第1話 ハッピーバースデー
コポコポと、気泡がはじけるその些細な音で俺の意識が浮上する。
ここはどこなのだろうか。先程から聞こえてくる音を考えると、何らかの液体の中に居るのは間違いないだろう。体は何かで縛られているのか、ピクリとも動かない。
俺は今どうなっているんだ。知りたい。他にすることが何もない今、俺にこの好奇心を止めるのは不可能だ。ほぼ無意識のうちに体に力が入るのを感じながらも、目を少しずつ開く。
どうやら俺は、ガラスのようなもので作られた容器の中に固定されているらしい。
不思議とパニックにはならなかった。それは恐らく、口元につけられた何らかの装置によって呼吸はできるという事実と、何か危機的状況だったとして、どうすることもできないという諦めからだろう。これ以上考えても意味がないと思った俺は、再び目を閉じた。
―――――
―――
―
こんこん。
かすかに聞こえる音と、伝わってくる衝撃。
こんこんこん。
最初は気にしなかったが、何度も続くと不快だ。俺は抗議の意を示すために身動ぎをしようとする――が、相変わらず体は動かない。
仕方なく俺は目を開けた。
瞬間、白と黒が目に飛び込んでくる。
白は彼女の着ている白衣。陰のないその綺麗な白は部屋の光を反射し、まるで輝いているようだ。
黒は彼女の容貌。後ろで一つに纏められた黒髪に、吸い込まれると錯覚しそうになる黒目。
俺は一瞬言葉を失った。そうして固まっていると、彼女は俺が目を覚ましたことに気付いたのだろう。口をパクパクさせ、手をひらひらと振る。
何かを伝えようとしているのだろうか? あいにくだが、俺に返事をする手段はない。どうにかしてそのことを彼女に伝えられればいいが……などと考えていると、そのことに気付いてか気付かずか、彼女は手元にある何かを操作する。
ガコン
突然床が真っ二つに開く。一瞬、落下してしまうかと思いびっくりしたが、固定されている俺を置き去りにして液体だけが落ちていき――まるで何事もなかったかのように床が閉まった。
カチャ
口元に合った装置が勝手に外れ、腕や足のかすかな圧迫感がなくなる。俺は容器の中、たぶん初めて自分の力で立った。
足元がふらつき、倒れそうになるのを容器に手をついて耐える。しばらくそのままでいると、足に力が宿るような感覚がした。きっと、もう支えはいらないだろう。
コンコンコン。
目の前の彼女が、容器を叩く。液体がなくなったからか、少し鋭く、攻撃的な音だ。彼女は一体何を……?
彼女は妖しく微笑むと、その場から五歩ほど下がり、横にずれる。
(そうか)
俺は彼女が何を望むのか理解した。両足を肩幅ぐらいに開き、右足のみ少し下げる。右手をしっかりと握り、脇の下へ。そこから一息つき、体全体をひねるようにして――
右手を、俺を閉じ込める殻に叩きつけた。
嗚呼、間違いない。成功だ。
彼が内側から割ったガラスの殻の、キラキラとした輝きはまるで私を祝福するかのようだ。
「おめでとう。今日が君の誕生日だ」
ハッピーバースデー。私の、私達のヒーロー。
ヒーロー怪人は倒せない! やおら さゆう @sy2617
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