5話 とあるカップルの休日・透也と胡桃の場合

「おーい! 見てよ透哉………」

 まるで子供のように無邪気な表情で走り回っている世界でいちばん可愛い彼女がこちらの手を振っていた。


「あんまり走るなよ、それから人にぶつかったり、転んだりするなよ」

 愛しい彼女の笑顔を見ながら優しく注意をする。


 俺は今、市内のプール施設に遊びに来ている。休日ということもあってか大勢の人で室内は賑わっていた。


「おーい! 早く透哉もこっちおいでよ」

 楽し気に遊んでいる胡桃から呼ばれたので仕方なく歩いて波が出ているプール中に入っていくと――――。さきほどまで平坦だった波の流れが一気に強くなり、ゆらゆらと大きな波が起こっていた。


「うわぁ~!! 何よこれ?」

 初めて来た胡桃は驚きながら懸命に奥の方に押し出されないようにガシッと目の前にあるスイムペルパーを繋いだロープにしがみついて何とか必死に耐えていたのだが。


「お客さん~危ないので目の前のロープには掴まったり、寄りかからないようにお願いしますねぇ~」と目の前のライフセイバーのお姉さんにやんわりと注意をされてしまった。

「っええ? 掴まっちゃいけないなんてそんなの鬼畜すぎるよ。それじゃあ溺れ死んじゃう!!」とオーバーリアクションをしている胡桃を優しく抱き抱える。

「………! もうこんなところで透哉ってば―――!」と嬉しそうに彼氏の首に腕を回す胡桃。


 周りの視線などお構いなしといった感じでいつものように甘々ストロベリーワールドを展開している。


 周りの反応は様々で同年代の男子からは妬まれながら「爆ぜろ! リア充め!!」という反応をされ年上のカップルや女性たちからは「あら~初々しいわね、ああいうのも見ていると自分たちの学生時代を思い出すなぁー」、「若いって良いわねぇ~」などと共感される。


 それから十分間の諸休憩がありちょうどお昼の時間になりそうだったため、屋内のレストランで胡桃とご飯を食べる。

胡桃は日替わり定食のAランチを注文し、透哉は日替わりランチBランチを注文した。

 それぞれ食べ進めていき、胡桃が「ねえ、そっちのおかずひとくちちょうだい」と言ってくる。

「良いぞ、ほれ」と言って箸を使って胡桃の口の中に運んでいく。

「う~ん、こっちのも美味しそう―――」


 透哉から食べさせてもらった胡桃は満足げに呟きながら「はい、透哉も食べて!」と言って、お返しに自分のおかずを差し出してくる。


「こっちも美味いな」

 透也が美味しそうに食べている。

 食後の休憩をした後に、もう一度、ウォータースライダーを楽しみ、ジャグジープールで身体を休めた。

「見てみて。まるでジョットバスみたい」

 俺の隣で胡桃が感嘆の声を上げていた。


 ブクブクと泡に楽しみながら、次にどうするかを考える。大方は遊び尽くしたので、俺は十分満足していた。

 「…………」

「もう、飽きちゃった?」

 背中をジャグジーの後ろに預けていた俺の顔を覗き込むようにして、胡桃がそう訊いてくる。

 さすがは、俺の彼女だ。と感心していると、「私もそろそろ飽きちゃったから、別の所に行かない?」と胡桃から提案される。


「良いな、そうするか」と言って、ジャグジープールから出る。



 更衣室に向かい入口付近で、一旦胡桃と別れる。中に入り、シャワー室で塩素やプールの匂いを入念に落とす。

 しっかりと身体を拭いてから更衣室を出て、胡桃を待つ。


「お待たせ。透哉」

 ゲートの入口付近の売店で飲み物を買って、水分補給をしているところに胡桃から声をかけられる。

「ほら、胡桃も飲んどけ」

 と言って、スポーツドリンクを手渡す。

「ありがとう」とお礼を言って、胡桃が一口飲む。ゲートを通って外に出て、午後のバスに乗って長野駅に戻る。


 十数分ほど、バスに揺られた後、西口のロータリで降りた俺たちは次の予定を考えていた。


「まだ時間あるし、どうする?」と隣にいる胡桃に訊いてみる。

 すると胡桃は「うーん」と小さく唸り声を上げて考え始める。

 しばらく考えた胡桃が思いついたように顔を上げる。

「ねえ、透哉。あそこ行こうよ」

「っん……あそこってどこだ?」

 胡桃の言葉を訊いた俺は、懸命に候補を考えるが、まったく出てこなかった。

「そう、二人きりで休憩ができるところ」と意味深な発言をする。


「…………!」

 予想外の言葉にドキッとする。まさか………そういうことなのかと、心の中で妄想を膨らませていると、胡桃が少し呆れたように頬を綻ばせて、「ちょっとなに考えているのよ、透哉のエッチ」とからかわれる。


「今のは胡桃が悪いだろ、そういう言い方するから」

 言い訳のように言い返すと、俺の言葉を訊いた胡桃がクスっと笑みを零した。

「せっかくだけれど、それはまた今度たっぷりとね」と言って、俺の手を引いて歩き出す。


 一体、どこにいくのだろうかと考えていると近くのカラオケボックスに到着する。

「行くよ。透哉」

 楽し気にそう言って、中に入っていく胡桃の後をやれやれと「ホント俺の彼女は………」などと思いながら追いかける。

 受付を済ませて部屋に入る。ドリンクバーを取ってから、適度にのどを潤す。

 何を歌うのか決まった胡桃が、自身満々な様子でマイクを握る。

 最初に歌う曲は――――。某男装メイドのOPだった。

~ハイ!セイ!乾杯みんなで尊死てぇてぇしない!?と軽やかなメロディーとともに曲がスタートし、胡桃の可愛らしい綺麗な歌声が部屋中に響き渡る。

 それからは胡桃と一緒に夜になるまでたくさん歌って楽しんだ。



 





 

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