第36話 海の見える町



毛利「これはひどいね…。」


 すると、遅れて現れた1台の車の中から、慌てた様子の毛利が飛び出した。

 白いキャンバスみたいなコンクリートで塗り固められた堤防のあちこちには、妖怪衆が投げつけてきた謎のオレンジ色の物体がへばりついている。それを踏まないように気をつけながら、彼女かツカツカとこちらへやってきた。


 

毛利「ここで奴らがクラゲを採集してたみたいだけど…。それよりも、何でまた君がいるのさ?」



 毛利はキョトンとした顔で私を覗き込む。


私「お、俺だって…別にアイツらと会いたくてここにきたわけじゃないよ。青野に来たら偶然出会したんだ。それで大怪我を…。


 ところで…、毛利はあいつらがクラゲ採集をしてたって知ってたのか…。一体何のために……。」



 すると、毛利は困った顔をして、私をさとすように言った。



毛利「先に…答えて欲しいんだけどさ。

 君は、よく行く先々で妖怪衆と遭遇しているけど、もしかして何か彼らと繋がりがあるの?」




私「いや…いやいや!だから俺は全然関係ないんだってば!」



毛利「じゃあ、こんな時間に何でここへ…。」


 ここで嘘をついてしまうのはやばいと思った私は、恥ずかしさを我慢して、真実を言うことにした。青野へ訪れたのは、瀧宮が暮らしていた街を歩いてみたかったからで、仕事終わりにここへ来たため夜になってしまったこと。これを赤裸々に、洗いざらいすべて打ち明けるつもりで言った。


 毛利は、驚きの余り、しばらく黙ってしまった。まさか私が生家を訪れるほどに滝宮に執着していたとは、思いもしなかっただろう。

 


毛利「聖地巡礼とは、熱心なファンなんだねぇ…。」



 彼女は私のストーカー気質を、熱心なファンの心ということにして自分自身を納得させたみたいだった。しかし内心は、その瀧宮に対する好意の異常性に気づいていたに違いなかった。


 毛利は目を泳がせながら、「だったら良かった…。彼らと無関係だったら別にいいんだよ…。」と小さな声で言った。



私「くっ…。」


 私は顔を真っ赤にして、唇を噛んだ。

 別に、瀧宮に何か危害を及ぼしたわけではないし、実家がある街を勝手に訪れたっていいではないか。それなのに毛利。無理やり人の心の深淵しんえんのぞき込んだ上に、露骨に引いた表情をして…。私は彼女のことを心底恨んだ。



毛利「あれ…。でも、瀧ちゃんの住所って青野だったんだね。そういえば私、君よりも長いこと彼女のファンだけど、全く知らなかったよ。」



 毛利は不思議そうな顔をした。

 これについては仕事上得た個人情報で知ったとはいえず、以前タイヤ公園を訪れた時に本人から聞いたという、かなり苦しい嘘をついた。


 すると彼女は、「そんな情報を聞き出せるなんて。」と、ファン歴が浅い私に先を越されたことを少し悔しく思っているような表情を浮かべた。






私「あのさ…、そんなことより…妖怪衆が何でこの場所でクラゲを乱獲していたのか、教えてくれよ。」


 私はそれ以上深掘りされるのを恐れ、話題をさっとすり替えた。



毛利「ああ、ごめんごめん。君の疑いが晴れたわけだし、教えてあげるよ。」


私「…妖怪はクラゲを主食にでもするのか?」



 引きった顔で冗談を言うと、毛利はケラケラと笑い出した。



毛利「あはは。違う違う。

 彼らがアカクラゲを捕まえていたのは、加工して武器に使うためだと思う。それを天日で乾かして粉末状にし、相手に投げつける道具として使うんだってさ。」



 クラゲの毒を武器に使う。実に奇天烈な理由を知って私は愕然とした。そして、地面に散っているこのオレンジ色の物体に目をやった。



私「もしかして、あいつらがさっき投げつけてきた、オレンジ色のコレって…。」



毛利「まぁ、似たようなもんだね。でも、このオレンジのペーストの原料はクラゲじゃなくて、おそらく毒性のキノコや草、そして洗剤などの化学物質。目に入れば失明する危険だってある、彼らのお得意の武器だよ。」



私「え…ええ…。そんなこと…。」



毛利「これについては彼らを調べている有識者が言ってたんだ。まぁ、混乱するのはわかるよ。私だって初めは信じられなかった。


 …まぁそれはさておき、私たちのここ最近の動きを知ると、君もここで彼らと遭遇した理由がわかると思うな。」


 そう言って毛利は、ホチキスで留められた三枚の資料をカバンから取り出し、私に見せてきた。そこには、草やキノコの写真と名前が羅列している。



毛利「これは全て、亜広川市に生えている野生の毒草、そして毒キノコのリストだよ。もちろん、彼らが過去に武器として加工したことのあるものばかり。


 ことの発端は、ちょうど1週間前のこと…。」





 こうして毛利から聞かされた話は、彼女がこの前言った、「現代の妖怪戦争」がすでにこの広島の山中で勃発していることを知らせるものだった。


 

