報酬
俺たちは、討伐を終えて、エトナ山のダンジョン『炎竜の巣窟』を入口に向かって歩いていた。
ダンジョン内は炎竜エンテイの火炎で黒焦げとなっており、モンスターの魔石がゴロゴロと転がっている。
それらを拾いながら、俺とノートは今晩何を食べるのか、思い巡らせていた。
途中、ノートが足を止める。
ふと、横の部屋を見て固まった。まだモンスターの生き残りでも居たか?
「おいノート、どした?」
「ルカ、あれ……見て?」
ノートが指差す方を見ると大きな箱がある。いや、黒く煤けた箱だが、よく見ると宝箱?
「おい、ノート?」
ノートがふらっ、と部屋へ足を踏み入れる。部屋から微かに香の様な香りがする。
「ちょ、待て!」
「え、なに?」
「バカ! これ、お前、ミミックルームだぞっおわあっ!?」
「きゃあ」──ガシャン!!
「あぁ……」
入口の左右から牙のついたドアが固く閉ざす。ルカの声が中に届いたかどうか、定かではないが、部屋の中のノートはパニック状態に違いないはずだ。
咽まれたか? せめて咀嚼されてなければワンチャンあるか?
俺は剣を構える。
ふぅ……息を整える。
……ふっ!──スココンッ!
ひと息で、モゴモゴと蠢くドアに斬りつけるが、切込みが入るばかりで斬り倒せない。
「くそっ! 何だこのドア!」
馬鹿でかく、重厚そうなドアではあるが、剣が通った先からくっ着いてゆく。
かと言って大技を使おうものならば、中のノートまで斬ってしまいかねない。
考えている間にも、中のノートは圧し潰されて消化されてゆく。
モゴモゴモゴモゴ……ピタリ。
止まった?
まさか、ノートはもう……。
オエッ……べチャリ!
「ノート!?」
部屋の中から吐き出されて出て来た。
見ると、ミミックルームのドアは、力なく項垂れるように開かれている。中には白骨がゴロゴロと転がっていて、ノートがそうなっていたかも知れない姿があった。
今、オエッて言った?
「ルカああぁぁぁ~」
「……大丈夫か、ノート? うわっ、近付くな! お前、きったねぇ……身体中ベトベトだぞ!?」
ノートはミミックルームの消化液?でベトベトだ。怖かったのか、俺に抱きつこうとするが、さすがに俺までベトベトになるのはゴメンだ。
「おい……」
「……ん?」
「それ、手に持ってる光ってるヤツは何だ?」
「……部屋の中の宝箱に入ってたけど?」
「ちょっと見せてみろ? なんだこれ?」
ネックレスの先に丸い何か文字や幾何学模様の入った、硬貨のようなペンダントトップが付いていてる。
「タリスマンじゃない? 見たこともない形だけど、教会でも売ってたから知ってる。何かの御守らしいけど、教会のは『ウソモン』だってマリアが言ってた。 ……これはホンモンかな?」
「タリスマン……俺が持つと光が消えるな? お前、これ持ってろ。もしかしたら、こいつのお陰で助かったのかも知れん」
「わかった!」
「……くせっ!」
「ギュッ……」
「てめっ!? あ゙ぁ゙もぅ! ベットベトじゃねえか!?」
ふへへ〜、としたり顔で笑いやがる。憎たらしい奴め。
俺たちはダンジョンの入口へと急いだ。そう、ダンジョンを出れば滝があるんだ。そこで洗おう。
俺たちはダンジョンを出た後、滝壺で身体の汚れを洗い流して、街に向かった。
「うぅ……下着までグチョグチョして気持ち悪い」
「素っ裸で乾かすわけにもいかんだろう?」
「およよ? 見たかった? ねえ? ルカ君、見たかった?」
……ふむ。
「……じゃ、見せてくれるのか?」
「えっ……!?」
「ほら、早く脱いで見せてくれ?」
「……わかった」
いや、さすがに脱がな……っ!? こいつ!?
「おいおいおいおい! 冗談だから、やめろっ!?」
──にやり。
ノートが勝ち誇った顔で嗤う。パンツ脱いだくらいじゃ、スカートで見えないの判ってて……。
「てめ……覚えてやが、あっ!?」
すってん、ノートが自分のパンツに脚が絡まってズッコケた。
……非常に残念な姿になっている。
「うぅ……痛ぁい。……あ、見た!? いま見たんべさ!?」
「うん、見た!」
「むぅ……」ぐいっ。
「あっ、おい! お前っ引っ張んな!」
「ルカも見せて! 不公平っしょや!」
「……さ、行くぞ?」
俺は構わず荷物を担ぐと。
「えいっ」ズルッ……。
……ノートは俺の前に立って、ズボンをずらして屈んでいる。
「え?」
「え?」
ズサッ、俺は荷物を落としてズボンを上げた。
「な、何てモン見せるんさ!」
「……お前、至近距離で見たな?」
「うっ……ウウン、ミテナイミテナイ、ミテナイヨ?」
「さっき不公平とかなんとか言ってたよな?」
「え、私、そんなこと言ったっけさ?」
「ここはやっぱり公平に行くべきだよな?」
「いやぁ……それはもう
ノートは股間を抑えて逃げた。
もう、勝手にしろよ。
俺は街へ急ぐ。そもそも、こんな事してられないんだよ。とっとと素材換金して、クエスト報酬もらって、今日の宿を探さなきゃなんねえのに。
「あっ!? ルカ、待って! 待ってって〜!」
ノートは俺の横に並ぶと、手を繋いだ。
……なんで?
