第十九話

 テストの後、真也のクラスでは瑞樹のカンニングの事で持ち切りになっていた。


「瑞樹ちゃん、カンニングしてたって……」


「マジかよ……」


「ひょっとして今までのも……」


 成績トップクラスで真面目だった瑞樹がカンニングをしたという事実はクラスにとってかなり衝撃だったようだ。


「まさか、瑞樹ちゃんがそんな事をするなんて……」


 麗華も瑞樹のカンニングに驚いている様子だった。


「……」


「真也くん?」


 何か考え込んでいる様子の真也を、麗華がキョトンとした顔で覗き込む。


 一方その頃、瑞樹は別の教室で話を聞いた担任の教師に問い詰められていた、教室では瑞樹と教師が向かい合って座っている。


「どうしてカンニングなんかしたんだ?」


「……」


 静かだが厳しい口調で問い詰める教師、瑞樹は縮こまっている様子だった。


「今までの成績もカンニングだったのか?」


「違います!!」


 過去の成績を疑われ、大きな声で否定する瑞樹。


「じゃあ何故、今回だけカンニングしたんだ。」


「……お母さんが……絶対に100点を取って来いって……」


 細々とした声で話す瑞樹。


「瑞樹……だからと言ってカンニングは駄目だろ、そんな手で100点取ったって、お母さんは喜ばないぞ。」


「でも……100点取らないと……」


 何かに怯えているように震えだす瑞樹、そんな瑞樹を見た教師は何かを察したようだ。


「……いいか瑞樹、これだけは覚えておけ。」


 教師は先程の険しい表情ではなく、瑞樹を励ますような優しい表情で語り掛ける。


「誰が何と言おうが、お前の頑張りを見ている人間は確かにいる、勿論先生もそうだ。」


 しかし、教師の励ましの言葉を聞いても尚、瑞樹の様子は変わらなかった。


「……もう出ていいぞ。」


 教師の言葉に対し、瑞樹は椅子から立ち上がって頭を下げ、教室を出る、そんな瑞樹の背中を教師は心配そうな目で見つめていた。


『ヒソヒソ……』


『ヒソヒソ……』


「……」


 そしてその日、瑞樹はカンニングの事が学校中に知れ渡ってしまい、周りの生徒達に後ろ指を指されて過ごす事になり、かなり居心地が悪い様子だった。



「ただいま。」


「瑞希。」


 帰宅してすぐに響く母親の声、瑞樹はビクッと震えた。


「100点は取れたの?」


「……」


 カンニングして教師にバレたとは言えず、言葉が出ない瑞樹。


「どうして当たり前の事が出来ないの?」


 その様子を見た母親は100点を取れなかったと捉えたらしく、怒りを露にするように顔を顰めた、瑞樹の身体が震えだす。


『ウルセエナァ……』


 その時、今朝の不気味な声が再び聞こえた、瑞樹の顔が恐怖に染まる。


『オマエガ100テントレッテギャアギャアワメクカラダロウガ……』


(違うよ……私がズルしたから……)


『ホントウニソウオモッテンノカ?』


(……)


 不気味な声を否定できない様子の瑞樹。


『ケサモイッタダロウ……スナオニナレッテ……』


(違うよ……お母さんは……私の為に……)


『ホントウハウットウシインダロウ……ウザッテエンダロウ……』


 今朝と同じように、その声はだんだんと強くなっていく。


(違う……違う……)


『オマエガハハオヤジャナキャ……』


(違……)


「瑞樹!!」


 突然響く母親の声、瑞樹はビクッと震えて我に返った。


「聞いてるの?」


 母親は瑞樹に対して説教をしていたが、瑞樹は不気味な声に気を取られて母親の話を聞いていなかった、瑞樹は恐怖心からか、思わずコクリと頷く。


「じゃあお母さんがなんて言ってたのか、話してみなさい。」


 鋭い目つきで睨む母親、瑞樹は何も答えられなかった。


「目の前の話にも集中できないの?」


 そんな瑞樹を見て母親は呆れたようなため息をついた。


「あなた……一体何のために生まれてきたの?」


(……え……?)


