並みの毛皮のソファが変色している。


 そりゃあ、ミミックの唾液を滝壺で洗い流した、俺たちの座っていたソファは、グショグショに濡れているだろう。俺は確認したのに、座れと言ったのだから仕方なかったのだ。俺たちは悪くない。


 受付で受け取るものを受け取って、俺たちはギルドを出た。


 ロベルトさんが用意してくれた宿屋はギルドの目と鼻の先。つまり監視付き、と言うことらしい。俺とノートはギルドを出たあと、何も会話を交わしていない。

 

 ノートの心が、手から伝わってくる。


 黒く、どろりとして、気持ち悪い。


 宿の前で立ち止まる。


 ノートが動かなくなった。


 俺は軽くノートの手を引くが、一向に動こうとはしない。


 そうして、宿の外でノートとふたり、突っ立っていた。


「ノート……」

「……」

「宿に着いたよ」

「……」


 かける言葉がない。


 夕方とは言え、街の人通りはそれなりにある。通りを行く人の、視線が俺たちに突き刺さる。


──ガチャリ……


「おや、どうしたんだい?」


 宿の女主人がドアを開けて出て来た。


「君たちはロベルトさんの言っていた、ノートちゃんとルカくんかい?」

「……はい」

「そんなところで突っ立ってないで、中にお入んなさい。温かい料理を用意してあるよ?

 もちろん、お代はいらない。ギルドからたっぷり貰っているから、君たちは何も心配することはないんだからね?」

「……ノートが、入りたがらないんです」

「おやおや、ノートちゃん? とっても甘〜いお菓子も用意してあるんだよ? 食べたくないかい?」


 ノートは何も言わないし、首も動かさない。


「……ほら、今日はもう遅いし、帰るところもないだろ?」

「……」


 本当はノートの気持ちはわかっている。俺だってバカじゃない。こんな宿に泊まりたくなんてないし、食事だってお店が良いに決まってる。


 でも、ノートが何も言わないのは、自分でもどうしようもない事だと解っていて、受け入れなければならない理不尽だと解っている、そう言うことなのだろう。


「ノート?」

「……ルカ」

「……ん」

「今日……」

「……ん」

「ルカと一緒に寝ていい?」

「……ん、いいよ」

「……」


 ノートは黙ってひとつ頷くと、俺の手を握りしめた。 


 俺たちは宿に入ると、女主人に食事を勧められたが、それを断り、部屋に食事を運んでくれるように割増料金を払い、今日泊まる部屋を案内してもらった。


 ノートはスープをひと口ふた口食べると、スプーンを置いた。


「……もう、食べないのか?」

「うん。美味しくない。ルカのスープが良かった……」

「そっか……」

「うん……」

「ごめんな?」

「ううん……いい」


 宿の料理は確かにそんなに美味しいものではなかったが、不味いわけでもなかった。


「先に身体洗ってベッドに行ってる……」

「う、うん……」


 ノートは、そう言い残して席をたった。


 俺も食欲があるわけではない。ノートが居なくなると余計に味気無い食事に思える。確かに先日ふたりで食べたタダメシが、とても美味しいものに思えてきた。


 ノートとはまだ会ったばかりだと言うのに、早くも依存し始めているのだろうか?


 俺は残してしまった食事を宿の厨房に持って行き、女主人に謝罪した。女主人は笑って許してくれたが、ほとんど手付かずの食事を見て、少し眉を下げた。俺はひとつお辞儀をして、厨房を後にした。


