鬼と人間
第3話 〈スミレ〉
「アサギさん、大丈夫ですか?顔色が悪いです。無理してるんじゃないですか?」
部屋を調べ終えた私たちは、誰に言われることも無く食堂に集まっていた。最後に食堂に来たのは、モエギさんを抱えたアサギさんだった。
「大丈夫、いつも通りだよ。それより、モエギを休ませてやりたいんだ。気を張っていたのか、疲れて寝てしまってな。」
「…………起きてるよ。」
アサギさんの腕の中でもぞもぞと動いたあと、ゆっくりと慎重に床におりる。それから、ニコッと笑ったモエギさんは、へーきへーきと呟きながら椅子に座った。
「そろい、ましたね。」
あれから変わったことといえば、全員の表情が曇っていることとアサギさんの体調が悪そうなこと、それから、妙にシノノメ君とクチナシさんの距離が近くなったことくらい。
誰も何も言わない。そんな時間が続いて、最初に言葉を発したのはやっぱりアサギさんだった。
「疑い合いたくないが、これも仕方ないことだ。皆の話が聞きたい。この際だから、気になることは消化してしまおう。」
「そうね。必要なことだと思うわ。前も話したけど、私は庭にいた時に悲鳴が2回聞こえたの。それから倉庫に向かったから着くのが送れたけど、その前に何があったのか教えて欲しい。」
クチナシさんが続ける。
「私は直前まで自分の部屋にいました。悲鳴が聞こえたので1階に降りたら倉庫にシノノメ君とテツグロおじさんの遺体が………。」
「僕は、目が覚めたら目の前にテツグロがいて、それからどうしたらいいのかわからなくて……」
「えっと、私はよく分からないんだけど、アサギに起こされたら治療室だったの。ああ、でも朝ごはんの後にテツグロが地下室に行くって言ってたよ。」
モエギさんがそう言うと、また言葉に詰まってしまった。そういえば今日一日、朝ごはんの時以外でテツグロを見かけていない。おそらくそれはみんなそうで、犯人だけが知っていること。私たちが地下室に入ることはほとんどないから、モエギさんが本当のことを言っているかもわからない。
顔を上げるのが怖い。
目を合わせるのが嫌。
この仮面が、頼りなく感じられる。
「…………が、」
「スミレ?何か言ったか?」
「オニが、近づいている」
私には、ソレが見えていた。
おそらく私にしか見えていないもの。
天井の隅に浮かんでいる黒い目と、
赤い髪の鬼
────私たちはずっと、監視されていた?
「時間の問題かもしれません。ここにいられるのも。」
誰が味方で誰が敵?
テツグロおじさんが死んだのと関係は?
あなたは、何を隠している?
「スミレは、鬼が怖い?」
ゾウゲの声で、ふと我に返る。
「怖い、ですよ。鬼にしかない力、異能は、得体の知れないものです。あんなもの、無い方がいい。人間だと思っていた人が、ある日急に鬼になる。それが、どんなに恐ろしいことか。居場所も家族も失って、己の力に溺れていくのを止めることもできない。ただの、化け物…………」
「スミレ、それ以上は言うな。鬼もまた、人の姿の一つだ。化け物ではない。かつては鬼と人間の間に交流があったという記録もある。同じ街に、同じように暮らしていた時代もあったんだ。鬼を化け物にしたのは、鬼の力ではない。愚かな人間の欲望だ。」
アサギさんは、私を叱るようにそう言った。だけどそれは、私への怒りというよりも人間という大きなくくりに対しての怒りのような気がした。
「たとえ俺たちの中に鬼がいようと、人間がいようと、居場所を失った者同士同胞であることは変わりない。」
「犯人は、鬼?それとも人間?」
ゾウゲが呟く。その問いに答える人はいない。
「僕は、犯人を見た。だけど、それが誰かはまだ教えられない。まだ知りたいことがあるから。」
そう言い捨てて、ゾウゲは出ていってしまった。そのあとを追うように、「待ちなさいよ」と叫びながらクチナシが出ていく。そしてその様子を黙って見ていた赤い髪の鬼は、どこかに行ってしまった。