 さらに母親の口から出た辛辣な言葉、瑞樹は自分の耳が信じられない様子で唖然としていた。


『ホラミロ……ソイツハオマエノコトヲドウグトシカオモッチャイネエンダヨ……』


 不気味な声は囁き続ける、まるで瑞樹を唆すように。


『コノママコイツノイウトオリニソダッタッテナニモイイコトハネエ……』


『ヤクニタタナキャステラレルンダ……』


 不気味な声を、瑞樹は黙って聞き続ける、まるで感情が無くなったように。


『スナオニナレヨ……オレガテヲカシテヤル……』


『ヤッチマイナ。』


「医者の娘なのに、パン屋の子供にもできる事が出来ないなんて……」


「うるさい……」


「……!?」


 母親の説教に対し、瑞樹の口から静かに出た罵倒、次の瞬間、瑞樹の家に乾いた音が響いた。


「何よその態度は!!」


 ヒステリックに叫ぶ母親、先程の乾いた音は母親が瑞樹の頬を引っ叩いた音だった。


「誰に向かってそんな口聞いてんのよ!!」


「うるさい……」


 さらに叫ぶ母親だが、瑞樹の態度は変わらない、そんな瑞樹に対し母親の怒りは益々ヒートアップした様子だった、母親は再び瑞樹の頬を叩く。


「誰のおかげで生きていると思ってんのよ!!」


「うるさい……」


「……?」


 2度引っ叩いたにも関わらず瑞樹の態度は変わらない、流石に母親も瑞樹の様子がおかしい事に気付いた。


「うるさい……うるさい……」


「……!?」


 ゆっくりと母親の方を向く瑞樹、瑞樹の顔を見た母親は突然怯えたように後ずさった、母親を睨む瑞樹の眼がまるで穴のように真っ黒に染まっていたのだ。


「うるさい……うるさい……ウルサイ……ウルサイ……ウルサイ……ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ。」


「み……瑞樹……!?」


 まるで壊れた機械のように連呼する瑞樹、さらに瑞樹の両眼から真っ黒な血のような液体が流れ、肌が死体のように青白くなる、母親は完全に怯え切った様子で尻餅を着いた、さらに家の物がカタカタと音を立てる。


「……キャ!?」


 突然周りの物が母親に向かって飛んできた、母親は必死で避ける。


「助けて……誰か……!!」


 恐怖に駆られ家を飛び出す母親、するとそれ程遅い時間ではないにも関わらず辺りは薄暗くなっていた。



 一方その頃、麗華は学校の図書館で本を読んでいた。


「……!?」


 読書に勤しんでいた麗華は突然何かを感じ取ったように遠方に目を向けると、読んでた本を棚に戻し、急いで図書館を出た。



 一方、瑞樹に襲われた母親は近所の家に逃げ込もうとしていた。


「助けて……助けてください!!」


 近所の家のインターホンを鳴らし、ドアを叩き、ノブをガチャガチャと回す、しかし、そのドアは開かず、人が出て来る気配も無い。


「……!!」


『フフフ……フフフフ……』


 母親が自分の家の方に目を向けると、瑞樹が不気味な笑いを浮かべながらゆっくりと家から歩いて出て来た、母親は再び逃げ出す。


「ハァ……ハァ……どうして……どうして誰もいないの?」


 そんな遅い時間でもない筈なのに辺りは薄暗く、街には誰もいない、瑞樹の力によって幽界が生まれているからだ、その後母親は近くの公園に逃げ込み、遊具の陰に隠れた。


「……!!」


 その後、瑞樹も同じ公園に入って来る、それを見た母親は遊具の陰で怯えて縮こまった。


「……」


 だんだんと近付く足音に怯える母親、やがて足音が聞こえなくなった、しばらく待つと、母親は遊具の陰から恐る恐る顔を覗かせる。


「……ヒィッ!!」


 そこにはニヤリと不気味に笑う瑞樹の姿があった。母親は逃げようと再び走り出すが、何かに足を取られ転倒、母親は必死にもがくがその足は全く動かない、まるで見えない手に掴まれているように、やがて瑞樹は不気味な笑顔を浮かべたままゆっくりと近付いてくる。


