第2話 続・独白

 そんな彼から昨日、合鍵を貰ってしまった。


 親しい同性でも彼氏でもない年下の男の子から貰ってしまった。


 正直、嬉しい。

 いつでも逃げ込める場所ができて助かるというものあるけれど、純粋に彼から合鍵を貰えたことが嬉しい。


 なぜこんなに嬉しいのかは自分でもわからない。

 元カレから合鍵を貰った時とは違う感情だ。


 あの時も嬉しかった。

 当時から既にDVのがあった元カレだったけれど、まだ比較的優しかった頃だった。


 だから合鍵を貰えた時は、彼女として信用に足ると認められたのだと思って嬉しかったし、安心した。


 元カレから合鍵を貰ったのも、今回彼から貰ったのも、してもらった行為は同じなのに、嬉しさのベクトルが異なる。


 元カレと友達では立場が違うのだから、嬉しさの感情が異なるのは当然なのかもしれない。

 でも、元カレから貰った時よりも今回のほうが嬉しい気がする。


 普通なら恋人から貰うほうが嬉しいはずなのに、今回のほうが嬉しいから、余計に戸惑ってしまうんだよね……。


 いくら〝特別〟とは言っても、恋愛感情は介在していない。

 恋愛感情があるなら腑に落ちる。

 でも、そういう感情はない。

 故に、尚更わからない。


 彼のことは好き。

 それは嘘偽りない事実。


 だけれど、彼に抱く好きという気持ちは、LIKEであって、LOVEじゃない。

 だからこそ、今、自分が抱いている気持ちの正体が不思議でならない。


 もしかしたら、自分では気づいていない感情があるのかもしれない。

 彼と過ごす時間が増えれば、その正体に気づくことができるのかな?


 そんなことを思いながら、ノートパソコンと睨めっこして大学の課題に取り組んでいる彼――獅子原君のことをぼーっと眺める。


 今日は二人ともバイトがない日。

 昨日、泊めてもらって今日を迎えたけれど、私はまだお邪魔している。


 合鍵を貰って早々、獅子原君が言ってくれた「自分の家だと思って好きに使ってください」という言葉に甘えて、今日と明日も泊めてもらうことにした。


 週末は元カレが私を探しにこっちに来ている可能性が高い。

 家を突き止められているので、自宅に帰るのは得策ではない。

 万が一、遭遇してしまったら、あの恣意的な人のことだから想像もしたくない事態に陥ってしまうのが目に見えている。


 避けられるリスクは回避したほうがいい。

 ありがたいことに、獅子原君が回避できる手段をプレゼントしてくれた。


 せっかくの好意なのだから、有効活用しない手はない。

 図々しいかもしれないけれど、泊まったほうが獅子原君も安心するだろうしね。


 私のことが心配でなにも手が付かないって言ってくれているくらいだし。――まあ、私が合鍵を受け取るように誘導するための方便かもしれないけれど……。


 本心であれ、建前であれ、私はもう少し獅子原君と一緒にいたい。

 彼と一緒にいれば、私が今、抱えている感情の正体を見つけられるかもしれない。


 そんな簡単に見つけられるものではないだろう。

 でも、別に見つけられなくてもいいと思っている。


 正体がわからないこの感情がなんであれ、まったく不快じゃない。むしろ、心地好い。

 だから見つけられたら儲けもの程度に考えている。


 元カレが諦めて来なくなるまでは、これから何度も合鍵を使わせてもらう機会があるはず。

 私としてはさっさと諦めてほしいところだけれど、その分、気長に自分の気持ちと向き合えると思えば多少は溜飲が下がる。


 そもそも私の感情の正体がわかったところで、獅子原君の気持ちを無視してなにかアクションを起こすわけにはいかない。


 自惚れじゃなければ、獅子原君は私に好意的だ。合鍵を渡してくれたわけだしね。


 でも、彼の好意がどのような意味合いのものなのかはわからない。

 勝手な憶測だけれど、彼が私に対して抱いている好意は同情だと思う。


 仮に私が自分の感情の正体を見つけたとしても、それが原因で彼を振り回す結果になったら申し訳なさすぎる。

 同情してくれている獅子原君の心の隙間につけ込んで甘えている分際なのだから、私よりも彼の気持ちを優先したい。


 とにかく彼にはこれ以上、迷惑をかけたくない。既に迷惑をかけている元カレに関すること以外では。


 だからもし私が自分から行動を起こすことがあるとすれば、彼の好意がどういったものなのかをちゃんと理解した時だけだ。

 その時が来なければ、自分の感情に蓋をして封印する。少なくとも、元カレに関する問題が解決するまでは解放しない。


 いずれにしても、私は自分の気持ちと獅子原君の好意に向き合いつつ、元カレへの対処を考えなくてはいけない。


 時間が解決してくれればいいけれど、あの人のことだからそう易々とは諦めてくれないはず。


 できれば自分の感情の正体を知るために少しでも獅子原君とは一緒にいたい。

 一刻も早く問題を解決して迷惑をかけなくて済むようにもしたい。


 ――あぁ……あれこれ考えたけれど、結局のところ私は獅子原君に嫌われたくないんだ。


 だから迷惑をかけたくなかったり、彼の好意の意味合いを気にしたり、自分の気持ちを知った後のことを心配したりしているんだ……。


 そこに思い至ると、ストンと腹落ちするものがあった。


 獅子原君に嫌われたくないという気持ちが、私が彼に抱いている感情の正体へと繋がる糸口なのかもしれない。


 なんとなく、光明を見出せた気がした――。

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