第02話 きっかけ
甲冑の男に助けられたあと、俺は別の家で目を覚ました。ちょうどその時、家の扉が乱暴に開けられて二十代前半くらいの男が入ってくる。
『■■■■!!』
『■■■■!!』
その男は、顔を見るなり涙を流して俺ごとママンを抱きしめた。
ママン、パパンというものがありながら浮気か?
と思ったのは冗談で、その男こそ、今世のパパンだった。
赤茶色の短髪と焦茶色の瞳を持つ、彫りの深いイケメンだ。日焼けしているので、夫婦ともども肉体労働系の仕事をしているのだろう。
それにしても、甲冑の男もイケおじだったし、この世界には美男美女しかいないのか? 前世の俺は自他ともに認めるフツメンだったけど大丈夫か?
『んあんあ』
それはそれとして、俺を挟んでいることを忘れないでほしかったな。
力いっぱいに抱きしめられたから少し痛かった。ママンが気づかなかったら、今頃圧死していたかもしれない。
感動の再会の後、俺はパパンに抱っこされた。だけど、おっかなびっくりといった様子で、かなりぎこちなかった。
多分、初めの子供なんだろうな。見つめる顔がニヤニヤしていてちょっと気持ち悪かった。
俺がこの世界で目を覚ましてすでに数日が経過している。
鳥の化け物に襲われたせいで、ここでようやくこの家の内装を確認できた。石積みと木を組み合わせて造られていて、異国情緒あふれている。
衣服も昔のヨーロッパの村人たちが着ているような、簡素でゴワゴワした素材でできていた。
まだ断定するには早いけど、この世界は外に危険があるだけでなく、生活水準や文化レベルも低いのかもしれない。
俺が快適に生きていくためには鍛える以外もやるべきことがありそうだ。ただ、できれば、言葉くらいは分かるようにしてほしかったよ、神様……。
「■■■■■■■■■■」
考え込んでいると、ママンが服をはだけさせ、おっぱいを差し出してくる。
どうやら、お腹が空いたのだと思ったらしい。
「あむあむ」
子供の本能には勝てず、無意識に吸い付いてしまう。
当然だが、邪な気持ちは湧かない。
ここ数日、あの魔法みたいな力をどうにかして使えないか試行錯誤していた。
甲冑の男が炎の剣で鳥の化け物を一撃で倒した姿が目に焼き付いている。できれば、あんな風な魔法が使えるようになりたい。
自分以外の誰かがそれっぽいものを使っている以上、自分にも使えるはず。
そう思って今できることを色々やってみたけど、魔法はおろか、魔力らしいものの片鱗さえ感じ取ることさえできなかった。
零歳から始められる鍛錬なんてそれくらいしかない。今はまだ首も座っていない上に、動くことすらままならない。だから、他にやれることがない。
俺の鍛錬計画はすぐに頓挫してしまった。
さて、どうしたものか。この世界で生きていくためには、あの魔法みたいな力は必要不可欠だ。それは間違いない。だけど、現状アプローチする方法が見つからない。
家には本なんて一冊もないしな。
「げふ」
ご飯を終えた俺はゲップをさせられた。そして、すぐに眠気がやってくる。抗ってもどうしようもないので、そのまま目を閉じた。
目を覚ましてから一週間くらい経った頃。
"くらい"というのは、正直一日に何回も寝てるから日の感覚が曖昧なせいだ。
俺はママンに抱かれ、両親とともにどこかに向かっていた。
「■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■」
いったいどこに連れていかれるのだろうか。
結局、今日に至るまで魔法の魔の字も掴むことができなかった。
あぁ〜、くそっ。このままじゃ、いつ死んでもおかしくない。せっかく転生したのにそれは嫌だ。早くどうにかしないと。
結果が出ず、どうしても焦ってしまう。零歳児の身ではできることが限られ過ぎていた。何もできないのが本当にもどかしい。
しばらくすると、神殿みたいな厳かな雰囲気の建物が見えてきた。
何か儀式みたいものでも受けるのかな?
俺たちを助けてくれた人と同じ、黒塗りの甲冑を着た兵士っぽい人が入り口の門の前に立っている。
「■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■」
パパンが遜った様子で兵士と話をすると、案内されて中へと通される。
どうやらパパンよりも偉い人に当たるらしい。
『おぎゃあ……おぎゃあ……』
屋内に入ると、奥から聞こえてくる複数の赤ん坊の声。
『おぎゃあ!! おぎゃあ!!』
荘厳な扉を開いた途端、複数の赤ん坊の声が室内に響き渡っていた。まるで大合唱でもしているみたいだ。
室内はまるで教会の礼拝堂みたいな造りになっている。そこには赤ん坊を抱える夫婦が何人も集まっていた。
俺たちも空いている場所に座る。
これだけ赤ん坊と夫婦が揃っているところを見ると、やはりここでなんらかの行事が行われるみたいだ。
俺たちのあとに何人かの夫婦と子供がやってくると、煌びやかな装飾が施された軍服を着た偉そうな人が、前の壇上に上った。そこには台座が置いてある。
「■■■■■■■■■■■■」
偉そうな人が何事かを述べると、一組の夫婦が壇上へと上がり、赤ん坊を台座の上に寝かせた。
「んあ!!」
あれは!?
「■■■■■■■■■■■■」
偉そうな人が何かを呟きながら赤ん坊の頭に手を触れると、淡い光が赤ん坊を包み込む。
助けられた時に見た炎と同種の力であることがハッキリと分かった。まさかこんなところで千載一遇の機会に出会えるとは!!
鍛錬の突破口になりそうな光景にテンションが上がる。
「■■■■■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■」
「あう〜」
ママンとパパンに叱られ、大人しく儀式の様子を見守った。
何組もの夫婦と子供が順番にあの光を受けて戻ってくる。子供になって感情の制御がきかなくなっているのか、自分の番になるのを我慢するのが大変だった。
そして、ようやく俺たちの番がやってくる。
「■■■■■■■■■■■■」
他の子供たちと同じように台座に寝かされて、偉そうな人が何事かを呟いた後に頭に手を乗せられた。
「あぅっ!?」
その瞬間、偉そうな人の体から発せられた何かが俺を包み込む。それと同時に、俺の中に微かに、ほんの微かにだけど、同じ力があるのを感じ取った。
そこからは一心不乱だった。その微かな感覚を忘れないように、見失わないように、必死にその力に意識を向け続けた。
ろうそくのか細い火を消さないように守るかの如く、自分の中にあるその力をひたすらに感知し続ける。
――しかし、気づいたら、俺は家で目を覚ました。
うわぁっ、くそっ!! 寝ちまっていたのか!? 魔法は? 魔法の力は!?
俺はすぐに自分の内側に意識を向ける。
……ある……あるぞ、俺にもあの力が!!
眠ってしまい、見失ったかと思ったけど、自分の中にある、まるで種火のように微かな力を確かに感じ取れた。
この力を鍛えることができれば、きっと強くなれる。
ここからが本当のスタートだ。絶対に魔法を習得してみせるぞ!!
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