「助けて……誰か……助けて!!」


 やがて、瑞樹は母親の首に向かって両手を伸ばす、その時、瑞樹の横から1枚の札が飛んで来た。


「……!!」


 飛んで来た札は瑞樹の腕に当たる、すると、瑞樹はまるで熱湯でもかけられたように怯んだ、それに伴って母親の足の拘束も解ける。


「……あなたは……!」


 母親が札の飛んで来た方に目を向けると、そこにはお札を構える麗華の姿があった。


「早く、こっちへ!!」


 手招きしながら叫ぶ麗華、母親はそれに従って麗華の方へ走り出し、滑り台の陰に隠れた、それを確認した麗華はお札と数珠を構え、瑞樹の方へ向き直る。


『……アァァ―――――!!!』


 まるで鬼のような形相となって叫ぶ瑞樹、それに伴って衝撃波が発せられるが、麗華は数珠を振ってそれを弾き、瑞樹の方へ走り出す、そしてお札を3枚構えると、瑞樹に向かって投げた。


『アァ!! ギ……ギ……ギ……!!』


 投げたお札はそのまま瑞樹の身体に貼られた、お札の効果によって身動きが取れず苦しむ瑞樹、さらに麗華は数珠を構え、呪文を唱え始める


『ア……ア……ア……!!』


「……ッ!!」


 蹲って唸る瑞樹、辺りに猛烈な風が吹き荒れ、麗華はその風圧に耐えながら呪文を唱え続ける、やがて、瑞樹の身体からドス黒いモヤモヤとした何かが引きはがされようとしていた、。