残ったのは私とアサギさん、モエギさん、シノノメ君の4人。まだ私が詳しく話を聞いていない人たちだ。
「テツグロおじさんの部屋には、レコードプレイヤーがありました。だけど、肝心なレコードだけがなかったんです。まるで何かを隠しているみたいに。」
「誰かが持っていったのか、それともテツグロが隠したのか。どちらにしても謎が残るな。」
「そうなんです。ですから、皆さんが調べた内容も聞かせて欲しい…………もしかしたら何かわかるかもしれません。」
「それなら、地下室の階段のところにハンカチが落ちてたよ。」
思い出したようにモエギさんが言う。それから、テーブルの上にハンカチ────血で汚れた白いハンカチを置いた。
「犯人のもの、でしょうか。」
「どうだろうな。地下室にはテツグロが研究で使ってた血液試料があった。おそらくコハクの治療薬を作るためのものだろう。単にテツグロがこぼした資料を拭いただけの可能性もある。それから、地下室には動かせる棚があった。」
そこで言い淀んだアサギさんに、シノノメ君が聞く。
「何が、あったんですか?」
「…………った。」
「え?」
「開かなかった。」
「はぁ?」
「シノノメ君、はぁ?は失礼です。隠し扉になっているなら簡単には動かないはずです。この世の人全てがシノノメ君みたいな馬鹿力では無いことを忘れないでください。」
「なっ、失礼なのはどっちだ!」
「自分の馬鹿力を肯定するつもりなら、地下室に行って開けて来てください。シノノメ君が開けた方が話が早いです。」
「…………わかったよ。」
不服そうにシノノメ君が頷くと、アサギさんが続ける。
「実はもうひとつ気になることがあるんだ。地下室に鍵がかかった扉があったんだが、パスワードが必要らしいんだ。ただそれ以前に、ボタンを押しても反応しなくてな。」
「…………停電してるの。非常電源があるから屋敷の灯りくらいなら大丈夫だけど、大量に電気を使うのはダメになってる。」
「んー、でも鍵を開けるくらいならそんなに電気を使わないと思うけど。」
「ドアの向こうの部屋が大量に電気を使うような部屋だったら、それか普段は開ける必要が無いから非常電源が繋がってないとかかな。」
「その可能性が高そうだな。にしてもモエギ、なんで停電だって気づいたんだ?」
「えっと、テツグロが言ってた!」
モエギさんは何かを誤魔化すようにアサギさんの質問に答えた。だけどそこには悪意がないように見える。たぶん、テツグロおじさんが地下室に行ったのは本当で、停電も本当。それなら、何を隠しているのだろう。
「発電機って、外にあるんだよね。」
突然、シノノメ君がつぶやく。
「確か、庭にあるはずです。温室からも見える位置だったと思いますけど、それがどうかしましたか?」
「…………。」
そのままシノノメ君は考え込んでしまった。
「シノノメは、温室に行ったのか?」
「え?う、うん。僕、今日は温室で起きたから。」
「……………。」
シノノメ君の夢遊病はテツグロおじさんでも手が出せないほど厄介らしい。ここ最近は夜だけでなく昼間も症状が出るんだとか。
「もしかしたら何か分かるかもって思ったんだけど、たいしたものは見つからなかったよ。」
「本当に、見つからなかったんですか。」
「うん。温室には、なにも。」
何か、あったんですね。隠しておきたい何かが。
────バレた?
いや、そんなはずはない。
知識のない人が見てもわからないはず。
そう、だから大丈夫。
「そろそろ、解散しようか。ここで話していても足踏みするだけみたいだからね。」
アサギさんがそう言うと、皆が立ち上がる。それから最後に私が出ていこうとすると、廊下でアサギさんが私を待っていた。
「スミレ、少し話をしよう。君に聞きたいことがある。」
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