2話 ラブコメは突然にやってくる
翌朝、ユウマは寝ぼけ眼を擦りながらいつものように通学路を歩いていた。
「昨日は散々な目に遭った、どうしてあんなことになったんだ―――――」
昨日、俺は誰もいない放課後の教室で、買ったばかり漫画本をこっそりと読んでいたところになぜか、学園一の美少女で高値の花の西園寺九音が立っており校則違反を見逃す代わりに自分と付き合うようにと迫られたのだ。
「おはよう。ユウマくん」
背後から挨拶をされて振り返るとニコニコとした笑顔を浮かべる九音が後ろから歩いてきた。
「おはよう……って、どうして名前で呼んで――――」
「もちろん。付き合っているからよ」
「確かに俺たちは付き合ってはいるがそれは仕方なく―――――」
抗議をしょうと九音に視線を向けた刹那…………。
「良いのかな?そんな態度とちゃって―――」
意地悪な笑みを浮かべた九音が俺を見遣る。
「はぁ―――分かったよ」
クラスで余計なことを吹聴されても困るため大人しく従うことにする。
「わかった。ただしこっちからも条件がある。これの条件を守ってくれるなら付き合っても良い」
そう言うと、ほんの一瞬だけ九音が嬉しそうに顔になった。
「その条件ってなに?」
「付き合っていることはクラスや学校の連中には秘密にすること」
「ええ―――――どうして?」
「当然だろ。西園寺はただでさえ有名人なんだ。それに俺と付き合って変な噂が広まっても困るだろ」
そう言って九音の顔を見ると照れたように顔を赤くして上目遣いでこちらを見上げながら「ゆ、ユウマくんと噂になるなら嬉しいかも――――」
そんなことをぼそりと呟いていた。
その表情を見て図らずもドキッとしてしまう。
こうして近くで見ると九音がいかに美人かがよく分かる。
陶器のような白い肌にすらりとした身長と溢れんばかりの双丘と抜群なプロポーションを誇っている。それでいて驕らずお淑やかとまさに男子の理想を体現したような絶世の美女が彼女になってくれるのだから俺は恵まれているのかもしれない。そう感じる一方で、このままなし崩しで彼女と形だけ付き合っていいのだろうかという気持ちもある。
「ユウマくん…………」
九音が優しい声で俺の名前を呼ぶ。
「少しずつでいいから私のことも好きになってくれると嬉しいな」
まるですべて察しているかのような口調でそう言う九音。
「……」
そんな九音の言葉に悶々とした気持ちを抱えながら学校を目指して二人で歩く。
教室に入り自分の席に荷物を置くとまたしても後ろから声をかけられる。
「おはよ、ユウマ」
視線だけを声のした方に向けると深紅の髪に琥珀色の瞳をした少女・赤沢胡桃がニコッとした笑みを浮かべながら立っていた。
「ああ―――おはよう」
挨拶だけを返し鞄の整理をする。
「ちょっと―――それだけ?せっかく親友の彼女であり、ユウマの友人であるあたしが話しかけてあげたっていうのに…………。もっと話そうよ」
と言いながら二の腕に抱き着きていて絡んでくる。
「なっ!ちょ、離せ」
「構ってくれるまで離さない」
華奢な見た目からは想像できない力で俺の二の腕を掴んでいる。
そのため致し方なく少し強引に首根っこを掴んで引っぺがすと…………。
「にゃっあ!」
まるで猫のような声を上げる胡桃。
「なにがにゃっあだ!ネコかお前は……」
そうツッコミをいれたと同時に「おうおう!朝っぱらから人の彼女とイチャついていますな――――」という声が割り込んできた。
もはや、振り返ることも必要もないため声だけかける。
「だったら彼氏であるお前がしっかりと教育してくれ」
そう声の主に苦言を呈す。
俺の抗議を訊いたそいつは全く反省した様子を見せず、あまつさえ、へらへらとしている。―――そいつ、藤堂透哉、小さい頃から一緒にいた親友で胡桃の彼氏である。
「まあまあそんなに怒るなって。仕方ないだろ胡桃が可愛すぎるんだから」
「もう―――透哉ったら」
目の前でイチャイチャし始めいつの間にか二人の世界で入ってしまったため、やりかけだった荷物の整理をする。
その後、朝のホームルームを終えて担任から連絡事項を訊いて授業を受ける。気づけばあっという間に昼休みの時間になっていた。
購買でも行こうかと席を立ったその時。
見知った顔が扉の前からひょっこりと顔を出していた。俺を見つけてすぐにひょいと隠れたが艶やかな黒髪は扉の隙間から見え隠れしているため、まったく隠れられていなかった。
「やっほ―――九音。そんなの所にいないでこっち来なよ」