「……! もう少し……!」


 それを見た麗華は唱える声に力を込めた。


『ジャ……マ……スル……ナ……!!』


「……!!」


 しかしその時、瑞樹からどす黒いオーラが溢れ出し、札が破れ始めた。


『ジャマ……スルナァァアアーーーーーー!!!』


「……ぅあ!!」


 甲高い濁った声で叫ぶ瑞樹、するとお札は弾け飛び、麗華は途轍もない衝撃で吹き飛ばされた。


「あっ!! ……?」


 吹き飛ばされた麗華だが、何者かに受け止められる、麗華は背後に目を向けた。


「大丈夫か?」


「……真也くん!?」


 麗華を受け止めたのは真也だった、瞳が赤くなり、髪が逆立っている事から封印を解いていることがわかる。


「どうしてここに……どうやって幽界に入ったの?」


「……ちょっとな。」


 麗華の問いを誤魔化す真也、本当は隠の入れ知恵だが、隠の事は麗華には内緒にしているのだ。


「それよりも……あれ、高原だよな。」


 瑞樹に目を向ける真也、瑞樹は不気味な風貌のまま唸り声を上げていた。


「うん……怪異に憑りつかれてあんな姿になっちゃってるの。」


 立ち上がった麗華も険しい顔で瑞樹を見る。


「成程な……」


 真也は瑞樹に歩いて近付いて行き、両手の掌に白い炎を発生させる。


「……真也くん?」


「後は……任せな!」


 そう言うと真也は炎を構えて走り出す。


『……ァァァア!!』


 金切声と共に衝撃波を発する瑞樹、しかし真也はいとも簡単に避け続ける。


「ふっ!!」


 さらに真也は瑞樹の目の前でジャンプ、瑞樹を飛び越え背後に回る、それに対して瑞樹が振り向くと、真也は瑞樹の額に手を翳した。


「消えろ。」


 すると、瑞樹の全身が途轍もない勢いで白い炎に包まれた。


「み……瑞樹ーーーー!!!」


 娘が炎に焼かれたと思い、絶望した表情で叫ぶ母親。


「勘違いすんな! 殺しちゃいねよ!」


「え……?」


 母親に対して叫ぶ真也、やがて炎が収まると、そこには火傷一つなく、服も焦げ一つない瑞樹の姿があった、瑞樹は糸が切れた人形のように倒れる。


「ふぅ……」


 安堵の表情でため息をつく真也、しかしその時、瑞樹は再び真っ黒な目を開いた。


「!!」


 次の瞬間、突然瑞樹の髪が伸び、真也の身体を絡めとった。


「真也くん!!」


「グ……ギ……!!」


 髪の毛で身体を絡めとられ、身動きが取れない真也、さらに多くの髪が真也の首に巻き付き、締め上げる。


「……カッ……!!」


 首を絞められ、息が出来ない様子の真也、そんな真也を見た麗華は助けに入ろうと駆け寄る。


「……!?」


 しかし、麗華は突然何かに気付いたように立ち止まる。


「……ッオオオオオ!!」


 逆立った真也の髪が銀色に染まる、すると、猛烈な勢いの風が吹き、それが真也を絡めとっていた瑞樹の髪を切り裂いた。


「ハァ……ハァ……」


 髪の毛から解放された真也は呼吸を整えていた、いつの間にか髪の色も戻っている。


「……ッ!!」


 突然真也は膝を突き、苦悶の表情でこめかみを押さえる。


「真也くん、大丈夫!?」


 真也に駆け寄る麗華。


「あ……ああ……」


 麗華の手を取り立ち上がる真也。


「ここは一旦逃げよう。」


 髪が蠢き、一層不気味になった瑞樹を見て麗華は逃げるよう促す。


「……それしか、なさそうだな。」


 真也はやや悔し気な様子で了承、二人は駆け出した。


「逃げましょう。」


「あっ。」


 麗華は瑞樹の母の手を取って逃げ、真也も二人の後を追って逃げる。


「はぁ……はぁ……」


 瑞樹の姿が見えなくなったので立ち止まる三人、麗華と瑞樹の母は息を切らしており、真也は苦しんでいる様子でこめかみを押さえている。


『ただし、だからといって無闇に外してはならんぞ、封印を外せばそれだけ身体への負担が強くなってしまうからな、少なくとも子供の内は外す封印は1つだけにしておけ。』


 真也は以前この世界の神に言われた事を思い出していた。


(クソッ……思ってたよりキツイな……)


