第22話 異物への手紙
殺意に支配された私は、押し黙ったまま交差点を通り過ぎた。
星海さえいなくなってくれればと、もう長いこと脳が
…もう殺してしまう他ない。
久々に出た声は、脳内に渦巻く憎悪がありのまま音に受肉したものである。本来ならば決して外に出してはいけないその言葉も、周囲に誰もいないことをいいことに、なんの
しかし、どうしたものか。現実世界で、しかもこの日本という国でそれを実行するのは極めて難しいことに気付かされた。
殺人を題材にした漫画や小説が、いかにも簡単に人の命を奪えるようにうそぶいているが、現実はそういうわけにはいかない。人の命自体は
私「そうだ。」
しかし、心地よい夜風が頭の上を通り抜けたあと、ある一つの方法が浮かんだ。
妖怪衆に星海を襲わせるのはどうだろう。
あの攻撃用に加工された石が、彼の頭を打ち砕いてくれれば爽快である。
初めは突拍子もないことだと思ったが、しばらく考えて、それが名案であることに気づいた。
妖怪衆と人間とのやりとりは、唯一のメッセンジャーである黒萩を通じて手紙で行われている。ということは、この黒萩を装って星海を襲撃する依頼文を私が作成して送ればいいのではないか。
そして、彼らの中にはこっち側を過度に警戒する者たちもいるから、そういう過激派を刺激する文章を送れば、星海が襲撃される可能性はより高くなる。
私「それだ…。それだよ…!」
この案が間違いないと思った時、行動せずにはいられなかった。
私は、帰宅するやいなや、まっさらなA4用一枚とボールペンを持って机に張り付いた。そして、一度しか会ったことのない黒萩の姿をできるだけ詳細に思い出しながら、その口調や雰囲気を真似たものを文章に落とし込んだ。
こうして、星海がいかに悪人であるか嘘の情報をしたためた、妖怪衆宛ての襲撃依頼文をあっという間に作り上げたのである。
そしてターゲットの男の写真をSNSから引っ張ってくると、それをA4サイズの紙に印刷して手紙に添えた。
手紙は以下のような内容だった。
「山本 姫犬様。突然のお手紙、失礼します。
急ぎゆえに、早急に本題に入らせていただくことをお許しください。
我々は、あなたたちの集団が社会と適切な距離を維持し、これから先も末長く存続できるよう不断の努力をしてまいりました。
しかし、最近、それを危険に晒す悪質な存在が現れたのです。
星海という男をご存知でしょうか。
彼は極悪人です。我々と文化の異なる
例えば、連日の如く、妖怪衆は野蛮で低俗で危険な存在だとさまざまなメディアで叫んで、間違ったイメージを大衆へ植え付けようとしているのです。
彼は、滅ぶべきです。
早く始末されなければ、我々との融和が実現することなどあり得ません。
したがって、この手紙を書いた次第でございます。
あなたたちの力を借りて、彼を亡き者にしてほしいのです。
方法はなんでも構いません。大勢で取り囲んで撲殺するもよし、山中にある崖から突き落とすのもいいでしょう。
そして、彼の顔を映した写真を一枚同封しておきました。この顔の男こそが、星海でございます。一刻も早く彼の命を奪ってください。
ところで、彼はタイヤ公園の女子と付き合っており、時々そこへ出入りしているようです。したがって、公園近くで待ち構え、写真の顔の男が来たら襲撃するという方法がいいと思います。
最後に、これは極秘な依頼であるために、必ず公言しないようお願いします。そして、彼の始末が終われば写真ごと燃やしていただきたいです。
これについてのお返事は必要ありません。
黒萩。」
私「さて…あとはこれを石塔へ持ってゆくだけだな。」
私は完成品を茶色い封筒に入れると、クスクスと笑いが漏れるのを堪えた。そして、愚かにも瀧宮へ会いにノコノコと公園を訪れた星海が、待ち構えていた妖怪衆らに袋叩きに遭う無様な様子を想像した。
しかし、殺意には先述したような凶暴性に加えて、すぐに鮮度が落ちてしまう
私「いや、でも…、この方法は本当にうまくいくのかな。」
そして、気づいてしまったのだ、妖怪衆がこの手紙を受け取ったとして、必ず星海を襲撃するとは限らないことに。
世の中、そううまく事が運ばないのを知っている。
例えば、この手紙が偽物だとバレるなんてことが容易に起こり得るし、そうでなくたって、和平の望む派閥からの抑制が働いて襲撃に至らないことだって十分にあり得るのだ。
それらを踏まえると、多く見積もって大体成功確率は6割といったところだろう。ついさっきまで彼の命を確実に奪えるものだと思っていた私は拍子抜けしてしまった。
しかし、失敗する可能性をそれなりに
誰しも殺人を犯す時、それを実行するまで何度も、罪の意識と葛藤するはずだ。「本当に殺してしまっていいのか。」、「加害者になった自分はその後どうなってしまうのか。」という感じで、いくら憎い相手を殺害する場合であっても、このような抑止力がかかる。
でも、今回の方法は上手くいかない可能性が結構高い。それこそが、私の緊張感を変に緩ませ、なんだか殺人にリアリティを感じなくなっていた。だから、罪に意識とか葛藤とか、そういったものに一切翻弄されることは無かったのである。
もし、この計画がもっと緻密に考えられており、
翌日、私はまるでゲームで敵ボスを仕留めるぐらいの、どこか現実性を欠いたイメージを浮かべながら、何の
私「まぁ…、成功すればラッキーって感じだよな。」
この日も稼働日だったため、私は仕事が始める前、つまりまだ日が昇らないうちに亜広川市を目指して車を走らせた。
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