49.憎悪の囁き



 瑠佳による犯行の可能性に気づく前、動機という面から讃を疑っていたこともあった。

『別に、いなくてもいいのに』――初対面時に向けられた意図の読めない言葉。歓迎されていないのかもしれないと訝り、その不安が疑いに繋がっていた。


 しかし生徒会室の角砂糖について話を聞きに行った際、アリサは思い切って、初対面時に言われた言葉の真意についても問いただしていた。


 ――『人、少ない方が、藤花とたくさん踊れると思ったから』


 讃は存外正直に答えてくれた。顔色を変えることが極めて少ない彼女にしては珍しく、仄かに頬を赤くして目を逸らしながら。

 アリサは初め戸惑ったが、美弦の言葉を思い出して合点がいった。


 ――『ふふ、相も変わらず一途なお方。アリサさんもそう思うでしょう?』


 要するに讃は、藤花とできるだけ長く一緒にいたいと思っていただけ。

 スリーズのお姉さまを厚く慕い、慕い過ぎているがゆえの言動――それを理解しているからこそ、美弦も『一途』と表現したのだろう。アリサ自身が嫌悪されているわけではないと分かれば、殊更に疑う理由も薄れる。


「堂に入った語り口で、驚かされたわ。まるで探偵さんみたい」


 アリサの推理を聞き終えると、瑠佳は小さな拍手をしてみせ、


「いえ、さすがは学年首席、セイラさんの妹と言うべきかしら。理論だけではなく、きちんと自分で検証を重ねて結論を出しているのも見事だわ。努力型の天才ね……そこはセイラさんとは違うけれど」


 少しも焦る様子はなく、それどころか嬉しそうに話している。

 自分の推理を信じて疑わないアリサには、気に食わない態度だった。


「なにがそんなにおかしいのですか? それとも、まだなにか申し開きが?」


「純粋に感心しているのよ。アリサさんの推理を聞いて……私の机を漁ろうとしたのも、お目当てはカッターナイフではなく磁石の方かしら」


「その磁石は、学院内の売店には売っていないものです。文房具として使用するにしても小さ過ぎて、用途が思いつきませんわ。それを瑠佳さまがお持ちだった場合は――」


「確証を得るだけの材料になる、ということね。だけどお生憎さま、私の机の中にそんな磁石はないわね。もちろん探してもらっても構わないけど、どうする?」


 瑠佳が磁石の余りを残していないのは想定の範囲内だったが、となると決定的な証拠を提示することができない。今までのはあくまで状況証拠にしかならない。

 が、仮に磁石が見つからずとも、疑うにはすでに充分過ぎる――なにより本当にあらぬ疑いだとすれば、この平然とした態度は奇妙に思えてくる。


「ねえアリサさん、本当にそれでお終いなのかしら」


「え……?」


「アリサさんは今の推論が、私を疑う理由の一つだと言ったわ。ということは、まだほかに言い残していることがあるんじゃないかと思って――たとえばそう、仮に私が犯人だとしたら、動機はなんなのか。私がそんな物騒なもので、アリサさんを脅かそうとする人間に見える? そんな理由があると思う?」


 確かに、瑠佳がアリサを傷つける理由は見当たらない上、あのやり方ではむしろ刃先に気づきやすくなり、傷つく可能性はほぼなくなってしまう。

 しかしそれこそ、動機に思い至るきっかけにもなっていた。


「先ほどわたくしは、角砂糖と磁石を用いた犯行の理由の一つとして、刃先があることに気づかせるためだと言いましたわ。結果的にそれは誤飲を防ぐことになります――わたくしを脅かすことが目的であればそんな小細工をする必要はありません。つまりあの刃先の目的が、ほかにあったことを意味しています。それは一体なんなのか……」


 アリサはぎゅっと奥歯を噛み締めたのち、大きく息を吸い込んだ。


「あの日、お茶会を催すことを決めたのは瑠佳さまでした。新入生の歓迎を兼ねた集まりでありながら、わたくしと舞白さんにお茶会の準備を習わせるよう仕向けたのも瑠佳さまです。その結果、わたくしは瑠佳さまと共にテーブルの準備、舞白さんは姫裏さまと共にコーヒーやお茶菓子の準備と分かれた――その割り振りを決めたのも」


