第27話
「悪い。配球を間違えた」
「いや、間違ってないっすよ。相手が上手かった。だから今のままの考えで大丈夫です」
三失点からは抑えられている。
ここで変に思考を切り替え、流れが悪くなるのを避けたい博一は谷村をフォロー。
だが、坂本は怒り心頭らしく、ベンチ内で二人に突っかかる。
「打たれてるのに間違ってないもクソもあるか!」
「じゃあ取り返してくれよ。ノーヒットの四番」
「やってやらぁ!」
ムキになった坂本は二人から離れていった。
水上打線だけではなく、常磐二高打線も下位打線組が星野の球に慣れ始めているのだが、上位組が博一以外悉く打てない為に得点に繋がらない。
簡単に勝てるとは博一も思っていなかった。
ただ、四番を抑えればどうにかなると言うのは浅慮だったらしい。
「弘松を完璧に抑えてる事実が裏目に出た……って言うのは多分表現が間違ってるだろうけど、そんな感じっすね」
「弘松は抑えないとこれ以上の点数になってたから裏目ではないな。でも、その影響で他の野手陣が奮起したのは間違いない。俺たちが打たないと……ってな」
「それでしっかり三得点。流石は春の選抜出場校。けど、もう点は取らせねぇ」
この回で打席が来ないと判断した博一はグラブを手を入れ、右手を打ち付ける。
博一は安打を許しながらも打点は決して許さない投球を続ける。新たにツーシームを混ぜ、的を絞らせない。
しかしながら相手の星野も同様に勝負所を譲らない。
一向に点数が変わらない中、博一と弘松の三度目の対決。
これまでの二打席は初見の変化球で打ち取っている。前回打ち取ったからと言って同じ変化球に甘えたら持っていかれる感覚が博一にはあった。
「なら初球は——」
博一は谷村にサインを出し、初球にツーシーム。
対する弘松は初球狙いでスイングするが、変化の影響で当て損ねてファウル。
速球への反応が良い。二球目は大きく外すカーブで緩い球を見せておく。
「ワンボールワンストライク……怖い顔しやがって……」
打席の弘松は静かにバットを構えている。
だが、赤く光っているような眼光が全てを物語っている。
世間では高校生最強とも謳われている弘松。そう持て囃されるだけの自信はある。
そして何より水上高校の四番としてのプライドがあった。
未だに無安打。チームメイトに助けられたままで終われない。
繋がらなくなってしまった打線に勢いを付けたい弘松が全身に力を込める。
「力が入り過ぎだろ」
山本なら間違いなく気圧されていた弘松の鬼のような佇まい。
しかし、その相手は世界一を経験している博一だ。微塵も気にしていない。
明らかに力んでいるのを見て、チェンジアップを選択。
弘松は外れ気味のコースでも振りにいき、空振り。
これでツーストライク。
更に力が込められているような様子に博一は内心だけで喜んでおく。
「貴喜! 落ち着けー!」
「お前なら絶対打てる!」
「リラックスリラックス!」
しかし、そんなベンチからの声援で弘松の表情が綻んだ。
不甲斐なさも怒りも振り払い、集中力だけを全身に巡らせる。
心の中で舌打ちをした博一は次の球種をツーシームに決めた。
雑念が消えた状態の弘松に変化球を投げるのは愚策。普通の直球も怖い。ならばツーシーム以外の選択肢はなかった。
狙うはインコース。
フロントドアを狙って投げたツーシームは完璧。見逃し三振の未来が見えたが、弘松は腕を畳んでバットに当てる。
詰まった打球は一塁線に転がり、金本が前に飛び出す。
ベースカバーに入る博一は金本からボールを受け取る。詰まったのもあり、間に合うかどうかが微妙で一塁に向かって頭から飛び込んでグローブをベースに。
「あっ……まずい」
紙一重で博一のグローブが先だが、ほぼ同時。このままだと踏まれる。
だが、左手に衝撃はなく、弘松が走り抜けていくのが見えた。
「……」
審判のアウトコールでスリーアウトチェンジ。
「ナイス飛び込み」
「あ、あぁ。まぁな」
博一は金本にぶっきらぼうな返事をしつつベンチに戻った。
そうして試合は進み、点数は変わらないまま九回表。ここで同点以上にしなければ常磐二高は負けが決まる。
打順は一番から。
星野の投球に慣れ始めていた荒木は初球の直球を打ち、シングルヒット。
続く二番は古田だったが、バントの得意な海東が代打で打席に。
順当に行けば一死、二塁。
得点圏に走者が居る状況での打撃になりそうな谷村。ネクストバッターズサークルに向かう前に博一に声を掛けられた。
「ストレートを狙いましょう。緩急に惑わされないで下さい。どれだけ速く見えても百三十出てないんです」
「分かった」
「このまま終われない。ですよね?」
「当然だ。瑠璃の期待に、信頼に、必ず応えてみせる」
海東の巧みな送りバントで一死、二塁。走者は俊足の荒木。