走ったせいか、鼻息が荒いノート。しかし口元は緩んでいて、何故かニヤけている。……度し難い。
マグダラの街に着いて、冒険者ギルドへ炎竜討伐の報告と、解体依頼、素材換金にやって来た。ギルドはなにやら少しザワついている様子。何かあったのだろうか?
「こんにちはマチルダさん」
「あらん、ぼうや、こんにちわん♡ 」
うっ……相変わらず、どギツい香水の匂いが鼻を突く。
「これ、討伐依頼クリアの報告とその証明の素材、炎竜の解体依頼と、その他素材の買い取りをお願いします」
「少々お待ち……へっ!? 今、あんた今なん
「炎竜討伐の報告──」
「──はあああああああ!?」
なんだなんだ? 依頼したのそっちだろ?
「確認するけど、エトナ山のダンジョン『炎竜の巣窟』の炎竜エンテイの討伐で間違いないのねぃ?」
「この依頼書に書いている炎竜エンテイに間違いないが?」
「ダンジョン・炎竜の巣窟で事故があったのだけれど、あんたたちは無事だったのね?」
「へ? 何のことですか?」
「ダンジョンごと強大な火炎魔法か何かで炎上して、大惨事になったらしいのだけど? いまその報告の対応に追われていて、大変なのよん? あんたたち、本当に行って来たのよねぃ?」
「ええ、ほら、この通り」
と言って、カウンターに頭陀袋を乗せるわけにもいかないので、地べたで袋を開けて見せた。巨大な牙が入っていて、誰が見ても疑いようもない、竜の牙だ。
「はぁ、あんたたち……ちょっと、ギルマスに報告して来るから、ちょっと奥の部屋で待っていてくれるかしらん?」
そう言うと、マチルダさんは、ギルマスへの報告のため、手を横に脇を絞って、内股で奥へ駆けて行った。実に軽やかなステップだ。
一方、俺たちは頭陀袋を持って、マチルダさんに言われた通り、奥の部屋へと向かった。
それにしても、炎竜の巣窟で事故? 俺たち以外にも討伐依頼を受けていた者がいるという事か?
しばらく部屋で待っていると、ガチャリ、とギルマスのロベルトさんが入って来た。
ロベルトさんが入って来て、目をパチクリさせて言うには。
「どうしたんだ? かけてくれたまえ」
「え、良いんですか?」
「……ホントニスワッテイイノ?」
「どうぞ?」
「では、遠慮なく……」
──べチャリ……
「……?」
「ふぅ……」
「ハア……ノートハツカレタヨ」
ロベルトさんはギルマスの席に腰掛けると、こちらのソファからは顔半分しか見えない。
「さて、ルカ君。炎竜の討伐が完了した、とマチルダから聞いただが、本当なのだ?」
俺は頭陀袋を再び開けて、中身を見せた。
「この通り、本当ですよ?」
「ちなみに、ダンジョンの事故の事はご存知だか?」
「いえ、先ほどギルドの受付で初めて知りました」
「炎竜の巣窟に向かったいくつかのパーティが、大火傷を負って運ばれて来たんだど。心当たりはないだか?」
「まるでないことはありませんが、ドラゴン討伐の依頼は俺たちが請け負ったはずですが、どうして他のパーティがダンジョン内に居るのでしょう?」
「ふむ。ソロでは炎竜エンテイには辿り着けんだろうで、ワシが依頼して、お前たちの保護を頼んだど。若い命を散らすには惜しいでな? 仮にエンテイを倒せそうなら協力して倒してもらおうと思って依頼したんだも…」
「そもそも炎竜まで辿り着けたパーティが居ないのに、誰に依頼すると言うのです?」
「わざわざ、買って出てくれたパーティがおるんだど。ルークと言う冒険者の率いるパーティで、『ドラゴンバスターズ』と言うパーティだど」
「へえ? て言う事は、ドラゴン討伐経験者ってわけですか?」
「いや、ドラゴンをいつか倒すんだって目標でつけた名前らしいど。まだ一度も倒した実績は無いんだど」
「なんて無茶な……」
「いや、その言葉はこっちのセリフだったんだが、まさか本当にソロで討伐するもんだとは思っていなかったんだど。あれはおまえさんが放った火炎魔法なのか?」
「とんでもない、まさに炎竜が放ったドラゴンブレスですよ」
「な、なん……そ、そうか。本当に事故だなも。仕方ないが、おまえさんたちは依頼をしただけと言うことで責任はないが、ドラゴンの素材の買い取りは少し引かせてもらう事になる。彼らの治療を教会に依頼したらとんでもない金額をふっかけられてのぉ……ギルドから討伐依頼の額は出せるが、素材はこちらで解体するので、少し多めに差し引くことになりそうだも。申し訳ない」
ギルド長は深々と頭を下げた。椅子から降りて立ち上がると、こちらからは見えないのだが、おそらくそうであろう。
「何か腑に落ちませんが、まあ、良いでしょう。依頼の報酬が手に入ればそれで。あと、こちらの素材は買い取ってもらいますよ」
「わかったど」
「では、これで──」
「──ちょっと待ち給え」
席を立とうとしたその時、ギルド長がそれを制した。
ぞわり、と何かがざわめき、ノートが俺の手を握る。
「もうひとつ、話があるんだど。少し付き合ってもらえるかね、ルカくん?」
俺は首を横に振りたかったが、そんな空気ではなかった。
なぜかノートがぷるぷると震えている。
「ひとつ、ギルドに来ている依頼があるのだが、話を聞いて欲しいだど」
「……は、い」
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