「……私、ね」


「そうです――わたくしを傷つけるための刃先でないとしても、コーヒーに異物が混入したことは事実ですわ。もしあの場でわたくしが異物の存在を明らかにしていたら、誰が最も疑われることになるのか……姫裏さまはあくまで指導役で、実際にコーヒーの準備をしたのは舞白さんです。たとえ故意ではなく不注意ということになっても、異物がカッターナイフの刃先となれば大問題です。もしそうなっていれば……」


 舞白は篝乃会にいられなくなるかもしれない。

 それだけでなく、スリーズであるセイラの評判にも傷がつく。


 ――『中高の垣根が取り払われている分、話や噂が広まるのも早いのよ。一人が見れば波紋のように伝播していく……』


 瑠佳の言葉が鮮明に思い出される。

 二人で一つの、純桜の『さくらんぼスリーズ』――片方が傷つけば、もう片方にも影響が出る。二人共に、地に落ちかねない。

 そういう状況になることこそ、真の狙いだったとすれば。


「一つだけ、正直にお答えください――瑠佳さまにとって、セイラお姉さまは邪魔者なのでしょうか?」


 悠芭からノートを見せてもらった時、アリサはもう一つ、瑠佳に関して気になる記述を見つけていた――『篝乃会書記。学力考査ではセイラさまに次ぐ学年二位を維持し続けている学院切っての秀才』――一見すると称賛にしか値しない記述だが、瑠佳は入試の時点では学年首席であり、セイラにも勝っていたことになる。

 それがこの記述を見る限りでは、入学以降に首席を奪われたのち、一度も返り咲けていないことになる――もしもそれが、瑠佳にとって堪えがたい屈辱になっていたとすれば。


 ――『お祖母さまは卒業まで首席で、当時の篝乃会の会長、アリスさまでもあったわ。私にもその両方の期待をかけているらしくて、でも私は、そのどちらも応えられそうにないのよ』


「ふっ――ふふ、くくくっ」


 気づいた時、瑠佳は笑っていた。

 心の底から湧き上がる喜びを懸命に抑えつけようとして、それでも思わず零さずにはいられないというような、喉の奥で鳴らしている笑み――初めて聞く声だった。


「やっぱり私の目に狂いはなかった。たった今、確信に変わったわ」


「確信……? なにを仰って――」


 困惑するアリサの声は、満面の笑みで歩み寄ってきた瑠佳に抱き着かれたことで行き場を失った。


「い、いきなりなにをっ……」


「私のお姉さまはね、酷く甘党だったの。コーヒーに何個も角砂糖を入れるくらいの……そんなお姉さまを喜ばせたくて始めたのが、あのオリジナル角砂糖だった。それが今になって、こんなことに利用してしまうなんてね」


 耳元で吐息混じりの声を囁かれる。

 アリサは少しだけ体勢を崩しながら後ずさり、いつの間にか自分の机の方に体を押しやられていた。


「アリサさんのお願い通り、正直に答えましょうか」また囁くように瑠佳は言って、「私は、アリスさまになりたいの。アリスさまにならなければいけないの」


「では、やはり瑠佳さまが――」


「私には、三人のお兄さまがいるわ。でも互いに憎み合っている。貴船の家は代々そう。誰が最も優秀か、一番早く教授になれるか、お祖父さまやお父さまの跡を継げる存在になれるか……本当は誰も医者になんか興味がない。ただトップを取り続けた先に待っているのが医学の道というだけ。そんな下らない見栄の張り合いを代々続けた結果に待つのが、いくつになって続く骨肉の争い――でもね、私だけは違う。お兄さまたちはみんな、私のことを可愛がってくれるの。まるで愛玩動物みたいに。なぜだか分かる?」


 そう問いただしながら、瑠佳は両腕に少しずつ力が込めていく。

 かつて柔らかで心地よく感じられたはずの温もりが、今は少しだけ息苦しく思えるほどアリサの体を締めつけていた。


「幼かった私は、ずっと愛されているのだと思っていた。愛されているから可愛がってくれる、優しくしてくれるんだって……でも、お祖母さまから教わったの。『お前が可愛がられているのは、期待されていないからだ』って」


