第6話  狐の少女リリィ

薄暗い森の奥、焚き火の橙色のゆらめきが簡易シェルターの内側を照らしていた。

ハクは膝をつき、少女の額に触れて体温を確かめる。

炎に照らされた少女は穏やかな呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いたようだった。


『主、少女の脈拍は安定しましたよ』


隣で光学センサーを明滅させながらリムが報告する。


「そうか。助かって良かったな……」


ハクが焚き火を見つめると、そこには先ほど倒した盗賊団の残した金貨袋があった。

盗賊が持っていたものは戦利品としてきっちり回収済みだ。


――とはいえ、これで数日暮らせる程度。

少女を守るとなれば、まともな寝床がほしい。

拠点確保はもう避けられない。


ふと、少女のまつげが震えた。


「……ん、う……」


かすかな吐息。

ハクは身を乗り出す。


「気がついたか?」


少女の瞳がゆっくりと開く。

薄く濁っていた焦点が、徐々にハクへ向けられ、恐怖と混乱が入り混じった色が宿る。


「っ……ここ……どこ……?」


「安心しろ。あんたはもう安全だ。盗賊に捕まっていたが、俺が片付けた」


少女は言葉を飲み込み、喉を震わせて次の質問を探すように視線をさまよわせた。

やがて、ぽつりと——


「……助けてくれたの……あなた、なの?」


「あぁ。お前を運んだのも、治したのも俺と……」


『主と、わたしです』


リムが控えめに名乗りをあげる。

少女は一瞬、リムの姿を不思議そうに見つめたが、すぐに再びハクに視線を戻した。


「……ありがとう……ございます」


礼を言った瞬間、彼女の肩から力が抜けるように安堵が広がった。

ハクは焚き火に薪をくべながら静かに尋ねる。


「名前を聞いてもいいか?」


少女は一度だけまばたきをし、小さく口を開いた。


「……リリィ……わたし、リリィって……いいます」


リムが小さく電子音を鳴らした。


『可愛らしい名前ですね、主』


ハクは軽くうなずいた。


「そうか。リリィ。まずは無事でよかった。

俺の名前はハク。そしてこっちが俺の相棒のリムだ」


リムは浮遊しながらも軽く会釈をする。

するとリリィは、何か言いにくそうにしながらも質問を続けた。


「あなたは……どうして、あんな危ない盗賊に……?

何故……助けに来てくれたの?」


ハクは少しだけ目を伏せた。

その問いは、この世界に来た“理由”に触れてしまうから。


「いや……正直、最初は助けたくて盗賊たちに接触したわけじゃない。俺自身、気がついたらこの森に落ちていた。状況を把握するために動いていたら……お前の悲鳴が聞こえただけだ」


「この森に……落ちてきた……?」


リリィが首をかしげる。

リムが補足するように言う。


『主は“転移者”の可能性があります。こちらの世界の人間ではありません』


リリィの目が大きく開かれた。

ハクは焚き火の光を見つめながら続けた。


「……俺がなぜここにいるのかは、まだ分からない。

ただ、気がついた時には空中にいて……光に包まれて、落下してきた。

その直前の記憶には、ノイズが混ざってる。誰かの声がした気がするが……」


あの“声”──


「戻れ」


それとも


「逃げろ」


だったのか。


ぼやけた電子ノイズのようで、しかし確かに人の声に聞こえた。

リムがセンサーを光らせる。


『あのとき主の体内ログには、未知のエネルギー反応が一時的に検知されました。

こちらの世界の魔力とは異なる、別種の波形です』


ハクは言葉を重ねる。


「だから……この世界に来た理由があるとすれば、それと関係がある。

俺をここに連れてきた“何か”がいるのかもしれない」


リリィは不安げに俯いた。


「でも……今は、危ないままですよね……わたしも……あなたも……」


「あぁ。だからこそ、まずは拠点を確保しようと思う」


ハクは盗賊から回収した金袋を軽く持ち上げて見せた。


「とりあえず金は手に入った。町で宿を取るか、どこか安全な場所を探す必要がある。

魔物も盗賊もいる森じゃ、お前を休ませるには不向きだ」


リムが同意するように電子音を鳴らす。


『主、最寄りの町までは徒歩で二時間。リリィさんの体力を考慮しても移動可能です』


リリィは不安そうな表情をしながらも、小さくうなずいた。


「……行きたい……です。

でも……迷惑じゃ……ありませんか?」


「迷惑なんかじゃない」


ハクは即答した。


「俺はお前を見捨てられない。助けた以上、最後まで守る。それでいいだろ?」


リリィは涙がにじんだ瞳で、そっとハクを見つめ、


「……ありがとう……ハクさん」


焚き火が小さくはぜた。

こうして三人は、森を出て新しい拠点を探すため、明日から動き始めることになった。



夕暮れ直前の街道。

魔物の気配は薄いが、人が通った痕跡だけは残っていた。

リムが空中に小さなウィンドウを展開しながら報告する。


『主、先ほど解析した魔物の魔石、エネルギーとして十分に利用可能です。

 負荷も問題ありません』


「了解。こっちの世界でも燃料には困らなさそうだな」


ハクは周囲を見渡しながら歩く。

ふと、リリィが袖をつまんだ。


「あの……その……あたし、迷惑じゃ……ないですか?」


「別に。お前を助けたのは俺だ。

 責任くらい持つ」


リリィはほっと息を吐いた。

しばらく進むと、街道の脇に壊れた荷車と倒れた木箱が見えた。

商人のものだったのだろう。だが商品はほとんど残っていない。

リムが分析結果を告げる。


『主、魔物と盗賊の両方の痕跡があります。

 つい最近襲われたようですね』


「この世界、本当に治安悪いな……」


リリィは怯えたように荷車を見た。


「……こわい世界、ですよね。

 さっきの人たちも、あたしを……」


「もう大丈夫だ」


ハクは短く言って先を歩く。

リリィはその背中を見つめ、

「この人は何者なんだろう……」と胸の中で呟いた。

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異世界サイボーグ~未来のサイボーグが異世界で無双する~ 縁側のカレー @harumania01

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