第7話 「足が出る」のは赤字か「つんつるてん」か?

「足」を使う慣用句やことわざは、調べてみるとたくさんあります。

第5話 「足元を見る」は、どこを見ている?

第6話 なぜ、足のない魚が陸上では「足が早い」のか?

に続いて、今回は「足が出る(あしがでる)」です。


「足が出る」には意味が2つあります。

1.出費が予定を超えてしまう(予算オーバー、赤字)

2.隠し事が現れる、ぼろが出る


「足が出る」の語源については、いくつかの説がありますので、順にご紹介していきましょう。


まず「足」について、

中国の晋時代の風刺文学『銭神論(せんしんろん)』にある「翼なくして飛び、足なくして走る」に由来し、「お金には足がないのに、あたかも足が生えているかのように世間を渡り歩く」ことから、金銭を「足」と言うようです。


女房詞(女房言葉)でも「お金」を「お足」と言います。女房詞とは、宮中に仕える女房が使い始めた隠語的な言葉で、日常から自然に発生した言葉です。語源としては上記と同様で「お金には足があるように行ったり来たりする」ことが由来のようです。


現代では一般的に使われる「おなら(お+鳴らし)」や「おでん(お+田楽)」、「おいしい(お+美しい)」なども、もとは女房詞です。


この女房詞の「お足」が「足が出る」の語源とする説もありますが、やや根拠が薄いようです。


また、相場用語にも「足」があり、足があるかのように相場が移り変わるさまから、「欠損」の意味で「足」が使われ、相場で損失を出して不足分を完済できないことを「足が出る」と言うようです。


そして、2の意味の、隠し事が現れる、ぼろが出るにも通じるのが「着物の丈が短いために足が出てしまう」ことを語源とする説です。


通常の着物一着分の生地(反物)で仕立てると足が出てしまうため、足が出ないサイズで着物を仕立てると予算オーバーになってしまう、というのが1の意味での解釈です。しかし、予算オーバーで仕立てたときには足が出ていないので、言葉と意味があべこべになっているとも考えられます。


背丈に比べて短いサイズの着物であるため、隠しておきたい部分の足が出てしまう、という2の意味の語源とする方がしっくりきます。


2つ目の意味、隠し事が現れる、ぼろが出る、の別の慣用句として「足が付く」があります。「足が付く」は、犯人の身元や逃亡者の行方がわかる、犯罪事実が明らかになる、という意味で使われます。この意味から派生して、隠し事が現れることを「足が出る」と言うようになった、という説もあります。



さて、「着物の丈が短いために足が出てしまう」ことを「つんつるてん」と言いますが、ご存知でしょうか?

方言ではなく、全国的に使われるようです。着物や浴衣だけでなく、ズボンの丈が短くて、足首やすねが見えているときに使います。


最近では、丈が短いのもファッションやスタイルの一つなので「つんつるてん」は、すでに死語といえるかもしれません。ズボンも死語になりつつありますね。パンツ、またはボトムスというべきでしょうか。


「つんつるてん」の語源は、はっきりしませんが諸説あります。


江戸時代には「つんつら」や「てんつるてん」という言葉が使われていて、「つんつらてん」に漢字で「寸(つん)」「釣(つる)」「天(てん)」と当て字をしたので「寸釣天(つんつるてん)」になったという説。


また、「てんつるはぎ」という言葉があり、「はぎ」とは「脛」、「すね」のことで、着物の丈が短くて脛(すね)がむき出しになっている様を言うようです。「てんつるはぎ」が「てんつるてん」になったのでしょうか?


現代でも、流行語が生まれたり、若者だけが使う言葉があったりと、言葉は変化し、語源のよくわからない言葉も生まれます。江戸時代や明治時代も文化は盛んだったので、同じようなことが起こったのかもしれません。


当て字の「寸釣天」から、意味や語源を「寸法が天に(上に)に釣りあがる」とする説もありますが、これは考え方が間違っていて、「つんつるてん」はいわゆる『オノマトペ』(擬音語・擬声語・擬態語)であり、音や話し言葉から生まれたもので、漢字はあくまでも当て字と考える方が正しいと思います。


「つんつるてん」には、完全に禿げている、ツルツル頭、つるっぱげの意味もあります。関西ではこの意味で使われることが多いようですが、音の響きから派生した意味で、本来の意味としては「着物の丈が短いために足が出てしまう」の方でしょう。


また、「すっからかん」と同じく、お金がない、一文無しのことを「つんつるてん」というようです。これも音の響きから派生した意味だと思われます。


「つんつるてん」に似た言葉に「ちんちくりん」があります。「ちんちくりん」は小柄な人の体型を言うときに使いますが、洗濯した衣服が縮んでしまったときにも使います。


「足が出る」のような慣用句は、短い語句で言いたいことを伝えられて便利なものです。加えて、知識や語彙力が豊富であるというアピールにもなります。


一方で、「つんつるてん」や「ちんちくりん」は音の響きが楽しいので、ついつい使いたくなる言葉です。様々な場面で使いたくなるので、意味が増えていくのかもしれません。


最近の例では、「ヤバい」がいろんな場面で使われるようになりました。驚いたときなどに、ポジティブな言葉として使う人が増えましたが、元々は「危ない」や「怪しい」というネガティブな意味の言葉です。


語源は、江戸時代の「矢場(やば)」で、隠語として使われていました。矢場とは射的場のことで、弓で的を射る遊び場の裏で、隠れて売春が行われていたようです。


吉原などの認められた場所以外での売春は犯罪でした。そのため、役人に見つからないように矢場に隠れて売春をしていたことから、「危ない」という意味の隠語「やばい」が生まれたのです。


日本語が乱れているという意見もありますが、「ヤバい」については元々が犯罪から生まれた隠語ですから、そんなに目くじらを立てなくてもいいと思います。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【日本語の謎】なぜ、地名や県名は漢字二字なのか?/なぜ「手を染める」のに「足を洗う」のか?/なぜ「腹が立つ」と「頭に来る」のか?/「足元をすくわれる」と大変なことになる! @tataneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