「期待されて、いないから……?」


「お兄さまたちがいがみ合っているのは、ほかの兄弟が自分を脅かす存在になると認識しているから。敵対心を燃やしているから――でも私は違う。貴船の家の男は代々医学の道に進むのに対し、女は良縁を結ぶための体のいい道具。そういう歴史が繰り返されてきた果てに生まれたのが、私。お祖母さまにそう教わった時、私の中に光が灯ったの。小さな火の光、蝋燭に点いた灯火のような光は、次第に激しく燃え盛っていったわ。


 私は誰よりも優秀であろうとした。お兄さまたちにも負けないくらい勉強して、お兄さまたちと同じ名門の初等部で、遜色ない成績も取った。これで私も期待してもらえる、お兄さまたちと同格になれると思った――でも、中等部に上がる前に父から言い渡されたのは、この純桜女学院に進学させるという話だった。貴船の女は、代々この学校に進むものだからって。


 結局、私は抗えなかった。どれだけ努力をしても、どれだけいい成績を収めても、お兄さまたちのように目をかけてもらえることなんかないの。期待されることのない定めにある……それでも、お祖母さまだけは私に発破をかけてくれた。お祖母さまがご在学されていた時代に比べれば、純桜もお兄さまたちが通う名門私立と遜色のない進学校になっている。そこでトップに立つことには確かな価値がある。学院中の人望を集めてアリスさまに選ばれることにだって。だから、トップになりなさいって――その言葉を支えに私は入学し、首席で合格してみせた。


 このまま行けば、お父さまやお兄さまたちを見返すことができる。お祖母さまからの期待に応えることができる……そんな一縷の望みを断ち切ったのがセイラさん、清華セイラ――あなたのお姉さま」


 背筋がぞくりと震える。首筋に触れる声から感じられる、明確な憎悪。

 重ね合わせた胸元がドクドクと脈打ち、互いの心音が少しずつ同化していくような感覚に言いようもない怖ろしさを覚え、アリサは瑠佳の体を押しのけた。


「そんな話をして、わたくしに許しを請うおつもりですか? 自らの行いに免罪符を与えられたいのですか?」


「免罪符? ――いいえ、罪を免れる気なんてないわ。免れる必要もない」


 突き放されてもなお、瑠佳は笑みを湛えたままアリサに歩み寄り、


「アリサさんは、私の気持ちが分かるはずだから。分かってくれるはずだから」


「わたくしが、瑠佳さまのお気持ちを?」


「アリサさんは、私が抱える憎しみにたどり着いた。私がセイラさんを憎むだけの理由に見当がついた……それはアリサさんが、私と同類だから。私と同じ光を、胸の奥に灯しているから」


「わたくしが、お姉さまを憎んでいると仰るのですか? そんなこと――」


「あるはずよ。アリサさんも私と同じ。期待されることがない存在……たとえばそう、あなたのご両親。褒めてもらえたことはある? 純粋に、アリサさんだけのことを、セイラさんが引き合いに出されることなく褒められたこと、一度でもある?」


 ――『実力考査でもトップだなんて、さすがはセイラの妹ね。あの子も一年生の最初の試験からずっとトップだったわよね?』


 ――『ああ……セイラは満点だったな』


 脳裏によぎる両親の声。

 瑠佳の言葉を否定するために思い返したはずが、却って喉の奥が締めつけられる。


「アリサさんがいくら結果を残してそれを誇示しても、いつの間にかセイラさんの話にすり替えられる。あらゆる面において一枚も二枚も上手な姉の存在、うざったいと感じたことはない? 自分のことをだけを見てほしいと思ったことは?」


「お、お姉さまと比較されるのは、仕方がないことですわ。わたくしはお姉さまを尊敬しています。瑠佳さまのように思ったことなど、一度も……」


「強情ね。でもその尊敬も、今のアリサさんにとって嘘ではないのでしょう。かつて私もそうだった。お兄さまたちを心の底から尊敬していた――眼中にもないと知らずに、愚かな私。アリサさんを見ていると、かつての私を見ているようで、悲しくなってくるの」


「いい加減なことを仰らないでください! わたくしは瑠佳さまとは違います。憐れみを向けられる道理なんて」


「道理ならね、実はあるのよ。私は知っているの。本当はセイラさんが、あなたのことなんてどうでもいいと思っている理由が――ねえアリサさん、あなたはセイラさんとスリーズになりたかったのよね? その可能性がゼロではないと思っていたのでしょう? でも残念ね、あなたがセイラさんとスリーズになる可能性は、初めからゼロだったのよ。どうしてか分かる?」


