6話 九音の決意

ユウマくんがお見舞いに来てくれてから数日後。

すっかり元気になった私はいつものようにユウマくんと肩を並べて学校に向かっていた。

 本当なら、いつものように伊織が送っていく予定だったのだが、こっそりと飛び出してしまった。

 私は大好きな人と一緒に登校できて幸せな気分なのだ。

 そんな私とは対照的に、隣を歩いているユウマくんはどこか元気がないように見えた。

「どうしたのユウマくん。どこか具合悪いの?」

 心配になり声を声かける。

「………別に何でもない」

 そっけなく言って、ユウマくんは微妙に私との距離を取っていた。

「…………?」

 ―――――どうしたんだろ? 私、何か怒らせるようなことしたのかな? もしかして、この前のこと怒っているのかな。

 不安になって横目でユウマくんのことを見ると、一瞬だけユウマくんと視線が合う。どうやら怒っているわけではないようだった。

 安心した私は小さく息を吐く。

 視線を向けてくるユウマくんに少しだけ悪戯をしてみる。

「この前のこと思い出してるの? ユウマくんったら、むっつりスケべなんだから」

 妖しい笑みを浮かべながら、胸元のリボンに手を当てて言う。

 「西園寺、そういうことは軽々しくするもんじゃないぞ」

「今、私の胸元見てなかった?」

「な、な、なんのことだ―――――!?」

 ユウマくんが動揺していることから図星であることを確信する。

 そして、見せつける両手を使って、ワイシャツの上からくいっと胸元を引き寄せる。

「…………」

 私の行動を見たユウマくんは、言葉を詰まらせて胸元を凝視していた。

――――そんなに見ちゃって、素直で可愛いなぁ。やっぱりユウマくんも男の子だなぁ。

 存分にユウマの反応を楽しんだ私は、 「そんなに見たいなら見せてあげても良いよ」と言って、リボンを解き、制服の第二ボタンを外す。

 より一層、顔を赤らめたユウマくんが、「ッ…………! からかうのも大概にしろ。バカ!」と大声出しながら、両手で目を覆う。

「そんなに怒らないでよ。ただの冗談だってば――――」

 あはは―――と私は大声を出して笑う。

「いくら付き合っているといっても、あくまで俺が男だってことを忘れるなよ」

 いつになく真剣な声でユウマが釘を刺してくる。

「分かっているよ。ユウマくん」

 でも、本当は少しだけ悲しかった。大好きなユウマくんに私の気持ちが伝わっていないのが、悲しかった。

 どこか悶々とした気持ちのまま、二人で学園に向かう。


 昼休みになり、当たり前のように俺たちはカフェテラスで昼休みを過ごしていた。

 もはや当たり前のように学食で九音たちとお昼ご飯を食べていると、前触れもなく九音が「私、決めた!」と高らかに宣言する。

「どうしたの? 九音」

 私の言葉を訊いた胡桃は、不思議そうに瞳をぱちくりとさせながら訊き返す。

 周囲の生徒も何事かと注目していた。

――――見て、西園寺さんよ。本物が綺麗だな。何を決めたのかな? 気になる~~。

 周りがコソコソと話をしていた。そんな周りを視線を吹き飛ばすかのように私は堂々と宣言する。

「ねえ、ユウマくん。私と勉強会をしようよ!」

「いや、遠慮しておく」

 即答だった。秒殺である。

 ユウマくんの言葉を訊いた九音は、先ほどとは打って変わって意気消沈してしまう。

「テンションの上げ下げが激しいな、大丈夫か? 西園寺」

「だ、ダイジョブだから気にしないで」

 私は覇気のない声で返事をする。


 「うぅ~――――ユウマくんに言い出せなかったよ」

 机に顔をつっぷすようしてぶつくさと独り言を口にしている九音を胡桃が慰めていた。

「いったい、どうしたのよ。九音」

 胡桃がよしよしと私の頭を撫でながら事情を訊いてくる。

「あのね。実は…………」