「真也くん……大丈夫?」


 苦悶の表情を浮かべる真也を、麗華は心配そうに見つめていた。


「ああ……問題ねえ。」


 そう言うと真也は深呼吸して息を整えた。


「それにしても……どうなってんだ? あれは。」


 真也は先程自分の炎が通用しなかった原因が解らない様子だった、そんな真也に対し麗華も顎に手を当てて考えている。 


「多分……怪異が瑞樹ちゃんに憑りついているからだと思う。」


「なに?」


「怪異が瑞樹ちゃんに憑りついて、体の中に入り込んでいるから瑞樹ちゃんの身体で炎が阻まれたのよ……だからまずは、怪異を瑞樹ちゃんから引きはがさないと。」


「成る程な……で、どうすりゃいいんだ?」


「さっき引きはがす術を試してみたけど駄目だった……多分瑞樹ちゃんの心の闇が強すぎるから……」


 そう言うと、麗華は瑞樹の母親に目を向ける。


「……瑞樹ちゃんの、お母さんですよね。」


「え? ……ええ。」


「多分……瑞樹ちゃんはあなたへの恨みでああなっちゃったんだと思います。」


 麗華は瑞樹の母に近寄り、真剣な面持ちで真っすぐ目を見つめながら話す。


「恨み……?」


「はい、だからあなたを狙って暴れまわってるんです、何か……瑞樹ちゃんの恨みを買った覚えはありませんか?」


 麗華の問いに対し、瑞樹の母は少しの間悩んだが、すぐに首を横に振った。


「……無いわよ、ある訳ないじゃないそんなの……」


 麗華の問いを否定する母親だが、その眼は泳いでおり、まるで何かを隠しているようだった。


「え?」


「私の教育に間違いは無いのよ……だからあの子から恨まれる筋合いなんてあるわけないわ。」


 そういう母親の眉間に皴がより始める。


「で……でも瑞樹ちゃんは」


「うるさい!!」


「!!」


 ヒステリックに叫ぶ母親、麗華もビクッと驚く。


「わたしは間違ってない……すべてはあの子の為なのよ……絶対に間違ってない。」


 息も荒くなる母親、もはやその様子は明らかに正気ではなかった。


「ちょっと、落ち着いてくださ……」


「うるさいうるさいうるさい!!私がどんな気持ちであの子を育てて来たか知らないくせに……!!」


「!!」


 麗華に向かって大きく手を振り上げる母親、思わず目を瞑る麗華……しかし、その後響き渡ったのは引っ叩いた時の乾いた音ではなく、拳で殴った時のような鈍い音であった。


「……え?」


 麗華が目を開くと、なんと真也がジャンプして母親の頬を蹴飛ばしていたのだ。


「し……真也くん!?」


 突然の真也の暴力行為に動揺して叫ぶ麗華。


「んなもん確かに知ったこっちゃねえけどよ……わかる事が一つだけあるぜ。」


 真也は母親をまっすぐ見つめながら話す、その声は若干の怒りを含んでいるように聞こえた。


「……え?」


 母親は倒れ込んで蹴られた頬を押さえていた、突然の暴力と、小学生とは思えない真也の蹴りの痛みに戸惑っているようだ。


「あいつは……高原は、見ず知らずの婆さんの手助けをするような奴だって事だよ。」


 逃げて来た方向にチラッと目を向ける真也。


「そして見ず知らずの他人を助けるような奴は……絶対カンニングなんて反則はしねえ。」


 真也は前世で共に過ごした勇者の少女を思い出し、再び母親に目を向ける。


「そんなあいつがカンニングなんて反則を犯したって事は、あいつにとって、そうせざるを得なかったって事じゃねえのか?」


 倒れこんでいる母親に歩み寄る真也。


「ああそうだな、あんたがどういう思いであいつを育てて来たかなんて知ったこっちゃねえ、けどよ……」


「あんたは知ってんのか!? あいつがどんな気持ちで育って来たのかを!!」


 瑞樹の母を見下ろし、問いかける真也、その誤記は怒りを含んでいるような鋭い物であった。


「あの子の……気持ち……?」


 真也に詰め寄られた母親は苦悩の表情で俯いた。


「……!!」


「どうした?」


 突然強張った表情で身構える麗華、真也も同じ方向を向くと、瑞樹が髪を蠢かせながらこちらに近付いていた、それを見た真也も身構える。


(どうする……? 殺す訳には行かねえし……)