 アリサは返答に窮した。もし瑠佳の言葉が本当なら、実の姉妹はスリーズになれない決まりでもあるのかと思案した。

 しかし告げられたのは、より残酷な真実。


「セイラさん自身が、あなたとスリーズになる可能性は無にしたよ――稲羽舞白とスリーズになるために」


「舞白さんと……? 仰っている意味が分かりません。そもそもスリーズは、ロザリオの裏に書かれた番号で決まるもののはずです」


「ほとんどすべての生徒はそうよ。マリアさまのお導きによって結ばれる。それは嘘じゃない……でも、あの二人だけは特別。に鑑みて、稲羽さんにだけはあらかじめ用意されていた『007』のロザリオが手渡された。つまり最初から仕組まれていたスリーズ――その関係を受け入れたのが、ほかならぬセイラさん自身」


 耳を疑うような話だった。あるはずがないとかぶりを振ろうとした。

 が、瑠佳の言う『とある事情』に心当たりがあるアリサには、話の続きに耳を傾けないわけにもいかなかった。


「アリサさんたちが入学する前、私とセイラさんは学院からある相談を受けたの。稲羽舞白という新入生が抱えているプライバシーな問題と、それに伴うスリーズの事前選定に関する打診――要は、舞白さんのスリーズを前もって決めておきたいという話。それで四年生に進級する生徒の中から、篝乃会に所属している私とセイラさんのどちらかにと、白羽の矢が立った。


 私は引き受ける気になれなかったわ。わざわざデリケートな問題を持つ後輩と一緒に生活するなんて、メリットがまるでないんですもの。でもそれはセイラさんだって同じ気持ちだと思っていたから、引き受けざるをえなくなったら仕方がないって、半ば諦めていた……けど、それが杞憂に終わったのは、セイラさんが自分のスリーズにすると了承したからよ。それも私と話し合うまでもなく、自発的にね」


「そんな……どうして、お姉さまが」


「その時は、私にも分からなかったわ。セイラさんはあまり自分のことを話さない人だから、単に良心から引き受けたのかとも思っていた。スリーズの発表は四年生にとっても結構ドキドキするものだから、誰が自分の妹になるのか、あらかじめ決まっていては楽しみが失われる。セイラさんはそういうことに興味がない人なのかと思っていたけど……。


 実の妹であるアリサさんが入学してくると知った時は、驚いたわ。そして実際にアリサさんと会って、深く同情もした。仕方がないでしょう? アリサさんはセイラさんとスリーズになりたいって願っていたのに、当のセイラさんは端からその可能性をゼロにしていたんだもの。すべてを知っている私からすれば、見ていられないほど辛かった」


 瑠佳の顔に普段通りの優しさが垣間見える。

 うら悲しさに駆られるアリサにとっては一種の魔性で、かつて縋りついた時の甘い温もりを思い返してしまう。いけない――そう自らを律しようとすればするほど、体が芯から熱く火照てり、胸の奥が疼き始める。


「セイラさんは実の妹とスリーズになれる可能性ではなく、身も知らないわけありな新入生とスリーズになることを選んだ。私には謎めいた選択に思えたけど、今となっては答えも明白――セイラさんは、稲羽さんを利用しようとしているのよ。自分がアリスさまになるために」


「お姉さまが、アリスさまに……?」


「アリスさまは、学院で最も人望を集めた生徒が選ばれる。個人の評価ももちろん大事だけど、それと同じくらい重要視されるのがスリーズの存在。一心同体の間柄であるスリーズは、時には相乗的に評価を高め合う存在ともなり、その逆もありうるわ。


 セイラさんが次期アリスさま候補と目されているのは本人の力も大きいけれど、五年生の五十鈴川さまを差し置いてまで言われているのは、セイラさんが現アリスさまのスリーズであることも作用しているわ。逆に五十鈴川さまのスリーズはこれと言って目立たない下級生だから、その部分の評価が弱いとも言える――このからくりを聞けば、セイラさんが稲羽さんをどう利用しようとしているのか分かってくるでしょう?