 そう言って、胡桃に耳打ちをする。

「…………」

「なるほどね、だからあんなこと言ったんだ」

 話を訊き終わった胡桃が納得したように呟く。

「なにがそんなことなんだ」

 気になった俺は胡桃に理由を尋ねるが、「ダメ―――! ユウマには秘密だから」とはぐらかされてしまった。

「別に教えてくれてもいいだろう」

 と、もう一度、胡桃に訊いてみるが、頑なに首を縦に振ってくれないため致し方なく諦めることにする。

 そのやりとりを見ていた藤堂くんが「ドンマイ!」と言ってユウマくんの肩をパンと手を置いて、励ましの言葉をかけていた。


「はあ、言い出せなかった」

 家に帰ってきた私は、自分の部屋に戻って制服を脱ぐ。その後、ベッドで落ち込んでいると胡桃から電話が来る。

「もしもし―――九音、いつまで落ち込んでるのよ?」

 呆れたような声が電話越しに聞こえてくる。

「だって――――」

 毎度毎度のことでもはや胡桃にとっては、恒例行事になっているようだ。

 告白の相談をしたときもこんなだったなとデジャヴを感じる。

「結局のところ九音はどうしたのよ、このままズルズル行ってもしょうがないでしょ」

 真剣な口調でそう訊いてくる胡桃。

「私だってもっとユウマくんと仲良くなりたいよ」

 お見舞いの一件でお互いの気持ちを知れてあとはきっかけさえあればいいのに…………。

「ふーん、なるほどねぇ―――――」

 私に呟きに対して、なにかを考え始める胡桃。

 いつものことながら、ウジウジとしている私に代わって胡桃が策を講じる。まるで、司令官と補佐官みたいだ。

 しばらく熟考した胡桃がゆっくりと口を開く。

「ねぇ九音。こういうのはどう?」

 そして妙案が浮かんだらしい胡桃が話を持ち掛けてくる。

 興味を持った私は一旦、話を訊いてみる。

 それから一通りに説明を訊いた後。

 これならいけると思った私は「良いね。それでいこう」と全面的に賛成する。

 週明けの月曜日。

 カフェテラスにて、胡桃の肝いりの作戦をユウマたちに話す。

「確かにテストも近くなってきたし良いと思うが………どうして俺の家なんだ?」

 話を訊いたユウマ勉強会を開くことには賛成していたが自分の家ですることを不思議に思っていた。

「私や九音の家だと両親がいるから遅くまではできないんだよね」

 ちらりとユウマくんに視線を送った、胡桃がさりげなくフォローしてくれる。

 そんな胡桃に感謝しながら、ユウマくんの提案してみる。

「確かに俺は一人暮らしだから融通が利くとは思うが本当に良いのか」

 どこか不安そうに確認してくるユウマに小首を傾げながら「やっぱり迷惑だったかな?」と訊く。

「全然、良いんだけれど隣に姉さんがいるからちょっかい出されないとも限らないしさ」

 どこか申し訳なさそうに言っているユウマくん。

「私は気にしないから大丈夫だよ」

 太陽のように眩しい笑顔で私はそう言う。

「え? ユウマってお姉さんいったんだ――――」

 意外そうに聞いている胡桃と何か考え始める九音。透哉は既に知っているので特に反応は示さなかった。

「今年からこの学園に赴任してきたんだ」

 そう話すと、胡桃が「もしかして!? 琴音せんせぇのこと?」

 九音が親し気な様子で言う。

「ユウマくんのお姉さん………」

 胡桃の言葉を訊いた、私はそう独り言を呟く。

 私たちは、中間テストまでの一カ月の間、毎週末に勉強会を開くことになった。

「ああーもう、全然わからないよ」

 その日の週末、宣言通り九音の提案により中間考査に向けた勉強会の記念すべき第一回目が俺の家で開催されていた。

 だが、正面の座っている胡桃が一時間も経たないうちに早くもギブアップを宣言している。一方、隣に座る九音は黙々と問題の答えをノートに書いている。そして、透哉は机につっぷして寝ていた。

