第19話 妖怪の長



 小川は瀧宮の忠告など一切気にせず、意気揚々いきようようと語り始めた。



小川「いいよ。大丈夫。


 ‥それじゃ、続きを話してゆきますね。


 公園での生活を始めた時は収入も当然無く、三週間もすれば財布の中身はすっからかんになってしまいました。もちろん、お腹も減っていましたが何を買うこともできません。


 さらに、当然娯楽なども無かったので、私と瀧ちゃんはタイヤ遊具の頂上に二人並んで、空っぽのお腹をさすりながら、ずっと空を見つめて数日を過ごしました。



 辛かったですね。

 極限の空腹状態で何もする気が起きず、かといって何か打開策を生み出さないと餓死するだけ。出会った時よりもすっかり痩せてしまった瀧ちゃんの顔を見て、何度も不安に押しつぶされそうになりました。


 そんなある日、急に喉が乾いてきて、私は水分を摂ろうと川に向かいました。その時は公園に瀧ちゃんを残して、一人で向かったんです。


 近くには岩の割れ目から綺麗な水が流れ出している場所があることを知っていたので、私はそこの水を手ですくって飲むことにしました。


 そうすると、少しだけ気力が戻ってきて、頭もクリアになってきましてね。『負けるもんか、また頑張ろう!』って意気込んで公園に戻ったんです。




 すると、公園にはさっきまでいなかった男性が一人いて、遊具の前で瀧ちゃんと話していたんです。

 誰だろう…。私は警戒しながら近づいて、瀧ちゃんの横にそっと立ちました。


 その人の年齢は私の父親ぐらい。だから50歳かなぁ。瀧ちゃんによると、彼は私が川へ向かった直後、突然茂みから現れたということです。


 だよね?」




瀧宮「うん‥。だ、だから、すぐに小川ちゃんを追いかけようとしたんだよ…。でも、その人が話し始めちゃったからさ…。」



小川「こんな風に瀧ちゃんは怖がっていましたが、私は、わらにもすがる思いで男性に助けを求めたんです。怪しい人かもしれないけど、チャンスを逃したくはないと言う一心で…。


 私たちが行くあてのない女子で、公園を住居にしていること。もうお金がなくて、食べ物にも困っていることなど。全てを包み隠さず男性に話しました。」




 公園に突如現れた男性。怖い話にも色々な分類があり、大半は幽霊が出てくるものが占めているのだが、私は小川の話がそれとはまた違うタイプのものだと察知した。

 

 





小川「そしたら、なんとその人はアルバイトを紹介してくれたんです。しかも、ありえないぐらい待遇がいいやつを。時給も高かったし、昼食まで安く食べられるという特典まで付いてきたんです。


 正直、断る理由がないと思いました。いや、こんな絶妙なタイミングで舞い込んできたから、きっと神様がくれたチャンスだと確信しました。 



 で、その仕事内容はというと…。

 公園から徒歩1時間ぐらいの田舎町にぽつりとある、お爺さんが一人で経営しているクリーニング屋さんでの業務でした。具体的には、服を手洗いしたり、アイロンでシワを伸ばしたり、あとは店の清掃とかの雑用もやっていましたね。だから、決して怪しいものでは無かったんです。


 しかも、面接も履歴書も不要。店の人に例の男の人の紹介で来たというと、その日から働くことを承諾してくれました。


 こうして、謎の男性のおかげで私たちは生活を続けることができたんです。」




 

 やはり、この話は幽霊の類ではない。それよりも身近に溢れている、しかしながら時に凶暴性を持ち合わせている我々人間が恐怖の対象となっている話だった。

 




小川「で、実はその男性、今も何者だったのかよく分からないんですよね。


 ただ、とにかく親切で、確定申告のやり方とかも丁寧に教えてくれるなど、いろんなサポートをしてくれました。

 そして、いつもニコニコしていました。というか、まるで仮面が張り付いているみたいに、ずっとずっと笑顔だったんです。」



 

瀧宮「私もすごく感謝してるけど、あの人、明らかに様子がおかしかったよ。…地元の人からも、すごく怖がられていたような気がするし…。」



小川「そうそう‥‥、その通りで。

 その人、すごくいい人だったんですけど、なぜか近隣の住民たちから避けられているみたいだったんです。

 彼と一緒に歩いていると、みんな逃げるように家へ戻ってゆく…。畑仕事をしている人も、庭でくつろいでいる人も、皆んな皆んなそそくさと姿を消すんです。


 男性はいつも徒歩でやってきて、車とかは持っていなさそうだったんで、多分この辺りの人だとは思うんですけどね。きっと、余所者ではないはず…。


 だから、親切なのは間違いはないんだけど、どこか不気味な人だと思ってました。」




 小川はここで、急に肩をぶるっと震わせた。多分、話しながら何かを思い出したのであろう。それで悪寒を感じたのか、慌ててさっき脱ぎ捨てたアウターを着直した。




小川「すいません、急に寒くなってきて…。話を続けますね。


 そんなある時、公園に一人のおばさんが尋ねてきました。多分、地元の人だと思います。私たちが公園生活をしていると知って、沢山のお菓子を持ってわざわざ来てくれたんです。