 稲羽さんは確かに問題を抱えている。でもそこに目を瞑れば、実技科目の首席で入学してくる将来有望な新入生。しかもセイラさん自身と同じ、バイオリンでの代表演奏。スリーズとしての評価を高め合うには格好の相手と言える。だから稲羽さんを言葉巧みに焚きつけて篝乃会の庶務に誘った――最終的には、アリサさんの言葉に背中を押されたみたいだったけど」


 ――『ところで、あなたはどうするの。篝乃会のお手伝い、興味はある?』


 セイラたちの部屋で行われたお茶会。

 アリサが篝乃会の話をした際、セイラは舞白の意向も確認していた。

 あの時の舞白には参加する意思がなかった――それを翻したのも、恐らくセイラ自身。


「私はね、アリサさんが反対してくれることを密かに期待していたわ。でも結果的に、セイラさんの思惑通りに事が運んでしまった……どうして素直に伝えなかったの? あなたには篝乃会に入ってほしくない、これ以上お姉さまとお近づきになってほしくないって」


「そんなこと、言えるわけが……」


「そうよね、稲羽さんは親友だものね。つい励まして、彼女の本当の望みを汲み取ってしまったのよね。その賢さがアリサさんのよさでもある……けど、それは同時に諸刃の剣。しかもなまくらな代物だから、相手をじわじわと傷つける羽目になる。いっそ鋭く切れ味があった方が一瞬で済むのに。アリサさんはただ問題を先送りにしただけ。稲羽さんが利用されているとも知らないで……あんなデリケートな問題を抱えた子が篝乃会だなんて、務め上げられるはずがない。姉妹揃って非道よ、このままだと」


 アリサは踵を返し、自分の机に手をついた。

 瑠佳の眼差しから逃れたかった。言葉の渦に飲み込まれそうになっていた。

 その時ふと、机の隅に飾っていた白いシクラメンが目に入り、ぎゅっと閉じていた唇がわずかに開く。


「……お姉さまは、非道なんかではありません。アリスさまになるために舞白さんを利用するなんて、そんなこともありえません。舞白さんを篝乃会に誘われたのも、お姉さまなりの理由があるはずです」


「なにを以てそんなことが言えるのかしら。セイラさんがアリスさまになりたがる理由、アリサさんは知らないのでしょう?」


「そんなこと関係ありません――セイラお姉さまこそ、アリスさまになるべき方ですわ。少なくとも瑠佳さまのような、嫉妬と憎しみに塗れた方がなるべきではないはずです。アリスさまは純桜の象徴、なによりも友愛を重んじ、体現される方がなるべきですから」


「象徴? 友愛? ふふ、おめでたい言葉ね。それともあの学内新聞のせいかしら。迷惑なものね、いっそ記事ごと差し止めておけばよかったのに。あんな致命的な誤りを残したままの記事なんて」


「誤り……?」アリサは思わず振り返り、「悠芭さんの記事が、間違っているということですか?」


「そういえば、そんな名前だったわね。あの記事は新聞部の方から事前に相談を持ちかけられたものだけど、大元のネタはスリーズの子、聖澤悠芭さんという新入生が調べたものと話していたかしら。私とセイラさんで確認をして、セイラさんが部分的に掲載すべきではない箇所を指摘していたわ。私は全部取り下げてほしかったけど、誤りを指摘するわけにはいかなかったの……アリスさまの真実を打ち明けることになってしまうから」


 ――『念のため、篝乃会の方々にもご意見を伺われた上での結論とのことでしたので、私も取り下げる以外の選択肢はございませんでした』


 瑠佳とセイラが掲載前の記事を把握していたことは、悠芭が話していた事情とも一致する。悠芭のお姉さまも当然四年生であるから、同級生の瑠佳たちに相談を持ちかけるのもおかしくはない。


 しかし――、


「どういうことですか? 瑠佳さまは、アリスさまの真実をご存知なのですか?」


「ええ、知っているわ……アリサさんには話したことがあったわよね。私のお祖母さまが純桜のOGで、かつてのアリスさまだったこと。学院でまことしやかに受け継がれている伝承はお祖母さまの時代にもあったものだけど、当時の篝乃会には、アリスさまの真実を記した書物が秘密裏に保管されていたのよ――けれど今は、もうどこにも残っていない。跡形もなく燃やされて、灰燼に帰してしまったから」


「燃やされて……? どうして、そんなことまで瑠佳さまが」


「当然よ。だって燃やしたのは、ですもの――あの庭園で、初代アリスさまの遺物と共に燃やし尽くしたのよ」


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