胡桃が大きく手を振りながら中に入るように促す。
「ごめん。胡桃、お弁当忘れちゃったから購買に行かないといけないんだ…………それで、その――――」
もじもじと指を動かしながらそう言う九音。まるで誰かと一緒に行きたいとアピールしているようだ。そんな九音の様子から何かを察した胡桃が突拍子もないことを言い出す。
「ああ―――私、イチゴミルクが飲みたくなっちゃった。ユウマ、悪いんだけどさ、九音と一緒に行ってきてよ」
「どうして俺が行かないといけないんだ。自分で行けばいいだろ」
胡桃に抗議するが透哉が「そんな器の小ささじゃ女の子にモテないぞ」と茶々を入れてくる。
「じゃあ代わりにお前が行ってこいよ」
そう言うと、「俺が行ったら意味ないだろ」と意味深なことを言って胡桃とイチャつき始める。
そんな二人にため息を吐いてオーダーされたものを買うために廊下に向かう。
九音をちらりと見ると嬉しさからか、小さく笑みを浮かべていた。
「というわけだから西園寺一緒に行っても良いか」
あくまで普通に接するように心がける。と言っても特に意識することはないのだが…………。
売店で買い物をして教室に戻る。その途中で九音がチラチラとこちらを窺ってくる。
「どうしたんだ?何か言いたいことでもあるのか」
俺に不満があるらしい九音は拗ねたような目で俺を見てくる。
「別に何でもないよ」
どうやら怒っているようで素直に口を訊いてくれない。
「もしかして、俺が西園寺のことを避けていることに怒っているのか?しょうがないだろ学校の連中にバレたら色々と面倒なことになるんだからさ」
言い訳のように言葉を並べる俺に九音は何も答えなかった。
しばらく気まずい空気が流れる。そうして無言で廊下を歩いているいうちに九音のクラスに着く。
「じゃあ私、戻るから。バイバイ…………ユウマくん」
そう言って自分のクラスに入っていく九音。扉が閉まる直前に彼女の顔が心なしか寂しそうに見えた気がした。
複雑な気分になりながら胡桃たちのところに戻る。
「おかえり―――ユウマ」
二人で優雅にランチを楽しんでいた胡桃が俺に気が付いて声をかける。
「あれ? 九音は」
「西園寺ならお昼を買って自分のクラスに戻ったぞ」
「そう」
少し残念そうにしている胡桃を「他の人と約束しているならしょうがないよ」と透哉が慰める。
俺もご飯を食べようと席に着くと胡桃があんたもこっちきなさいよと誘ってくる。
透哉も便乗して「ユウマ一緒に食べようぜ」と誘ってくる。
普段はイチャイチャしているだけのバカップルだがなんだかんだ友情に厚いところもある。
三人で机をくっつけてそれぞれの昼食を食べる。時々、胡桃たちがおかずの交換にかこつけて食べさせ合っていたがもはや見慣れた光景である。最初の頃は色々と物申していたが、今ではすっかりそれが当たり前になった。
クラスの連中もこの二人に関してはバカップル認定しているようで何も言ってこない。
慌ただしい昼休みが終わり午後の授業が始まる。中間考査も近くなりつつあるため、それぞれ真面目に授業を受けていた。とはいえ、うちの学校は進学校のため普段の授業も相当レベルの高いものになっている。それに伴って自動的にテストの難易度も上がるようだ。
地獄のような時間を乗り越えやっと放課後になる。帰りのホームルームが終わるとクラスメイト達がそれぞれどこへ行くかと楽しそうに話している。
例に漏れずバカップル二人組もどこかに行くようだ。
「先、帰るから。また明日な」
「うん。じゃあね」
教室を出て廊下を歩いていると艶やかな黒髪をなびかせて優雅に歩く九音が目に入った。
俺を見つけるなり何か言いたそうな雰囲気を醸し出しながらこちらに歩いてくる。
「…………」
「昼休みのこと怒っているのか西園寺」
そう訊いてみるが返事がない。また明日話そうと思って、踵を返そうとしたその時。
「待って…………」
消えりそうな声で九音が俺を呼び止める。
しばらく待つと意を決したように大きく深呼吸をする九音。
「あのね、ユウマくん…………お願いがあるの」
制服の袖を掴み上目遣いで俺のほうを見上げてくる九音になぜだがかわらないがすごく嫌な予感がした。
「ごめん。今日は帰る」
気づけばそう口にしていた。九音は一瞬だけ寂しそうな顔になったがすぐに「わかった。また明日ね」と言って走り去る。
そんな彼女の後姿を眺めながらふと自分の中でとある感情が芽生えつつあることを自覚する。
帰宅した私は自室のベッドの上で思考に耽っていた。どうしたら彼―--昼神ユウマくんに好きなってもらえるのかということを…………。
