7話 ニト・ドラゴン・ファネスト

 数秒間ニトを囲んでいた光が薄れていく。あまりの眩しさに、目を塞いでいたルークがゆっくりと手を離しまぶたを開ける。

 黒髪のショートヘアが根本から銀色に変わっていく。光を閉じ込めたガラス玉に、かつての漆黒に瞳は見る影もない。 

 中性的な整った顔立ちや、小柄な体格、髪の長さまで変わらない。しかし普段の弱々しい雰囲気は、青い光に照らされているのも相まって神秘的なものに変わっていた。 

 一瞬だが目が合う。ルークはなにか言おうとするが、喉を締め付けられ声が出ない。ニトはすぐに目を逸らした。彼の表情は読み取りにくい。 

 ルークに背を向け、炎に向き直るとニトは宙でゆっくり大きく手を振った。ニトの手から白い霧があふれる。それはニトを中心に青く染まりながら広がっていく。 

 村が一つ青い霧に沈む。 

『この場におはす青き精霊よ、我が魔力を供物にその怒りを沈めたまへ。』

 抑揚のない声。直後ニトから光があふれる。霧はその光に打ち消されるように消えていった。 

 すぐそこまで迫っていた炎は消え、あとに残った焼け落ちた家の残骸が寂しげに赤く夕日に照らされていた。

 ルークは呆然と立ち尽くす。 

 目の前に立っているのは友人のはずだ。体が弱く先程まで苦しんでいた人間のはずだ。 

 何かと会話をするような動作をする後ろ姿を見つめることしかできなかった。

(何があった?ニト、、、お前は、、、)

 なにか言葉を発しようと息を吸ったはいいが、内容も声もでてこない。 

 そのまま動けずにいるルークをニトが振り返った。少し間を置きニトがルークに歩み寄る。そしてかなり近くまでいったところでルークの目をまっすぐに睨み、小さく呟いた。 

「行けよ。」 

「は?」 

「行けってんだよ。見ての通り、僕はお前が大嫌いな魔族だ。」

 氷のような声だ。ルークを見据えるその目もどこまでも冷たく冷めきっている。 

「何バカなこといってんだ。そんなはずない。」

「状況をよく見ろよ。僕は魔族だ。」 

「ふざけんなよ。信じられるかそんなの!!!」 

 ルークが一歩後ろに下がりながら叫ぶ。

「お前が信じなくても炎は熱いし、氷は冷たい。それだけだろ。」

 ニトが淡々と続ける。

「騙してたっていうのか?お前の父さんも母さんも、俺のことも。」 

「…そうなるな。」

 ニトの声色は変わらない。冷たい瞳も変わらない。ルークは絞り出すように繰り返した。

「そんなはずない。」

「僕が魔族じゃなきゃどうしてこんな事ができた?どうして僕がこの森の木にドライアドが宿ってるとわかった?現実を見ろよ空っぽのバスケット。それだから空っぽだっていうんだ。」  

 ルークの瞳が怒りに揺れる。2人はしばらく無言で睨み合った。

「お前は…」

 蚊の泣くような声だが、ニトの耳にはギリギリ届いていた。

「じいちゃんまで騙してたってのか?」  

 ルークの悲痛な声にも、ニトの表情は崩れない。ただひたすらにルークを睨み続ける。  

 ルークは3歩ほど後退りしてから、後ろを向き走り出した。その姿はあっという間に見えなくなってしまった。  

 天を仰ぎながら小さくため息を付く。絶望感、罪悪感、安堵、ニトにも何かはわからなかった。虚しいのだろうか。そんな気がする。 

 初めて彼の表情が崩れた。今までしたことがないような柔らかいものだった。しかし同時にそれは今にも消え入りそうな儚さがあった。

(終わった、、、、) 

 それは解放であったが、ニトにはすべてを失うも同然のものだった。

 なにか呟いた。ニトにすら聞こえないほどの声だった。


 

 

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白光の魔剣士 レア @patronus

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