 部屋に戻り、薄暗い部屋でタライに張ったお湯で身体を綺麗に拭うと、寝間着に着替えてベッドへ向かう。


「ノート?」

「……ん」

「灯り、消すぞ?」

「……ん」


 俺は部屋のロウソクの灯を消すと、ノートの待つベッドへと入った。


 温かい。


「……ノート?」


 わかってる。


「……ん」


 俺だってバカじゃない。


「……明日」


 ノートの気持ちくらいは、理解出来るつもりだ。


「……ん」


 本当はそう。


「……俺と一緒に」


 自分に言い聞かせたいだけだと言うことを。


「……」


 何もわかっちゃいないことを。


「逃げないか?」


 俺が一番わかっている。


「っ!?」


 父ちゃんは強かった。


「教会なんて行かせないよ?」


 俺はまだ父ちゃんには及ばないだろう。


「ルカ……?」


 だけど。


「俺がまもってやる」


 そうだ、俺がまもってやらなくちゃ。


 父ちゃんが、俺にそうしてくれたように……。


 俺の顔を見るノート。


「る……かぁ……ひぐっ……」


 俺の名前を呼ぶ声は、嗚咽を含む。


 部屋に入ってくるカーテン越しの月明かりが、ノートの顔をぼんやりと映し出す。


 彼女の目もとにきらめく水滴が、ひとつ、またひとつと、こぼれ落ちた。


 俺が、その全てを優しく包みこんでやると、ノートはそれに任せて俺の身体にしがみつく。


 ノートの肌のぬくもりが、寝間着の無い箇所から直接伝わってくる。


 俺はノートを抱き寄せて、頭を撫でた。


「ルカ……?」


 言いながらも、声は震えている。


「ん?」

「私……」


 頬を水滴で濡らしながら、俺を仰ぎ見る。


「ルカのジャマ……じゃない?」


 頭を優しく撫でて。


「ないよ?」


 ひっく、と鼻を鳴らすノート。


「ほんと?」


 ノートの顔を両手で包みこんで、目をまっすぐに見て、言う。


「本当だ。ノートはジャマなんかじゃない」


 そう答えると、ノートの額に唇をつけた。


「うっ……うえぇ……るかあああああああぁぁ……」


 あふれる、なみだが温かい。


「ずっとそばにいていい。俺がお前をまもってやる……俺が」


 俺が死ぬまで。


「ノートをまもってやる!」


 ノートが俺にのしかかる。


「んっ……」唇をかさねてくる。


 俺の寝間着の中に潜り込むように。


 小さな身体を。


 小さな命を。


 俺に丸ごと預けるように。


 俺の中に飛び込んでくる。


「ルカ……ルカ、ルカ……」


 ノートの身体が熱い。


 俺の唇に、何度も自分の唇を押し当てて、何度も、何度も、何度も、俺の名前を呼んだ。


 ノートもオレに触れる。


「ルカ……」


 俺は途端に恥ずかしくなって、視線を逸らした。


 ノートが、俺の手をとって、自分へと導いていく。


 とても熱く、俺の指先を濡らすノート。


 ノートは顔を赤くして俯き、もじもじと、その身を捻じる。


 俺がノートの形を、指でなぞって確かめると、身体が跳ねて、声が漏れる。


「ルカ……」

「ん……」

「欲しい……」

「俺も欲しい……」


 ノートが耳まで真っ赤にした顔で、俺を見上げてくる。


 可愛い。


 女と言うものは、こんなにも可愛く、そして愛おしいものなのか。


 これは、ニカ姉さんの時には無かった感情だ。胸の奥が熱く、とろり、と溶けてくる。


 これが感情なのか、衝動なのかわからない。


 わからないが、止まらない。


 抗えない。


 ノートの唇に自分の唇をかさねてみた。


「んっ……」柔らかくて、しっとりとしている。可愛い。


 首元にキスを。


「んっ……」……可愛い。


 首に何度もキスをして、彼女の首元を下ってゆく。


「はっ……」……可愛い。


 小さなさくらんぼを口に含む。声をあげて身体を反らして脚を絡めてくる。


 ……愛おしい。


「るかぁ……」……もっと呼んで欲しい。いや、呼ばせたい!


 ノートがまたオレに触れる。


 その形を確かめるように、優しく、細い指先で、なぞってゆく。


 両手で優しく包みこんで、月明かりに照らし、じっと眺めて、口づけをした。


 刹那。


 過去に経験のない衝撃が、俺の身体を突き抜けた。


「ノート……」途端にノートがたまらなく愛おしくなる。


「もっと……」もっと欲しい。


 ノートはオレを丁寧に口をつけてゆき、俺の顔をちらちらと見てくる。


 恥ずかしい。


 恥ずかしいけど、辞めて欲しくない。むしろ、もっとして欲しい。


「あむ……」ちょっ!?


 ノートがチラッとこちらを見る。


 「あ……」声が出てしまう。


 こんな……こんなにも……。ノートはいたずらにずっと俺の顔を見上げている。


 きらきらと、目を輝かせて、吸い付いたり、キスをして、俺の表情のを楽しんでいるようだ。


 恥ずかしい。


 羞恥に晒されながらも、抗えない自分を許せず、俺もノートの隙間を探した。


「あっだめっ!」


 そんなこと、聞くもんかと、構わず俺はノートに触れる。


 彼女の身体が震える。


 きっと、俺と同じように打ち震えているのだろう。


 丁寧に、優しく、ノートの反応を確かめながら指を動かす。


 声が漏れる、わかりやすい。


 俺はノートの声に興奮しながら、細かく動かしてゆくと、ノートに力が入る。


 ノートが俺を、俺はノートを、かわるがわる身体を押し付け合った。


 ノートの身体は熱く、湿っぽい。


「るかぁ!」


 ノートは身体を翻し、俺に抱きつき、口づけをしてきた。


 溶けて、溶けて、どろどろに溶けて、ひとつになってしまいそうだ。


 いや、そうじゃない。


 繋がって、ひとつになりたいんだ。


 そうして、忌み子の俺と、忌子のノートは。



 心の壁と、肉体の壁を超えて、ひとつになった。



 それが、俺とノートの三日目だった。

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