 まず、亜広川市に在住する林業を営む人から、奇妙な問い合わせがあった。それは、「山中の毒草、毒キノコが軒並み刈り取られている。」とのこと。


 毛利らが詳しく尋ねてみると、彼は「おそらく妖怪衆が戦う準備をしており、武器の加工に必要な毒物を山から採っている可能性が高い。」と言った。何でも、昔から彼らが攻撃に備えるときは、決まってこれらの草・キノコ類が山から姿を消していたらしい。



 これを受けてすぐに対策本部が立てられ、毛利らは地元住民らと協力し、彼らに先んじて山中の毒物を全て取り尽くしてしまう作戦に出たという。


 毒の武器を備えた彼らを妖怪の大蛇に見立て、「ウワバミの毒牙折どくがおり」と命名されたこの作戦は、護衛のために機動隊などが動員され、静かにかつ大胆に行われたという。



 もちろん、こうした動きに妖怪衆も気づいたようで、彼らは山中で作戦を実行する部隊に投石による攻撃をするなどして妨害をしてきた。しかし、そこは機動隊が盾で防ぎ、さらに地元住民の知恵に基づき、大きな音で牽制けんせいするなどして防ぎきった。


 こうして、わずか数日で、毒草・毒キノコが特に群生していることで有名な三山、「行者ぎょうじゃ山」、「茶臼ちゃうす山」、そして「明神みょうじん山」から、軽トラックの荷台がいっぱいになる程の毒物を取り除けた。


 「三山の毒さえ奪えれば、山の妖怪恐るに足らず。」


 昔、ここの猟師が語った言葉に、こういうのがあるらしい。ここで言う妖山の怪とは、もちろん妖怪衆のことである。

 つまり、この時点で、我々と全面的に戦うに十分な毒をすでに妖怪衆が集められないことが確定したという。

 

 勝負は決した…。誰もがそう思ったときだった。





 ここで安心してはいられない事態が勃発した。

 昨日から、瀬戸内海で毒性のアカクラゲが大量発生したのだ。これも過去に妖怪衆らが武器として使った記録があり、山の毒が枯渇した今、彼らは必ずクラゲ採集に向かうだろうと専門家が警笛を鳴らしたのである。

 

 しかし、クラゲが発生したエリアは非常に広く、それらを全て網羅するのは不可能であった。したがって毛利らは苦渋くじゅうの決断として、彼らが出没するであろうエリアを数か所絞って警固にあたったという。



 しかしながら予想は大きく外れ、結局ノーマークだった佐伯市の小さな漁港、青野に妖怪衆は現れた。しかも、よりによって私がそこに偶然居合わせたのである。


 ところで、私が急襲された理由は、干されていたクラゲに近づいたことが、採集の妨害をしに来たと勘違いされたからだろうという結論に至った。






私「まぁ…何というか…。俺って、運がないよなぁ…。」



毛利「はは…。むしろ私たちの組織に雇いたいぐらいだよ。君の嗅覚を使えば、簡単に妖怪衆の活動する現場に遭遇できそうだからね。


 ところで、彼らが急に攻撃的になった理由が分からないんだ。多分、1週間前ぐらい前、そうそう、君と二人で飲んだ日あたりから、明らかに異常な警戒体制をとっている。

 何かあったんだろうけど…。」



私「い…1週間前…か…。」



 1週間前といえば、私が星海を襲撃するよう依頼した偽の手紙を彼らに送った日と近い。あの手紙には彼らを刺激する要素をふんだんに盛り込んだつもりだから、もしかするとそれがきっかけだったのかとも思う。

 当然、そんなことを打ち明けれる訳もなく、私はただ黙るしかなかった。

  


毛利「君も…知っているとは思うけど…。星海くんがね…丁度その頃、行方不明のになったんだ。亜広川市に向かう姿を最後にね…。

 きっと…きっと…、犯人はあいつら…あの野蛮な妖怪衆に他ならないよ…。

 許せない…。無関係の星海くん。多分もう命はないと思う…。


 なんかね、要するにさ、ターゲットは誰でもよかったんだよ。私たちを憎む過激派連中にとって、社会に属する全ての人が敵なんだからね。」




 私はそれを聞いて、無表情のまま答えた。



私「ああ、星海くんがいなくなったのは知っているよ。本当に…許せないよな。」


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