 俺も九音ほどではないが淡々と問題を解いていた。

「もう少し頑張れよ」

 前に座ってもう無理~~~!これ以上頑張ると死ぬとか言っている胡桃にエールを送るがまったく効果が見られない。

 そんな泣き言を言っている胡桃を透哉は励ますどころか、一緒になって諦めようとしていた。

「二人ともユウマくんの言う通りもう少しだけ頑張ってみようよ」

 既にやる気をなくしている二人に対して九音が頑張るように説得する。

「そうだぞ。西園寺もこう言ってくれているんだから頑張れよ」

 生気を失ったアンデットのような顔をしている二人に九音に続いてそう言う。

 すると胡桃が、「でもこのままだとやる気でないよ―――なにかがご褒美とないの?」

 と、図々しいことを要求してくる。

「そんなのあるわけないだろ?」

 ユウマくんが呆れ気味に胡桃の要求を却下したようとする。

 そこで私は、「良いよ。もし勉強会を頑張れたら、私がご褒美をあげるよ。だからもう少しだけ頑張ろう?」と胡桃に提案する。

「…………ホント? それじゃあ頑張ってみようかな」

 まるで幼い子供のように九音が差し出した手を握る胡桃。

 なんて現金なやつなんだと思いながら「良いのか、西園寺」

 訊いているこっちが不安になってしまい九音にそう確認すると。

「大丈夫だよ。ユウマくん、それで胡桃のやる気が出るなら安いもんだよ」

 聖母のように優しい笑顔でそう言う九音。

「透哉くんもなにかいる?」

 透哉にも同じこと言うつもりらしくそう訊くと…………。

「俺は遠慮しておくよ。それに女の子にそこまで言わせるなんて男としてだせえし、女子の奢ってもらうのはちょっと気が引けるからな」

 真剣な表情でそう言い先までの体たらくが嘘のように黙々と問題の答えをノートに書き込んでいた。

「フッフッフ…………その調子で頑張って二人とも」

 やる気を出した二人を嬉しそうに眺めながら呟く九音を見てすげぇと将来、学校の先生とかに向いているんじゃないのかとそんなことを思ってしまう。

「さぁ。ユウマくん、私たちも頑張ろう!」

 やる気満々の九音に苦笑しながら「そうだな」と答えて止まっていた手を動かす。

 きがつくと、周りが暗くなっており、壁にかけてある時計に目をやると夜の十六時を回ったところだった。

「さて、今日はここまでにしておくか」

 三人にそう呼びかけて今日の勉強会を終わりにする。

 帰り際、私は「今日はありがとう。ユウマくん」

 と言って、はにかんだ笑顔を浮かべてお礼を言う。

「お礼を言われることのほどではないよ。俺もしっかり勉強できたからな」

 私の言葉を聞いたユウマくんは、そう言う。

 三人で歩いている最中に、クレープを販売する出店が目に入った。

 それを見た胡桃が「クレープだ。美味しそう、ちょっと買ってくるね」

 脱兎の如く速さで、出店へと向かっていく胡桃をしょうがないわねという顔をしながら、九音が後を追いかける。

―――そう言えばさっき、驕るとかなんとか言っていたけれど…………。

 九音の方を見ると片手に財布を持って九音の後を追いかけていた。

―――マジで出すのか。と感心しているとポンと後ろから肩を叩かれる。

振り返ってみると藤堂くんが「このまま女の子に出させていいのか?」と言っている声が聞こえてくる。

「そこまで言うんだったら、代わりにお前が出してくれ」

 ユウマくんが呆れ気味に言い返していた。

 そう言って右手を透哉の前に出すと、「あいにく俺は金欠なんだ」

 と、真顔でそう言ってくる。

「お前の辞書には‘’恥‘’という言葉は存在していないのか」

「悪いが俺の辞書には、そんな言葉は存在しない」

 軽口を叩いている二人に「おーい!」と胡桃が嬉しそうに声をかける。

 私が買ってあげたグループをパクパクと美味しそうにクレープを食べながら、「ありがとう! 九音」とお礼を言われる。

 嬉しそうにクレープを頬張っている胡桃に「ほら、クリームついてるよ」

 ハンカチで胡桃の頬を拭いてあげる。

 その様子を見ていたユウマくんが、微笑ましい笑みを浮かべていた。

「どうしたの? ユウマくん」

 私たちを見ていたユウマくんにそう声をかける。

「いいや。こうして見ているとまるで、姉妹のように見えるなって」

 私はそんなユウマくんを微笑ましい気持ちでそっと見守っていた。

 


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