ヴェリタ王子救出③ (オヅマ)


「とはいえ、さすがに……」


 スムーズに事が運びすぎている。

 だが、走り出してしまったものは止められない。


 ポツリと、オヅマの顔に水滴が触れた。

 天気も崩れてきた。因果関係は全くないが、嫌な予感しかしない。


「つっても、もうやるしかないしっ」


 壁の上を走りながら、ダガーをクイスタの兵士に投げつける。

 急所は鎧で守られているから腕を狙った。

 ダガーによって腕を負傷した兵士が、走って逃げていく。


「いやいや。さすがに諦めるのが早いって」


 王子を処刑する、重要な現場を警備しているとは思えない逃げ足の速さでいなくなる兵士たち。違和感は確信に近い疑惑へと変わっていった。


 唯一、真っ向から立ち向かってきたのは処刑人が一人だけ。

 だが防具らしい防具を身に着けていない処刑人では、オヅマにとって障害のうちにも入らなかった。


 処刑で使うハズだった大型の剣をかわし、処刑人の胸に深々とダガーを突き立てると、オヅマはヴェリタ王子が被っている麻袋に手を掛けた。


「ちょっと待っててねぇ。今、助けるから」


 胸元から取り出した新しいダガーで紐を切ると、すぐに麻袋を外してやる。

 ついに対面したヴェリタ王子の顔を見て、


「…………ふぅ」


 オズマは灰色にくすんだ天を仰いだ。

 ちょっと前からそんな気はしていたが、これはハズレだと直感した。


 青に近い髪色は、確かにリベルタの髪色を彷彿とさせるものだった。

 だが、それだけだ。

 それ以外が、何一つとして似ていない。


 浅黒い肌。頬はこけ、目はくぼみ、唇はすっかり乾燥していた。

 とても王族の姿とは思えない。その姿はむしろ貧民街にいる子供を思い出させた。


 王都が落ちてまだ数日。

 いかに過酷な生活を乗り越えてきたとしても、これほどまで極端に衰弱するとは考えられない。


「あんた、本当にヴェリタ王子?」

「…………?」


 オヅマの問いに、少年は首を傾げる。

 それだけで答えは十分だった。


 嫌な予感は当たるものだ。

 少年はニセモノだった。

 恐らくはヴェリタ王子と背格好が同じくらいの少年を捕らえて、ここまで引っ張ってきたのだろう。遠目で誤認させられれば良いのだから、どうにでもなる。


「あーっ、クソッ。やっぱ罠かよ」


 クイスタの兵士たちがほとんど戦わずに逃げていったのも、そもそも警備している兵士の数が少なすぎたのも、王子を救い出そうとノコノコ現れた獲物――今回の場合、それはオヅマにあたる――を、このニセモノがいる処刑台におびき寄せるため。


 この罠の最もイヤらしいところは、途中で怪しいと気づいたところで避けようがない点にある。

 本物だろうとニセモノだろうと、この少年は定刻になれば処刑される。

 万に一つでも中身が本物である可能性がある限り、こちらは飛び込むしか選択肢がないのだから。


 大勢の足音が聞こえた。

 周囲を見渡すと、処刑台の下にも、壁の上にも、クイスタの兵士がぎっしりと並んでいた。どこにこれだけの兵士を隠していたのか、と思いながら兵士たちの顔を見てオヅマは気づいた。


 処刑場に集まっていた観客に同じ顔の奴がいたのだ。

 つまりこいつらは、ダヴァンティが暴れたときに慌てて逃げて行った兵士たちが戻ってきただけだ。


「ははっ、仕掛けは上々ってか……」


 乾いた笑いしか出てこない。

 ポツポツと勢いを増して振り出した雨が、それを湿らせる。


 こちらが陽動を仕掛けることを読みきった上で、あらかじめ兵士たちには逃げたふりをしてすぐに戻ってくるように言い含めていたということ。相手の方が一枚上手だったと認めざるを得ない。


 オヅマにはダヴァンティがいる。

 並みの召魔士の一人や二人、まあ五人くらいまでなら相手にできる自信はある。


 元より処刑場からヴェリタ王子を奪還すると決めたときから、それくらいの数は相手にするつもりでいた。しかし、これだけ用意周到に罠を仕掛けてきた相手がその程度で済ませてくれるものだろうか。

 実はここにいる兵士は全員が召魔士でした。なんて可能性だって絶対にないとは言い切れない。


 そんなことを考えていると、兵士たちの間から明らかに一人身なりのレベルが違う青年が現れた。金色に輝く豪奢な鎧を身に着けた青年はアッシュグレーの髪をかき上げて、隣に立っている兵士に問いかける。


「……こいつ誰?」

「わ、わかりませぐっ!!」


 言い終わる前に、青年が兵士の股間を蹴り上げた。

 悶絶してその場にうずくまる兵士を、青年はさらに蹴り続ける。


「わかりませんじゃないんだよっ! 今回の作戦はさぁ! なんのための作戦だったのかって話だろうが! ウサギを捕まえるための罠にキツネが引っ掛かっても、狩りが成功したとは言わないんだよっ!! ウ・サ・ギ・を・だ・せ・よっ!!」


 まさか、この危ないヤツが指揮官なのだろうか。

 こちらの思惑を読みきって、逃げ場のない緻密な罠を仕掛けてきた敵の人物像と、目の前で暴れている青年が重ならず、オズマは少しだけ困惑した。


 すぐに無駄な思考を切り捨てると、まずはこの場を切り抜ける方法を考える。

 ここはやはり、身分の高そうなあの青年を人質に取るしかないか。

 もちろん護衛はいるだろうが、一度人質にしてしまえれば周りが手を出せなくメリットは大きい。


 不意に青年の動きがピタリと止まり、その顔がゆっくりとオヅマの方を向く。


「おい。そこのキツネェ。今、なにを考えた?」


 ディープロイヤルパープルの瞳が射るようにオヅマの瞳を覗き込む。視線が心の中にまで突き刺さる感覚。


(コイツは……ヤバい)


 いつ振りだろうか、オヅマの背中にぞわりと悪寒が走った。




§  §  §  §  §  §  §


 これまで幕間にだけ登場していた危ない皇子が、ついにこちら側へとお出ましになられました。実はこいつがキレているときのセリフを書くがすごく好きです。


 それでは、また明日。

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