第11話

 漁協に着いた2人の目に入ったのは表に停まっているパトカー。それに物々しい雰囲気を感じながらも中に入ると、

 「だからと言ってどうするんだ!」

 いきなり怒声が聞こえてきた。その声にビクッとしたものの、

 「あのー、すいません。」

 中の人達に声をかけた。まず反応したのは

 「あれ?天王寺さん?どうした?」

 漁協の職員の安達さんだ。

 「丸山さんの事でちょっと。」

 それに反応したのは警察官。

 「何かご存知で?」

 「あー、いえちょっと娘が今朝丸山さんに会ったらしくて、ちょっとでも助けになればなと思って。」

 それを聞いた職員は顔を見合わせた。

 「そうか。それはすまないな。」

 そう言う安達さんの表情は複雑そうだ。

 「丸山のおじさんにシロの散歩に行く時に、だいたい朝の8時位に会って、その時には漁に今から行くって言ってました。だから、海に落ちたんだと思う。急いで探してあげて下さい。」

 「それなんだかな……。」

 どうも歯切れが悪い。

 「あー、実は行方不明って言っちゃあいるが、丸山さんな、たぶん殺されたんだよ。」

 「そんな⁉️どうして?」

 「遺体は見つかってないけど、血だらけの船の上にな、手が落ちてたんだよ。」

 「手?」

 「そう。腕時計がしてあって、あの腕時計は孫が買ってくれたっていつも言ってた丸山さんの物だ。間違いねえ。」

 「そんな。でもどうして?」

 「失礼、娘さん、お名前は?」

 警察官が尋ねてきた。

 「あ、天王寺朱音です。」

 「朱音さん。当時の状況をお訊きしても?」

 「あ、はい。朝にシロ、犬の散歩に出かけた時に丸山のおじさんに会ったんです。その時はおじさん、海に近づくなと教えてくれて……。」

 その時の事を思い出したら感情が溢れだし、涙で視界が潤む。

 「海に行くなって言ってたの?何か危険を予測していた可能性がある?」

 「あー、いやそれね、海岸で行方不明者が出ているじゃないですか?それもあって妙な噂が出ているんですよ。」

 「噂とは?」

 「漁師仲間でね、海の中に怪しい影を見たとか言ってるのが何人か居て、それで海から生きてる者を引きずりこもうとする亡霊がいる。ってな感じでな。」

 「なるほど、それで海には近づくな。と言ってた訳ですね。」

 「漁協の方でも安易に海に近づかないように言ってたんで、それもあってだと思うわ。」

 「時間は?何時頃でした?」

 「8時頃?だった、と思います。」

 「8時ね。どれ位話をしてました?」

 「ちょっとだったんで……。5分も話して無い、と思います。」

 「朱音さんはその後は?」

 「ちょっと!娘を疑っているんですか?」

 涙ながらに話す娘を見かねた母が朱音を抱きしめながら言った。

 「いや、そう言う訳じゃなくてね。今は少しでも情報が欲しいんですよ。船が沖で見つかった事から見ても朱音さんの犯行は難しい。沖で殺すならどうやって戻ったのか、またはこっちで殺して船を流したのかになるけれど港にある船がそんな都合よく沖に流されるとは思えない。だから真相を解明する為にも協力して欲しくてね。」

 「うぅ、おじさん、私の事、心配してそう言いながら、自分は、今から漁に、海に行くって。」 

 母の腕の中で涙が止まらない。

 「そうか、ありがとうね。となると海に行って沖で殺された可能性が濃厚かもしれないな?」

 「そうなるとその時間に船を出していた人は分かります?」

 警察が漁協の関係者に色々と聞いていく。けれども、おじさんはきっとアレに殺されたんだ。私がもっと早くアレの事を知らせていればこうはならなかったんじゃないか?後悔だけが募る。もうこれ以上犠牲を出したくない。意を決して言う事にした。

 「あの、信じて貰えないかも知れないけれど、私、見たんだ。」

 「え?何を?」

 「犯人かは分からない。けど、犯人の仲間だと思う。最近噂の影の正体を海岸で見たんだ。」

 「影の正体を?」

 「うん。」

 警察官は何を言っているんだみたいな反応を見せる。

 「どんなんだったんだね?」 

 安達さんがフォローしてくれた。

 「魚を人にしたような見た目。人と同じ位の背丈で顔も体も鱗で覆われていて、エラもあって動いていた。そして槍を持ってた。」

 警察官は顔を見合わせて

 「ちょっと混乱しているみたいだね。また落ちついてからまた話を聞かせて貰えるかな?」

 駄目だ話にならない。けれど、安達さんはどこかぎょっとした顔をしている。

 「安達さんも信用してくれない?」

 「そら、流石に信じられるかって言われると難しいが、俺もな、丸山さんの船の上に見た事もねえデケエ鱗が落ちてるのは見たんだよ。鱗1枚で人の手の平位のサイズがあってな。鱗のサイズで考えたら人の大きさ位あっても不思議じゃねえ。それに沖で船底から音がしたって船についていた傷跡、尖った何かで突いたような跡だった。それも槍で突いたと言われると納得する傷跡だったんだよな。」

 「うーん、でしたらその鱗も一応調べてみましょうか。地元の漁業関係者が知らない鱗ってのは何か参考になるかも知れないし。」

 「それと念の為、漁師さんも海にはなるべく近づかないようにしてもらって……。海上保安庁にも鱗の件も協力を要請してみます。」

 「そうだな。漁師仲間にはしばらく漁には行かないように通達しておくわ。けども、ここしばらく魚もたいして獲れてないのに、漁に行くなともな……。」

 「まあ、それは僕らでは何とも……。」

 「だよな。まあ、言うだけ言うわ。」

 「よろしくお願いします。」

 警察も安達さんも半信半疑だ。でも確かにこんな骨董無形な話を信じろと言われて信じられる物ではない。やはり実物があれば……。

 「海岸の行方不明の件もな、捜索にも出てやりたいんだけどな。」

  「それはもう、海上保安庁に任せておいて下さい。こんな事件があったのですから、これ以上被害を拡大しない為にも。」

 「そうだよな。」

 「あ、後でまたお話をお伺いしたいので住所や連絡先をお伺いして宜しいでしょうか?」

 警察官が母に尋ね、母はそれに答えていた。

 「あのー、その鱗って調べたら結果ってどれ位で出るのでしょうか?」

 朱音は警察官に聴いてみた。

「それは正直分からないな。僕らは専門家じゃないから。直ぐに出る場合もあるだろうし、それこそ新種だとしたら数ヶ月かかる可能性もあると思うよ。」

 「そんなに?」

 「ああ、他の魚と比較していく事になるから、違うという証明は時間がかかるんだ。」

 なれほど、言われてみればそうだろう。だとすればアレの存在とその危険性を証明するには実物しかない。海上保安庁がうまく発見してくれるのがベストだ。しかしそれに期待して何もしないでいたくはない。となるとできる事は1つ。

 「お母さん、先に家に戻るね。シロの事も気になるし。」

 「え?そう?分かった。気をつけなさいね。」

 「うん、分かった。戻ったらシロの散歩に行って来るよ。」

 「分かった。けど海に行くんじゃないよ。」

 「分かってるよ。子供じゃないんだから。」

 「そうね。気をつけてね。」

 内心で母に謝りつつ、家路にへとついた。

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