第四十六章 いや、嘘だ

「まだ起きないのか?」

「はい、まだ気を失っているようで・・・」


 俺たちは少し走ったところにあった建物の中に入った。中はボロボロで埃もたまっているし、蜘蛛の巣があったり、暴徒が暴れたであろう跡もあった。

 幸い一つだけベッドがあったので埃を落としてから虎二とらじに寝かせた。その間、俺たちは外を警戒しつつ話を続ける。


「現在の状況は?」

「はい、10時の方向に暴徒が数人。さらに逆方向に10人です」

「うぅむ・・・ 魔法が使えればよかったのだが・・・」


 俺たち、警察官は常時政府に監視されており、俺たちが魔法を使うためには警視庁と政府の許可が必要なのだ。

 一応、確認を取ってもらおうとしたのだがここでは電波妨害が入っているようで一部の場所以外だと電波が届かないようなのだ。ましてや俺は部下たちを連れて無断行動している。仮に承認をもらったとしても警視庁に帰ったら俺は間違いなくクビだろう。


 するとゴソゴソと物音が聞こえた。音のした方を振り向くと、虎二が上体を起こしていた。俺は慌てて虎二の方へ駆け寄る。


「虎二! 大丈夫か!?」

「う・・・俺は一体・・・?」


 まだ完全に回復しきっていないからか動きが鈍い。それにまともに食事もとれていなかったからなのかいつもの体つきからは想像できないほどやせ細っていた。

 とりあえず俺は荷物の中からわずかな食料を虎二に差し出した。


「これを食べろ」

「すまない・・・」


 彼は本当にすまないと思っているような顔で食料を食べ始めた。食べながら虎二が話しかけてくる。


「そういえば、お前どうしてここに?」

「お前の奥さんから連絡をもらったんだよ。お前が一人で暴徒町へ行ったってな。しかも次射じい君や美紀みきたちまでお前を探しにここに来てるかもしれないって」

「なんだと!?」


 自分の息子が来ていることに驚いて立ち上がったが俺は虎二を落ち着かせる。


「そう焦るな。まだ本当に来ているのかわからないんだ。お前の奥さん、心配性だろ? だから・・・・・・」

「・・・いや、おそらく来ている。急いで次射たちのところに行かなければ」


 虎二が俺の話を遮ってぼそりとつぶやいた。そして立ち上がってこの場を去ろうとしていた。俺は一瞬固まってしまったがすぐにハッと我に返り虎二の進路を遮り反論する。


「いやそんなわけないだろ? それに万が一来ていたとしても次射君の戦闘能力だってお前も知っているだろう?」

「ああ、もちろん知っている。それを知ってなお、危険だと言っているんだ」

「・・・・・・」


 こういう時の虎二は本当に勘がいい。こないだなんて銃弾をノールックで避けてたしな・・・

 こうなってはもはや止められない。それに次射君に危険があるということは同時に美紀にも危険が迫っているということ。親として娘を失うわけにはいかない。


「なら、俺も一緒に行く」

「いいのか?」

「どうせ、帰ったらクビ確定とみていい。パトカーに乗れ。それで辺りを見て回るぞ」

「ああ、わかった」

「お前たち、一応ここに残っておいてくれ。何かあったら連絡しろ」

「はい、お気をつけて」


 そして俺は虎二をパトカーに乗せて次射君たちを探しに行った。





 俺たちが出た後・・・・・・一人の新人警官が森下に質問していた。


「あの・・・森下さん。あの虎二という人は何者なんですか?」


 内容は虎二のことについてだ。虎二は別に警視庁に所属しているわけでもなく、特に職に就いているわけでもない。そんな男がどうして俺と仲が良かったのか気になったのだろう。


「・・・お前、命の塊ハート・ストーンって知っているか?」

「え? そりゃあ知ってますよ。一時期大ニュースだったじゃないですか」


 命の塊ハート・ストーンとは人の意識を移動しとどめることができる石だ。医療では麻酔の代わりにこれが使われ、意識を隔離させることで痛みを受けつけなくなる。

 現代医療を120年進めたと一時期テレビで大いに取り上げられた。


「その命の塊ハート・ストーンを作ったのがあの虎二さんなんだよ」

「え!?」


 命の塊ハート・ストーンが世の中に広まっていたとき、虎二は一切の取材を断っていた。それどころか製作者の名前すら公表させなかった。彼は人前に出ることを何より嫌っていたからだ。

