第10話
「さて、覚悟を決めなさいね。」
「キュン。」
「行くよ!」
シロ目掛けてほんの少し暖かいお湯が勢いよくかけられる。それが終わったと思えば次は朱音の手が襲ってくる。普段は触られる事が好きなのに、今だけは駄目だ。朱音の手が毛をかき分け無理矢理中に入ってくる。執拗に何度も何度も全身を朱音の手がかき混ぜる。次第に体は泡まみれになり、もう何処から自分の体なのか分からない。
「キューウ。」
「顔も行くよ。」
その言葉にシロの体は逃げだそうとする。
「コラ!逃げるな。」
しかしこの狭い空間の流す逃げ場などはない。呆気なく捕まり目を手で塞がれる。
「はーい、頑張ろうね。」
顔も耳も至る所を朱音の手で攻め立てられる。
「ふうぅ、さて仕上げに流すよ。まずはお顔から」
またもお湯がシロを攻める。頭からお湯をかけられワシワシと朱音の手が攻め立てる。その次はまた全身をくまなくお湯をかけられ全身を朱音の手が攻めてくる。
「キューーン。」
「はいはい、もうすぐ終わるから頑張りな。」
全身から泡が流れ落ちた所でお湯による攻めが止まった。
「はーい、お仕舞い。」
その言葉がどれだけ待ち遠しかったか。
「ワオーン!」
嬉しさのあまりに声を上げ、全身を振るわせ水を飛ばす。
「わっ!やったなー!もう!」
そう言う朱音も別に服を着ている訳ではない。単に水を飛ばされたのに反応しただけだ。
「さ、湯船に浸かっていいよ。」
「ワン!」
シロはそそくさと湯船に浸かる。
「ワフウー。」
「本当に浸かるのは好きだね。」
洗われるのは嫌いだが湯船に浸かるのは好きなのだ。
「じゃあ、私も洗っちゃいますかね。」
そう言ってシャンプーへと手を伸ばし髪を洗う。
「うわ、私の髪にも砂がいっぱい付いてる。最悪。」
朱音は洗っては流し洗っては流しを3回は繰り返した。
「あんたの毛の中にもまだ残ってそうだな。」
シロは恐る恐る朱音の方を向いた。
「もう1度洗っておこうか。」
「キャイン。」
「うそうそ。冗談だよ。」
「ワフウ。」
シロはほっとため息を吐いた。
「あんたをもう1度洗うのは私もしんどいもん。」
髪を洗い終え、体を洗いシロと一緒に浴槽に入る。決して広くはない浴槽。朱音とシロが入れば中はかなり狭い。シロと体を重ね抱きしめる。
「ねえ、シロ。」
「ワウン?」
「昨日のアレは何だったんだろうね?」
シロは答えない。
「ちゃんと確認しなかったけど、人じゃないよね?エラとかが有って動いてたもんね。」
「ワウ。」
シロはその言葉を肯定する。
「もし人だったら私は人殺しだ。」
「ワウワウワウン。」
「そうだよね。人じゃないよね。……けど、人じゃなかっても、アレを殺したのは私だ。」
襲われると思ったのは勘違いだって事は無いだろうか?正当防衛だとしても殺してしまうのは間違いではないのか?そう思うと朱音の体は震えていた。寒いからではない。己がしてしまった事への恐怖。
「クウン。」
「ごめんね。私、怖いんだ。あの時に私が私じゃなくなった事も、私が命を奪ってしまった事も。それが何かの拍子に誰かに向くんじゃないか、って。」
「ワン!」
「分からないよ。だってあの時の私は私じゃなかったもん。でもそんな事は言い訳でしかない。死んだ者は生き返る事なんてない。私がこの手で殺したんだ。」
朱音は声を殺して泣いていた。その涙をシロが舐めて拭き取る。
「キューン。」
「ごめんね。こんな事を言われても困るよね。」
「ワウン。」
「ありかとう。シロ。」
お風呂を出て部屋で休んでいると、
「ちょっと朱音。丸山のおじさんが行方不明になったそうなのよ。散歩に行った時に会ったりしてない?」
母が突然部屋に入ってきた。
「え⁉️どういう事?」
「丸山のおじさんの船を他の漁師さんが沖で見つけたんだって。動きがおかしいから様子を見に近づくと、誰も乗ってなかったそうなのよ。船が流されて沖にあっただけなら良いんだけど。」
「丸山のおじさん、漁に行くって言ってたよ。だからたぶん……。」
「そうなの?何時頃?」
「シロの散歩に行く時に会ったからたぶん8時位。」
「8時に漁に行くなんて珍しいわね。」
「獲れないから時間を変えてみるって言ってた。」
「そうなの。それならそこから漁に出てたのならまだ戻って来てはないでしょうね。もしかしたら船から落ちたのかも知れないわね……。」
「だとしたら大変じゃない!」
海には魚人がいる可能性がある。それでなくても沖で海に落ちたのなら船に戻る事も不可能だ。溺れてしまうだろう。救命胴衣を着けていればいいが。
「ちょっと漁協に行ってみましょう。あなたの証言が必要になるかもしれないし。」
「そうだね。急いで捜してもらった方が良いと思う。」
2人は急ぎ漁協へと向かう事にした。と言っても2人の移動手段は自転車だ。シロも行きたそうにしていだが、
「ごめん、シロ。大事な事だから今回はお留守番していてくれる」
「キューン。」
しぶしぶながら了解してくれたようだ。いつもならば留守番の時でも玄関まで見送りに来るのだが、今日は拗ねているのか来なかった。
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