いつも通りの道端で
第1話
友達は一年間。学年が上がってクラスが別れたらそれっきり。まるで消費期限が切れたみたいに、「ずっと友達」なんて言ってても、何もかもプツッと途切れちゃう。
クラス替えの時、先生たちは仲良しグループはバラバラになるようにするから、春になると必ずひとりぼっちになる。でも、活発な性格の子が私にも話しかけてくれて、仲良くもしてくれたから、困るようなことはなかった。班を作るときだって、そういう優しい子が私も入れてくれたから、「グループ分けが怖い」なんかは全然思ったことはない。
周りの子たちとの距離感は難しいと、いつも思う。
わからない。何メートルの距離がいいのか掴めなくて、こんなことしたら遠すぎるかな、とか、これは近すぎるかな、とか、迷ってるうちに胸の中がぐるぐるしてしまう。
たぶん、あの子との距離は遠すぎたんだ。もっと近かったら他の子に取られずに済んだのに。私はやっぱりバカだった。
クラス替えでみんなが浮き足立ってた今年の春、話しかけるタイミングがわからなくなって、全然喋れなくなっちゃった。入学してから一年間私と一緒にいたはずのあの子は、いつしか別のグループに入ってた。上手に友達でいられないから、取られちゃっても何も言えない。最初の一日で一年間のグループ分けは決まっちゃうから、後から仲間に入れてもらうのは私には難しい。今年は、私はずっとひとりなんだ。でも、しょうがないよ。だって私だもん。
クラス委員を決める時、図書委員には誰も立候補しなかった。当番があってめんどくさいし、みんな本なんかよりマンガが好きだし、誰一人として手を挙げない。
その時、思いついた。
今年は委員長キャラになれば、いつも一人でもきっと浮かないって。学級委員とは仕事量も立ち位置も全然違うけど、こういう時に手を挙げればしっかり者キャラを作っていけるはず。
だって、いつもそうじゃん。クラスで委員をやる子は目立たないしっかり者で、これなら私でも出来るかもしれない。今年はこのキャラでやっていこう。
「あの、私、やります。」
一斉にみんなが私の方を向いて、そしてパラパラと拍手が起こり、次第にその手を打つ音は大きくなった。私が図書委員になることに異論を唱える子はいなくて、するりと私に決まった。
当番の日は、放課後の一時間、つまり四時まで、図書室のカウンターで番をする。借りたい子や返したい子がやってきたら手続きをするっていう、あれ。間違いがあったら大変だから、委員全員に配られたマニュアルを、昨日のうちに全部頭に叩き込んだ。
借りる時は、まず生徒一人一人に渡されている「ライブラリーカード」のバーコードを読み取って、それから借りる本のコードをかざしてパソコンをチェック。うまくできていたら、貸し出し中リストの中に追加されているはずだ。最後に返却期日を書いた紙を本に挟んで、完了。返す時は簡単。本のコードをかざして、パソコンに返却の手続きができたというメッセージが出てくるのを確認して、それで終わり。
最初にやって来たお客さんは三年生で、センター試験の赤本を借りていった。メガネをかけていて、真面目そうな人だった。仕事はそれっきりで、もうそろそろ終わる。想像以上に人は少なかった。
図書室は静かで、私にとっては、本当に、居心地がいい。
カウンターで、明日の英単語の小テストに向けて勉強しているだけ。結局、やることはほとんどないみたい。図書館の司書さんって、毎日こんな素敵な仕事をしているのかな。
私、もしかしたらこの仕事、好きかも。
「あのう、当番さん。私もうちょっとやることがあって、あと少しここにいてもらってもいい?」
司書さんがカウンターの後ろの部屋から出てきて、言った。
何も答えられず、何と言えばいいか分からなくて、身体だけ司書さんの方を向いたまま。思ったことは、こういう時どうしたら良いんだっけ。
「用事があるならいいのよ。無理にとは言わないから。」
「あ、いえ、大丈夫です。」
「え?」
「だ、大丈夫です。」
「そう。助かるわ。ありがとうね。」
また奥の部屋に入っていった司書さんは、扉を閉めなかった。
忘れたのかな。それとも、わざとそうした?
そっと音を立てないように立ち上がり、部屋の中を覗いてみる、
真ん中に大きな丸いローテーブルがあって、司書さんは地べたに座って作業をしている。
司書さんの頭と同じくらいの高さの本の山が五つある。
どれもあまりキレイとは思えなかった。透明なテープを切っては張り、切っては張り、ずっと繰り返している。傷んだ表紙を修理しているんだ。
あれ、きっととっても大変。
毎日、ここで、たった一人で、あんなにたくさんのお仕事を?
「何してるの」
あっ……ばれちゃった。
「これ見て。多いでしょう?」
私は首を縦に振った。
「図書館、みんなあんまり来てくれないのよね。それなのに、たまに借りていく子の扱いは雑で、本は傷んでいくばっかりで、しかも人が来ないからって人も増やしてもらえなくて、ほんと重労働よ。単純作業ばっかり何時間も何時間も。
あ、当番さんに文句言っちゃいけないよね。
でも、日の当たらない仕事よね。」
私は黙って聞いていた。
「当番さん、本は好き?」
「あ、はい。少し、読みます。小説を。」
「あら、嬉しいわね。
だから図書委員になったの?」
えっと、それは違う。
理由、言った方がいいのかな。でもあんまり正直に言うと、ああいう話をすると必ず心配される。迷惑をかけちゃうかも。
「誰もやろうとしなかったんじゃない?
先生方が言ってるのよ。学級委員とかは目立ちたがりな子がやってくれるから決めるのに苦労しないけど、図書委員は大変だって。
当番さん、もしかして進んでやってくれた? そういう子が一人でもいると、私は嬉しいわ。ありがとうね。」
私はただ、委員になっただけなのに。
こんなに感謝されて、かえって申し訳ないと思う。
ああ、そうだ。いいこと思いついた。
なんて言えばいい?
なんて言われるかな。ちょっと怖いけど、一言言うだけなんだ。私にだって、そのくらいならできるはず。私は両手をぐっと握りしめた。
「えっと、私もそれ、少し手伝いましょうか。」
「え、いいの⁉︎
助かるーありがとう! ほらもう、そっちは良いから、誰も来ないでしょ。」
司書さんは笑って手招きする。
「こっち来て。」
喜んでくれた。
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