 このことを知っているのは彼の奥さん、瑠奈さんと俺、義明と森下くらいだ。娘の美紀や彼の息子の次射ですらこのことを知らない。


「まさかそんなすごい人だったなんて・・・」

「でもあの人、かなりもったいないことをしているんだよな」

「もったいないこと?」

「あの人、あれ以外でもいろんな発明をしているんだよ。全部、特許取れるレベルのな」

「マジですか!?」

「ああ。なのにあの人ったら特許取るのがダルイとか言ってほとんど特許申請していないんだよ」

「えぇ・・・もったいない・・・」

「な? もったいないだろ?」


 部下は心底驚いた顔をしていた。いや、厳密には少し呆れているような顔をしていた。だがそのあと、「あれ?」とつぶやいた。


「でもそしたらなんで命の塊ハート・ストーンだけ公表したんですか? しかもあれ、特許申請していますよね?」

「ああ、それは奥さんの瑠奈さんに言われたらしい。『あなた、働かないんだからせめて一つは特許取っといて!』ってな」

「何ですか? その商業高校や工業高校であるあるの『あなたどうせ就職するんだから検定を一つでも多く取っといて!』みたいな発言は・・・」

「ふふ、おもしろいだろ?」

「頭の上にずっと『?』の文字が浮かんでます・・・」


 部下はこれ以上虎二について聞くのをやめた。






「なぁ、お前どうしてここに来たんだよ?」


 パトカーに乗っている間、ふとこんな質問をした。虎二が首をかしげる。


「・・・どうした急に」

「いや、普通に疑問なんだよ。お前今だってまともに定職についてないだろ? そんなやつがわざわざこんなところに来るメリットがないだろ?」

「人をニートみたいに・・・」

「いいや、ニートだね。教科書に書いたようなニートだ」

「・・・フン」


 おっと、まずい。すねてるか? だとしたら超めんどくさいぞ。すねているのを立ち直らせるだけで2日かかるからな。


「・・・ただ普通に気になっただけだ」

「本当かよ?」

「いや、嘘だ」


 そう言って虎二は「フッ」と軽く笑った。そして話を続ける。


「今回の事件の黒幕。俺は心当たりがあるんだ」

「本当か?」


 突然言ってきたが俺は特に驚きはしなかった。こいつはIQも高いからな。そうなるとなぜ特許を大量取得しないのだろう。やはり謎だ。


「ああ、だがまだ確証がない。だから今回調べに来たのだ」

「ほ~」


 ちなみに黒幕は誰なんだ? そう聞こうとしたがその時。


「・・・ここで止まれ」


 突然虎二から命令された。言われるがままパトカーを止める。虎二が胸ポケットから双眼鏡を取り出して遠くを見る。少し見た後に俺に手渡してきた。


「生存者を発見した。おそらくお前の娘だ。もう一人は黒幕の手下かもしれない」

「何っ!?」


 突然のことで驚きながらも俺は双眼鏡を受け取って遠くを見た。そこには倒れこんでいる美紀と美紀にとどめを刺そうとしているなにかだった。


「よく見えない・・・なんだあれは?」

「おそらくただの人間だ。俊敏性を高く備えているがな」


 そして虎二が自分の持っていた荷物袋から何かを取り出した。それは全長が2mほどあるライフル銃だった。まるで狩りに行くやつの所有物だ。


「俺がここから狙撃をする。お前は奴が怯んだ瞬間にタックルで相手を吹き飛ばせ。そうしたらお前の娘は俺が預かる。お前は存分に戦え」

「わかった」


 俺はパトカーから降りて走った。その間に虎二はライフル銃の準備をし、構えた。俺が娘との距離を100mほどまで縮めた瞬間ッ! 後ろから発砲された音が聞こえた。次の瞬間、突如人間が現れ、そいつはその場に倒れこんだ。左肩から流血しており、おそらくあいつが黒幕の部下だろう。俺はとりあえず気づいてもらうために力いっぱい叫んだ。


「美紀ッ!!」


 すると美紀が傷ついた状態でこちらを見る。俺の姿を見るなり大きく目を見開いた。だがそのあと、体に受けたダメージが大きかったのかまた倒れてしまった。


「美紀!」


 俺は美紀のところに駆け寄った。とりあえずは一命をとりとめているようだが全体的にも傷がひどい。すぐに手当てをするために俺は美紀を担いだ。するとガサッと砂の音が聞こえた。俺はすぐに振り向いた。先ほど美紀を襲っていた長髪の青年が立ち上がっていたのだ。


「イタタ・・・まさか狙撃されるとは思いませんでした・・・」

「お前・・・!!」

「ところであなた様は?」

「てめえに名乗る必要はねえ」

「あら、それは残念ですね。是非お名前をお聞きしたかったのに」


 俺はその長髪男の顔に腹が立ったので俺はおもむろに銃を取り出し、発砲した! 発砲された弾は長髪男の右肩にヒット! またもやその場に倒れこんだ。


「よし、今のうちだ」


 俺はすぐにパトカーのところまで移動した。後ろから追ってきていたが虎二がライフル銃で援護してくれたおかげで何とか追いつかれずに済んだ。


「義明! 急いで乗り込め!」

「わーかってるわ!!」


 俺は急いでパトカーに乗り込んだ。美紀は後部座席に寝かせ、毛布をかけた。俺は運転席に座る。虎二は依然としてパトカーの上でライフル銃を持って狙撃している。

 ライフルの音を聞いてかほかの暴徒たちもこちらに近づいてきていた。


「やばいぞ! お前も早く乗れ!!」

「いや、いい。そのまま発進しろ!!」


 まさかのセリフに俺は驚愕した。


「おい、何言ってんだ!?」

「大丈夫だ。パトカーのランプにロープを巻き付けてある。そのロープは俺の足につながっている。振り落とされる心配はない」

「本当だろうな?」


 少し怪しみながらも俺はパトカーを動かした。猛スピードで走りだしたパトカーに長髪男はもちろん、ほかの暴徒たちをも跳ね飛ばした。


 普通だったら刑罰を食らうだろうが暴徒は人間扱いされていないみたいだから問題はない。多分。


「美紀の様子はどうだ?」

「まだ意識は戻ってはいないが回復はさせている」


 パトカーのルームミラーで後部座席の様子を見るが虎二が開発した道具で美紀を回復させているようだ。


「これで一安心か」

「いや、まだ安心はできない」


「へ?」と俺は間抜けな声を漏らす。


「まだ次射が見つかっていない。それにもしかしたらほかの次射の友達もいるかもしれない」

「ああ、そうだったな」


 次射君が一緒でなかったことを考えると別行動? それとも分断させられたのか・・・


「一度、お前の娘を部下たちがいるところに置いてくぞ」

「ああ、そうしよう」


 これ以上美紀に危険なことはさせられないからな・・・


 虎二が窓から顔を覗かせている。おそらく周りの暴徒たちを確認しているのだろう。虎二の様子をうかがいながら俺たちは部下たちに守らせているビルに移動したのだった。

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