 

 でも、おばさんはここを訪れたのは、私たちにお菓子をあげるのとは別の目的があったみたいで…。それは、ある警告を告げることです。


 その警告とは、あの親切で不気味な男性、彼とは絶対に関わらない方がいいと言うものでした。



 それまで男性についておばさんに喋っていなかったので、すごく驚いたのを覚えています。どうやら、私たちと男性が一緒にいたことは、この辺りで少し有名になっていたらしいんですよね。それほどにあの男性の動向に皆が注目しているみたいで、ますますその正体が気になりました。




 私は思わず、『関わらない方が良いって、何でですか?』っておばさんに尋ねていました。


 で、それに対する回答が本当に怖かったんです。





 『あの男は優しいフリをして近づき…そのうち、あなたたちを山に連れてゆこうとしている。そうすれば、もうこっちの人間社会に戻りたくても、戻れなくなるよ。』


 おばさんは真面目な顔でそう言っていました。それを聞いた私も瀧ちゃんも唖然としました。その意味が分からなかったし、だからと言って男の正体について尋ねる勇気は、すっかり消えてしまいました。


 この時私は、実は男性が山に住んでいる幽霊とか怪物ではないかと考えていました。そんなことありえないと分かっていながらも、恐怖で足がすくみ上がってしまったんです。」

 


 ここで、私の想像していない方向へ話が大きく舵をきりだした。てっきり、幽霊など超常的なものは出てこないと予想していたのに、ここへきて、男の正体としてそれに近いものが顔を覗き込ませたのだ。


 が、小川の話は、この後も予想しない方向へと転がっていった。




小川「そしておばさんは『あの男があなたたちに近づかないように、役所の人に相談してみる。』と、また訳がわからないことを言って帰ってゆきました。



 …そこから、パッタリとその男の人は現れなくなったんですよね。


 役所の人がその男に、私たちから離れるよう注意勧告してくれたのかなぁ…みたいなことを瀧ちゃんと話しながら、恐怖でぶるぶる震えていました。そして、この日から、男性が紹介してくれたクリーニング屋さんにも行かなくなってしまいました。



 こうして、また極貧生活に戻ったわけなんですけど、でも、幸い住所不定者向けのの職業紹介とかをやっているNPO団体が私たちを見つけてくれて、なんとか生活を続けることができたということなんです。



 でも、あの人、一体何者だったんですかね…。」



 すると、間髪入れず、それに対するコメントが書き込まれた。

 「これって実話なんですよね。だったら、男の正体がものすごく気になります。名前とか知ってたら、教えて欲しいんですけど…。」



 それをみた小川は非常に困った顔をした。他人の個人情報をばら撒くような行為は、彼女らのイメージダウンにもつながるだろうから。




小川「うーん…流石に、本名を言うのはやばいからなぁ…。」




 そして、彼女は瀧宮と顔を見合わせ、「イニシャルだけ…Yさんって言えばいいかな。」と言った。しかし、瀧宮は「やめた方がいいよ。」と首を振る。



小川「ごめんなさい…やっぱり、昨今は個人情報に厳しいんで…名前はお伝えできません。」


 小川は悩んだ挙句、回答を拒否した。しかし、私にも視聴者にも、彼のイニシャルがYであることはしっかり聞こえていた。




 Y…、Y…。



私「あ…。」



 私は、この時、幽霊なのか人間なのか定まらなかったこの怪談話が、思いもよらぬところへ着地したことを知った。


 イニシャルY…。それってまさか山本姫犬のことではないか。タイヤ公園の場所を考えると、一番その説がしっくりくる。しかも、話中に出てきた「山へ連れて行く」とは、彼の率いる妖怪衆、山中で暮らしている彼らの一員へ組み込むと考えれば何も不自然なことはない。




 なんと姫犬は、瀧宮を含むタイヤ公園の女子と接触していたのだ…。



 私は、息を呑んだ。


 

 まだ、その姿をこの目で見ていない妖怪の頭目の息遣いを、確かに感じたからだ。満面の笑みを浮かべた中年男性の姿…、それが怪物軻迦羅の血を引く末裔たちを主導する男の風貌らしい。

 

 この時私の頭に浮かんだのは、「ぬらりひょん」という妖怪だった。

 それは、一般的に知られる妖怪のリーダーを務める伝説の存在で、彼は頭の大きな老人の姿をしていると、かつて小学生の時に絵本でみたことがある。

 その姿が、小川の話を元に脳内に構築された想像の姫犬の姿と、全く一致してしまった気がした。







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