「足本、なんで盗塁させなかったんだよ。荒木の足なら行けたんじゃないか?」
「水上高校のキャッチャーは入学前に谷村先輩が諦めるほどのレベルです。万が一にでも刺されたら最悪です」
「海東なら万が一の失敗がないってか?」
「それは見ての通りですね」
眼前に広がる事実を山路はそのまま受け取るしかない。
博一はまず最悪を考え、それを避けることから作戦を組み立てる。
「最優先は荒木を谷村先輩が帰すこと。帰って来れなくても先輩がアウトにならなければそれで良い。とにかくツーアウトで坂本に回したくない」
「確かに今日の坂本は打てなさそうだが……ワンアウトで回ればゲッツーの可能性があるだろ」
「問答無用で三振を命じます。プライドは高くても勝利を天秤に掛ければ頷くはずですよあいつは」
迷いなく言葉を繋ぐ博一に山路は思わず絶句してしまう。
幾ら相性が悪いとは言え、四番への三振命令。だが、重要なのはそこではない。
四番の三振は二死になる。残りアウト一つでゲームセットの状況。
回ってくるのは五番の博一。
絶対に同点かそれ以上を打つ自信があると言うのはとても信じられない。
「そもそも幹夫が打たなきゃいけないのにそこは考慮しないのか」
「打ちますよ先輩は」
「これまで全然打ててないのにか?」
「男も女も単純ですから。幼馴染の前でこのチャンスを谷村先輩は掴みます。パスボールなんてしません」
「そうか。そうだよな。打てるに決まってる! 打てー! 幹夫!」
山路の声を皮切りにベンチから声援が次々に飛び出した。
沢山の声援を背に受けた谷村はスタンドを見る。距離の関係で表情までは分からなかったが、見つけたい人物は直ぐに見つけられた。
まるで神に願うかのように両手を組み合わせている瑠璃が居た。
けれど、瑠璃が神に願っていないのは分かっている。
「願われてんのは神じゃない。オレだ」
博一の助言を頭に入れ、直球を待つ意識で打席に入る。
注視すべきは手元からの球の飛び出し方。スローカーブは明らかに山なりだ。
直球を見極め、果敢に振っていく。スリーボールからはボール球だろうとカットし、スローカーブもカットして粘る。
今、谷村に求められていることは二塁まで走ること。
四球で塁に出て坂本でダブルプレーは絶対に避けなければいけない。
博一なら三振を命じそうな雰囲気もあるが、念には念をだ。
フルカウント、得点圏に俊足。
しかし、二点差。
そこで水上高校バッテリーは今この場でリスクを取ることを選んだ。
四球を避けたストライクゾーンへの直球。
緩急の所為で速く見えても百二十キロ台であることは間違いない。
谷村は芯で捉えることを意識し、バットを振り抜いた。
金属音が響く。
それと同時に球場を包み込むような大歓声が巻き起こり、谷村は走る——走る。
左中間に飛ばした打球の行方は追わない。一塁コーチの古田が走れのジェスチャーをしているのなら走るだけだ。
二塁まで到達し、そこでやっとホームを見る。
「っしゃあ!」
大喜びの荒木がベンチ組とはしゃいでるのを見た谷村は右手を高く掲げた。
一点差に詰め寄り、四番坂本は見逃し三振。
二死、二塁で最低後一点必要な場面で回ってくるのは博一。
「さあ、次は俺の番だな」
博一は星野の球を何故打てないのか分からないくらいには得意だった。
敬遠の可能性は薄い。何故なら博一から後ろの下位打線組の方が上位打線より打っている。更に博一はこの試合で弘松とずっと勝負し続けた。
先の選抜大会で弘松が全打席敬遠を喰らっているのだ。
星野の目は言葉よりも雄弁だった。
「そう来なくっちゃな」
博一が待っているはインコースへの直球。
それ以外の球は全部カットしてカットしてカットして粘る。が、一向に狙いたいクロスファイヤーは投げてこない。
ワンボール、ツーストライク。
あちらのカウント有利で投げてきそうなのはスローカーブだろう。
この試合で数々の三振を奪ってきた星野の決め球。
右打者の内角に変化してくるスローカーブを博一はスタンドまで放り込んだ。
点数を取れなければ終わりの最終回の土壇場で大逆転ツーランホームラン。
これで四対三。
首の皮一枚繋がったどころか逆転までした常磐二高は喜べる。
だからと言って水上高校が諦めるような点差ではない。
「一点差。サヨナラの可能性もある。最終回の守備、気合い入れてくぞ!」
「「「おう!」」」
山路の掛け声に返事を揃えて守備位置に走り出す常磐二高メンバー。
「足本、体力は大丈夫そうか?」
「俺を誰だと思ってるんですか?」
「体力があってもなくてもそう言うと思ったよ」
運命の最終回が始まる。
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