 真也はどうやって瑞樹に対処するか苦慮していた、すると突然母親が立ち上がり、瑞樹に歩み寄り始めた。


「……!」


「下がって!! 危険です!!」


 母親の行動に驚く二人、麗華は母親を止めようとするが、母親は瑞樹の目の前に来ると、優しく瑞樹を抱きしめる。


『……ア?』


「ごめんね……瑞樹。」


 母親の突然の行動に戸惑っている様子の瑞樹、母親は先ほどのヒステリックな叫びとは違い、優しい声で瑞樹に謝罪する。


「私があなたに厳しく接していたのは……私がそうやって育てられたからなの……」


 母親は瑞樹を抱きしめたまま自分の子供の頃を話す。


「私もそうだった……100点を取る為に、来る日も来る日も勉強ばかりで……遊ぶ事なんて許されなかった……」


「だけど、それが正しいんだって教えられて来たから……自分の気持ちを押し殺して、それを受け入れていたの……」


 話を続ける母親の眼から次第に涙がポロポロと零れる。


「本当は私だって……みんなと一緒に遊びたかった……勉強ばかりの毎日が嫌だった……」


「……!」


「……あ。」


 真也と麗華は気付いた、抱きしめらている瑞樹の真っ黒だった目に次第に光が戻っているのだ。


「本当は……あなたの気持ちを解っていた筈なのに……それすらも押し殺して……同じ事を繰り替えして……本当にごめんなさい。」


『ア……アあ……』


 瑞樹の眼からも涙が零れる、そして、不気味に蠢いていた瑞樹の髪が元の長さに戻り、肌の色も次第に戻っていく。


「ああああ……!!」


 大きな声で泣き叫ぶ瑞樹、その姿は完全に元の姿へと戻っていた。 


『オイ! ナニヤッテンダ!! ダマサレルンジャネエ!!』


 瑞樹に憑りついた怪異は焦った様子で再び瑞樹に語り掛ける。


『ソイツノシャザイハウソッパチダ……!! オマエガコワイカラテキトウナコトヲイッテ……!!』


 瑞樹を再び唆そうと語り掛けていたその時、怪異は突然何かに引きずり出されるような感覚を感じた、気が付くと、麗華が再び呪文を唱えて瑞樹の身体から怪異を引きはがそうとしていた。


『グ……ギギ……』


 怪異は引きはがされまいと抵抗するが、瑞樹が正気に戻ったためか、先程とは違い簡単に引きはがされていく。


『ダ……ダメダ……!!』


 もはや抵抗できないと悟ったのか、黒い怪異は自ら瑞樹の身体から飛び出て逃げようとした。


「あっ!!」


「逃がすかよ!!」


 空を飛んで逃げる怪異に対し、しまったという顔で叫ぶ麗華だが、真也は両手を合わせると、白い雷で槍のような物を作り出し、怪異に向かって投げる。


『グギッ……!!』


 雷の槍は見事に命中、怪異の身体を貫いた、さらに真也は右手を銃の形にして怪異に向ける。


「消し飛べ!!」


 真也の指から更なる雷が放たれた、その雷が命中すると、雷の槍は弾け飛び、辺りに猛烈な雷を放つ。


『ギャアアアアアアーーー!!』


 そして、その雷により、怪異は悲鳴を上げて跡形も無く消し飛んだ。


「……お母さん……お母さん……」


「……ごめんね瑞樹……本当に……ごめんなさい……」


 すすり泣いて抱き着く瑞樹と、泣きながら抱きしめる母親、麗華と真也は眼を合わせると、二人を優しい目で見つめていた。



 次の日の朝、真也達はいつも通り登校していた。


『ヒソヒソ……』


『ヒソヒソ……』


「……」


 瑞樹を見てヒソヒソと話しているクラスメイト達、どうやら先日のカンニングの事を話しているようだ、瑞樹は居心地が悪そうに俯いていた。


「よう。」


「おはよう、瑞樹ちゃん。」


「……! おはよう……」

 

 真也と麗華が瑞樹に声を掛ける、周りの事など全く意に介していないようだ、瑞樹は若干戸惑いながら挨拶を返す、周りの生徒も二人の行動に若干驚いているようだ。


「おはようみんな!」


『おはようございます先生!!』


 担任の教師が教室に入り、生徒達も挨拶を返す、その後、朝のHRが始まった。


「今日は、みんなに一つ言っておくべき事がある。」


 真剣な表情で口を開く教師、生徒達はキョトンとした表情で耳を傾ける。


「今朝、瑞樹のお母さんから電話があってな……先日の瑞樹のカンニングは、お母さんに脅されてやったそうだ。」


 教師の言葉に対し、瑞樹の方を見てザワザワと話す生徒達、瑞樹本人も驚いているようだった。


「静かに!! ……そのお母さんも、瑞樹のお父さんに叱られて考えを改めたらしい、だからみんな、もうカンニングの事は忘れるように、いいな?」


『……はーい!』


 教師の言葉に対し、大きな声で返事をする生徒達、瑞樹は安堵したような笑顔を浮かべていた。

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