終:オヅマとリベルタ


 腕を動かすと、じゃらりと金属音が鳴った。

 冷たい土壁の上部には小さな採光用の窓があり、差し込む月明かりがバガボンダの手首を拘束している鎖を照らす。


「この国に私の居場所はない、か」


 バガボンダは某国の将軍だ。

 いや、将軍だったというべきか。


 バガボンダは自身が剣を捧げた主君の名によって、この牢に入れられている。

 すでに将軍職は剥奪されていると考えた方が現実的だろう。



 事のはじまりは、隣国であるオルゴー王国の滅亡だ。

 長きにわたり国土を争っていた因縁の相手が、他人の手によってあっさりと滅んでしまうのだから恐ろしい。


「今こそ、父祖伝来の国土を取り戻すとき!」


 国中が国土拡大に燃えた。

 そして、皆が望むままに国土は広がっていった。


 王家を失ったオルゴー王国は、貴族がバラバラで動くばかりでまとまりがなく、クイスタ皇国による侵略で国境の防衛どころではなかったからだ。


 しかし、調子よく進んだのはそこまでだった。


 急激に拡大した国土は統治に時間が掛かった。

 統治を疎かにして、次の土地へと向かえば必ず反乱が起きる。

 領土拡大政策はもう限界を迎えていた。


 バガボンダは王に進言した。


「今は足元を固めることが肝要です」と。


 その結果、バガボンダに与えられたものがこの牢屋だ。

 ありがたすぎて涙が出てくる。


 あれから、およそ1ヶ月。

 なんの音沙汰もないまま、バガボンダは牢に繋がれていた。


「貴様のような余所者になにがわかる! 衛兵、この男を牢にぶち込んでおけ!!」


 それが最後に聞いた王の言葉だ。

 確かにバガボンダは余所者だった。主を変えて転々と国を変えてきた流れ者だ。


 だからこそ、客観的に見ることができる立場でもある。

 この国は、バガボンダから見れば父祖伝来の国土にこだわりすぎていた。


「そろそろ次の国に移る頃合いかね」


 とは言ってみたものの、手首にかけられた鎖と、バガボンダを閉じ込めている牢がそれを許さない。例えば、そう。突然この壁が崩れ落ちるような奇跡でもない限り。


「ダヴァンティ」


 牢の外から、そんな声が聞こえた。


 突然、鉄球が壁にぶつかったような音がした。

 辺り一面が土煙に巻かれる中、壊れた土壁の向こうから一組の男女が言い争いをしながら牢へと入ってきた。


「もーっ! オヅマはいつも荒っぽいんだよ。もっと慎重に仕事できない?」

「こっちの方が手っ取り早いだろ。潜入なんてまだるっこしい」


 男は三十歳くらいだろうか。

 黒髪くろかみ黒瞳こくとうにペールオレンジ色の肌は、この大陸ではあまり見かけない東方の異邦人のものだ。

 やや長めの黒髪をオールバックにした髪型は、横から見ると少し馬のタテガミに似ていた。


「ほら、もう見張りが集まってきた」

「リベルタ、そっちは任せた」

「はあ!? 信じられない!! なんで私が」


 女の方はゼニスブルーの髪が艷やかな、少女くらいの年齢だ。

 あの男の娘、にしては少し大きすぎるか。


 リベルタという名前に聞き覚えがあるような気もするが、別段珍しい名前ということでもないので気にしないことにした。


「借金」

「んぐっ」

「まだ返し終わってないよね?」

「くうぅぅぅぅぅっ!! わかった、やるよ。しょうがない。行こっ、ディエトロ」


 どうやらリベルタと呼ばれた少女が、オヅマと呼ばれた男に借金をしているらしい。リベルタは小柄な青いゴブリンを連れて、城の外へ向かっていく。


「さて。つかぬことをお聞きしますが。アンタがバガボンダ将軍?」

「確かに私の名はバガボンダだ。たぶん、元将軍だがな。そっちは?」


 バガボンダの問いに、オヅマが答える。


「俺は出張召魔士のオヅマね。んで、こっちは相棒のダヴァンティ。種族は――まあ、いいや。ある方からの依頼で、アンタの身柄をさらいに来た」


 まさか、これは笑顔のつもりなのだろうか。

 悪魔が笑ったときのような邪悪な表情だ。

 遠くからゴゴゴゴゴと不穏な音が聞こえた気がした。


「嫌だって言っても連れて行くけどな。ダヴァンティ」


 オヅマのそばに立っている赤色のゴブリンに話しかけた。

 背中には身の丈にあっていない戦斧がある。


 この召魔がただのゴブリンでないことを、バガボンダは肌で感じていた。


「なあ、一つ聞いていいか?」

「なになに? 俺に答えられることなら何でもどーぞ」


 バガボンダは少し前から気になっていたことを聞いた。


「この音はなんだ?」


 さっきから聞こえているゴゴゴゴゴという音が、どんどん大きくなっていく。


「ごーーめーーん! ちょっと出しすぎたぁ」と遠くからリベルタの声がした。

「ったく。荒っぽいのはどっちだよ。バガボンダさん、急ぐぞ!」


 オヅマが慌ててバガボンダの手を取り、無理矢理に立たせる。


 バガボンダは背後を振り返って青ざめた。

 大量の水が、洪水のように押し寄せてくるではないか。


「はああああっ!?」


 驚きの声を上げたのもつかの間、バガボンダは文字通りオヅマ達に流されて脱獄をすることになった。彼はきっと、この日のことを一生忘れないだろう。




      了




§  §  §  §  §  §  §


 はい、間に合いました!

 滑り込みで最終話まで書き上げました!!


 最後までお読み頂いた皆様、本当にありがとうございます。

 読者選考は2月10日(月)の正午までやってますので、お星さまで応援してもらえると嬉しいでーす。


 それでは皆さん。

 次の作品でまた会いましょう!!

 

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【完結】出張召魔士オヅマの闇営業 ~城を追われた私を救ってくれたのは、悪魔のような男と強すぎるゴブリンでした~ 石矢天 @Ten_Ishiya

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