今日だって、たくさんアピールしたのに全く効果がなかった。そんなに私って魅力なのかなと自信を無くしそうになる。
そんなことを考えていると、スマホの着信音が部屋に鳴り響く。画面を確認すると胡桃からだった。
「もしもし」
三コール目で電話に出ると「どうして、あんなウソついたの?」
問い詰めるような声が聞えてくる。
「ごめん、胡桃」
「いや、あたしの方こそごめん」
「どうして胡桃が謝るの?」
通話越しに不思議そうな声で訊いてくる九音に正直にすべてを自白する。
「実はあんたにしたアドバイスはただの冗談なの。第一あんたならそんな小細工なんて使わなくてもユウマなんてイチオロなんだし、事実、昨日の告白だって上手くいったじゃない?」という胡桃の言葉を聞いてまるで頭の上から冷水を浴びせられたような感覚になる。
―――もしかして、私――――
胡桃のとっては単なる冗談でも私にとっては冗談で済んだようには思えなかった。だってすでに実行してしまったのだから。
「どうしたの? 九音」
黙りこくった私を心配した胡桃がもしーもしーと反応を求めてくる。
「あんた………まさか昨日の告白って、あたしが言ったことを実践したの?」
困惑しながらそう尋ねると、無垢な九音ははっきりとした迷いがない口調で「もちろん!」と答える。
――――おーい!マジか――――――――!!
心の中で盛大にツッコミを入れていると。
「本当にありがとう。胡桃のおかげよって、急に黙ってどうしたの? 胡桃」
衝撃のあまり言葉を失っていると心配した九音の声が聞えてくる。
――――本当に実行するなんてお嬢様ってこんなに無知で無垢な子ばかりなの!?
と驚きを隠せずにいた。というか、まさか九音がここまで純粋だったとは知らずに変なことを言ったことに対してさらに申し訳なくなってくる。
さらにそこから興奮した様子で事の一部始終を話している九音に気圧されて冗談だということと謝るタイミングを逃してしまう。
(まずい、 厄介なことになってしまった…………)
胡桃は心の中でそう思いながら九音の話を訊いているのだった。
「あ、うん、そうだね、ありがとう胡桃」
通話を切ってから枕に顔をうずめて叫ぶ。
おそらく、いや、確実にやらかしたことに遅まきながらに気づく。
疲れた。
一日中気を張り続けるのはどうも精神的にだけでなく身体的にも相当来るものがあるらしい。
俺と西園寺の関係がばれていないかと常に周囲に意識を向けていたせいか全身をダルさが襲っている。
そのせいで今日一日、本当に生きた心地がしなかった。
真剣に西園寺との今後を考えるのか、それともどうやってうやむやにして別れることにするかを悩んでいた。
そんなことを悶々と悩んでいるとスマホの着信音が俺を現実の世界に引き戻す。
画面を見ると、透哉からのようだ。
「………もしもし」
五コールくらいしてから電話に出る。
「おう!ずいぶんとお疲れのようだな」
こちらの事情を知ってか知らずか、透哉が呑気にそんなことを口にする。
「そっちはご機嫌なようだな」
胡桃と放課後デートを満喫してたいそうご機嫌な透哉に言い放つ。
「…………」
俺の嫌味を訊いた透哉が「羨ましいだろう」とニヤニヤした声でマウントを取ってくる。
こいつの惚気自慢は今に始まったことではないのでさほど気にしていない。
「ああ――それは良かったな。お幸せそうで何よりで」
適当に訊き流すと透哉がとんでもないことを口にする。
「お前にだってそう遠くないうちに春が訪れるだろよ」
まるで未来が視えているかのような口ぶりだ。何か根拠があるのだろうかと思い、訊いてみるが、「それはこれからのお楽しみだぜ!」ととぼけられてしまった。
話題を変えるためか「そんなことよりあれから学園の高嶺の花の彼女とは何か進展はあったのか?」
唐突にそんなことを訊いてくる。まさか、秘密で付き合っているとは言えないため上手く誤魔化すしかない。
「別に何もない。西園寺とはただの顔なじみの関係なだけでそれ以上でもない」
幼馴染みに対して隠し事をしたことに後ろめたさはあるものの、西園寺との約束のため致し方ない。
「俺から言えることは少ないがせいぜい頑張ってくれや」
そんな意味深なセリフを残して通話を終了する。
もしかして、俺と九音の関係があの二人にはばれているのかもしれないなとそんなことを思いながら深くベッドに沈み込む。
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