第22話


 葵高校を完全試合で下し、続く四回戦も博一の力投で突破。

 準々決勝の前日、確認程度に基礎練を行なっていた常磐二高野球部。学校での練習と言えば今までは見物人兼アドバイザーとして白那が居るくらいだった。

 だが、完全試合を達成したあの日から見物人が押し寄せている。

 

 「おいおいこれじゃ練習に身が入らないじゃねーかよ。特に坂本とキャプテン」

 

 一旦練習を切り上げた博一は屋上から問題児二人を見下ろす。

 山路は投球に力が入り過ぎてバッティング練習が成立していない。

 坂本に至っては可愛い女子生徒をナンパしている。が、直ぐにセクハラが飛び出し、化けの皮が剥がれるので取り合って貰えない様子だった。

 

 「坂本も無駄に顔が良いから意外とチヤホヤされるんだよなぁ」

 「活躍もしてるからね。でも、それで言うなら一番の大注目は博一君だよ」

 

 私服で帽子に伊達眼鏡のフルアーマー白那が嬉々として言う。


 「ほんと困るんだよなぁ。野次馬は」

 

 博一はやれやれと言わんばかりにペットボトルの水で喉を潤すが。


 「だとしたらなんなんだろうねぇ? その大量の差し入れはぁ?」

 

 博一が取り出したのは手提げに詰め込まれた内の一本。

 どれもこれも博一が言う野次馬とやらに渡されたキンキンに冷えた飲み物たちだ。


 「あ!? 何時の間に!?」

 「さっき屋上来る前にグラウンドでちゃーんと貰ってたでしょ!」

 「それに困るも何も博一は見物人が居たって練習に支障ないじゃん」

 「まーな。ちょっとした冗談みたいなもんだよ」


 練習を切り上げたのも白那が手招きしたから休憩も兼ねてだった。

 

 「どうせ明日は試合だし、緩いくらいで丁度良い。調子にさえ乗らなければ」

 

 その言葉を聞いた白那と謙一がグラウンドを指差す。


 「はっはっは! このオレ様に任せておけば勝利は間違いない! 猛打賞にサイクルヒット! どんな難しい打球も華麗にアウトだからなぁ! 良く見とけよ!」

 

 屋上にまで聞こえてくる坂本の声。本性を知らない野次馬が良い反応をしている。

 

 「あれは平常運転と言えば平常運転だから別に。それよりここまで生徒が見に来ると幾ら変装しててもあの距離だとシロがバレる」

 「私はこの距離でも大丈夫だよ。オペラグラスもちゃんとある!」

 「大丈夫じゃないから言ってるんだよ。カツに関しては俺より指導向いてそうだったから。何かアドバイスあるか?」

 「うーん……軸足からの体重移動も出来てるし……」


 白那は顎に手を添え、思い当たる節がないか思考を巡らせる。

 大会中で大きなことを言っても仕方がない。試合をほんの少しだけでも有利に出来る一手。そこで思い付いたのは。


 「困ったら」

 「ん?」

 「困ったら緩い球をど真ん中。これで行こう!」

 

 それはスクリューが効かなかった場合の代替案。

 山本のチェンジアップの質とまずど真ん中は来ないだろうと言う相手の思い込みを突いた投球。

 駄目かな、と苦笑いで博一の顔を覗き込む白那。

 

 「アリだな。多用したら危ねぇけど上手く嵌ればストレートが効く。ご褒美にスポーツドリンクをやろう」

 「それでは……頂きます。じゃなくて、良いの? これ博一君への差し入れじゃ」

 「一人で飲める量じゃねーよ。それに投手コーチにあげるなら問題ないだろ」

 「博一……女の子からの差し入れを別の女の子にあげるのはどうなんだ?」

 

 ……。

 ………。

 …………。

 

 「それでシロは俺に何か用があったんじゃないのか?」

 

 博一は取り敢えず大親友の言葉を無視することにした。

 男も女も関係ない。投手コーチにあげたのだ。元より白那はここまで博一を引っ張り出した立役者なのだから多少のおこぼれは当然である。と、決め付けた。

 そして謙一も共犯にする為、手当たり次第に一本取り出し、キャップを開けて無理矢理飲ませる。

 

 「おごっ……溺れる……っ!? ぷはぁ! 殺す気か!?」

 「あーあー、女の子からの差し入れをそんなに溢しやがって」

 「そりゃないだろぉ!?」

 「ふふふ、それでね」

 「えぇ!? そんな流し方出来るやり取りだったぁ!?」


 そこそこ酷いやり取りを白那はあっさりと流して本題に戻る。


 「谷村先輩の幼馴染と会ったんだ。瑠璃さんって言うんだけど——」


 そうして白那が瑠璃のことを話した。


 「分かり切ってたとは言え、谷村先輩も罪な男だな」

 「絶対再会させてあげないとね」

 「何言ってんだよ。谷村先輩が自分で会いに行くんだ。させてあげるなんて偉そうなことは言えねーな。それにロマンがない」

 

 二本目のペットボトルの水を飲み干した博一は言う。


 「幼馴染同士感動の再会。誰かに手を引かれて行くなんて格好悪い。谷村先輩が自分の足で行かねーと。勝っても……負けても、な」

 

 博一は空っぽのペットボトルを空に掲げて太陽を閉じ込める。

 閉じ込めきれない太陽の燦々とした輝きは白那を照らす。


 「そうだね。勝っても、負けても、ね。負けたら特に谷村先輩が行かないと」

 「でもさ……俺の認識だと幼馴染って負けヒロインなんだ——痛っ!?」


 現実世界に虚構の物語を繋げようとする謙一は引っ叩かれる。

 白那には右手で軽く。

 博一には左手のグーで。

 

 「お、居たな」

 「ん? 金本か?」


 柵に背中を預けて振り返るとバットを持った金本が屋上に来ていた。

 スポーツ刈り強面高身長の登場に謙一が博一の陰に隠れる。


 「そんなに怖いか?」

 「校舎内でバットなんか持ち歩いてたらな。それでどうした? 集中出来なくなったのか?」

 「いや、誰に見られてても集中は切れねぇよ。スイング見てくれ。振り子は流石に左足が動いちまうからしっくりこなかったけど、見直すきっかけにはなった」

 「分かった。グラウンド戻るか? ここでも良いぞ」


 金本は一度バットを構えようとしたが、白那を見て辞めた。

 

 「グラウンドだな。スイングの音が凄過ぎて屋上に注目が集まっても困るだろ」

 「顔に似合わぬ気遣いありがとさん」

 「顔に似合わぬは余計だ」


 博一は金本と横並びで屋上を後にする。


 「スイングの音が凄過ぎて……か。金本も冗談とか言うんだな」

 「冗談? 何がだ?」

 「おっと、これは失礼」

 「謝罪の矛先が違うだろ」

 「顔に似合わず冗談が下手だな」

 「それだよそれ。謝罪をするならな」

 

 金本は別に謝罪を求めていない。今までもずっと謙一のように怖がられることが多かった。だからこんな馬鹿げたやり取りが心地良い。

 

 「するなら、な」


 それが分かってる博一のオウム返しに金本は笑い、肩を小突いた。

 

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